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第一章 私の恒星くん  3

そこは校舎の外れ、PCが幾台も並んでいる。どの学校にも一つはあろう、視聴覚室だった。しかし、そこは第三の名を冠しており、授業では殆ど使われていない。

「それで……猫崎。周囲の状況は?」

 私は学校で被っている仮面を捨て、猫崎に尋ねる。すると猫崎はまるで王様に謁見する従者の様に床に膝をついて頭を下げる。

「はい。エリカお姉様。今日も恒星様の周囲には霊的、物理的、全てにおいて異常はありません」

 猫崎は真剣な様子でそう応じる。

「そう……」

 私と猫崎はただの高校の先輩と後輩という関係では無い。猫崎もまた、私の所属する組織、内閣調査局のメンバーの一人だった。

「奴隷使いを殺したから魂喰が動くと思ったのだけどね。まあ恒星くんの身が安全ならそれでいいわ」

「はい。それは万全です。恒星様の周囲三百メートルには局以外の人間も護衛に当たっていますから。それに私の探知能力もあります。ここに居たって恒星様への異常は感知出来ます」

 猫崎は特殊な感覚を持つ。それは類まれな聴力。半径五キロまでならば任意の範囲で音を聞く事が出来、更にその範疇ならば霊的な物も感知出来る。

「そう、しかし油断はしないように。貴方が探知に長けている様に、隠密に長ける者、敵の精神を操る者もいるわ」

「はい。エリカお姉さま。私、エリカお姉さまに心配してもらって感無量です!」

 ゴロゴロと猫の様にその身を寄せようとする猫崎の頭を私は掴む。

「貴方の心配なんてしていない。私は恒星くんの身が心配なだけ。勘違いしてたら殺すわよ?」

「はい、そんな所も素敵ですお姉さま!」

 猫崎は目を爛々と輝かせた。その姿は完全に私に欲情していた。

「それで……お姉さま。今朝の件ですが……」

「今朝の件?」

「ええ、恒星様の占いの――」

 そう猫崎が口走った瞬間だった。私は猫崎の首を片手で締め上げ、宙に持ち上げた。

『メギィ、メギィイイイイ』

「ぐぁ……がぁ」

 猫崎が白目を向いて足をバタバタさせる。私はもっとも人が苦しむ角度で、猫崎の喉を圧迫した。

「猫崎、貴方の感知を許可しているのは家の周囲だけ。家の中までの使用は禁止しているはずよね」

「がぁ……ぐあ」

「いいかしら? あの家は私と恒星くんだけの聖域、他の誰が立ち入る事も許されない。私達だけの国なの。そこに土足で上がり込むなんて……」

 私は猫崎の腹部に指を突き立てる。それをゆっくりと痛みを最も感じる急所へ滑らせる。

「貴方、私に殺されたいの? ねえ答えてくれる猫崎?」

「…………」

 猫崎は痙攣しながら失禁していた。しかし、わずかに残った力で首をゆっくり振った。

「ふん」

 私は猫崎の首から手を離す。すると猫崎は床に突っ伏して荒い息を漏らした。

「はぁ……はぁ……すみません。魂喰が来る可能性が高かったので、能力を強く発動してしまいました。は、話が聞こえたのは偶然です」

「ふふ、嘘をおっしゃい。能力の不制御なんて……わざとやったわね? 理由を聞こうかしら?」

 私がごみを見るのと同じ目を猫崎に向けると、猫崎はクネクネと身悶えした。

「はぁ……はぁ……え、エリカお姉さま。圧倒的な存在なエリカお姉さまに嬲られ蹂躙され……それが私、たまらなくて……」

 恍惚な表情を浮かべる猫崎。その頭を私は踏みつける。

「そう……でもね。お遊びはほどほどにしなさい。貴方は私の所有物、それはすなわちあなたの全存在は私と……恒星くんの為にあるの。分をわきまえないゴミならば、快楽を与える暇もなく、この世から抹消してあげるわよ?」

 猫崎の口から血が毀れる。私はそれを指で拭った。

「はぁ……はぁ……」

「まあいいわ。貴方は代わりのきく玩具。私が飽きるまで仕えなさい」

「はぃいいいいいいいいいい。おねえざまぁあああああ」

「恒星くんの占い……確かに恒星くんは世界を総べる力を持つ男の子」

 しかし、しかしだ……。

「そんなのは些事なのよ。恒星くんはその力が無くても私という世界に燦々と君臨する太陽。私の全ては恒星くんの物……そしてその力に群がる害虫は、神であろうと殺す」

『ガンガンガン……』

 私は猫崎の頭をけり続けた。その度に視聴覚室のパソコンが血に染まっていく。

「殺す殺す殺す殺す殺す――」

 ああ、恒星くん。お姉ちゃん。頑張るからね。恒星くんをこの世の災厄全てから守って見せる。

 ああ、興奮してきた……恒星くん! 恒星くん! 恒星くん!

『ス……』

 私の恒星くんへの想いが最高潮になった時だった。猫崎が震える手で何かを差し出した。

「は!」

 私は思わず悲鳴を上げる。友達と談笑しながら登校する恒星くんの写真が有った。

「何時もの……今日の恒星様の登校写真です……」

「あああああ! 可愛い!」

 私は猫崎から写真を受け取る。今まで様々な人物に写真を依頼してきたが、猫崎ほど恒星くんの魅了を写真に写しだせる人物はいなかった。勿論私を除いてだが。

 ピンボケした写真を持ってきた者を二人ほど私は殺している。

「でも猫崎、恒星くん以外はいらないわ。他はボケさせなさいよ」

「はぁ……はぁ……いえ、エリカお姉さま。背景は写真にとって命です。そのモブが恒星様の魅力をより一層引き立てるのですわ」

 ふむ……。

 私はじっと写真を見る。確かにそう言えなくもない。万人に優しい恒星くん。そんな魅力が写真に現れている。

「……そうね。これからも励みなさい」

「はい。エリカお姉さま……それで局からの指令ですが……」

 そういってエリカは安っぽいメモ帳を取り出した。何処から情報が漏れるか分からない為、局からの指令は直接手渡しで行われる。

「ふん……第一本部に集合ね。私が行くほどの事かしら?」

「エリカお姉さまはS級戦力ですから。呼ばれるのはそれほどの理由です……魂喰の件かと」

「そう……ENDファイルで満足すればいい物を……」

 恒星くんと魂喰に直接的な関係は無い。しかし、リスクは回避しなければ、恒星くんに一パーセントでも害を及ぼす危険性があるならば、先に殺しておかねばならない。

「教室に行くわ。貴方は早退なさい。恒星くんへのガードを更に強化するの」

「はい。エリカお姉さま」

 猫崎はそういうと血を流し血を這いながら窓から落ちた――。


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