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昨日の敵は今日も敵

 それからも祠の停止と獣人の卵集めの日々が続いた。っていっても、何ヶ月も何年もって話じゃないんだけどね。それでも連日の繰り返しだから、感覚的にはかなり長い。

 一緒に行動するのはルルリリ。ソネミはメイドカフェ講師との兼ね合いで、来たり来なかったり。オコリもとりあえずメイド見習いをやりつつソネミと交替でついてくることもある。けど、そのうちに南東の町かどこかテルンさんの息のかかった町とか村に行くんじゃないかな。


 ジヌラとカバネには祠停止用のアプリを渡しに行って、いちどだけ会ったわ。焼け残ったガルガウィの小屋を修復して住んでるみたいだけど、咎人の聖域を再興するってのは、資金繰りも含めて相当に難しいみたい。テルンさんは援助を申し出ているらしいけど、直接的な支援は受けたくないって。ま、気持ちはわかるけど。でも結局《咎人》を保護しても生活を支えきれないんで、テルンさんの関係者を頼るしかないみたい。


 こっちの世界へ来てから、なんだかんだいってドラマチックな生活をしてたからね。同じことを繰り返す日常ってのは久しぶりだし、ちょっとだけ退屈かも。いや、魔物だの《討伐者》だのを倒すのが日常って感覚はおかしいんだけどね。


 でもチャチャルが現れたことで、その平穏な日常は終わった。あれ、終わってないのかな? 終わるかもって期待をもたらしただけ?


「ギルラン伯爵様がチヒロさんにも急いで報せてやってほしいって」

「そうなんだ。それはありがたいんだけど……なにも祠の停止作業にまでつき合わなくてもいいのに?」


 南東の町からギルラン伯爵の別邸まで、チャチャルの足なら大してかからない。朝、あたしが起きだす頃に別邸に来るなんて、チャチャルならそれこそ朝飯前のはず。なのになぜだかチャチャルはあたしが出かけるギリギリ直前に、馬車に滑り込むようにやって来た。


 今日の予定は南東の町のさらに南。魔動車の通る街道の外側にある祠の定期巡回だ。

 ここの祠はわざと停止しないでいる。なぜって、他の祠は勝手に偽装停止しちゃったから、必然的に《咎人》は正常に(・・・)稼働している祠に出現するってわけよ。そこを定期的に見回っていれば、新しく出てきた《咎人》の保護も簡単ってわけ。

 ってことはさ、この間、ギルラン伯爵別邸近くの祠を停止したのって馬鹿みたい、って思うわよね? 近いほうが目も行き届きやすいし、点検も楽じゃん?

 でも、実際は別邸で寝起きしてるのはあたしのチームだけでさ。ブグルジもハリュパスも、その他のギルラン商会の面々も、みんな本拠地は商会のある南東の町が本拠地なのよ。多数決で負けちゃったんだわ。


「メイド服を着てくれるなら、連れてってあげてもいいかな」

「それはちょっと……」


 《咎人》のふりをしていたときは全然いやがらなかったんだけど、やっぱり男の子としては気が進まないのかしらね? ま、単なる冗談だし、オコリがいるからチャチャルに女装させる必要はないんだけどね。でも、チャチャルのメイド服姿、ちょっと見たかったかな。


「で、急ぎの報せってなあに?」

「エリファ伯母様の研究がね、ほぼ完成したって」

「そ、それはつまり……!」


 それって元の世界に帰れるってこと……?! いやいや、焦るな、あたし。糠喜びしてんじゃないわよ。

 ハリュパスが気を利かせて御者をしてくれてるんで、チャチャルの話は馬車の中にいるオコリとルルリリにも聞こえている。オコリはなんともいえず複雑な表情だし、ルルリリもチャチャルの膝に寄りかかりながら真面目くさった顔をしている。それを見てると……思わず上げそうになった歓喜の声もつい萎んじゃう。


「で、結局、どうやって停止するの?」

「ボクは素人だからね、説明しきれないよ。情報屋のボクの仕事は、研究が完成したって伝えることだけ。詳しいことは伯母様が説明するから、元の女人の村へ集まってほしいってのがテルンさんからの伝言だよ」

「チーロ様……チーロさんは、魔道にも詳しくていらっしゃるのですか?」

「いや、全然。あたしが元いた世界には魔道だの魔法だのはなかったからね。聞いてもきっとチンプンカンプン――ええと、さっぱり意味不明だと思うわ。ってかさ、あたしが知りたいのは魔道の仕組みじゃなくって、実際にどうやって停止するのかってこと。どっかの管理局を襲うとかするわけ?」


 推測で物をいっても無意味かもしれないけどさ、咎人制度をぶち壊すんだとしたら、管理局、それも中央のやつとか《咎人》を送り込んでくる側の世界のやつを壊す必要があるんじゃないの? ま、エリファさんが「できる」って判断したんだから、こっちにある装置とか壊せばどうにかなるんだろうけど。それにしたって、遠隔操作で魔道器を使うとか呪文を唱えればオッケーって話じゃないよね?


「具体的な作戦についても、そのときにテルンさんから話があるはずだよ。たぶんだけど革命とか戦争みたいな大掛かりなことはしないはず。だから本来なら無関係のチヒロさんに手伝えってことにはならないと思うよ」

「いや、あたしにとっても帰れるかどうか、かかってるんだし、無関係とはいえないでしょ。手伝えることがあるなら手伝うわよ。ま、命懸けろとまでいわれたら、それはちょっと待ってよってなるけど……」

「ありがとう、チヒロさん。それと、これは他の《咎人》の人たちにも当てはまることなんだけど――咎人制度が終わりを迎えたときに、元の世界に帰るかこちらに残るか、どうしたいか考えておいてほしいって」

「え? 自動的に元の世界に帰っちゃうんじゃないの……?」

「必ずしもそうじゃないみたい」


 チャチャル自身が興味があったのかしらね。ほんの少しエリファさんの話を噛み砕いて聞かせてくれたわ。ま、あたしに理解できたのは、ほんの僅かなんだけど。

 その説明によると《咎人》の首輪とか《復讐者》や《討伐者》の魔道札の情報を消去すれば、元の世界との繋がりを断ち切ることができるかもしれないってことらしいわ。元の世界の受刑者名簿だとか、戸籍だか住民票だかのID無しでは、行き先不明で送還に失敗するってことみたい。チャチャルが首輪を嵌められたとき、魔道器を使って首輪の情報を書き換えれば首輪が外せるんじゃないかとかいろいろ悩んだけど、要はそれと似たような理屈かしらね?


「元の世界に帰りたくないって人も中にはいるみたいだしね」

「そっか、人それぞれ事情はあるもんね……」


 ジヌラとカバネなんてその典型かもしれない。どっちかっていうと帰って来るなって感じかもしれないけど。彼らなら、残るという選択肢があるなら、それを選ぶ可能性はありそう。

 あるいはエリファさんみたいに、こっちで生活基盤を固めたってケースもあるのかも。制度が始まった以降だと婚姻は無理かもしれないけど、商売が成功したとかね。あ、でも咎人制度が終わったら、奴隷商人とか商売の根幹が変わっちゃう?


「どっちにしろ、エリファ伯母様は帰るつもりみたい……」

「あっ……チャチャルの伯父さんって亡くなったんだっけ」

「それもあるけど……伯母様は咎人制度をこの世界に持ち込んだ責任を取るつもりみたい。元の世界でこの制度を維持しようとする動きを阻止するって」

「そりゃ仕組みの基礎を作ったのはエリファさんかもしれないけど、間違ってるのは使い方でしょ? エリファさんが責任を感じる必要なんてないじゃん!」

「作った人間だからこそ気づけることもあったはず。間違った使い方を止めなかった自分を恥じてるって……」


 でもさあ……。原爆を作った科学者は後悔したみたいだけどさ、どう取り繕おうが武器兵器である原爆ならともかく、異なる世界の間を移動する技術だよ? 悪用するとしてもさ、侵略するとか資源を奪いに行くとか、もうちょっとストレートに普通は考えるもんじゃない? 流刑に使って他所の世界の社会を破壊するなんて、想定しろってほうが無理よね。


「そっかあ……。あたしは自分が帰れればそれでハッピーって思ってたけど、そう単純なわけでもないのかあ……」


 ま、一点だけ心配があるとしたら、元の世界への帰還は魔道札に登録されているデータに基づいているらしいってところよね。なにしろあたしの魔道札はスマホであって純正(・・)じゃないからねえ。

 管理局のシステム停止に成功したのに帰れませんでした、てへぺろ、とかやりたくないわ。


 チャチャルとあたしの会話を黙って聞いていたオコリが口を開いた。ものすごい真剣な目つき。


「チーロさん、わたしの首輪……読んでいただくことはできますか?」

「あ、魔道器があればだけど……エリファさんに預けちゃってるんだよね」

「ならばわたしも、エリファ様という方にお目にかかることはできますか?」

「今すぐ、今日にでもってのは無理だけど、チヒロさんが女人の村に行くときに一緒に来れば会えるよ」


 ま、こっちの世界で本来の自分とは異なる姿で生きる決断ってのは、そう簡単にはできないんでしょうね。自分がどのくらいの刑に服しているのかってのも気になるだろうし。

 元々の性別も女であるソネミならどうなんだろう? あと一回か二回で刑期満了なら戻ることを選ぶんだろうか?

 ルルリリはどうなんだろう? みんなに可愛がられてる今は幸せそうだし残るかしらね? でも、あたしがいなくなってもいいのかしら?

 ああ、そうだ。元の世界に帰り損ねたら、このままルルリリと一緒にこっちで生活するってのもいいかも。それって虫が良すぎるかな?


               ◇◆◇◆◇


 南東の町近くの祠は建物じゃなくて洞窟だった。入り口のあたりに注連縄っぽい飾りつけがされてるけど、それだけ。人が大勢出入りする感じじゃない。

 そこでデフォルトっぽい頭陀袋ワンピースの《咎人》をひとり保護した。

 オコリのことは疑りの眼差しで見つつも近づくのを許したんだけどね。あたしとハリュパスを見た途端に毛を逆立てた猫みたいになっちゃって、まあ……。ルルリリがお尻をフリフリしながら腕にしがみつき、チャチャルとオコリがそっと宥めて、やっと落ち着かせたわ。


 首輪の登録はあたしじゃなくてハリュパスの担当。南東の町にあるギルラン商会で身柄を預かるからね、別邸にいるあたしに登録すると面倒なのよ。


「名前は……シビレか」

「……は、はい」

「出身は? 本名は? 罪状は? 復讐者の名前は?」


 いきなり割り込んできて矢継ぎ早に質問を浴びせかける声には聞き覚えがあった――。


「ダングル!? な、なんであんたがここにいるのよ!?」

「ギルラン商会が祠に細工して《咎人》を独占してるって聞きましてね。噂を確かめに来たんですよ。いやあ、さすがはチャチャル、お前の情報はいつも正確だなあ。金さえ払えば相手が誰でもきっちりと仕事をしてくれるし、本当に情報屋の鑑だよ」

「ま、まさか!! チャチャルさん!?」


 オコリが不安そうにな視線を送ってくる。これは……どっちを信用すべきか悩んでいる顔じゃないと思いたい。そのくらいの信頼は得られてるよね? ダングルがなにを企んでるか心配になっているんだよね?

 シビレは純粋に困ってるっぽい? ってか、どっちも信じられないから、少しでも得になるほうを見極めよう、天秤にかけてやろうって感じだよね、きっと?


「あ〜あ、人を騙そうってんなら、もう少しマシな嘘を吐いたらどう?」

「おや、あんたはチャチャルを信じるんですか。でもそっちの《咎人》たちはどうかな? どうだい? 俺に名前と《復讐者》が誰かを教えてくれたら、そいつが近くに来たときには先回りして教えてやるよ?」

「駄目だよ、オコリ、シビレ。そいつは信用できないから……」


 信じられる、信じられない――言葉だけでいっても水掛け論なのよね。どういったら《咎人》たちを納得させられる?

 悩んで頭が白くなりかけていると、ハリュパスが面倒くさそうに魔道銃を構えながら前に進み出てきた。


「悪いな、ギルラン商会の邪魔をするやつは片付けるのが俺の仕事でね」

「ひっでえなあ……」


 ぱすって鈍い音がして、ダングルはゆっくりと地面に向かって倒れていった。ってか問答無用ですか。まあ、こいつの話には耳を貸すだけ無駄なんだけど……。


「思い切りがいいというか、なんというか……」

「こいつが誘拐までして敵対してた情報屋だろ? よくまあ、またあんたらの前に顔を出す気になったもんだよ、図々しい」

「諦めの悪さでは定評があるからね。すぐにまた戻ってくるんじゃないかな」

「……さっきの台詞、祠の停止のことをなんか気がついてるっぽかったよね?」

「そうだね。ダングルは管理局と結びついてるみたいだし、急いだほうが良さそうだよね」

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