気をつけよう、甘い言葉と雰囲気イケメン
「おーい! おーい!」
って道のど真ん中で、手を振りながら跳ね回ってる人がいる。どっかで見たことある光景なんですけど……?
チャチャルが走り去ってから不眠不休モードで馬車を走らせて、ほぼ丸一日。あたしの御者当番の最中に、またなの?
「おーい! 止まれ! 止まってくれえ!!」
「……轢いちゃ駄目かな?」
「そりゃ駄目だろう」
独り言のつもりだったんだけど、いつの間にやら御者席に顔を覗かせていたジヌラにしっかりと止められた。
「あのー、急いでんだけど。邪魔だから退いてくんないかな?」
「これは冷たいお言葉ですね、チヒロさん。せっかく待っていたのに」
遠目でもわかったけど、道の真ん中で踊ってたのは情報屋のダングルだった。
ってか、ダングルさん、待ち伏せですか? なんだか現れたタイミングの不自然さといい、怪しさ満点なんですけど?
不審を抱いたのはジヌラも同じだったみたい。胡散臭いものを見る目つきで、ダングルのことを睨んでいる。
「頼んだ手紙はちゃんと届けたんだろうな?」
「そりゃ、もちろん。これでもそれなりに優秀な情報屋だからね。手紙の配達なんぞ、とうの昔に終わってるさ」
「じゃあ、いったいなにしに来た?」
「もしかしてテルンさんからの返事でももらってきたんじゃ?」
「いえ、先方からは到着を待つとチャチャルへの伝言のみでしたよ。でもチャチャルは馬車を降りたんでしょう?」
「え、なんでそれを……?」
はっと思ったときには遅かったわ。ダングルの口元には「ビンゴ!」とか「当たり!」って感じの笑み。誘導尋問に引っかかっちゃったんだわ、あたし。
「いつまでも馬車が姿を現さないんでおかしいと思ってたんですよ。道を逆戻りしても出会さないし、なにかあったんじゃないかと心配でね」
「そりゃあ、お気遣いありがとうございます、かね。だが俺たちは予定通りの旅を続けているだけだ。あんたに心配されるいわれはない」
「それにしてもダングルさん、いったいどうやって魔道馬に追いついたの?」
「魔動車でも使ってるんだろ」
あたしらは女人の村に寄り道してるから予定よりは遅れてる。それにしてもダングルの速さはちょっと異常。たしかに魔動車ならば魔道馬より速いけど、ルートもスケジュールも限られてるし、そうそう都合よく乗り継ぎもできないはず。
だとすると他に交通手段があるとか……? 魔導だの魔法だのを使えばどうにかなる?
「もしかして咎人の祠を使ってるとか? 別に祠じゃなくてもいいんだけどさ、似たような仕組みが《討伐者》向けにもあるんじゃない?」
「そんな仕組みは聞いたことないが……」
「じゃ、もっと単純に、一旦、戻ってから別の地点に向けて出直したとか?」
「なかなか鋭いというか面白いことを考えますね、チヒロさんは」
ふーん……当たらずとも遠からずっていったところかしらね? ダングルの表情を見てるとそんな感じ。
でもこの方法はダングルには有効だろうけど、旧世界の人間であるチャチャルには使えないはず。だってそもそも「元の世界」にいるんだから。ま、「いろいろ伝手がある」っていってたし、魔法が使える知り合いでもいるのかしらね? 案外、マジで異様に足が速いだけだったりして?
首を捻って考え込んでいたら、ジヌラに叱られた。
「こいつがどうやって移動しようが関係ないだろう。こんなことなら潔く轢いちまえっていっときゃよかった」
「そりゃずいぶんと酷い……」
「そうそう、余計な話をしてる暇はなかったわ。用がないんだったら先を急ぐもんで……じゃ」
「おっと、ちょっと待って!」
強引に魔道馬をスタートさせたってのに、ダングルは御者台に飛び乗ってきた。
「ちょっと! 降りなさいってば!!」
「チヒロさん、急ぐ旅なんでしょう? 話が終わるまでの間だけでいいから、ちょっと乗せてくださいよ。大した時間は取らせませんよ」
そういってダングルはあたしの隣にちゃっかりと腰を落ち着けてしまった。
別に嬉しくなんかないわよ? そりゃダングルは一応はイケメン枠だろうけどさ。なにしろあたしはおっさんなわけだし、チャラ男は好みじゃないのよね。
ジヌラにちらっと助けを求めたんだけど、「しかたない」って感じで肩を竦めただけ。はいはい、とりあえず話を聞くだけ聞いて、さっさと降りてもらうほうが利口よね。
「で、話ってなに? ってかちゃっちゃと話してちゃっちゃと降りて」
「まあまあ。ところで獣人のお嬢ちゃんはどこに?」
「なんで? なんでルルリリのこと……知ってるの?」
前回、ダングルに馬車を止められたときには、ルルリリの姿は見られていなかったはず。それなのになんで獣人が一緒だって知ってるの?
まさか……?
「ルルリリはどこ? あんたが攫ったの?!」
「「チヒロさん!!」」
「おやおや? 朝、出発前になにやら慌てふためいてるのは遠目に拝見してたんですけどねえ。なるほど誘拐……ですか」
「まさか、あんたが犯人の一味じゃないだろうな?」
「とんでもない!」
うっ、また反射的に余計なことをいっちゃったみたい……。ジヌラにも馬車の中のソネミにも叱られちゃったけど……口に出してしまったのをいまさら引っ込めるわけにもいかない。
ダングルは大袈裟な身振りで犯人じゃないと否定するけど、疑わしいことに変わりはない。ってかタイミング良すぎだよね? わざわざ狙いすましたように乗り込んできたのに、実は偶然でした、なにも知りませんなんてありえない、よね?
「情報屋ですからね、あなたがたの連れに《咎人》や獣人が混じってるのは最初から知ってましたし、女人の村に向かうのも予想していましたよ。誘拐について確信したのは、たった今ですけどね」
「……で、なにか知ってんのか?」
「チヒロさん、あなたもあちこちで揉め事に首を突っ込んでますよね。心当たりは、あるんじゃないですか?」
え? 揉め事って……壊滅状態の咎人の聖域の関係者は一緒に行動中。中央ではトラブったけど、名前バレとか指名手配とかはなし。管理局が復讐だの誘拐だのするとも思えない。
残るはやっぱり……女人の村へ襲ってきた連中? でも《強制執行人》も《管理者》の一種のはずよね?
「勿体つけずにさっさと吐きやがれ!」
「おっと、ジヌラはおっかないな。そうだなあ……近頃、管理局では《強制執行人》の増員をしましてね。それも以前と違って、大幅に審査基準を甘くしてね。おっと、これは旧世界の人間には内緒ですからね。ま、チャチャルが不在でちょうど良かったですよ、ホント」
もしかしてダングルって旧世界のことも知ってるの? ま、テルンさんもチャチャルもあえて隠してるってわけでもないみたいだったけど。でも単に旧世界人だってことだけじゃなくって、どういう立場なのか、なにを目指してるのかもちゃんと把握してるっぽい。しかも管理局の側の事情にも通じてる……?
「で、その《強制執行人》の話が、どう関係する?」
「ここから先の情報はタダで教えるってわけには。ま、なんらかの対価をいただかないとね?」
「……お金は、そうそうたくさんは持ってないんだけど」
「対価ってのは別に金銭じゃなくても構いませんよ。情報も立派な対価ですし、他の誰かが欲しがってるもの、そうですね……たとえば犯人が要求してるものなんてのはどうでしょう?」
「馬鹿いわないで!」
「巫山戯るな!!」
犯人からの要求って、女人の村の結界の停止と魔道砲。そんな要求呑めるわけない。ってか、それって《討伐者》や《復讐者》、はっきりいって犯人の利益にしかならないじゃん? ってか、そもそもダングルに情報提供を依頼する意味がないじゃん?
「ふむ、推察するに、要求されたのは身代金ではなく女人の村の場所……いや結界の停止ってところかな?」
「……ならば、それを対価として支払うわけにはいかないってのもわかるだろう」
「まあ、たしかにね。だったら別のものを。そうだなあ……女人の村にいる《咎人》全員の名前と素性の一覧なんてどうですかね?」
「無理! 村の《咎人》全員なんて知らない。ってか、そんなもんどうすんの?」
「それはですねえ、情報屋の仕事でいちばん多い依頼がなにかご存知ですかね?」
「知らない。ま、どうせ《咎人》の捜索願いとかでしょ?」
「簡単にいえばそう――《復讐者》の連中はですね、自分の復讐の相手の《咎人》の名前も顔も知らないでこの世界へやって来るんですよ。馬鹿みたいでしょ? そりゃ本名とか本来の顔とかは知ってるんでしょうけどね」
あ、そっか、そういうことか。大半の《咎人》は性別も本来とは異なるわけだし、姿も形も全然違っているわけだから、元の顔や名前で探そうにも無理ってことよね。首輪には細々したプロフィールが載ってるけど、普通の魔道札では罪状はともかく本名とかの欄までは見られないはず。
と思った瞬間、ダングルと目が合った。いやらしい目つきでにやりと笑っている。
「チヒロさん、あなたが持ってる魔道器。あれをいただけませんかね? あなたが持ってても宝の持ち腐れでしょう? 俺ならば情報屋として、立派に有効活用してご覧にいれますよ」




