16
いやはやしかし…ヤーガさんがメルのことをそこまで考えていたとは…まったく、よく分からない人だ。
とはいえ、メルが今追い詰められている事には変わりが無いような。…行ってあげないと。
「で、あの…メルさんはどこに?」
「んー?パパさ~ん??もーしかしてメルに会いにいこーってんじゃあないですよねぇ?でっすよねー?
…ノンノン、ダーメダメ!見守ってあげ-さい。」
「ううむ…」
言っている事は分かる。気がする。
が、しかし…。
「んー…おーほーんー…」
ヤーガさんに顔を覗きこまれる。
…ニヤニヤしながらなのでちょっとアレだが、こちらの気を察しようとしているのか?
「んー、しょーがないなぁ~!もーう。
ヤーガさん、パパさんとの愛情度が上がっちゃったのかなー…っと!」
“ボンボン!”
背中を叩かれる。うんん…結構強めに。
「あ、もっちエド君は最初っから愛情度マックスハートなんですけどね!」“ぱちぱちっ!”
エド君に向かって両目を閉じて何やら合図を送るヤーガさん。ウインクは苦手なのかもしれない。
「え…あ、ありがとうございます…」
エド君は少し距離をとりながら感謝の言葉を述べる。少し引いているのかもしれない。
「ほほっ!ついてきな!!」“ぱちっ!”
サムズアップとウインクで呼びかけられた。ああ…できるんだ、ウインク…。
“タッタッタッタ…”
我々は長い廊下を小走りに進んでいく。先頭はヤーガさん。
かなり広い屋敷だというのに一切の迷いなく先導している。
いつの間に場所を覚えたのか…と、いうか、どこへ行こうとしているのか。
「おそらくメルがむかったのはパーティ用の大広間でしょう。
あそこには演劇のスペースも設けられていましたので。様子を見ましょう。」
私の考えを察したのか走りながら行先を宣言してくれた。
「たーだーし」“くるっ。”
ヤーガさんが振り向く。が、移動速度が変わらないままだ。器用というか…背中向きに走っているのに。
「…ただし、メルに気取られてはいけませんよ?あくまで草葉の陰でって、死んでるやないかーい!
…じゃなくて、メル自身のため、こっそりですからね!?」
「あ。は、はい。」
私は気の無い返事をする。地味な特技に内容が頭に入ってこなかった。
「あふん?あーんだすたぁーんん??」
訝しげに顔を覗き込むヤーガさん…もちろん後ろ走りのままだ。
うむう、なんでそんなとこに食い付くのか。
とりあえず適当な話ではぐらかす事にした。
「え、あ、分かっていますって…あ、あのヤーガさん。
…えーと、ですね、あのー…ええと、…街に何かあったのですか?
え、ホラ、さっき混乱しているとかなんとか言ってたじゃないですか…」
「あーあー、パパさん新聞読んで無いんですねー?ちょーっと向こうで事件があった訳なんですが―」
「…まあ、新聞の配達なんて人里はなれた村には無いですからね…。それで、一体何が?」
「ええん、新聞無いのん?。…えーっとですねー。
たしかー、殺人事件。それもちょいとかわったヤツっす。
なんかね、胸をハート型に取っちゃうってゆーシャレた…って、おほっ!不謹慎っ!
…まあーそーいう猟奇的?なヤツが」
「え…胸って…心臓の事ですか…?」
「そー。はーと。」
「………」
…
ゾッとした。…私が知らないうちに街はとんでもないことになっていたようだ。
…なるほど、それは混乱するだろう。
「…いやはや…とんでもないことになっているんですね…」
「そゆこと。まー、新聞はこっちに来る前のだから今はどうなってるかは分からないんですがね、
しばらくは街も混乱してるでしょうな。
…てなわけで嫌ーな言い方かもしれませんが、今がチャンスなワケです」
「はあ」
「ま、後でもってきた新聞あげますから情報収集でもしといたってくらーさい」
え…数日前の新聞を…?
どうやらこの後ゴミを押し付けられるらしかった。
…
『たいへん! がんばらないと パパといっしょにいられない! やらなきゃ がんばらなきゃ!
でも… どうしよう …ううん かんがえちゃ だめ!やらなきゃ だめ!』
私達は大広間にやってきた。
なかなか大きい…2、300人は収容できそうだ。
まるで中世の王様のパーティ会場だ。
吹き抜けで二階建ての構成をしており、
周囲には騎士の像が並び、天井にはシャンデリアがぶら下がっている。
…そんな大広間の奥に舞台用の演壇があり、そこにメルの姿があった。
…私達はメルに見つからないように二階に上がる。
ここなら見つかることなく様子を見ることができるだろう。
「おおー、やってますねー」「すごい場所だなあ…」
「ふふーんエド君、ここがなーんで凄く見えるのかわっかります?」「え?」
「むっずかしく考えてる?もーっと、ラーイトにねえ…」「…でんき?」
「そーです!そーなんです!ザッツラーイト!
このクソ…っと失礼っ!とても馬鹿デカイ部屋、ローソクみったいなショッボーイ光源じゃ
暗い暗い、真ーっ暗ショボショボですよ!それをこんなに絢爛豪華にしてくれてるのは!ア・レ!」「あ、シャンデリア」
「そー!シャンデーリアなんです!あれは電気製なんですねーヤーガさんの電気製なんですねー!」「す、凄いですね…」
「むっふー!!そーーーでしょっ!もっと褒めてもいーのよんっ?褒めて褒めてー!」
「ゴホン!あの…お二人さん、静かにじゃなかったんですか?」
「あっふん!いっけ…おおっと、おほっ!」
私達はこっそり(できているのか?)下の様子を見る。
メルは必死に練習をしている。その様子といえば…
「おほっほっほほー!!よーくきた我が村人共よおー!」
静かな舞台で上ずった声が響いている…かなり緊張しているのが分かる。
これで人が入ったら大丈夫なのか…
…ん?
というか…
「あれ…観客がいる?」
暗くて分かりづらいが観客席に人がいる…
「いんや、マネキンですよ?よっく見てみんしゃい」
「…ううーむ…」
良く見えてるなあ、この人…。
「それはそーと、あの笑い方。ヤーガさんのマネなんでしょうかねー?
いや~参考にされるのは照れちゃいますなぁーおほほっ!」
「いや、緊張してるんでしょ」
「ううむ…あの笑い方はメルさんにとっての魔女の笑い方なんでしょうか…?」
「我こそはー観劇の魔女メンルヴァーッ!!」
…唾が飛びそうな勢いで叫んでいる。うん…とても力強い自己紹介だ。
「うほー、力んでますねー。おほっ!プロレス選手のコールみたいですよ!ほほっ!」
「…でも、声はでてるんじゃ、ないかな…?」
「…いやはや…」
「えーっと………我がー…復活ー…したのはー…」
途端にセリフが出てこなくなった。
先程のシャウト自己紹介のせいで次のセリフも吹っ飛んでしまったのではないか。
「おほっ!あれあれ!カンペみてますよー!」
「笑っちゃだめですよ…練習だし…」
「…いやはや…」
「このー…枯れかけた村をー…しゃ、しゃいせー」
噛んだ。
「おほほっ!ほほっ!!かんじゃいましたぁ!」
「こーら」
「い…いやはや…」
「…さ・い・せ・い・さ・せ・る・た・め!……もう一度!さ・い・せ・い…」
反復練習だ。
「…に、しても、なーんすかね、あのダッサイ服!むっかしのテンプレ魔女じゃないですか。
今時の子にあんな格好してもお菓子の宣伝にしか見えないですよ!」
「まあ…魔女っぽいと思う…」
「…いやはや…ウイッグが…はみでてる…」
「この枯れかけた村を再生させる為なのだかつてこの村は我を中心に絶大な力を持ち周りからおそれられた!………っ言えた!!」
休むことなく一気にセリフを吐き出すメル。まるで早口言葉だ。
言い切れたことに達成感を得たのだろう、ガッツポーズをするメル。
だが、観客にきちんと伝わるのだろうか?メル。
「いやー、あんな格好じゃあ逆に嘗められますよね。
…しゃーない、このヤーガさんがコーディネートしてやるかー」
「え?…コーディネイト?」
「いやはや…メル…さん」
…と、いった始末で…。
…ああ、あーあ!とっても心配だ!!
お世辞でもうまいなんて言え…んー…がんばった!がんばってる!
それは言える!それだけは、言える…が、んー…クオリティはー…んー…!
「さーて、なんとなーく見たのそろそろ行きましょっか?」
「うーむ…」
「なーにーパパさん、心配かー?
…最初見たときよりは良くなったじゃあーりませんかー…服装はあーりえませんけど。
それに魔女ってやつは本番になると変わるもんなんですよー?…あの服はないですけどー。」
「ううむ…本番は…ううむ…うー」
メルの“本番”は確かに見た事がある。最初の出会いだ。
うーむ…それは少しも安心できる記憶ではなかった。
「ほーら過保護になってる。ヤーガさん達は見守るのが仕事ですよー?あの子の為なんですからねー。
…ホラ、さッさッ!見つからないうちに!」
「あ、ああー…」
もっと見ていたかったがヤーガさんに無理やり連れてかれた。
…ううむ…
「いやー、メルも気合が入ってましたねー…って、パパさん!
どよーんしちゃダメッ!しゃきっと!しゃきっと!」
「いやはや…ううむ…」
ああ…気になる。
あの子は頑張り屋なのだろうが本番にとても弱い。そしてまた失敗したら傷ついてしまうだろう。
…ヘタをすると塞ぎこんでしまうかも…
…それが高じてひきこもってしまったり…
それはダメだ!
あの子は笑ってないと、暗くなってしまっては
…だけど…うーむ…
「…パッパさぁーん」“ふーーー”
「………うわぉっ!!」
驚いた!思わず声が出てしまった。…不意に耳に息を吹きかけられたのだ。
「どおぅ?元気ぃでたぁ?」
「な、な、な、何っしてっんですかっ!!?」
もうなんなんだ!
「フーッ」
もう一発吹きかけられる。何なの!
ああもう馬鹿っ!!
「コ、コラッ!」
「あん!もう!照れ屋さぁん!!」
私は慌ててヤーガさんを振りほどく。
「…エ、エド君も居るんですよ!?」
「えー?ふっつーのスキンシップでーすーよー?エド君には毎朝やってますし。」
「…」
…エド君は顔を赤らめて俯いている。…本当なのか…。
というか、今更ながら彼女がエド君の保護者で教育上、良いのだろうか?
…後で悪い影響はでないのだろうか?
「おほっ!でもでも元気でたでしょー?エド君もこれやると元気でるんですよー。
そりゃあもう強い力でヤーガさんホールドを破るんだからー」
そんな技名があったのか。
「と・に・か・く!パパさんにはやることがあったでしょー?」
「…?やること…ですか?」
…何だろうか。人集めは大方終わったはず。
「そーう。夕・ご・飯!」
ううむ…なぜいちいち色気を使って言うのだろう…?
すこし、もどかしいというか…イラっとくるというか…でもまあ、ご飯の支度は必要だろうな。
…まだ早すぎるとは思うが。
「メルっちは今回、初舞台なわけです。
たぶーんですねー、成功しても失敗してもきっと疲れてるんですねー。
そーこで、パパさん!とびっきりの料理でメルを迎えてあげるのです!」
「まあ…朝はブランチだったし、夕食は少し多めにとは思いますが…」
「でっしょー!?」
ヤーガさんはそれだ!とばかりに両手の人差し指で私を指しながら言った。
…いちいちリアクションが大げさだと思う。
「じゃあ…何を作ればいいでしょうか?」
「ん?」
ヤーガさんはキョトンとした顔でこちらを見てくる。
「いや、魔女は何が好物なんですか?」
「えー…」
ヤーガさんの目が泳いでいる。ああ、きっと知らないのだろうな…
「まー…心がこもってたらなんでもいいんじゃねーです?
…実際、人間で言う食事と魔女の食事は違いますしー。」
それこそ気の無い返答だった。
「は?」
が、最後に妙なことを言った。
「いやーね、魔女も人間の真似事でモノは食べますけど、別に食べなくても死なないんだなー。
その代わり定期的に何か食べないと弱ってくのだねえー」
…何を言っているのだろう。結局食べないとダメではないか?
「え?…いや、ヤーガさん?結局、何か食べないといけないですよね…?」
ヤーガさんはわざとらしく口に指をあて、しばらく考えてるようなポーズをとった。
…きっと何も考えてはいないと…思う。
「あー!そっか、言葉のアヤですなー!おほほほ!
要はですねパパさん!魔女には人間が食ってるような有機物は必要ないのですよっ!
アイツらは奴らが司る象徴をたべるんですよぉ!」
?象徴…を??相変わらずだが…理解が追いつかない話だ…
「んん~?納得してないでしょ?してないね?
…よっしゃ!ヤーガさんが分かりやすーく例を挙げて説明しましょう!例です、た・と・え!
大事なこと…でもないんで三回言ってやりましたよぉっ!」
ヤーガさんは謎のガッツポーズをしていた。いったい、何をやりとげたのだろうか…謎だ。
まあ…ヤーガさんが言う「大切なこと」で大切だった事はおそらくない…。
たぶん、失礼ながら…二回言おうが、三回言おうが、等しく意味が無いだろう……失礼ながら。
「たーとえば!」
講釈が始まった。四回目の“例えば”だった。
「混沌の魔女ってヤツがいたとしましょー。
それだとぉ、コイツは混沌を司るんで、混沌を食べるんです!
たーとえば!希望の魔女ってのがいたらー、希望を食べようとするしー!
たーとえばー!奇跡の魔女ってのがいたらー、奇跡を食べようとするしー、…分かってきたぁ?
たーとえば!観劇の魔女ってのがいたらー、劇を食べるんですねぇー」
え…分かってきた?
そもそも…どれも食べられるものでは無いではないか。
…というか、例えも良く分からない…。何だ?混沌とか希望とかって?
「……ええと…いやはや…どれも食べれないものばかりでは……?」
「ノーン!ノーン!!ちょちょーいっ!パパさん、だーめですねー、人間の感覚で言っちゃあ!
魔女っつーのは象徴の化身なわーけです!あれ、生き物みたいに見えるけどむしろ幽霊に近いから!
それに!食べるっても何も無くならないし!自分の司ってる状況を見て満足するだけだし!
でもそれが無いと荒んでくるし!」
…?…ふむ…まあ…
…そういうものなんだろう…
「えー…それじゃあ私は何を用意すれば…?」
「まー、メルは観劇の魔女ですから、舞台をさせてやれば満足でしょうや」
「では、私が料理をする意味はあまりない?」
「まあ…おほぅ…」
久々に静かになった。
「いっやーまあー!世の中ラヴも必要だからねー。
疲れて帰って来た時にパパさんの手料理があればメルも喜びますって!
…実際の効果はないかもしれないけど。」
最後に小さく何か言った。ヤーガさんの目はやはり泳いでいた。
「いっやーいっやー!どんなモンでもラヴがないと生きてけないよ!絶対!!
ノー・ラヴ・ノー・フューチャー!
ノー・ラヴ・ノー・フューチャー!!
ノー・ラヴ・ノー・フューチャー!!!」
もはや力押しだった。たぶんこのフレーズをずっと言い続ける気がする。
私が「はい」というまで言い続ける確信に似た何かがそこにはあった。
「…はいはい」
結局私はヤーガさんの提案にのった…。
…話はこれっぽちも分からなかったが、メルが初舞台で疲れてくることだけは分かる。
とにかく夕食を考えることにした。
それに、言うとおりにすればこの人が静かになってくれる。