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盗人には三分の理でも多すぎる

 結界は止めましょう――といってエリファさんが姿を現すと、交渉役のダークエルフはちょっとばかり驚いたような顔をした。

 そりゃ、そうよね。エリファさんは《咎人》には珍しい年配だし。《咎人》が意思決定してるってのも意外だろうし。なによりあっさりと要求を受け入れちゃったわけだし。ってか、まずはあたしが驚いたわ。


「エ、エリファさん、いいんですか?」

「この場所は既にすっかり知られてしまっているようですから」


 そ、そうなの? エリファさん、いざとなるまで出てこないっていってたのに……ダメダメなあたしの交渉に見切りをつけちゃった?

 二台の魔道砲も、ガルガウィの小屋の前に並べられているだけ。砲手であるガルガウィも手伝いのソネミも姿は見えない。これじゃ引き渡すつもりみたいじゃん?

 ジヌラも首を傾げて肩を竦めている。あれ? でも一瞬、口の端ににやりとした笑みが浮かんだような? なにか企んでる?


「いい覚悟じゃないか」


 ダークエルフはにやりと笑うと、二匹のオーガに開いたばかりの結界の中を確認するように命じた。

 この隙に……って思ったけど、そうはいかないか。今度はダークエルフ短剣の切っ先をルルリリの首元に突きつけた。


 オーガの片割れが、あたしとジヌラに向かって威嚇するように戦鎚を振り上げる。ま、「退け」って意味だろうし、二人して、一歩、後退る。

 もう片方は、エリファさんに歩み寄ると、わざとらしく牙を剥き出し、顔をくっつけんばかりにしている。そんな脅しで怯えるようなエリファさんじゃないだろうけど、顰めっ面で顔を背けている。ってか、オーガって口が臭そうよね。


 十メートルか二十メートル? オーガは結界の中に踏み入って小道の奥のほうを覗いてたけど、他の小屋は見つけられなかったみたい。目が悪いのかしらね? 村外れでも小屋が一軒もないはずはないんだけど……?

 するとエリファさんとちらっと目が合った――微笑んでいる? あれっと思っていると、ジヌラが「二重結界だ――」と耳元で囁いた。ほう、なるほどね。


「ちょっと! 痛い!!」

「わ、私はこいつらの仲間じゃない! これを外してくれ!!」


 オーガって喋れないのかしらね? ウーとかガーとか唸りながら、ガルガウィの小屋の中に隠れていた娘たちを引っ張り出した。

 中にいたのはウサと咎人の聖域組のソネミにカバネにケガレ。それとなぜだか手首を縄で縛られたレウカ。でも番犬役のガルガウィの姿は見当たらない。


「五人か……。全員じゃなさそうだが、まあ、いいだろう。少しは《討伐者》にも獲物は残しておいてやらないとな」

「……って、ちょっと待った! この娘たちをどうしようっての!? まさか……」

「《咎人》に制裁を与えるのが我々の仕事なんでね」

「そりゃ駄目でしょ! そっちの要求は結界の停止と魔道砲の引き渡し。それ以上は呑めないわ!」

「こちらには人質がいるんだけどね?」

「人質に傷つけられたら、こっちも黙っちゃいないんだけど!?」


 この状況って、ルルリリだけじゃなくて小屋から出てきた《咎人》たちも実質的に人質よね? 普通、人質に危害を加えたら、その瞬間に交渉不成立よね?

 ダークエルフとにらめっこ。美形過ぎて不気味だけど……負けないわ。


「……魔道砲を確保しろ!」


 ダークエルフが先に視線を逸らして、オーガにそう命じた。《咎人》たちの傍からオーガが二匹とも離れる。

 取引続行。とりあえずは、危機脱出ね――って、ほっとしたあたしは大甘の甘々だったわ。


「殺れ!!」


 ダークエルフが短剣を頭上に振りかざすと同時に、鈍い銃撃音が聞こえた。


               ◇◆◇◆◇


 ぽすぽす、と地面になにかがめり込むような音がした。

 え? 銃弾? 魔道銃? 誰が? どこから? 頭は混乱するばかり。

 反応できなかったのはあたしだけじゃなかった。ジヌラは油断なくあたりを見回してるけど、レウカなんて縛られた腕を顔の前にかざして身を守っているつもりらしい。

 誘拐犯も同様。オーガはおろおろ、ダークエルフは唖然として凍りついてる。

 ルルリリだけが、もぞもぞとダークエルフから距離を取ろうとしてる。って、あれ? 鉄球の鎖が切れて……る?

 と、ダークエルフの背後から小柄な影がさささっと駆け寄ってきて――。


「はい、人質奪還成功!」


 ぽん、と投げ渡されたのは茶色い子狸、もといルルリリ。あたしの首に抱きつくなり涙がブワッと溢れ出る。それをぷっくりした手首で、ぐいと拭う。


「よかったルルリリ――って、チャチャル? ってか、なんでここに?」

「助けを連れて戻ってくるっていったでしょ? ほら、チヒロさん、油断しないで。伏せて!」

「オラオラァー!! 魔物どもめ、退治に来てやったぜ!!」


 あの声は……アジュ? テルンさんの部下の、元《強制執行人》だった? と思う間に道の向こうから現れる魔道馬。その背で魔道銃を構える見覚えある姿は、やっぱりアジュだわ。


「仲間を潜ませてやがったのか!?」


 って、いや、別に潜ませてたってわけじゃないんだけど?

 オーガが魔道砲に駆け寄るけど時既に遅し。ソネミが魔道砲の前に走り出て威嚇射撃する。ってか、それ、あたしの魔道銃だよね?

 その隙にジヌラが走り寄る。木立から走り出てきたガルガウィが魔道砲を奪い返す。一方の魔道砲をオーガたちに向けて、完全に動きを封じ込める。

 ん? ガルガウィの背後の茂みの葉が、ガサガサが揺れてる? いやいや、たぶん目の錯覚。今はそれどころじゃない。


「――くそっ! 人質がどうなっても……」

「人質なんて、どこにいるのかなあ?」

「ぐっ……! こうなったら手加減は無用だ、皆殺しにしろ!」

「おいおい、誰に向かって命令してるんだ?!」


 アジュもチャチャルも、いい性格してる。二人してダークエルフを煽りまくる。事実、ルルリリは取り返したし、《咎人》も魔道砲も既に安全圏内。


 おっと、アジュが魔道銃を高く振り上げたと思ったら、木の上からダークエルフが落ちてきた。ってか、ヤバかった……他にも誘拐犯の仲間がいるって、全然、気づいてなかったわ。


「なあんだ、そっちも伏兵を潜ませてんじゃねえか」

「ふん、ひとりだけだと思うなよ」

「そりゃ、こっちの台詞だ」


 アジュが嘲笑うのと同時に、魔道馬に牽かれた馬車が走り込んできた。御者はミルガ。右の窓から覗く姿はテルンさん。そして左の窓から身を乗り出してドジェが怒鳴る。


「オーガなら三十匹ばかり始末したぞ。多少は取りこぼしもあるみたいだが」


 いうなり馬車から飛び降りたドジェが道端の茂みに剣で斬りつける。大きな戦鎚が道に投げ出され、続いてオーガが転がり出る。

 今度は少し離れたところから、五匹ばかりのオーガが飛び出した。けど、魔道砲の風を切る音がして、一斉にばったり倒れ込む。

 と、ダークエルフの顔色が変わった。ま、元々、顔色はどす黒いんだけどね。焦りの色が浮かんでいる。


 テルンさんが馬車から降りてきて、真正面からダークエルフに向き合った。


「《強制執行人》が魔物に身を窶すとは驚きましたよ」

「ふん、今までのやり方が緩かっただけだろう。これからは《咎人》を庇うやつらにも甘い顔はしないってことだ」

「そうですか。方針が変わった、そういうことですね。ならば――」


 テルンさんの言葉遣いはあくまでも丁寧だし物腰も柔らか。でも棘とか毒とかとは違うけど、なんていうか実は厳しい。

 ダークエルフの整った顔が、微妙にひくついてる。普通なら一触即発ってとこ?

 でも魔物はほぼ(・・)壊滅っぽいしね。制裁を制度化した世界での正義はどっちか知らないけど、少なくともこの場で有利なのはあたしらの側。

 魔物すなわち《強制執行人》が降参とか退散するだろうか? 《咎人》たちも息を呑んで見守っている。


 と、首元がすっと涼しくなった。襟巻きみたいに首元に纏わりついていたルルリリが、あたしから離れて、ふらふらと小屋のほうへと飛んで行こうとしている。

 あれ、ルルリリ? 自己主張はしっかりするけど、空気読めない子じゃなかったよね?


「ルルリリ、ちょっと待ちなさいよ。ほら、危ないったら」

「チヒロさん!」


 チャチャルがそっと袖を引っ張るのに、手だけでごめん(・・・)と合図して、ルルリリの後を追いかけた。

 ルルリリは飛ぶ速度をどんどんと増していく。魔道砲の真上をぱたぱたと通り過ぎるのを捕まえようとしたガルガウィは、視線で追うオーガたちに気づいてそちらを牽制。ソネミが抱き止めようと伸ばした手も、すいっと器用に躱されてしまう。


 開け放しになってた扉から、ルルリリはすっと小屋の中へ入って行った。

 小屋から少し離れていたレウカが、それを急ぎ足で追うのが見えた。あれ、レウカの手首の縄、誰かに外してもらえたんだ? 戦場じゃ危ないもんね。

 じゃなくって!! レウカの目つき、妙に深刻じゃなかった? 最近、少し落ち着いたとはいえ、《咎人》を憎んでいるレウカだよ? しかも獣人のことは軽蔑しきってたよね? そのレウカとルルリリを二人っきりにしちゃまずいって! 


「誰か止めて! 早く!!」


 叫びながら走った。ソネミやガルガウィの前を通り過ぎる。ジヌラが慌てて一緒に走り出す。近くにいたカバネとケガレが、びっくりして硬直している。

 早く!! 小屋の中に駆け込もうとした、その瞬間――。


 ダーン――!!


 聞こえてきたのは魔道銃の銃声? 床に倒れ込む音?

 一瞬、思わずぎゅっと目を瞑っていた。

 小屋に踏み込み、ゆっくりと開いたあたしの目に映ったのは――血の海に倒れ伏すレウカ。黒っぽい小箱を抱きしめ壁際に座り込むルルリリ。そして、片手に魔道銃を握り、脇腹から短剣を生やしたダングル。


「ルルリリ! 大丈夫? レウカ!?」

「ダングル、てめえ、なにをした!?」


 泣きそうな目でルルリリが黒い箱を差し出してきた。これは……魔道器? レウカの後ろのほうに蓋が開いたあたしのリュックが放り出されている。


「お、俺は……ただ……」

「そいつが……小屋……入るのが……。その獣……人が追い……かけ……」


 息も絶え絶えなレウカの話は聞き取りにくかった。

 どちらかが魔道器を盗もうとして、どちらかがそれを防ごうとした――状況からするとそんな感じ? で、魔道器を欲しがってたのはダングル。

 ダングルの傷もまた深そう。よく聞き取れない声で、ぶつぶつと意味不明に呟くばかり。


「獣……ルルリ……リ……は……?」

「大丈夫、怪我はないみたい。魔道器も取り戻せた。レウカ、ルルリリのこと……守ってくれたんだ? どうして?」

「どうして……かな? わか……らな……い」

「どうせ戻って来るんでしょ? 待ってるから……」


 死なせまい、《復讐者》として戻って来させまいとしてたのに、「待ってる」ってのは偽善? でもルルリリを庇ってくれたのは間違いないっぽいし、どう見ても致命傷の相手に向かってひどい言葉を投げつけるのはいやだったから……。


「……誰のための復讐……だったのか……、自分……でも……わからなくなっ……た。それがわかったら……戻って来る……いや……来ない……かな?」


 ルルリリが小さな手のひらで頭を撫でると、レウカは小さく微笑んだ。それが最期だった。

 復讐を望むべきじゃないなんて、いうつもりはない。でも持つのが当然、持つべきだという圧力に屈する必要だってないでしょ? レウカが自分の心を見直すきっかけになったなら、それはそれで良かったのかな――そう思いたかった。


「あー……。いやなもん……見ちまったな……」

「どうする? こいつも、とっ捕まえて飼い殺しにしちまうか?」

「飼い殺しって、ねえ……。でも、ちょっとうざそうだしねえ」

「おっと……飼い殺しは、願い下げ……だ。俺は、俺……の……やり方で……」


 一歩、二歩とよろめいたダングルは、いきなり脇腹の短剣を引き抜いた。そしてその短剣を、血の溢れ出る傷口をさらに拡げるように突き刺した。

 ゆっくりと歪んだダングルの唇は「またな」といっているみたいだった。


               ◇◆◇◆◇


 小屋の中でのごたごたを終わらせルルリリを抱っこして外に出ると、外は外で、すべてが決着していたみたい。立ってる人影の中に、魔物の姿はひとつも残っていなかった。

 あたしがダークエルフと交渉していたあたりには、代わりに人影が二つ、見つめ合うようにして立っている――テルンさんとエリファさんだ。

 いかにも過去になにかあったのは間違いないって雰囲気を醸し出す二人。チャチャルとガルガウィだけが、その様子をじっと見守っている。《咎人》や隊商の連中は、あたりの片付けなんかを始めて、素知らぬ態度を貫いている。


 あたしもね、他人の色恋を覗き見してるみたいで……。で、目を逸らそうとしたんだけど、それよりテルンさんが、こっちに気づくほうが早かった。


「久しぶりですね、チヒロさん。間に合ってよかった」

「あの……お久しぶりです。その……ありがとうございました」

「中央に行っても帰る手段は見つからなかったそうですね。お力になれなくて、申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げるテルンさん。いや、その、テルンさんのせいじゃ……。

 でも、その……。心配して忠告してくれた人がいたのに、あたしったら寄り道して、余計なことばっかして……。勝手に傷ついて……。

 あれ、なんでだろう――?

 あたしの目が、勝手に……泣いてる? 気がつくと、涙がぼろぼろと零れ落ちていた。

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