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第二章 魂喰

『いらっしゃいませ~』

 巣鴨にあるマクドナルドに組織の車で乗り付け、私は入店する。そしてそのままスタッフルームに向かった。

 ここまでならば、バイトに来た女子にしか見えないだろう。

「おはようございます~」

「おはようございます!」

 スタッフルームに入ると先に入っていた。マクドナルドの制服を着た高校生くらいの女子二人が挨拶してくる。それを私は無視した。

 普段なら……というか日常生活ならば私はこんな態度はとらない。しかし、こいつらは局の人間。つまりエージェントだ。

 ここ、マクドナルド巣鴨店は表向きはただの飲食店。実際に営業しているし、完璧にマクドナルドの傘下にある。しかし、中で働くのは特殊な人間のみ、訓練を受けた人間がこの場所の秘匿性を守る為、ここで一日八時間のアルバイトを持ち回りでしている。

「お、お疲れ。滝柿君」

 奥に進むとまるで熊の様に体格の良い男が小さい机に座りコーヒーを飲んでいた。私はそれに冷たい視線を返す。

「疲れているわね。わざわざ私を呼び出すなんて。殺されたいの? 先に言っておくけど、ここで使う時間は三十分よ。それを越えたら帰るわ」

「う~んなるべくそうする様にしよう。しかし、君への待遇は特別だからなぁ~勘弁してほしい。それにほら……今日は血の気の多い奴も来てるから」

 男は自らの背後にある扉を指差した。そこは表向きは金庫という事になっている。

「そう。良いわよ私は、話し合うより殺し合う方が話が早く済むから」

「おいおい」

 男は金庫の鍵を開く……のでは無く。机の下にあるボタンを押した。

『ガコ』

 それと同時に床がスッと開きそこから階段が現れる。

「何だか秘密基地みたいですごく恰好が悪いわ」

「そう言わないでくれ。モグラが機嫌を損ねる」

 私はそれを無視して階段を下った。するとそこには地上のこじんまりした店舗からは想像がつかないような広々とした空間が現れる。そして、あちらこちらに複数の機材と地上に居る人材の五倍ほどのスタッフが各々作業していた。

「会議室で話そうか。皆待っている」

 男が私を案内する。そこは至って普通のドアで逆にこの施設には不釣り合いの物だった。

 男が扉を開けた……その瞬間だった。

『パキン!』

 密封されていた空気が飛び出す様に、沼から無限にヘドロが溢れる様に、心臓の弱い一般人ならばショック死しそうな殺気、悪意、そういった物が私の体を叩いた。

「不愉快ね……鬱陶しいのよ」

 私はそれに自らの殺気で応じる。それは幾千もの死神の鎌が舞うように、迫る殺気を叩ききった。

「おっとっと! ストップストップ! いきなり戦闘態勢を取らない。そして何で部屋の電気を切ってるの?」

 男は慌てたように私の間に割って入ると、部屋の電気をつけた。

 それと共に部屋が照らされ、円卓に並んで座る人影が現れる。

「ようよう大砲キャノン局長! 予定の時間より六時間も早く呼び出されたんだ! 現況に対してこれくらいの悪戯は許せよ」

 まるで童話の赤ずきんちゃんの様な恰好をした童女が、その容姿に似合わない邪悪な笑みを浮かべた。普通にしてれば見れない顔では無いが、今の顔は醜悪だ。

「なあ! 絶殺よ! どうしてお前が特別扱いされるんだよ。ただの殺し屋の分際でよ!」

「貴方はただの拷問好きな情報屋でしょ? それにどうして特別扱いされるのか教えてあげましょうか?」

 私は一歩踏み出すと空いている椅子に着席する。そして常人では見えない速度で服に仕込んでいた糸を振るう。

『ザクザクザクザクザク』

 円卓だったテーブルは六つに割れ、私の前に有るテーブル以外粉々に砕け散った。

「格が違うからよ。貴方達ゴミとは」

「何だとてめえ!」

 赤ずきんが懐から拳銃を取り出した。リボルーバータイプの……名前は忘れたわ。

 私は赤ずきんの拳銃を腕ごと切り落とそうと糸を振り下ろした。赤ずきんは反応出来て無い。まあ、腕の一本くらいなら死なないでしょう。

『停止して』

 澄んだ歌うような声、それと共に糸が空中で停止する。私はそれをやった張本人を見る。

 そこにはテーブルに載っていたティーカップを持ち上げ口に運ぶ。全身薄いピンクに身を包んだ女性が居た。彼女は歌春小春うたはるこはる。儚く消えてしまいそうな白い肌とモデル様なスタイルの良さがミスマッチで、何処か現実の人間からは離れている様に思える。

「赤ずきんちゃん。絶殺ちゃんと争っちゃ駄目よ? 貴方は戦闘向きでは無いのだから。そして私も、許して下さらないかしら? 絶殺ちゃん」

「貴方の殺気が一番鋭かったけどね。小春」

「ふふ、エリカちゃんが来てくれるんだもの。そっちの方が喜ぶかと思って」

 微笑む顔は穏やかで、私に好意を持っているのは真実だろう。しかし、この女ほど考えが読めない人間はいない。そして私が出会った中でしっかりと印象に残っている数少ない人間の一人。

「ち、歌春に免じてここは引いてやらぁ」

 赤ずきんはそういって座った。しかし、額から流れる汗は恐怖を隠しきれていない。

「ああ~話が纏まった所で話を進めさせて貰おうかな」

 大砲が困った様にポリポリ顎をかきながらモニターを操作する。

「まあ、本題から言うと先日、政府お抱えの組織、犬が壊滅した」

 モニターに映し出されたのは大きな屋敷と、その傍らに転がる死体。

「このように、まあ全滅したんだが、死因が様々でね。惨殺、殴殺、絞殺、毒殺、呪殺と……まあ一人、一人違う死に方をしてるんだが……私はこれを魂喰の仕業とみている」

「えっと、それは魂喰が部下を連れて犬を壊滅させった事ですか?」

 ニットを被った高校生くらいの男が尋ねる……幹部だったが名前を忘れた。

「う~ん、俺は違うと思ってる。うちの探索系の能力者の話によると、一人だけが淡々と歩いている痕跡があると、そしてそれに襲い掛かった犬が次々と死んでいったと……そんな事が出来るのは現状魂喰か……そこに居る絶殺くらいの物だ。絶殺はその時間……ああ、弟さんと一緒にいるのが確認されているから、消去法で魂喰の仕業と考えている」

「なるほど……しかし、そうなると魂喰の能力は……」

「ああ、そうだ。分からない。戦闘型なのか、呪術型なのか、あるいは別の何かか? だから君達全員を招集した。正直、戦闘能力で言えば犬はかなり高い。俺達と五分……まではいかないだろうが、手練れが多いのも確かだ。それが何も出来ずに死んだとなると、俺達にも犠牲が出るかも知れん。更に言うなら皇宮からこの件、正式に俺達名無しの預かりとなった」

「はぁ~やばそうっすね。ちなみに、俺達、探索係からすると手がかりは一切分かりません」

「無能ね。このニット帽」

「ひど! 絶殺さん! ちなみに僕の名前は田中太郎です! 覚えてください!」

 そういえばそういう名前だったかしら……。

「右に同じだわ。呪術的な要素も感じない」

「ふむ……他には?」

 一様に意見は無かった。私は意見する気も無かった。

「そうか……まあ、これは予想していた事ではあるかな。だが、これを見て分かったと思うが、警戒は怠らないでくれ」

「警戒も何もよぉ~局長。相手の手の内が分からないんじゃ警戒のしようがねえだろうがよぉ」

「まあ、赤ずきんよ。一対一では戦うなって事だよ」

「それはそうと、魂喰の目的って何なんですかね? そこら辺からプロファイリングすれば、自ずと相手の正体も見えると思うんですけど」

「魂喰の信者達を洗ってはいるし、接触が無いか泳がせても居るが、魂喰は一切現れない。目的を知るのは困難だ……しかし」

「しかし?」

「ある能力を持つ者に関してだけ死に方に特徴がある。今回の犬の件。犬の首領は星を読む巫女。長之爾来ながゆきじらい。彼女は魂を抜き取られる様にして死んでいた……いや、彼女に限っていえば静止していた」

「静止だと?」

「ああ、厳密に言うと彼女は死んでは居ない。生命活動を停止しているんだ。まるで時を止めたかの様にな。だから彼女の体だけは厳密に保管してある。そして、どんなに手を尽くしても、彼女が意識を取り戻す事は無かった」

「魂喰……ね。その話しぶりだと魂喰は予知能力に対しては魂を喰っているって事ですかね?」

「そう……田中の言うとおりだ。それが目的に繋がるのかも知れん」

 予知能力者……。

 私はその言葉だけを胸に刻んだ。そして魂喰をこの世から抹殺する事を決めた。

「まあ、大体能力の見当もついたしね……」

「ん? 絶殺。何か言ったか?」

「いいえ、何も」

 私は髪の毛を払いながら立ち上がる。

「約束の時間ね。私は帰らせて貰うわ」

「おい待てよ! コラ!」

 赤ずきんが私を止めようと立ち上がる。何だか仕事に関しては熱心な子。

 私は糸を振るうを赤ずきんの周囲を糸で固定した。それだけで、一歩でも動けば赤ずきんはバラバラの肉塊になる。

「私が魂喰に会えばバラバラにして殺すだけ、死体だけは回収させてあげる。それ以外でこのミッションに参加する気は無い」

「ええ、それが良いと思うわ。皆、各々やり方が有るもの、組みたい者は組む、いつものやり方で良いわ……ねえ? 局長」

「ああそうだな……スケアクロウを付けておくから報告はスケアクロウにしてくれ、欲しい情報があればスケアクロウに伝えさせる」

『あ……歌春……この糸切ってくれる?』

『ふふ、良くってよ』

 背後に声を聞きながら恒星くんの料理を作る為、私は家路を急いだ――。


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