第一章 私の恒星くん
「ふぁ~むにゃむにゃ……」
天使……それが現実に存在するならば、この子の事を言うのだと、私は確信している。世界中の可愛い物を集めたって、この子には遠く及ばないだろう。それほどに圧倒的で、完璧で、絶対的な存在はいない。神……いや、神すらも遠く及ばない。何? 私はこの子をなんて表現したらいいの?
『パシャパシャパシャパシャパシャ!』
気が付いたら私は一眼レフカメラで、恒星くんの寝顔を連写していた。ああだってしょうがないでしょう? こんなに可愛いだから。写真を撮らない事が罪。それは許されざる行為だから!
「ん、うぅぅん……ふぁ……お姉ちゃん」
眠気眼をこすりながら、薄目をこちらに向ける恒星くん。
ウギィイイぃいいいいいいいいいい! が、がわいいぃい!
「ふふ、おはよう。恒星くん」
私は髪をかきあげおはようの挨拶をする。ああ、駄目だ。理性を抑えるのが精一杯だ。でも、でも、でも、でも、恒星くんの前では素敵なお姉ちゃんでいなければ!
「ふにゃ……もう起きる時間なの?」
「そうよ。今は六時半。起きてご飯を食べて準備しないと。学校に遅れちゃうわよ」
「うん……」
そういうと、恒星くんは再びベットに横たわった。布団が恋しいのだろう。二度寝の感触を楽しんでいる。
ああ、この姿をずっと眺めていたい。このまま世界が崩壊してしまっても構わない。そこに私と恒星くんだけが居てくれるなら。
プニプ二と恒星くんのほっぺをつつく。それはまるでプリンの様な感触で、そのままかぶりついてキスをしたくなる。
「うぅん……おはよう。お姉ちゃん」
「おはよう。ほら、朝食が出来てるから。一緒に食べましょう?」
「うん……分かった」
恒星くんはそういうとトテトテと歩きだした。私はその後を部屋のドアを閉めながら続く。
「今日は恒星くん好きなキャロットケーキよ」
「……うん」
まだ寝ぼけているのだろう。恒星くんは眠そうに椅子に座った。私はその前に朝食を並べていく。恒星くんの好きな物、栄養バランスを考え、恒星くんのその日の気分も加味している。
「いただきます」
恒星くんは小さな手を合わせ。食事を開始する。フォークを操る姿はまるで童話の小人さんの様。
「はい。いただきます」
私も正面に座り、一緒に食事を始めた。しばらく平穏で、幸せな団欒が続く。
「恒星くん。今日は図工があるわよ。ちゃんと昨日、絵具を用意した?」
「あ……うぅ……」
食事の最中、私がそう尋ねると恒星くんはシュンッと縮まった。そして、子犬の様な目でこちらを見る。
「ごめんなさい。昨日、やろうと思ったんだけど」
ああん! 可愛い! 抱きしめたい!
恒星くんが絵具を準備して無い事は勿論最初から知っていた。昨日は恒星くんの好きなアニメがやっていたから。
「ふふ……大丈夫よ。玄関に絵具セット用意しておいたわ。これからは自分で用意しなきゃだめよ」
「うん。ありがとう。お姉ちゃん」
恒星くんの顔がぱあぁっと明るくなる。それはとても眩しくて……目が潰れる。
「もう、恒星くんはいつまで経っても甘えん坊さんね」
「そんな事無いよ! 僕ね、お料理だって出来る様になったんだよ。こないだ、家庭科の授業で作ったの」
「まあ、そうなの?」
勿論それも知ってる恒星くんが受けてる授業の内容は全てリサーチ済み。でも恒星くんから聞くとまるで魔法の言葉の様に聞こえる。
「うん。今度お姉ちゃんにも作ってあげる」
「ふふ、楽しみだわ。でも、包丁と火を使う時はお姉ちゃんが居ないと駄目よ。これは絶対に約束よ」
「はぁ~い」
優しい! こんなに優しい子がこの世に存在するのかしら? お姉ちゃんに料理を作ってくれるなんて……はぁ……脳髄から全身へ、甘い電流が流れて行くのが実感出来る。
幸せな食事を終えると、恒星くんは着替えに行った。そして再び現れた時にはトートバックを肩にかけていた。
「それじゃあお姉ちゃん行ってくるね」
「はい。いってらっしゃい。車に気をつけるのよ」
「うん」
「ほら絵具を持って忘れちゃ駄目よ」
「分かってるってば~」
「はい。じゃあいってらっしゃい」
「うん。行ってきます……あ、そうだお姉ちゃん」
「ん?どうしたの? 恒星くん」
靴を履いたまま振り返った恒星くんの髪がふわっと揺れる。それと共にシャンプーの甘い香りが私の鼻を優しく撫でた。
「えっと今日も夢を見たんだ……いつもの良く覚えてる夢」
「ふふ、怖い夢じゃなかった?」
「うん。とっても楽しい夢」
「あら、じゃあお姉ちゃんに教えてくれる?」
うん! と恒星くんは元気よく返事をすると夢を思い出しているのだろう。うっすらと目を閉じた。
「僕がね。桜の花を持ってるの。それでね。周りに一杯の人がいて、皆が僕の花を欲しがるの。だから僕は皆のお花と僕の花を交換するの。そしたらね。そのお花で滑り台に乗っていいよって言われて。滑り台で降りたら、そこで待ってた人が僕が皆から貰った花と、沢山のお菓子を交換してくれたの」
「そっか~良かったね。恒星くん」
「うん。だからお姉ちゃんと食べようとしたんだけど、そこで起きたの」
や、優しい……恒星くん。
「ふふ、残念だけど仕方ないわね。それなら、今日はお姉ちゃんとおやつを食べましょう。ケーキを焼いてあげる」
「うん! じゃあ今日は早く帰って来るね!」
そういうと恒星くんは小学校の帽子を被り元気に手を振って玄関を出た。私はドアが閉まるその瞬間まで手を振りかえす。
「ふふ、ふふふ」
こうして見送っていると母性愛というのだろうか、柔らかな感情が私を包む。
「ふふ~ん」
私は上機嫌のまま浴室に向かう。日課であるシャワーを浴びる為に。
『シャアアアアアアアアアア……クユ』
軽くシャワーを浴びて浴室から出る。そしてバスタオルの代わりに何時も用意している。恒星くんの下着を手に取った。
「ふ~ん♪」
柔らかい下着で、全身の水滴を拭っていく。体が乾燥する心地よさと、恒星くんの下着の甘酸っぱさがたまらなく私の体を目覚めさせる。
下半身に感じるシャワーの水滴とは違う湿気を感じたので私はそれを恒星くんの下着で丹念に拭った――。




