準備おさおさ怠りなくとはいかない
御者席に居座るダングルを強制排除するのに、丸一日近くかかったわ。女人の村の場所は把握してるんで、教えられないから降りろっていえなかったのよ。
「突き落としてやればよかったのに……」
「図々しいというか、胡散臭いというか……」
ソネミの過激な発言にレウカまで同調したのは、ちょっと可笑しかったわ。
「でも情報は手に入れそこなっちゃいましたね」
「報酬がお金ならともかく、魔道器は渡せないでしょ。ま、誘拐犯はこないだの魔物らしいってわかっただけで十分。《強制執行人》を増やしてるって話だから別人かもしれないけど、仲間なのは間違いないっしょ」
「だろうな。身代金代わりに女人の村の結界停止を要求してるってことからしても、そう考えるのが自然だろう」
「ダングルの調査結果を待ってる暇はないしね。だから追い返して正解……と思いたい」
「なるほど。あの男はわたしたちに犯人を推測する手がかりくれただけで、あとは無駄骨だったってことですね」
◇◆◇◆◇
誘拐犯からの指定の半日ほど前には女人の村に到着した――けど、魔道器と魔道馬の探知機能を使わなかったせいか、到着しても入り口が見つからないのよ、これが。
結界の外側に建てたはずのガルガウィの小屋がすら見つからなくってね。あとで聞いたら、小屋も人目から隠せるように結界の位置をずらしたんだって。
迷子になる前にガルガウィが気づいて迎えに出てきてくれて助かったわ。
「魔道砲の準備をして……本当にいいんですか?」
「ん? 別にいいんじゃない?」
「本当に、本当にそれでいいですだか?」
「ああ。結界の中なら敵の目を欺くにもちょうどいいんじゃないか?」
ルルリリのことを説明すると、エリファさんとガルガウィは自分たちが犠牲になることを覚悟したみたいだった。納得したってわけじゃないけど、女人の村とルルリリを比べたら、あたしたち――あたしがルルリリを選ぶだろうって予想したって意味でね。
もちろん、あたしだって犠牲を強いるつもりなんてないわ。でも本当に絶体絶命、どっちか選ばなきゃ駄目って瞬間には、ルルリリを優先すると思う、たぶん。
それでも、ううん、だからこそ誘拐犯のいいなりにならないで済む方法があるならば、ね。万全の準備はするべきだと思うわけ。
犯人の要求には魔道砲も入ってたから、結界の外に並べるって案もあったんだけどね。あからさまに見えちゃう状態だと砲撃準備しとくわけにもいかないからね。
「やつら祠を移動に使ってるかもしれないだろ? ならば咎人の祠の場所、魔道器で確認しといたほうがいいんじゃないか?」
いわれてみれば、たしかに。ダングルや《強制執行人》連中が祠経由で時短移動してるとしたら、女人の村に現れる経路の予想もつくかも?
「結界で、そもそも女人の村を見つけられないんじゃないかって説もあったりして?」
「いや、それはないだろう。結界破りはともかく、場所くらいは把握してるはずだ。そうだろ、レウカさんよ?」
「あ、ああ……そうだ」
そっか、そういえばレウカは魔物を追いかけて女人の村の近くまで辿り着いたんだっけ。
正確な場所を把握している情報屋もいるわけだしね。《強制執行人》って要するに《管理者》の一種なわけだから、もしかしたら魔道器だって持ってるかもしれない。
あれ、でもだったらどうして?
「魔道器があれば結界の場所だって探知できるはずじゃん? なんで結界停止しろなんて要求してくるんだろう?」
「そりゃ魔道器を持ってるって決まったわけじゃないからな」
「その可能性もありますが、それよりも結界の停止は他の《復讐者》や《討伐者》のためでしょう」
あっ、そっか。エリファさん鋭いわ。
魔道器があれば結界を見破れるかもしれないけど、普通の《復讐者》や《討伐者》は持ってないもんね。簡単に手に入らないし、《強制執行人》は雇えないし。レウカがやったように《強制執行人》を見つけ出して、こっそりあとをつけるくらいしか方法はなさそう。
制裁とか復讐のシステムをやってる側からすれば、《咎人》が姿を隠せる結界ってのは邪魔な存在なはず。それを停止させるとかできればね。こんないいことないってわけね。
「脅迫状を信じるなら敵さんがやってくるのは明日の早朝だろう。まだ早いが、体だけでも休めておいたほうがいいぞ」
ルルリリは大丈夫だろうかって不安だし、人質交渉なんてなにを喋ればいいんだろうって緊張もある。
でもジヌラのいう通り、無茶な馬車の旅でくたくただし、少しだけでも神経を休めて、身体に休養を与えないと。そう思って日付が変わる前に、無理矢理、ガルガウィの小屋で横になった。
◇◆◇◆◇
ガルガウィに揺り起こされたのは、まだ夜が明ける前だった。
まんじりともしない、っていうの? あんまり眠れた感じはしない。それでも睡眠不足にありがちな頭痛は感じないから、それなりに休めたんだと思う。
「誰か近づいてきましただ」
「いざとなるまで私たちは表には出ませんので」
夜通しなにやら作業してたらしいのに、ガルガウィは割と元気な顔をしている。エリファさんはお肌が荒れてるけど。敵の接近を発見する探知機でも取りつけてたのかしらね? お陰で結界の出入りを目撃されずに迎え撃つ態勢を作れたわ。
空が白んできた頃、交渉役として結界の外に出たのはあたしとジヌラだった。
姿を現した誘拐犯は、先頭にダークエルフがひとり? 一匹? それとオーガが二匹。近くの祠から来たから徒歩なのか、それとも乗り物を隠しているのかは不明。
ルルリリは片方のオーガの脇に抱えられていた。手足や翼を動かしてるから、一応は元気なのかな? と思った途端に、オーガがルルリリを足元の地面に放り出した。
同時にドスンと軽い地響き。まさかルルリリそんなに体重増加したの? って思ったら、地面に落ちたルルリリの横に、本人と変わらない大きさの鉄球がゴロンと転がっていた。
あれって奴隷の足に着けるやつよね? 鎖つきの逃走防止の重り、それが首輪から繋がってるせいで、ルルリリは身体をまともに起こすこともできないみたい。四つん這いの中途半端な姿勢を強制されて涙ぐんでいる。
「ルルリリ!」
「チーロー……」
二匹のオーガが金属の鎚をルルリリの頭上に左右から構えてこちらを見る。口元が変に歪んでいるのは……にやりと笑ったつもり?
交渉はダークエルフの役目らしい。
「獣人の一匹や二匹、見捨てればいいものを。愚かだな」
「ええ? 見捨てるわけないと思ったから人質に取ったんじゃなかったの? てか、さっさと解放しなさいよ!」
挑発に真面目に取り合う気はなかったんだけど……ダークエルフの整った顔を見てるうちに、なんだかムカついてきちゃったわ。
でもちょっとばかし発言が強気過ぎたかしらね? と思って隣のジヌラの様子を窺ったんだけど、じっと犯人を睨みつけてるだけ。
ってかさ、駆け引きって苦手なんだけど、あたし。昨夜はアドバイスに従ってさっさと寝ちゃったし、ジヌラさん、あたしの代わりに作戦を練ってたわけじゃないの?
「解放するには、ちゃんと交換条件を呑んでもらわないとな」
「うーん……それはちょっと無理、かな」
もちろん結界の停止に同意する、つまり女人の村の《咎人》たちをあいつらの手に渡すなんて選択肢はありえない。
かといって、どうせ作戦なんて思いつかないし、この際、もう強気で押して押して押しまくるしかないかしら――なんて考えが浮かぶのは、やっぱり実は寝不足なのかしら、あたし?
でもルルリリが叩き潰されるのなんて見たくないし、いくら《咎人》の死が偽りでも、ルルリリの入った卵をまた見つけられる保証だってないし。ってか、ルルリリに許してもらえないわ。
ダークエルフは面白がるような、見下したような薄笑いを浮かべている。
不愉快だわ――やっぱり、やっちゃう? マジギレしそうになったところで、結界の中からよく通る声が響いた。
「要求にお応えして、ここに張った結界を止めましょう」
エリファさんの声だった。




