悔い改めるのは難しい
女人の村では結局三日ほどを過ごした。本当はもう少し早くテルンさんのところへ向けて出発したかったんだけど、レウカの傷が癒えなかったから。《復讐者》を村に置き去りにしていくわけにはいかないからね。ジヌラが村に残れたとしても、始終レウカの見張りなんて無理な話。
同じ小屋で過ごしても、あたしはレウカにはあんまり話しかけられなかった。
水原さんへの負い目ってわけじゃないけど、傷ついている被害者を放置しちゃいけないって気持ちはあったんだけどね。でもレウカみたいに「自分は悪くない」「相手が悪い」って言い募られると痛々しくて辛すぎる。
ジヌラは結構レウカの話相手になってたみたい。責めたり苛めたりしないように注意はしてたけど、会話にマジで耳を傾けるのはちょっと怖かった。ま、話し振りは思ったより穏やかだったけど。
食事の世話や怪我の手当には、なんどもウサが顔を出していた。自分で志願したらしいんだけどレウカに対しては名乗ってない。レウカは薄々感づいているみたいだったけど。一触即発のピリピリ感はなかったけど、なかなか怖い光景だったわ。
馬車の修理や結界の外に仮小屋を作る作業は、やっぱりジヌラとガルガウィがメインだった。あたしは力仕事はともかく、大工仕事はイマイチだからね。レウカの見張りも必要だし、あたしが小屋に残ることがどうしても多くなった。
◇◆◇◆◇
レウカの傷もだいぶマシになったし、そろそろ出発しようと話し合った日の夕方、ルルリリが小屋にやってきた。
ジヌラとガルガウィは外で作業中、チャチャルはたぶんエリファさんの小屋でお話し中、レウカはうとうとしているっぽい。
「チーロー……」
哀れっぽい半泣き声であたしの名を呼びながら、リュックの周りを飛び回る。はいはい、わかったって。覚悟を決めたってことね?
意地悪せずにリュックからすぐに魔道器を出す。ルルリリを膝にのせ、首輪に魔道器を近づけた。
「……ルルリリ、字読める?」
「んん」
中途半端な生返事はわかりにくいけど、首を縦にしてるから肯定でしょう。ってか字、読めるんだ? ま、中身は幼児じゃないんだろうし……あれ? 記憶はどこまで封印されてるんだろう?
「んじゃ、これ重たいけど自分で持ってられる?」
「チーロもー」
どうも一緒に読んでほしいみたい。うん、まあ……ひとりで罪に向き合えっていうのも酷なのかな。
ってなわけで後から覗き込んでいたんだけど……後悔したわ。
ルルリリの罪状は、何ページもスクロールするくらいに、ずらずらと並んでいた。児童虐待、誘拐、監禁、強姦、殺人……。被害者の年齢は十歳未満、平均六、七歳。どの項目も件数は複数、被害者も複数、二桁に達してる。未遂も含めたらもっと多いかも。
詳細情報は……正直、もう読みたくなかった。ざざっと目を通した限りでは、「子どもと遊びたかった」とか「子どもになりたかった」とかいうばかりで反省の色が見られないって。刑期というか制裁の回数は初めて見る「上限なし」。日本でいうところの無期懲役みたいなもの……?
「むー、うー」
唸っているのは当人もショックなのかな……。でもあたしだってショックなんだけど……?
こっちの言葉は理解してるのにまともに喋らないのがわざとじゃないのはわかっている。甘ったれな性格だって演技や誇張ばっかりじゃない。寂しがって泣いたり、咎人の聖域から逃げ出すときに必死に協力してくれた姿を見れば、あたしのこと大好きなのは嘘じゃないってわかる。
「よく獣人なんかに触れるな。《咎人》の中でも最低最悪な連中じゃないか」
「どういう意味?」
「子ども相手の犯罪者だから、獣人は幼い容姿になる――知らないのか?」
いつの間にかレウカが目を覚ましていた。
呆然としているルルリリを抱き寄せてやると、あたしの肩に顔を埋めた。じんわりと熱く濡れた感触が襟元に滲んでくる。
その様子を憎々しげにレウカが睨んでいる。穢らわしいものを見る目つき。ウサに対するのが個人的な怒りだとすれば、ルルリリに対しては社会的な正義感なの?
「南東の町、ギルラン商会の獣人たちも、みんな子どもっぽかったっけ……」
「あそこは恥知らずのために恥知らずを集めて商売をしているのさ。まさか、あんたもやつらの同類か?!」
獣人の町の娼館の客もまた子ども相手の犯罪者予備軍だとレウカはいう。獣人趣味の客もいた気はするけど……ま、そうやって需要と供給を一致させてたのかな?
でもあの町の獣人たちが幸せそうだったのはなぜなんだろう? 綺麗に丁寧に扱われてたから? いつ襲われ、傷つけられ、殺されるかわからない生活よりはマシだったから?
ルルリリもどこかの娼館に引き取られていたら――望み通りに「子どもになれて」「可愛がられて」幸せになれたのかな?
「ってかさあ、もうどうせなら咎人制度なんて廃止して、単純に流刑地にでもすりゃいいのに。元の世界とは完全に縁を切って、こっちはこっちでやり直し。元の世界も邪魔者がいなくなって、めでたし、めでたし、じゃない?」
適当な思いつきだったけど、いっているうちになんだか悪くない気がしてきた。
ジヌラとカバネみたいに元の世界に戻るほうが困るって場合だってあるんだしさ。刑罰によって社会秩序を維持するってんなら、犯罪者は追放、もう元の世界とは関係ありません――それでもいいわけじゃん?
「ふざけるな!! 《復讐者》の……被害者の気持ちはどうなる? すべてなかったことにしろ、加害者を宥せとでも?!」
「そうはいわないけどさ、憎むなってのは無理だとしても、別に無理に憎め復讐しろ、なんて誰もいってないんだからさ。復讐を人生のすべてにしなくてもいいんじゃないの?」
被害者になったことがないから、無責任にお気楽なことがいえるのかもしれないけど。あたしの本音であることも、また事実。
「……誰もいってないだって?! 嘘を吐くな!!」
感情が昂ぶったのか、レウカは「疲れた! 寝る!」と叫ぶなり、またベッドに潜り込んでしまった。
嘘……じゃないんだけどな。ま、被害者に対するバッシングもいろいろあるから、復讐をやめたくてもやめられない事情ってのもあるのかしらね……。
レウカが感情を爆発させるたびに、ルルリリはびくりと小さく震えていた。まるで大声を出す大人に対して幼児がただ怯えているみたいに……。
そんなルルリリを見ていると「子どもになりたかった」ってのは嘘じゃないのかもって気がしてくる。身内に対して甘い? お花畑かしらね?
でもさ、男でも大人でもなくなって、記憶も半ば封じられているルルリリにとっては、そっちのほうが真実に近そう。「幼い子どもである」とか「甘えたい」とかいった感情だけが、唯一、ルルリリに残された感情であり、本質というか個性なんじゃないの?
ま、これもまた勝手な推測、無責任な戯れ言に過ぎないんだけどね。
◇◆◇◆◇
当初はジヌラと《咎人》を村に預け、村の旧世界出身者を連れて行くつもりだったんだけど、予定は未定にしてなんとやら。修理したての馬車に乗り込んだのは予定とはかけ離れた顔触れだった。
そもそもいちばんの予定外は《復讐者》のレウカ。本当は連れてきたくないけど、こんな危険人物を女人の村に置いていくわけにはいかない。
で、その次がジヌラ。
「あんたひとりじゃ、なにかあったときにこいつを抑えるのは難しいだろう?」
「でもカバネはどうするの?」
「結界があるから大丈夫なんだろう」
馬鹿にされてるような気もするけど、魔物とかに盗賊とかに襲われたら、レウカを牽制しながら戦うなんてたしかに難易度高すぎ。
ジヌラは結界の力を百%信じてるわけでもなさそうだけど、妥協したってことね。
「オラは……お師匠様と一緒に魔道器の研究をしますだ。それにオラが結界の外で見張りもしますから大丈夫ですだ」
ガルガウィは残留を決断。ま、戦力になりそうだし、ジヌラもそれがあるから妥協する気になったんでしょうね。ってことで、魔道砲も一台プレゼント。村の防衛に役立ててください。
でもって、エリファさんの説得は失敗。
「チ・ヒロさん、あなたもここに残りませんか? テルドリアスを頼っても、元の世界に帰れる可能性は限りなく低い。でも私ならば……あなたがお持ちの魔道器を使えば、その方法を見つけられるかもしれません」
「チヒロさん、お願い。魔道器は……テルンさんの最終目的は咎人制度を終わらせ、《咎人》も《復讐者》もこの世界から去らせること。そのために、きっと魔道器が必要になる。だから……」
エリファさんの申し出は、正直、魅力だった。あたしの望みは元の世界に帰ること。この世界のために尽くす義理はないっていわれれば、その通りだもんね。
でもさあ……知らん顔して逃げるにはさ、この世界で知り合いが増えすぎたのよ。それも《咎人》とかチャチャルとか、この世界の歪な理とやらに翻弄されてる人たちのね。それを見捨てて帰るってさ……なんだか心苦しいじゃん?
専門家であるエリファさんのほうが魔道器は有効活用できるんだろうけどさ。ま、魔道器はエリファさんに託しちゃって、あたし個人がテルンさんに協力するって案もあったんだけどね。でもあたし自身にはなんの特技があるわけでもないからね。やっぱり魔道器を持っていくのが正しいでしょ。それに首輪や魔道札の裏情報を読み取ったり、魔道馬の裏ワザが使えたりと、道中、なにかと便利そうだしね。
チャチャルは当然として、《咎人》の面々も予定とは違っていた。
咎人の聖域の三人娘、カバネとケガレとタダレは居残り組。これは予定通りね。
で、女人の村の旧世界出身者の連れ出し。これが全然駄目だったわ。一応、村の女の子たちに事情を説明することと、当人が了承すれば魔道器で情報確認するのも認めてはもらえたんだけどさ。結局、魔道器で自分の罪状を確認しに来たのはウサだけ。彼女の場合は、レウカのせいで気になったみたいだけど、そもそも旧世界出身じゃないからテルンさんのところへの同行条件には当てはまらなかったわけ。
それ以外はエリファさんがいってた娘が旧世界出身者だって認めはしたけど、エリファさんと一緒にいるほうを選ぶだって。テルンさんなんて知らないとか信用ならないとかじゃなくって、エリファさんとの絆のほうが強かったってことみたい。
意外だったのはソネミとルルリリ。意外なんていったら悪いかな。二人は絶対にあたしと離れない、テルンさんのところへ行くんだって譲らなかったわ。
「あと二回で刑期終了ですから。怖いけど、隠れて守ってもらう必要はないかなって。それにこんな迷惑な咎人制度、壊してしまうっていうなら是非とも協力したいですから。《咎人》がいうべきことじゃないかもしれないですけど」
ま、ソネミは単に罰を受け罪を償うのを嫌がってるんじゃないのよ。ただ罪の重さと釣り合わない罰に疑問があるのよね。それに他所の世界に犯罪者を送り込んだ上に、その世界の人間まで一緒くたに罪人扱いするなんて、迷惑以外のなにものでもないわよね。
で、ソネミはいいとして。ルルリリは、まあ、狡いというかなんというか。ひたすら泣き落しだったわ。
最初は魔道器での首輪の解析結果がショックで、べそを掻いてるんだとばっかり思ったんだけどね。そうじゃなけりゃレウカに怒鳴られて怯えたとかさ。
でもさ、いつの間にか「チーロー」が「いやぁーあー」になって「いっしょー」ってしがみつかれるとね。いやでもわかるってもんよ。
まあ、ルルリリの制裁回数は無制限だから、咎人制度をぶち壊すしか元の世界に帰れる見込みはないって思い詰めたとも考えられるけどね。もっとも傍から見てる限りは、ルルリリはこっちの世界で暮らすほうが幸せっぽいんだけど。こればっかりは当人にしかわからないわ。
◇◆◇◆◇
そんな感じで馬車の旅はメンバーは予定とは違うものの順調に再開した――と思っていたわ。女人の村を出て四日目の朝までは。
その朝、あたしを叩き起して異変を告げたのはジヌラだった。
「おい、チヒロさんよ。あんたのお気に入りのチビはどこへ行った?」
「んー? ルルリリ? 朝方まで人の上で寝てたけど……食べ物の匂いで起きたんじゃない? そのへんにいない?」
「いないから焦燥ってるんだよ」
そういってジヌラは、あたしに一枚の紙切れを渡してきた。
そこにはルルリリの失踪――誘拐がはっきりと記されていた。
PC飛びました……。原稿はバックアップから復旧したんですが、執筆環境がまだ……。




