犬が西向きゃ尾は東
馬車を停めて降りた場所は、祠の横っ腹だった。建築なんて詳しくないのになんで横っ腹ってわかるかっていうと、見た目左手に建物があって、右側に門柱みたいのが立ち並んでいるから。千本鳥居っていうんだっけ? あんな感じよ。ま、赤くもないし和の雰囲気でもないから、鳥居じゃないと思うんだけど、ずらっと並んで壮観なところだけは似ている。
植え込みっていうかちっちゃい雑木林っぽいのが邪魔で横っ腹は突っ切れそうにないんで、馬車は適当に繋いで、馬鹿正直に正面へとぞろぞろ歩いて回ることにした。
ルルリリは偵察のつもりなのかしらね、今日もひとりでふらふらと先へと飛んで行く。いちど誘拐されてるだけに、網とかで掬われちゃわないかしらって心配になるけど……取り越し苦労かしらね。
ところが道に張り出した茂みの陰にルルリリの姿がひょいと隠れた、と思ったら、大慌てで戻ってきた。
「んー! んー!」
「はいはい、なによー。そんなマジな顔する用事なら、口でいってー」
ルルリリは意外に力持ちなんで、あたしとソネミと二人して袖口を掴まれ、無理矢理引っ張って歩かされた。ブグルジを引っ張らないのは、威圧されて怖いのかしらね? 年の功ってやつ?
「うっ……わっと? あれって……犬? 狼?」
「人狼……ですかね?」
茂みに隠れてちょうど見えなかったところには、犬とか狼っぽい顔の男が仁王立ちになってこちらを睨んでいた。犬系って意味ではガルガウィと一緒なんだけど、涎を垂らしてるわ、血走った目をしてるわ、なんか臭いわ……でも正直あんまり強そうじゃない。
それでもガルガウィみたいに旧世界の獣人、旧き眷属とかいうやつだったらいけないでしょ? ソネミと顔を見合わせて、魔動銃を抜くのは躊躇ったのよ。
ところが追いついてきたブグルジは、人狼(仮)を目にするなり、いきなり……驚いたわ。ってか、驚いたときには、人狼(仮)はぽかんと口を開いた間抜け顔でばったりと仰向けに倒れていたわ。
「なにをぐずぐずしておる! ほれ!」
「あ……」
呆れた様子のブグルジが指差すのは、雑木林の少し窪みっぽくなってる場所だった。常緑樹っぽい植え込みの濃い緑の中に、茶色い麻袋っぽい塊が転がってる。ソネミがささっと駆け寄って引っ張り起こすと、それはボロボロに薄汚れた女の子――奴隷の首輪を着けた《咎人》だった。
「「大丈夫?」」
「は、はい……あ、あの……」
「怖かったでしょ。狼男になんか襲われ……ってか、これ狼? ちょっと小っさくない?」
茂みの陰からいきなり見えたときはそれなりに大きく見えたけど、転がった姿を見るとかなり小柄。下手したらあたしやソネミよりも小さいかも。ってか、牙を剥き出して怖い顔と思ってたけど、狼みたいな野性味はなくて薄汚い野良犬程度な感じ? ま、迷い犬はともかく本物の野犬なんて見たことないんだけど。
「これは犬の魔物、おそらくはコボルトの姿に似せたのじゃろう」
「ふーん。しかしなんでわざわざコボルトなんか選ぶのかしらね?」
どう考えても人狼のほうがコボルトよりも強そうじゃない? 好きな魔物が選べるのなら、多少なりとも強かったり賢かったりするほうを選びそうなもんだけど。ゲームみたいに経験値だとか課金額だとかで違いがあるのかしらね?
生まれも育ちも旧世界のブグルジは、そんなこと与り知らぬって顔。ソネミにしても元の世界の記憶や知識は薄いってか封印されてるからわかんないだろうし。ま、いずれにせよ、《討伐者》がゲーム感覚のノリでやってるんだととしたら、で、実際、そういうのが多かれ少なかれ混じってるのは間違いなさそうなんだけど、これじゃあ討伐される《咎人》が可哀想ってもんよね。
「金銭的な理由もあるでしょうが、それ以上にこちらに慣れない《討伐者》が強い魔物の姿をとっても使いこなせないのではないでしょうか?」
ソネミは「当てずっぽうですが……」って照れてるけど、それって一理あるかも。たくさん課金していい装備揃えたりステータス高くしても、操作する側が初心者以下のド下手でキャラの能力をまったく活かせないで即死するやつ。やっぱり《討伐者》ってハンティング系のアクションゲームみたいなもんなのかしらね?
「ま、どっちでもいっか。で、他に《討伐者》っぽいのは見当たらないし、さっさと祠を止めちゃいましょか」
「あ、あの……」
さっきからなにかいいたそうな顔をしていた《咎人》の娘が、おずおずと口を開いた。それもなんでだか、優しく手を差し伸べるソネミを無視して、あたしに縋りついてくるんですけど? おっさんになってようやくモテ期がやってきた? なんてわけもないわよねぇ?
ルルリリも珍しくというか嫉妬もせず、ほいほいと気楽な感じで《咎人》ちゃんに寄って行く。ってか、あれ? この娘、どっかで見たことあるような?
「あの……チ……ロ様? あなた様の奴隷にしてくださいませ」
この《咎人》ちゃん、いきなり土下座っつうか、ひれ伏すんだもん、びっくりしたわ。ってか、なんであたしの名前知ってんの? ブグルジもソネミも、あたしの名前、この娘の前で呼んでないよね?
こちらを見る上目遣いは、やっぱり見憶えがあるような……? 誰だっけ?
「オコリです。ゴゥラ様、ゾゥラ様のところで……」
「あっ……? ああ、あの?!」
ああ、そういえば思い出したわ。ゴラゾラ兄弟に連れ回されていた《咎人》ね。あたしとしては普通に人並みの扱いをしただけのつもりだったんだけど、ゴラゾラの虐待ぶりに比べれば格段に優しいってことになるか。それで憶えてたのね……。もっともオコリはゴラゾラに乱暴されてすぐ昇天してしまったから、一緒にいたのは一日かそこらだったはずなんだけど。
あれ? 昇天って、単に天に召される、つまりは死ぬって意味じゃなかったはず。首輪が外れて、そんでもって……?
「刑期満了……したんじゃなかったっけ?」
「……はい。でも、また……」
「あららら、また戻って来ちゃったんだ……」
「お恥ずかしい限りです……」
オコリは俯き、小さく頷いた。口では恥ずかしいっていってるけど、後悔してるって感じじゃない。魔道器があったら犯歴を確認して小一時間叱ってやりたいとこだけど、ま、元の世界に関する記憶はないんだから、反省の色が見えないって怒っても無駄なのかな?
ってか再犯か……。しかも《咎人》ってことは、また性犯罪絡みをやっちゃったってことよね。こっちで苦しい目に遭ったことがなんの役にも立ってないってか、やっぱりこれじゃ咎人制度だの制裁制度だのって、機能してない、意味ないってことじゃん?
◇◆◇◆◇
祠の外回りには、他には《討伐者》も《復讐者》も、もちろん《咎人》も見当たらなかった。
それをしっかり確認してから、オコリの首輪をあたしの魔道札に登録した。もちろんあたし専属の奴隷にしようってんじゃなくって、他の《討伐者》とかに横から掻っ攫われるのを防ぐためよ? ブグルジ名義でもいいはずなんだけど、旧世界人であるブグルジは魔道札なんて持ち歩いてないみたいだし、オコリ自身が知り合いであるあたしの名義になりたいって望んだからね。
ずらっと並んだ千本鳥居風の門を潜るのは、無限に続く合せ鏡の中に入り込んでいくみたいで、ちょっと不思議な感覚だった。魔物とかより、こっちのほうがファンタジーっぽく感じちゃうって、あたしの感性、おかしくなってきちゃった?
突き当たったところは、お堂? 本殿? 賽銭箱があるわけじゃないし、神社とかお寺とは違う感じなんだけど、それでも洋風じゃなくて和風って感じるのはなんでかしらね? 木造だから?
建物の広さはソネミが戻ってきた咎人の聖域近くの祠と同じくらいかな。天井が若干低めな気もするけど、そのあたりは洋風と和風の違い? 扉は鎧戸っぽい造りで、引き戸じゃなくって押し開けるタイプ。
中は板張りの床なんで靴を脱ぐべきか一瞬迷ったけど、そう思ったのはあたしだけみたいだった。ブグルジもソネミもオコリも見た目と同じく生活習慣は完全に洋式。ルルリリの場合は、どうせ飛んでるか、あたしの肩にしがみついてるかだから、靴を履いてようがいまいが関係ないんだけどね。
「呪文も装置も見当たりませんね」
「引っ越し後みたいにがらんとしてるね。オコリはどのへんから出てきたの?」
「わ、わたしは……気がついたら部屋の真ん中に立っていました。床に模様のようなものが浮き出ていたような気もしますが……自信はないです」
普通なら御本尊とか御神体とかが祀られてそうな部屋の奥も、なんの変哲もない普通の壁になってるだけ。扉がなければ、前後左右、ぐるぐる向きを変えているうちにどっちを向いてるのかわからなくなりそう。
壁には窓もなんにもついてない。天井とかに明かり取りもついてないし、扉以外には外の光は入ってこないのに、中は十分に明るい。変っていえば変だけど……魔道とかいう謎能力のある世界だし、そんなもんかなって気もする。
「ほれ、さっさとエリファ様のくださった力を使わんか」
「へ? あ、そ、そうなの?」
魔道札に入れたアプリを使えば、祠の機能を明るみに出すことが可能、そういうことらしい。
いわれるままに魔道札を取り出し、アプリを起動。アイコンが祠に似てるのは、エリファさんのセンスかしらね? 魔道札にアイコンって概念があるのか、知らないけど。
「なんか……変わった? って……おぉ! これって……?」
「これは文字……? なんて書いてあるの?」
「わたしが見た模様と同じ、だと思います」
アプリが起動するのと同時に、床が青白く光り始めた。オコリが昇天したときに地面が光ったのと似たような感じ? 色合いはよく似てるけど、形はかなり違ってる。こっちは部屋の中央あたりに人が横たわれそうなくらいの大きさの円形で、中にはひと筆書きっぽい星形。魔法陣っての? 和風のやつでも五角形とか星形っぽい印ってあったよね?
図形の中には文字みたいなのが書かれてるけど、読めないわ。こっちの世界の文字はあたしには日本語と二重表示になって解読できるんだけど、これはできない。もしかして《咎人》たちが本来住んでいる世界の文字かしらね? でもソネミたちにも読めないっぽいし、魔道専用言語とかみたいなものかも?
アプリの画面にも、床とよく似た模様が表示されている。やたら細かいし文字として読めないから確実じゃないけど、書いてあることは同じっぽい。
メニューを選択して、そんでもってと……【送致機能】の【起動】に、【完全停止】と【仮停止】。止めるだけでも二種類あって、よくわかんないわ。おまけにチェックボックスまでついてるんですけど……? 【信号偽装】って、意味分かんないんですけど……?
勘弁してよ、エリファさん! 自分で考えて選ばなくても使えるように、メニューはひとつにしといてよ……。
「祠を完全に停止してしまうと、別の祠が現れるんでしたっけ?」
「そうじゃ。じゃから管理局に祠は正常だと思い込ませねばならんのじゃ」
ええっと、ってことは……【完全停止】じゃなくて【仮停止】かな? でもって【信号偽装】ってのが、きっと祠が正常稼働中って管理局へ通知を送信するって意味なのかしらね? ってことはチェックボックスはオンにしてっと……。
あれやこれやとブグルジとソネミに口うるさく注意されながらも、どうにか必要な設定を済ませる。
「んじゃあ、スイッチオン……じゃなくってオフ?」
魔道札を床の魔法陣に向けて実行。少し待つと画面の光が強くなり、魔法陣の模様というか文字がうにょうにょ動いて少しずつ形を変えていった。
しばらくすると今度は画面がゆっくりと点滅し始め、「しばらくお待ちください……」の文字が繰り返し表示される。
「あ……チーロさん、見てください」
ソネミが指差す先の床の上では、魔法陣の文字が画面と同じように動き出し変化していた。やがてその動きが止まって――魔道札画面の点滅も止まった。
アプリを終了させる。床の上を見ると魔法陣は綺麗サッパリ消え去っていた。




