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帰りたい、帰れない

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 ひとりふむふむと頷くおじさんに引っ張られ連れて来られたのは、さっき通り過ぎた村の中央らしい広場だった。

 がっちりとおじさんに腕を取られるあたしの顔を、道行く人たちが胡散臭そうな顔で眺めている。腕組んでるみたいに見えるし、ちょっと恥ずかしいから、やめてくんないかなあ……。

 来たときには背中側で見過してしまったけど、広場のちょうど南側に位置するあたりに、他よりも少しばかり立派な建物があった。何が立派って、ほとんどの建物が木造なのに、ここだけ石造りのそれも三階建てなのだ。

 入口の前でちょっと立ち止まって扉の上の看板を眺めると「組合(ギルド)」と書いてあった。バス停と同じ読み難い飾り文字で、うーん……それでも普通に読めちゃうんだけど、やっぱり日本語じゃないよね、これ。だって「組合」と「ギルド」の両方に、同時に読めちゃってるし……。

 しかし組合(ギルド)って、まさか冒険者ギルドとか? これじゃまるで転生もののテンプレじゃないの。


「あの……組合(ギルド)ってなんですか?」

「うん? ああ、でかい町しか知らないのかい? ここの村は規模が小さいから役場も組合(ギルド)も一緒くたなんだよ」


 おじさんの説明は、さっぱり要領を得なかった。

 建物の中は二、三十人が座れそうな待合室と、受付カウンターが奥にあった。見たことないけど、転生ものに出てくる冒険者組合(ギルド)ってきっとこんな感じ。でもそれよりやっぱり区役所とか市役所みたいな感じかな。でなければ病院っていうか診療所?

 長椅子には誰も座っていない。閑散としていた。何の組合(ギルド)だかよくわからないけど、ぜんぜん流行ってないみたい……。

 受付には「管理局」と、これまた難読飾り文字で書いてあって、いかにも堅物で神経質そうな眼鏡の男性がこちらのほうをじろりと睨んでいる。その視線を受け止めているのは、あたしの前に立ちはだかるおじさんだ。


「ルド、相変わらず、暇そうな奴だな。今日はいったい何の用だ?」


 ふーん、おじさんの名前はルドっていうのか。あたしはしっかりと頭にその名を刻みつけた。

 もしやルドは日本語が堪能な外人で、あたしに気を使って日本語で話しかけてくれただけかもと一瞬疑ったんだけど、違ったみたい。この受付の男性とルドおじさんの会話も、あたしにはちゃんと聞き取れて理解ができた。喋ってるのはやっぱり日本語じゃないようだ。英語とかフランス語とか、あるいは中国語とか韓国語みたいにどこかで耳にしたことのある言語とも違うんだけど、意味は自然に頭に入ってくるって感じ。


「大きなお世話だ、ラゴー。別に怠けてなんかいないぞ。今日はお前んとこの客を案内してきてやったんだ。《マロウド》と一緒のマドウシャで来たらしいんだが、迷子になってたんだ」


 こいつだ、とルドはあたしの肩を押しやった。


「うん? 《マロウド》は連絡通りに十人、もう受け付けは済んでるんだが……? あんた、本当に《マロウド》か?」

「その、マロウドってのは何のことですか? っていうか、あた……別に役場に用はないんだけど?」


 ルドと受付のラゴーが勝手に話を進めてしまいそうだったので、あたしは急いで割り込んだ。

 自分のことを「あたし」と呼びそうになって慌てて飲み込んだんだけど……あたしは日本語を喋ってるつもりにもかかわらず、二人にはちゃんと通じているみたい。二人が日本語を理解できるって可能性も否定できないけど。


「用ってね……」


 ラゴーは、いかにもお役人っぽい小馬鹿にした態度で言った。


「村に来たら管理局に届けるって決まりでしょうが。ルド、ちゃんと説明したのか?」

「何で俺が……?」


 ルドに責任を押しつけるのは筋違いだろうと思ったけれど、わけがわからず困っているのは事実だ。とにかく下手(したて)に出て説明を求めた。

 意味不明な用語だらけだったけれど、どうにか理解できた部分を要約すると、村や町の出入りは管理されているから、到着したらまずは管理局に届けることが義務づけられているということだった。だから村に入るなり公衆浴場へ直行したあたしは、本来なら条例だかなんだかの違反に問われるのだそうだ。

 何でそんな規則があるのかとか、管理局とは何を管理しているのかとか細かいことはわからなかったけど、とりあえず、それだけはわかった。


「すみません……何にも知らなくて。で、どうすればいいんでしょうか?」

「身分証を出して」

「身分証ですね、はい……」

「登録の腕輪か、マドウフダでもいいですよ」

「マドウフダ……?」


 耳慣れない言葉に、あたしは身分証代わりの原付免許を出そうとしかけていた手を止めた。

 半ばフリーズしてしまったあたしに助け船を出してくれたのは、またもや親切なルドおじさんだった。ルドはあたしが下ろしたリュックのポケットを指差していた。


「それ、変わった型のマドウフダだな。最新型かい?」


 ルドが指し示していたのは、昨晩、茂樹に設定してもらったばかりのスマホだった。


「これで……いいんですか?」


 ポケットから引っ張り出したスマホは、液晶画面が半分くらい潰れてしまっていた。さっき斜面を滑り落ちたときに、全体重かけちゃったのかな……。落ちた後、すぐに調べればよかった。とはいえ、調べたからって何が変わるわけでもないんだけど。


「ああ、壊れちゃってるねえ……。うん、読み取れるか? どうだ? うーん、駄目だね」


 受付のラゴーは受け取ったスマホを窓口の中の機械に、うんうんと唸りながら翳したり乱暴に押しつけたりした。いったいどういう仕組みの機械なのかさっぱりわからないんだけれど、ポイントカードとか会員証的なものならともかく、スマホ自体が身分証になるなんて聞いたこともない。壊れてるから読めないんじゃなくって、そもそも読み取るなんて無理なんじゃないの? ってなことを思いながらも、あたしは黙ってラゴーのやることを見つめた。

 ラゴーは意外に器用な手つきでスマホの画面を操作していく。あれ? この人、スマホの使い方を知ってる? 冒険者組合(ギルド)でスマホが有効って、テンプレからはちょっと外れてる……よね?


「ああ、やっぱり駄目だね。マドウキでも駄目だし、表示も半分以上割れたところに隠れちゃって読めないよ」


 マドウキって何ですか、って質問は完全スルーされてしまった。「どうせ女は機械音痴なんだから説明するだけ無駄」みたいな気持ちが、ルドとラゴーの表情からは透けて見えた。ん? あたしの性別は今、男だから「どうせ女は」はないのか? それでも機械に対するあたしの苦手意識が、性別の差を乗り越えてそこはかとなく内面から滲み出てるんだとしたら、ちょっと悲しい。


「そうですか……。どっか修理できるところ、ありませんか?」

「残念ながらうちみたいな小さい村じゃ無理だね。もっと大きな町じゃないと」とルドが口を挟む。「いちばん近いのは隣町の南東の町――東の谷の手前だな」

「隣町……ですか? じゃ、急いで行ってくるんで、場所、教えてください」

「だから、まずは入村記録をして、それから……」


 うんざりしたような顔でラゴーは説明を繰り返そうとした。次の瞬間、「あっ!」と声を上げたラゴーは、そのまま手を額に当ててがっくりと項垂れた。


「ああ駄目だ、駄目じゃないか……。未登録のままで村から出すわけにはいかないし、出なきゃ直しに行けないし」

「そんな……。出張修理とか、じゃなければ誰かに行っていただけませんか? お礼はしますから」

「無理だよ、みんな忙しいんだ。そんな時間はない」

「でも……」

「ラゴー、面倒がらずに仮登録でもなんでもしてやりゃ、いいじゃないか」

「その手があったか!」


 ルドの言葉にラゴーはぽんと手を打つと、いそいそとマドウキ(・・・・)に向かって何やら作業を始めた。


「あんた、名前は?」

「あ、はい……岸根川(きしねがわ)千尋(ちひろ)です」

「ずいぶん、長い名前をつけたねえ。キシネガなんだって?」


 いや別に、自分でつけたわけじゃないし。半分以上は苗字だし。


「岸根川、千尋、です。字は……」


 ところで字は、漢字は……通じるんだろうか? せっかく丁寧に区切ったけれど、ラゴーはぶつぶつと文句を垂れるばかりだ。そんなにわかりにくいなら、この際、真面目に本名を名乗らなくてもいいんじゃないかって気がしてきた。


「えっと、じゃ、千尋で」

「ああ、チーロね?」

「違います。チ・ヒ・ロ」


 何度も訂正を繰り返して、ようやくラゴーから手渡されたのは、薄っぺらい板というか札のようなものだった。あ、やっぱりマドウフダのフダ(・・)って札なのね。ってことはマドウは? まさか魔道……違うよね?


「身分は《討伐者》で登録したから」

「《討伐者》ですか……?」

「ああ、《マロウド》のほうが良かったかい? でも残念ながら《マロウド》は正式な紹介状か推薦状での身元照会が必要なんで、仮登録は難しいんだよ」


 《マロウド》がどういう身分なのかわからないけれど、《討伐者》はなんだか仰々しいなと思ったのだ。せめて《冒険者》とかならそれっぽいと思ったんだけど、そういう身分はないらしかった。


「《討伐者》なら仕事もいろいろ選べるからね」


 そういうことでとりあえず納得させられた。《マロウド》の説明もしてほしかったけれど、それより先に、あたしにはやるべきこと、そして訊くべきことがあった。スマホの修理だ。いや、仮登録証だか身分証だかをもらったからいいのかもしれないけど、でも潰れた液晶画面では他にもいろいろと困る。


「隣町って南東の町でしたっけ……そこって近いですか?」

「乗り合いマドウシャなら一日ちょっとくらいかな」


 呆れるくらいにとんでもない数字が出てきた。嘘、冗談だよね? 冗談って言ってよ……。

 縋るような思いで見つめたルドが告げた言葉は、さらにあたしを愕然とさせた。


「次の乗り合いマドウシャは十日後だ。歩きだと三日はかかると思ったほうがいいな」

「え〜!? そんなにかかんの?」


 十日も待ってられないし、三日も歩きたくない。よく考えたら仮の身分証が手に入って村から出られるようになったんだから、このまま帰ればいいだけなんじゃないかと、あたしは気がついた。


「戻りのバス……マドウシャは?」


 ラゴーは憐みの視線をあたしに向けた。


「乗り合いマドウシャは五十日かけて国を時計回りに循環しているんだよ。だいたい十日にいちど来る。逆回りはないから、もとの場所に戻るなら、ぐるっと五十日かけて国中を一周しなくちゃならない」

「歩いて戻るのは?」

「無理だろうな」と言ったのはルドだった。「逆方向は、いちばん近い停留所でも徒歩五日はかかる。それにトガビトの(ほこら)が途中にあるから、許可証なしじゃ通行できない。仮身分証のチーロじゃ駄目だろう」

「トガビトの祠って?」

「ああ、《トガビト》が召喚される場所のことをそう呼ぶんだ」


 あたしとしては《トガビト》の意味を訊いたつもりだったんだけど、期待した答えは返ってこなかった。

 まあトガビトってのはたぶん、咎人とか罪人なんだろうけど。脳内自動翻訳があるなら、もっとわかりやすい言葉に訳してくれればいいのに……でも罪人か咎人だろうって想像がつくんだからちゃんと変換されてるってことなのか。

 そう考えるとマドウシャは魔道者? いや車だろうから魔道車か魔導車か。意外と魔動車って線もある。マドウキは魔道機とか器とかかな?


「じゃあ十日後までこの村に滞在するとして……宿ってあります?」

「公衆浴場の隣が宿だ」とルドが口を挟んだ。「が、仮の身分証じゃツケはきかないぞ。金は大丈夫か?」


 こんな村だから大した宿はないだろうけど、さすがに十日分は痛い出費だ。貯金もだいぶ取り崩しちゃったし、この場はとりあえずカードで払って、兄に事情を話して引き落とし前にいくらか借りるしかない。でも待ってよ? ここってカード使えるの?


「クレジットカードは使えるの?」

「ツケはきかないって言っただろ」


 ルドがクレジットカードの仕組みを知っているかどうかは微妙だった。あたしの言ったことがこの世界の言語に変換されるときにツケ(・・)に相当する言葉が選ばれただけなのかもしれない。

 でも問題はクレジットカードが存在するかどうかではなくて、使えるか使えないかだけだ。そしてどっちにしろ、使えないという答えには変わりはなさそうだった。


「現金で足りるかな……。ATMもなさそうだし……」


 独り言を呟きながら財布を取り出した。新しいアパート用に何か買うかもと思って少し余分に持ってきたけど、それでも一万五千円しかない。こんなド田舎っぽい場所でも二泊が限度、三泊は無理だろうなあ……。


「そりゃ、いったいどこの金だい? 両替してこなかったのか?」


 気がつくとラゴーがあたしの手元を覗き込んでいた。


「……やっぱ駄目ですか」

「金がないんだったら、働いて稼げばいいでしょう。十日もあるんだし、何かしら依頼を受ければ一日分くらいの宿代はどうにかなるんじゃないですか?」

「依頼……ですか?」


 キター! これがまさかのテンプレ展開、クエスト対応? 

 でもあたしに何ができるだろう?

 男の身体になって体力や腕力も増強してるのかもしれないけど、生まれてこのかた取っ組み合いの喧嘩すらしたことはない。薬になるナントカ草の収集依頼とかならいいかもしれないけど、それだって魔物とか野獣とかに襲われても戦う術なんて持っていない。


「ちょっとよろしいですか――」


 うじうじと悩んでいると、後ろから声をかけられた。やや低めで渋い、イケメン指数の高そうな声だ。

 ラゴーが満面の笑みを浮かべて、にこやかに挨拶をする。今にも揉み手してお追従でも並べ立てそうだ。


「これはこれは、テルンさん。今日はどのようなご依頼で?」


 ぱっと振り向くと、後ろにいたのは渋い声が似合う素敵なイケメン中年男性だった。反射的に頬が赤くなりそうになって「俺は男だ、俺は男だ」と必死に心の中で唱えて堪えなくちゃならなかったほどだ。

 イケメン中年は、受付に立つラゴーではなく、まっすぐあたしに視線を向けて、こう言った。


「よろしければ、私どもの護衛をお願いできませんでしょうか?」


 うん、痺れるような美声だったわ。

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