ポンと蹴りゃニャンと鳴く
短いですが投稿します
『子狸の獣人は、女人の村の結界の停止と引き換えにお返しいたします――』
ジヌラが渡してきた紙には、そんな巫山戯た文が書かれていた。
誰が書いたかって? 知らないわよ。署名もなにもないんだもん。郵便を出すときには差出人の住所氏名も書くって、最低限のマナーすらなってないわ。
単なる悪戯か嫌がらせだろうって、できることなら放り出したかったんだけどね。でも鳥の羽が一枚、添えられていたから。それも茶色と黒の斑模様、ルルリリと同じ色合いのやつ。
いったいどこの誰が全力疾走する魔道馬の馬車の一行に、脅迫状を悪戯で放り込むかってね。そりゃ不眠不休で走ってるわけじゃないけどさ。用がなきゃ、わざわざやんないわよね?
ルルリリの姿が馬車の周囲に見当たらないのは間違いなかった。あたしより先に起き出していたチャチャルもソネミも、探し回っているけど見つからない。
レウカにも念のため訊いたけど「知らない」と首を横に振った。出発直後なら知ってても教えないって意固地になってたかもしれないけど、ここ数日体調の回復と反比例するように怒りの爆発は減っているし、知らないってのは嘘じゃないっぽい。
「わたしが食事の支度に起きたときには……馬車の中にはいませんでした」
「ボクが見張り当番の間に出入りした様子はなかったよ」
「夜明け前まではあたしの腹の上でモニョモニョしてたのよねえ……でもいつの間に起きたんだろ?」
「馬車の周辺に誰かが近づいた形跡は見当たらない。しかし子どもがひとりで遠出……するか?」
「夜中にお腹が空くとそのへんを徘徊して虫とか木の実とか食べてることもあるからね。それに子どもっていっても、そもそも狸は夜行性……だよね?」
「え? 猫の獣人じゃ……?」
いや、脅迫状に子狸ってあったしさ。ま、見た目、猫なのか狸なのか、かなり微妙なのよね……。あ、あと雀とかウズラって線も捨て難いわ。
まあ、冗談はさておき。犯人は実際にちゃんとルルリリの姿を目にしている可能性が高いと思う。ルルリリをその……殺すなりして、脅迫状だけ送って寄越したわけじゃないって意味で。ギルラン商会で孵化した時点でルルリリは猫型獣人に分類されてるから、当人の顔を直接見なきゃ子狸って表現は出てこないでしょ?
脅迫状の内容を要約すると、こんな感じになる。
子狸ルルリリは犯人が捕らえている。
要求は二点。ひとつは女人の村の結界を停止する、あるいは停止方法を教えること。もうひとつは魔道砲を引き渡すこと。
人質との交換場所は女人の村の結界の前とすること。期限は三日後の正午。詳細は改めて連絡する――。
「あたしひとりで戻るわ。みんなは……このままテルンさんのところへ向かって」
「おいおい、まあ、とにかく落ち着け。これからどうするにしろ、まずは作っちまった朝飯を食うぞ」
ソネミから湯気の立つスープの椀を手渡され、あたしは自分が立ち上がったまま元来た道を睨みつけていたことに気がついた。冗談いう余裕があるくらい落ち着いてるって思ってたんだけど……単なる現実逃避だったのかな。温かいスープが胃の中に落ちて、やっとジヌラやソネミの言葉が意味を為して聞こえてきた。
「ひとりで戻るって、歩く気ですか? 期限は三日後なんだから魔道馬じゃなきゃ無理ですよ」
「だったらさ……。どっか途中の町まで行って、そこで代わりの乗り物を手に入れるってのはどう?」
「ただ単に二手に分かれるってんならそれもありだが、馬や馬車が手に入る町や村までは少なくとも丸一日はかかる。そっから休みなしで魔道馬を走らせても期限には間に合わせるのは難しいと思うぞ?」
そうだよね、足がなければ期限に間に合わないのはわかりきっている。そこで「お願い、一緒に行って」といわずに「ひとりで行く」っていうのは、あたしのわがまま。みんなに迷惑がられたくない、でもってルルリリに対しては「できる限りのことはした」ってアリバイってか言い訳を作りたい。たぶん、それだけなんだと思う。
冷静に考えてみれば、テルンさんのところへ予定より遅れているから急ぎたいとはいえ、いつまでに行くって明確に決めて連絡してるわけじゃない。そうだよね? ちょっとくらい遅れても……?
「そうですよ。寂しがり屋のルルリリを放置して先へ行くなんてありえませんよ。ね、チャチャルさん?」
「う……うん。そ、そうだよね……。ルルリリを見捨てたりなんてしないよ」
やっぱりチャチャルは一刻も早くテルンさんのところへ行きたいんだろうな。ルルリリを心配していないわけじゃないってのはわかってるけど。
それに客観的に、冷静に考えたら、闇雲に犯人の要求に従うのが最善なのかどうかも不明。要求に応じても解放されるかどうかわからないし、そもそも応えられるような要求じゃないって話もあるしね。
そう考えると、妙に歯切れが悪くなっちゃうチャチャルの気持ちもわからないではないわ。
でもね、それでもね――。
「チャチャル、ごめんね。でもルルリリのこと、やっぱり助けたいし……。結界の停止なんて要求飲めないけどさ、でもルルリリの安否を確認するためにも、女人の村へ戻れって指示には従っておきたいんだ」
「うん……わかってるよ。でも……。そうだ、チヒロさん、ボクの首輪、外してもらえないかな?」
「でもそれは……危険かもしれないから止めようって話になってんじゃ?」
「うん、覚悟はしてる。でもこれを着けたままじゃ通れない道や使えない乗り物もあるからね」
「え? それってどういう……?」
情報屋チャチャルには、これまでに築き上げてきた伝手がいっぱいあるんだそうだ。実際、首輪のせいで使いにくくはなってたけど、コネが切れちゃったってわけでもないらしい。
「ルルリリのことは心配だけど、女人の村で思ったより時間を取られちゃったし、これ以上、遅れるわけにはいかない。ここからはボクひとりでテルンさんのところへ向かうことにするよ」
ここまで首輪を外さなかったのは危険だからだけじゃなくって、《討伐者》にはあり得ない若さの少年ってのを誤魔化すために、《咎人》の格好を選んだってのもあったわけだしね。《討伐者》であるあたしやジヌラと別れて単独行動するならば、《咎人》の姿は逆に危険が増すってこと。
そういわれると、それも間違いじゃないよなあ……って、すぐ納得しちゃうのは、あたしの悪いところなのかしらね。でも押し問答してもいられなくって、結局はチャチャルの頼み通り、首輪は外すことになった。
「もちろんルルリリのことを見捨てるつもりじゃないよ。テルンさんの協力を得られれば、誘拐犯の正体を暴いて捕まえることもできるかもしれない。だから……テルンさんにあったらみんなのこと話して必ず戻ってくるから。チヒロさん、絶対に無茶はしないでね」
そういってチャチャルは風のように走り去っていった。
次回更新は未定。執筆環境がぁぁぁ……。




