12こめ。
“ブゥゥゥゥン…”
「マキさーん…」
「………」
「スネないでくださいよ…」
「………」
「…もー…」
あの恐怖の体験から数分後…僕達は神と落ち合うためにコンビニを目指していた。
あれだけ怖い所から逃げ出せたっていうのに、マキさんはご機嫌ナナメ。ずっと外を見てる。
あの魔境から逃れただけでも儲けものなのに。
もー、頑固なんだから…
あーあ、困った子だなー…
…
…いやー、アレ、マジで怖かったなー…。
何だっけ?
“天国から愛を集めに来たエンジェルちゃん”…だったっけ?
…おおおうっ!
悪寒がビシッと全身を駆け巡る!ヤッベエ…。今、思い返しても体が反応している!
髪が、いや、全身の毛が逆立っているのが分かる…。
…天国にはあんな奴がいるのか…。
死後は地獄に行くというのも選択肢としてアリなのかもしれない。
天国が“天国”という言葉だけで楽園だと決めつけるのは浅はかな事なのかもしれない。
いやいや。
もう考えるのはよそう。
もう、終わった事なんだ。
「いやー…連絡先とか知られなくて良かっt」
“♪ちゃらら~ら~ら、ら~ら、ら~ら~らら~”
!?
「ワッツ!?」
“♪ちゃらら~、ちゃらら~”
「ジュトゥヴ!?」
車内に流れるゆったりとした音楽。
なぜ急に…
“♪ちゃらら~ら~ら~ら…”
「…鳴ってる」
マキさんの視線の先…
パソコンは…未だにクラッシックを演奏し続けている。
ばかな。
そのクラッシック音楽…タイトルは“ジュトゥヴ”。
意味は…
『あなたがほしい』
“キキーッ!!”
ばかな馬鹿なバカな!?
“ガタガタガタガタ…”
自然と震えだす体。自然と下がる体温。
自然と向ける視線…視線の先、パソコン…。
『メールだよ。』『メールだよ。』
ディスプレイはピンク色に怪しく光り、メールが来た事を知らせる。
もちろん、そんな機能を設定した覚えはない…
…って…いう…か…
これ…“愛”を伝える曲…だけどこの悪寒は…
“♪ちゃらら~ら~ら、ら~ら、ら~ら~らら~”
…鳴り続ける。
たぶん、メールを見るまで…止まない。
新着メールにマウスを誘導して…
“いやだ”
いやそれこそダメだ。見ないとだれか分からない。それにお前の思っているのとは違うかもしれない。
“…奴だ…奴しかいない…見ちゃダメだ”
アイツがお前のアドレスを知っているはずがない。落ち着け、冷静になれ。
“でもこんな機能…”
お前が忘れているだけかもしれない。気のせいだ。アレはもう、終わったんだ。
“………”
「…ぼうや、鳴ってるから」
「イヒイッ!?」
もう少し、もう少し心の準備を、マキさん!
これは何かの間違い、手違い、あいつのわけが無い。
きっと神からメールとか…
「はい…エンジェルちゃんから」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!」
やっぱそうじゃねえかぁぁぁー!!
『メール:エンジェルちゃん』
ディスプレイにはそう記されていた。
なぜだ何故だナゼだ!?
………ハッ!?
「あっ!アイツにパソコン渡した!」
服を探す時に…あの時か!?あの短時間で!?
あいつ脳の半分溶けてるんじゃなかったのか!?
…オオウ…
…くそ。震えが止まらん…
…恐る恐る…届いたメールを開く…
『愛するピグマリオンへ
今日はお買い上げありがとうございました。
これでガラテアちゃんとの愛を深めて愛が成就する事を祈っています。
貴方は今、“何故、ピグマリオンとガラテアなのか”と考えてますね?
それは…ごめんなさい。
私達、あんなにおしゃべりして、着せ替えごっこもして、アドレス交換もした仲なのに、
まだストーリーテラーと愛人の関係だなんて失礼ですよね。
もう私達は友達以上の関係です。もう、名前で呼び合っても良いと思ったのです。
ですけど…私ったら、うっかり。
貴方の名前を聞き忘れていました。(てへっ)
でも、今更聞くなんてそれこそ失礼…どうしましょう…?
そこで私、良い事を思いついたんです。(ぴかーん)
“名前なんかじゃなく、愛称で呼び合っちゃえばもっとラヴラヴになれるじゃない!”って!
とってもいい案でしょう?私達だけが知る、秘密の、名前。
素敵。
貴方も気に入ると思います。だから貴方達は今日からピグマリオンとガラテア。
あ…でも…そうか…。
貴方達だけを秘密の名前で呼んでいたら愛じゃないですよね?お互いに愛称で呼び合わないと。
私も秘密の名前を教えないとね。…うーん…
…うん、そうだ。
これから私の事は“シェミちゃん”って呼んでね!
それじゃあ、また会いましょう。
私の愛する、愛しい愛しいピグちゃん、ガラちゃん。
貴方達にいっぱい、いっぱいの愛が降り注ぎますように…』
………ブルブルブル………
なんだこいつは…
っていうかオイッ!勝手に関係が進んでやがる!!
ウソだろ…おしゃべりって…どの服がいいのかっていう、営業トークみたいなやつだろ!?
あれで!?
どの辺にここまで進展する要素があったんだ!?
「は!ダメだ、消去っ!」
僕は急いでメール消去のコマンドを入れる。
“消去にはパスワードが必要です。”
は!?
何だこのメッセージは!?
てゆうかパスワード!?
メール消すのに何故そんな事聞いてくるんだ!?
“ドクドクドクドクドク…”
心臓の音が聴こえる…あるいは、感じる。こんなに。
離れたのに。解放、されたのに…
「で、データ!データを、けし、消して…消させ…」
パソコン自体を消せば、きっと解放…
“パスワードが必要です。”
…
“ドッドッドッドッドッ…”
心臓が…音…が…
「はぁっ、はぁっ、はぁっ!!」
…苦しい。息が…できているのか…!?しているのか!?
…
…
…はぁ!!
き、気のせいだ!
知らない内にどうやったか分からないけど、パスワードを設定しちゃったんだきっと!
だから、パスワードなんて適当に何回かやれば当たるさ!
…(ブッブー)
…(ブッブー)
…(ブッブー)
…(ブッブー)
…(ブッブー)
「あはは…パスワードってなんだよぉ~!!」
試した。色々。僕が打ちそうなヤツ全部!そう全部!!なのに…なのに!
「ああ…なんて、こったい…」
“♪ちゃーらーららっらっらっら、らーらーらら!”
ぞくう!!
「はぅあ!」
今度は悪夢の箱から別の曲が流れてきたっ!
「ウエディングマーチッ!!」
…結婚行進曲!
「…またエンジェルちゃんじゃない?」
ばぁかぁなぁあああ…
“データの更新中。データの更新中。”
「行進しないで!あ、更新…いや、イヤ!どっちもしないでぇ!」
“データ更新完了。”
ああ…更新…しちゃったんだ…。
“♪ちゃーららら、ちゃーらーらら”
「おぼっ!」
流れる行進曲。
でも僕は知っている。同じタイトルだけど作曲者が違って
「ワーグナー!!」
どうでもいいわ。
またしても名曲と共に表示される『メールだよ。』といういらない知らせ…
あなたがほしい→結婚行進曲とか戦慄を感じさせる選曲…もうそこまでの関係になってしまったのか?
『メール:シェミちゃん』
ぞくぅう!!
…うん、まあ
…しってた…
『愛するピグちゃんへ
元気ですか?シェミちゃんです。
さっそく秘密の名前でメールです。
…ふふ、でもちょっと、恥ずかしい感じもするね?
ふふ、でも“ピグちゃん、ガラちゃん、シェミちゃん”は三人だけの愛の絆。
とってもあったかい気持ちになるね。
ガラちゃんとの愛を育むのに忙しいピグちゃんの為に私のデータを書き換えておいたよ。
ううん、感謝なんていらないよ。愛する二人の為だもの。
それじゃあ、またね。
貴方達にいっぱい、いっぱいの愛を。』
“♪ちゃららちゃららちゃら、ちゃっちゃらったた~”
『メールだよ。』
…40番。
“ビィー、ビィー”
『バッテリー残量あと僅か…』
『バッテリー残量あと僅か…』
“♪ちゃ~らら…”
『メールだよ。』
またの名を
“ビィー”
『バッテリー残量、0』
“♪ちゃ…”
“ビィ…”
“ぶつん”
愛よ永遠に。
………なあ、気絶していい?
…はあ…
…アイツ…メールだとちゃんと話せるんだ…。
…人がこんな怖い想いしてるのに怒涛の追い打ちなんて…
アイツ、悪魔だろ。
悪魔って元々天使だったそうだし…あのでっかいナースキャップの下に角でも隠れてたりしてさ…
…
…
…
「ぼうや」
「ああ、え?」
…放心していた。
恐怖は通り越すと考える事を放棄してしまうらしい。
「いいの?」
「…ええ?」
…何が?
「…コンビニ。」
あ
…そう、コンビニ…。…会うんだったっけ。
“ブォォォン!”
再び車を走らせる…。
…
―――
“…うや”
で、…森の中…か。
“ぼうや”
せんべい割って…
“もういっかい”
彷徨って…
“飛ぶやつ”
「あー…」
“ねえ?”
「そんなに良い思い出ねえな、僕」
“ねえっ!”