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頼まれたらいやとはいえない

 その朝、あたしとルルリリがいつもと同じく卵集めに出かける支度をしていると、見習い当番メイドのアゲハがやってきた。

 白い毛皮のゴージャス美人のユキヒョウと違って、黒貂の毛皮に獣耳、黒い蝶の翅を持つキュートなアゲハには、黒っぽいメイド服がよく似合っている。ま、皿を割ったり茶碗を落としたりそそっかしいし、言葉遣いはたどたどしくて語尾に全部「?」がついている。ユキヒョウとどっちがマシか判断は難しいとこかな?


「チーロ、さま? おきゃくぅ……さま? ギルラン伯爵様、お呼……びぃ?」

「お客様、って誰? 伯爵が、ってことはチャチャルじゃないよねえ?」

「て、テ、ドォさま? ガウゥガウゥさーま?」


 「ギルラン伯爵様」だけ、すらすらと発音できるってのはさすがよね。「テドゥ様」ってのは、まあ、きっと「テルドリアス様」なんでしょう。隣でソネミが小さく「うんうん」と頷いてるんで間違いないと思う。で、「ガウゥガウゥ」ってのはガルガウィなんでしょうね。以前にルルリリも「ガウガウ―」って呼んでたっけ。


「チヒロさん、少しは落ち着かれましたか?」

「先日はお恥ずかしいところをお目にかけてすいません。もう大丈夫……です」


 久しぶりに会ったテルさんには、また優しい言葉をかけられたわ。マジで涙がじんわり滲みそうになるわ。タイプではあるけどさ、惚れてるってわけじゃないのよ? ただ右も左もわからない場所に放り込まれたときに親切にしてくれて、役立たずなあたしに生きてく術を与えてくれて、元の世界に帰るために頑張れるように背中を押してくれて……そういうの、全部、いちどに思い出しちゃってのよ。


 そのやり取りを面白がって見物しているのがギルラン伯爵。アゲハとユキヒョウがいつものように寄り添うんだけど、メイド服なんでゴージャス感は物足りない。

 興味も関心もありませんって様子で、そっぽを向いてるのはブグルジ。困ったように目尻を下げたガルガウィは、柔和なレトリバー顔がなおさら優しそう。


「今日はテルンさんが君に頼みがあるんだそうだよ。交換条件なんて野暮をいうつもりはないけど、聞いてもらえると嬉しいな」


 ギルラン伯爵は言葉通り恩着せがましくするつもりは本当になさそう。逆にテルンさんは頼みやすく、あたしには断りやすくしてくれてる感じ?


 ブグルジとテルンさんが目配せをすると、ガルガウィが遠慮がちに前に進み出てきた。手には咎人の聖域で長殿から託された魔道器が載せられている。研究用にってエリファさんとガルガウィに預けてたのよ。

 ってことは、もしかして……? いやいや、期待しすぎるとあとが怖いわ。


「咎人の祠に干渉する方法が完成しましただ。チーロさんの魔道札に、その機能をオラが追加するように、お師匠様に頼まれましただ」

「あ、ああ……そうなんだ?」

「祠を停止すれば、この世界に送り込まれてくる《咎人》を減らせます。《咎人》の保護も容易になるでしょうから、私たち旧世界人にとってばかりでなく、ジヌラさんのように《咎人》を護りたい方たちの益にもなるはずです。どうかチヒロさんにも、ご協力を願えないでしょうか?」


               ◇◆◇◆◇


 ジヌラがカバネとともに、あたしたちの前から去っていったのは、ルルリリを誘拐犯の手から取り戻して間もなくの頃だった。

 表向き? じゃなくて裏なのかな? どっちでもいいけど、咎人の聖域を再開するっていうか、《咎人》を保護する場所を作るためっていうのが理由。


「あのテルンってやつに含むところがあるわけじゃないんだがな」

「やっぱり奴隷商人ってのは……やだよね」

「まあそれは理由があってのことだからしかたないんだが……。あいつらの望みは《咎人》も《復讐者》も元の世界に帰れってことだろ? カバネにとって……少なくとも俺にとっては、それはありがたくない話だからな……」


 元の世界で罪を犯したジヌラの()のカバネ。当人の性癖が原因であり、更生の見込みは限りなく少ない……らしい。加害者家族であるジヌラたちへの風当たりも強く、っていうよりほとんど差別、迫害ってな状況だったみたいだし……。ジヌラたち家族にとってはカバネが《咎人》として流刑状態にあり続けてくれるほうが助かるってこと。それでも()が《咎人》として傷つけられるのを見るに忍びないからって……複雑な心情よね。


「被害者に復讐の権利を与えることの善し悪しはともかく、やるんなら他所の世界に押しつけるなよって、こっちの人間が思うのも当然さ。だがこの仕組みを変えるためには、自分の世界に戻って声を上げなくちゃならないんだよ。俺なんかが声を上げて、届くと思うか?」


 どうやってもカバネは加害者であって、ジヌラは加害者家族。いってることがどんなに正しくても、「お前がいうな」のひとことで封じられちゃうのよね。


 別れを告げて去っていくジヌラは俯きっぱなしで、見てるこっちが辛かったわ。

 常識的に考えればさ、南東の町に預ければ衣食住は保証されるし、カバネの身の安全も確保できるしね。あるいはテルンさんの隊商に加わるってのもありよね。多少、衣食住の質は落ちるし、危険な目に遭う可能性も増えるけど、二人だけで旅をするよりは全然マシなはず。

 でも自分の世界を変えようとする努力もできず、いつかは「帰れ」といわれる場所に身を置くのは……居たたまれないわよね。


 正直、今、ジヌラがどこでなにをしているのか、具体的には知らないわ。

 女人の村は《強制執行人》に知られてて危険だからってことで、とりあえず今はテルンさんの仲間ってか部下が護衛してるらしいけど、そのうち解散するんじゃないのかな。ジヌラはカバネを連れて村を出て、咎人の聖域を再興するっていってたけど、資金だって必要だろうし、どうするつもりなんだろう?

 だからジヌラたちの益にもなるっていわれても、イマイチぴんとこないのよね……。ま、それとは無関係にテルンさんには協力するつもりだけど。


「ジヌラ様……さんにお会いになることがありましたなら、遠慮無く複製して差し上げてくだせえ。そうお師匠様が仰ってましただ」


 あたしはガルガウィに魔道札を渡して、最新研究成果の咎人の祠の停止用のアプリをインストールしてもらった。

 魔道器のほうはね、研究はまだ道半ばってことで、返してもらえなかったわ。ま、いいんだけどね。で、当然なんだけど、あたしが元の世界に帰る方法も、未だ発見に至らず、だって。


               ◇◆◇◆◇


 停止機能をインストールして、すぐに実際に使ってみようってことになった。

 ガルガウィやテルンさんはやることがいっぱいみたいで来られないから、お目付け役はブグルジ。魔道札の扱いに慣れてるって点ではハリュパスのほうがよかったんだけど、彼は別の人と組んで卵集めを続行だって。ま、ブグルジは戦力って点でも、それから伯爵やテルンさんをよく知ってるし、そもそも年の功って意味でも、いろいろと頼りになるからね。

 ルルリリは当然、今回も一緒。卵探しみたいに活躍できる場所が思い当たらないんで、拗ねちゃうかなってちょっと心配だけど、馬車に乗り込んだ段階では、いつもと違う雰囲気に、ちょっと浮かれてるっぽいわ。


 それからもうひとり、《咎人》もいたほうがいいってブグルジの判断で、ソネミが同行することになったわ。理由は……追々わかる、だって。

 当人はメイドさんの格好のままで来る気満々だったんだけど、どうにか動きやすい格好に着替えさせたわ。ま、メイド服だって作業着なわけだから動きにくくはないんだけど、あれは伯爵のお屋敷での一種の衣装みたいなもんだからね。汚すわけにいかないでしょ。


「今日の行き先は南西の祠?」

「いや、少し遠すぎるじゃろ。テルドリアス様からいただいた最新地図によると、ここから少し東の谷に新しい祠が出現したそうじゃ」


 へえ、そっか。テルンさんて奴隷商人だもんね。表向きだけにしろ、祠から出てきた《咎人》を捕まえて売るって商売なんだから、祠の最新状況は把握してて当然よね。

 ああ、魔道器があればなあ……。あれなら《管理者》向けの情報が見られちゃうわけだし、祠の場所だってわかるはずよね。あ、でも下手に管理局のデータにアクセスすると、こっちの居場所がバレてヤバいかな? だったらせめて魔道馬のメンテが終わって戻ってきてたらなあ。ただの魔道札で閲覧できる地図より、詳細な図が見られたはず。


 咎人の聖域の近くの南西の祠は、元のやつが壊されちゃって、近くに新しい祠ができてたっけ。あれ……? ってことは、祠をいくら壊しても意味がなくない?


「じゃから管理局を騙す方法をエリファ様が工夫してくださったじゃろうが」

「あれ、そうだったっけ?」

「しっかりしてください、チーロさん」


 いけない、いけない。アプリなんて基本、起動してメニューからコマンドを選べば使えるから、ちゃんと説明を聞いてなかったわ。

 ブグルジだけじゃなくて、ソネミにまで叱られちゃった。ってか、ルルリリにまで呆れたようにジト目で見られてるわ。


「祠を停止する前と後に、するべきことはなんじゃ?」

「ええっと……《咎人》がいたら、一緒に来るように誘う?」

「それも憶えとらんのか……情けない」

「チーロさん、なんのために、わたしがいるんですか!?」

「え? それは……ブグルジがそういったから……?」


 ソネミが眉を顰めて「ふぅ……」と溜息を吐いた。ホント、ごめんなさい、頼りなやつで。


「わたしが、初めてチーロさんに会ったとき、ほんの少しだけど、怖かったんですよ……。その次も、そのまた次のときも」

「あっ……」


 初めてソネミに会ったとき――東境の村の近くのバス停の近くで会ったとき。そっか、そういえばソネミは少し怯えてたっけ。あのときはなにも知らなかったから、坂から転げ落ちて泥だらけの傷だらけのあたしに驚いたんだと思ってたけど、実は()に声をかけられたからだったわけよね。あたしとしては精一杯愛想よく、にこやかにしていたつもりだったけどさ。正義感に燃える《討伐者》だったら爽やかな笑顔のひとつくらい浮かべそうだし、ゴラゾラ兄弟みたいに女性を襲ったり乱暴するのが趣味なら喜びでニタニタしてそう。

 つまりはソネミは、おっさんであるあたしやブグルジが、《咎人》を脅かさないようにするためにいるわけか。


「ソ、ソネミさん、《咎人》たちへのソフトな対応、よろしくお願いします」

「あっ、は……はい」

「それで、お前さん自身の役目はなにかわかったかのう?」

「えっと祠を停止するってのは当然で、それ以外には……これ?」


 ブグルジの視線は、あたしの腰に向いていた。つまり、魔道銃を使えってこと。

 咎人の祠の場所は非公開ってわけでもないみたいだからね。相手が決まってる《復讐者》はともかく、《討伐者》なら一ヶ所に張りついて《咎人》が出てくるのを待つってのもありそう。

 祠から出てきてさまよっている《咎人》を保護するには、そういう《討伐者》たちを排除するのが必要ってことよね。あたしに期待されてるのはそれだわ。

 ま、だいぶ場慣れもしたし、魔道銃があるんだから、あたしでもその役目、果たすのは十分可能よね。


「毎回、儂が一緒に来られるわけではないからのう。せいぜいしっかりやってくれることを期待しておるぞ」


 そんなことを話しているうちに、馬車は目的の祠の近くに到着した。

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