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メイドカフェ、はじめました

「おはようございます、ご主人様。お目覚めの時間でございます」


 近頃、あたしは寝起きがとってもいい。なぜなら可愛いメイドさんが起こしてくれて、その上、甲斐甲斐しく世話まで焼いてくれるからだ。っていうか、メイド服に身を包んだソネミに、強制的に起こされてしまうからだ。

 あたしの枕をベッド代わりにしたルルリリにしても、それは同じ。開け放たれたカーテンの間の日射しに目を瞬かせながら、二人してもそもそと起き上がる。


「ええと、ソネミさん? ご主人様ってのは恥ずいからやめて!」

「ではチヒロ様、ルルリリ様」

「せめてチヒロさんで……」

「駄目です。仕事ですから甘えは許されません。それに――」


 ソネミの隣では獣耳メイドが、くぴって感じで首を傾げた。獣耳はつけ耳じゃなくて自前のやつ。若干丸みを帯びた猫耳ってか豹耳は、ギルラン伯爵の愛妾のユキヒョウだ。

 なんでユキヒョウがここにいるかって? それはここがギルラン伯爵の別邸だから。誘拐されたルルリリを救い出しテルンさんと合流してから、いろいろ紆余曲折があって、またギルラン伯爵のところに厄介になっているのよ。


 で、世話になったお礼ってわけでもないけど、雑談でメイドカフェの話をしたらさ、ギルラン伯爵が新しいビジネスチャンスだって飛びついちゃってったってわけ。どっちかっていうとギルラン伯爵の個人的趣味なんだろうけどね。まずは伯爵のお気に入りであるユキヒョウとアゲハに、ソネミがメイド教育をしてるところ。


 ユキヒョウの年齢は聞いたら十二歳半だって。でも見た目西洋人系の早熟さっていうの? 出るところは出てくびれるところはくびれた、いわゆるナイスバディってやつよ、ムカつくことに。その分、メイドさんの可愛らしさには欠けてて、メイドカフェよりメイドパブ向きって感じ? そういう意味では一日交替で来るアゲハのほうが黒髪キュート系で似合ってるかも。


 テルンさんを中心にした、「《咎人》を制裁する仕組みをぶっ潰してやるぞ!」って活動はもちろん続いてる。エリファさんを説得して、システムを壊す方法をあれこれと研究してるみたいだけど、まだ具体的な方法は見つかってないみたい。あたしが元の世界に帰る方法も、当然、まだなのよね。

 でも制度を破壊する方法を研究するにしても、見つけてから実行するにしても、仲間も必要なら資金も必要。その大きな資金源のひとつが南東の町でありギルラン伯爵の娼館なんだって。

 奴隷商人を隠れ蓑にしたテルンさんの《咎人》保護活動は今も続いてるんだけど、エリファさんを引き込んだからには旧世界出身じゃない《咎人》を売り飛ばすわけにはいかなくなったみたい。なにしろ女人の村のリーダーだったわけだし、咎人制度が始まった責任を感じているエリファさんには、テルンさんみたいに仲間とそれ以外って区別して意識的に切り捨てるのは無理な話よね。

 で、大きな稼ぎの柱がなくなったわけだから、なおさらギルラン商会が重要になるってこと。将来的には保護した普通の人間(・・・・・)の《咎人》の働き口にもできるだろうし、メイドカフェは冗談抜きで結構有望視されてるってわけ。


「チーロー……さま? これ、どーぞ」

「あ、ありがとね……」


 ユキヒョウができるだけ遠くから摘むようにして、洗顔用のおしぼりを差し出してくる。猫科だからかしらね? 熱いのが苦手なのか、まともに掴めないみたいだし、そもそお絞り方が甘い……ってか、びちゃびちゃだわ、これ。ルルリリのほうはソネミが絞ったやつなんで、大丈夫そうだけど。

 しかし、もうひとりのアゲハともども、ギルラン伯爵の白黒愛妾コンビのメイドさんデビューはまだまだ先の話って感じだわ。


               ◇◆◇◆◇


 優雅な見た目の割になにをやっても不器用なユキヒョウと、なにをやらせても卒なくこなす完璧女子ソネミの給仕で朝食を済ませた。あ、ルルリリの場合は給仕じゃなくて給餌かな? って心の中で思っただけなのに睨まれちゃったわ。


 ギルラン伯爵の屋敷に世話になっているっていっても、なにもせずに居候だのタダ飯喰らいを決め込むほど図々しくないからね? 働かざる者、食うべからず。ちゃんと衣食住の対価として、労働力を提供している。

 お仕事の内容は、前にもやった獣人の卵集め再び。そう、ルルリリの卵を見つけたときのことよ。あのときは魔物に出会したり、初めて剣や銃を使ったり、いろいろあったわよねえ……。


「馬車の扱いも、だいぶ上手くなってきたじゃないか」

「まあね、魔道馬で多少は練習したからね」


 ギルラン伯爵の別邸は、南東の町の中にはないのよね。町より北側の、卵集めに行く途中の分かれ道を山とは反対の方向へ曲がった先にある。ま、結局、そっちも山っていうか丘っていうか、そこそこ小高い場所なんだけどね。

 連日、卵集めに行くんだったら、いちいち町まで戻るのは面倒ってのがひとつ。それからいくらギルラン商会の力が絶大とはいっても、管理局に対してあたしやルルリリの町への出入りを誤魔化し続けるのは、やっぱり危険が大きいってのがもうひとつの理由。だもんで町の外にある別邸に住まわしてもらってるわけ。


 あたしがもらった魔道馬は、メンテナンスのために商会のほうに今のところ預けてある。だもんで、卵集めには普通の(・・・)馬の馬車を使っていて、その御しかたをハリュパスから習ってるところ。

 魔道馬は魔道札(スマホ)で操縦できるけど、本物の馬と同じ扱いも可能だからね。基本的な手綱の使い方くらいはジヌラから習ったから、まるっきりの初心者ってわけでもないのよ。


 まあ、距離的にはさ、馬車なしでも徒歩で行かれなくもない範囲なんだけどさ。卵を担いで歩くのって意外と大変だからね。見つかるのが卵の数がひとりあたま一個とも限らないし、やっぱり馬車は必須なわけ。

 行くのはたいていはあたしとハリュパスの二人。あ、ルルリリはもちろん同行するけど、卵を見つける役には立っても、運び手の数には入れられないからね。ブグルジは忙しいらしくて、来るのは三、四日にいちどくらい。前回いた御者は町のほうに詰めてるから、馬車を使うならハリュパスかあたしが御すしかないのよ。


 獣人の卵は、前にもいったけど、ある程度決まった場所に出現する。基本ハリュパスの指示で行き先は決めるんだけど、あたしもかなり出現場所を把握したわ。意外に記憶力も方向感覚もいいルルリリも一緒だし、この調子だとあたしもそろそろ独り立ちできるかも?


 魔物は相変わらず、この近辺はオーガが出るみたい。旧き眷属じゃないってことはオークたちも実は《討伐者》なんだろうけど……女人の村を襲ったダークエルフやオーガに比べると、頭の出来は悪いし、腕力体力もイマイチな感じ。わざわざオークの姿を選ぶ理由ってなんなのかしらね? ちょっと疑問。ま、楽に倒せるのはありがたいんだけどね。

 前は戦斧を振り上げるオークが怖くて目を瞑っちゃったりしたけど、修羅場に慣れた今はもう平気。落ち着いて頭数を確認して、「一、二、三、四、はい当たれ」ってな調子で、ちゃっちゃとやっつける。


「一丁あがり! どんなもんよ! ってなによ、わゎ!?」


 ちょっと鼻高で威張ってみたところで、いきなりルルリリに体当たりをかまされた。地面に転がった目線の上を戦斧が通過する。すかさずハリュパスの魔道銃の音がして、オークの豚顔が真横に倒れてくる。

 ヤバかった……。一匹、撃ち漏らしてるのに気づかなかったわ……。

 調子こいてました、すいません。反省します。魔道銃さえあればハリュパス抜きでいけるかも、なんて思ったのは大間違いでした。ごめんなさい。

 ブグルジが一緒だったら思いっきり叱られたんだろうけど、ハリュパスは苦笑してるだけ。なにも問題なかったって顔で、獣人の卵を馬車に積み込み、普通に会話を続ける。


「ギルラン様の秘蔵っ子たちは、モノになりそうかい?」

「うーん、メイドとしてはどうかなあ……。ま、あの素人っぽさに萌えるって人はいるのかな? ってかさ、気になるの? ハリュパスって、ああいうのが好み?」

「伯爵様の想い者に好きも嫌いもないさ。だがそうだなあ……嫁をもらって子どもこさえてって暮らしに憧れてた昔のことをちっとばかり思い出したかな」

「あ……ごめん」


 はっきりと聞いたわけじゃないけど、ハリュパスも旧世界生まれのひとりらしい。《咎人》の制裁制度のせいで、男女の関係が全面的に壊れてしまった世界。そんな世界では恋愛も結婚も成り立つわけがない。女性を性的対象とのみ捉えて肉体関係を結ぶのだけが目的の男なら、《討伐者》になっておおっぴらに好き勝手できてウハウハかもしれないけど……。まともな神経を持った人に、女性の好みがどうのこうのって質問は無神経にもほどがあったわ……。


「ユキヒョウもアゲハも、このままギルラン様の傍に残るつもりらしいじゃないか」

「え? あ、ああ、そうらしいよね……」


 旧世界の人々を救うというテルンさんたちの最終目標は、《咎人》だの《復讐者》だのという仕組みをぶち壊し、この世界を元からいた彼ら自身の手に取り戻すこと。具体的な方法はまだ見つかってないわけだけど、理屈からいえば、仕組みをぶち壊せば、同時に《咎人》も《復讐者》も《討伐者》も、もちろん《管理者》たちも、自動的に元の世界に帰還する可能性が高いんだって。

 そうなったとしてもユキヒョウとアゲハは、この世界に残りたい、そう意思表示をしたって話。帰りたくないのか、残りたいのか、どっちなのかしらね? あの娘たちの首輪はを調べてないけど、元の世界に戻るのを躊躇うほど酷い罪を犯しているのかもしれないし、単に贅沢な愛妾の暮らしを捨てたくないだけかもしれない。ま、どうせなら、愛情が深いからってことにしておきたいわね。


「ギルラン様は、いずれは妻を娶り子を成さねばならない方だしな」

「あ、ああ……ん、そうだね。でも愛人を正妻にするのは問題になるんじゃ……?」

「咎人制度とやらのせいで、旧世界の女の数はすっかり減っちまったからね」


 そっか、たしかチャチャルは男と女の間に生まれた最後の子どもとかいってたっけ……。この十数年の間、まともな婚姻もなければ子どもの誕生もなかったってことよね。つまりは《咎人》は妊娠したり出産したりしないってこと? っていうか、そもそも《咎人》って元は男だったほうが多いわけだし、制度の趣旨を考えれば妊娠なんてできないようにしとくわよね、きっと?

 ってかさ、たとえ咎人制度を潰すのに成功したとしてもさ、これだと旧世界の再建って難しいんじゃ? だってさ、女性の数が減りすぎちゃってるじゃん? 希望する《咎人》の残留がを認めたとしても、男女のバランス改善の役には立つかもしれないけど、子どもが生まれなきゃ人口が維持できない……よね?


「どうなんだろうな? 俺には難しいことはわからんが、そういったことはテルドリアス様のような立派な指導者様やエリファ様のような賢い方が解決してくださるだろうさ」


 ハリュパスは能天気に偉い人がどうにかしてくれるっていいきれる立場だからいいけどさ、テルンさんもエリファさんも、これって責任重大よね?

 ってかさ、咎人制度を壊して《咎人》や《復讐者》たちが元の世界に戻るときに、同じようにあたしも帰れないかなって思ってるんだけどさ……。それが駄目だったら、エリファさんに頼んで、あたしが帰るための研究に本腰入れてもらうつもりだったんだけど……無理っぽくない?

 なんか自己中な考え方っぽくって、あんまり大声でいいたくなかったんだけどさ……これって、もしかしてあたし的にも、結構な危機なのかもしれないわ。

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