江戸の敵を長崎で討てるのか
目を覚ましたレウカは優男だった。必死の形相が消えると、ちょっと女性的だけど、かなりのイケメンだ。
《復讐者》には美形が多いっていったのはテルンさんとこの誰かだったっけ? そのときは自意識過剰というか自分を美化しているんだろうくらいに思ったんだけど、今ならそればかりが理由じゃないってわかる。《復讐者》って要するに被害者だもんね。たとえ己自身の姿であっても、むくつけき男の姿を見るのはイヤなんだと思う。
ま、勝手な推測に過ぎないけどね。
「あんた、名前はレウカだったか?」
「な、なぜ!?」
ジヌラに名前を呼びかけられると、レウカは慌てて飛び起きようとした。けど、力が入らないのか、背中からがっくりとまたベッドに倒れ込む。
「魔道札によると、あんた《復讐者》だよな? ウサって《咎人》を捜してるんだってな?」
「そうだ! ウサだ! どこにいるんだ? すぐにここに出せ!」
「ウサとはなにがあったんだ?」
「……」
「喋りたくなければいいぜ。調べるのは簡単だからな。なんならウサの首輪を――」
「ジヌラ! たしかにレウカはこっちにとっては襲撃者、加害者だけど、元々は被害者なんだよ?」
カバネの話をジヌラがしたときには、細かいことまで根掘り葉掘り訊かなかったはず。ウサは自分のことを知るのも知られるのも望んでない風だったし、被害者であるレウカが嫌がってるのも見れば明らかだ。
「他人の傷を抉ってる場合じゃないでしょ?」
「そりゃそうなんだが……」
レウカがここに辿り着いた手段というか、経緯を知るのが目的のはず。
「わ、悪いのは私じゃない……。私は私のために、妹のために、あの男を絶対に許さない! 誰になにをいわれようが、絶対に負けない!」
「誰になにをいわれようと……?」
「わ、私のせいじゃない! 妹が……私が悪いんじゃない!! 絶対に許さない! 許しちゃいけないんだ!」
妙なスイッチが入ったみたいに感情を昂ぶらせるレウカの姿はなんだか滑稽だった。感情的だから? 必死だから? 加害者を責めているようで、実はレウカ自身が追い詰められてるような、なにかから逃げようとしているようでもある。
「妹が被害者……で、あんたは被害者家族か」
「ジヌラ!」
「ああ、悪い。そういうつもりじゃないんだが……被害者だろうが加害者だろうが、家族には家族の苦しみってもんがあるからな」
いきなり遠い目をするジヌラ。でも被害者家族と加害者家族って、ずいぶんと違わない? ってか加害者家族の側から「わかる」って共感示しても、相手の神経を逆撫でするだけじゃない?
「あのさ、襲われたあたしらが身を護ろうとするのは当然ってのはわかるよね?」
「ッ!」
「《復讐者》はなにをしても許されると思ってるかもしれないけどさ、返り討ちにされても文句はいえないんだよ?」
ま、《咎人》が反撃していいのかどうか、知らないけどね。とにかくレウカに対して、こっちにも尋問の権利くらいあるってわかってもらわないと――って思ったんだけど、あら、通じなかったわ。
「……殺せ! 返り討ちにするというなら、すればいい!! なんどでも、また戻ってきて――」
「そうはいかないさ――」
ジヌラは続けていう。魔物と組んで《咎人》を襲ったり、《討伐者》まで巻き込むようなやつは卑怯者だ、と。
うーん、そうなのかなあ? 他人を巻き込むなってのは賛成だけど、目的のためには手段を選ばないってのを否定はしきれないかな? ま、レウカを煽って喋らすのが目的っぽいから、いちいち指摘はしないけどね。
「《討伐者》を襲ったら規則違反で二度と《復讐者》として登録できないんだっけ? 魔物や盗賊と組むのも駄目なんだよね?」
「《復讐者》でなくても制裁をする方法ならいくらでもある!」
「《討伐者》になればいいってか? だが残念、それも無理だ。お前さんを殺したり死なせたりはしない。ここから絶対に出さない」
レウカはほとんど涙目になってジヌラを睨みつけていた。
「……魔物と組んでなんていない!」
「まあ、仲間とは思われてなかったんだろうな。なにしろ後から射られてるんだ。《咎人》諸共、殲滅しちまえってな」
「情報屋からウサの名前と居場所を買っただけだ。場所は魔物が知っている、魔物の後を追えば|女人の村(ウサの居場所)に辿り着けるとな。やつらはここを何度でも襲ってくる! ここを破壊し尽くしてくれる!!」
◇◆◇◆◇
毒なのか、正当な怒りなのか。溜まってたものを吐き出したレウカは、ぐったりして再び眠りに落ちていった。
それを機にエリファさんが立ち上がり、村の女の子たちの様子を見に外に出て行く。チャチャルもそれに続くと、ガルガウィがどうしようと迷うように出て行った二人と、あたしの様子を見比べる。
「行っても大丈夫だよ、あたしはここに残るから」
「いえ、そうではなく……」
でかい獣人のガルガウィが村の中を歩きまわること。ジヌラとレウカを残して行くこと。どっちの意味でも大丈夫だよっていったつもりだったんだけど?
「魔道器を持って、一緒に来ていただきたいんですだ」
ま、いずれにせよレウカをこれ以上問い詰めてもなにも出て来そうにないのはジヌラもわかってるはず。レウカは眠ってるし、放って置いても大丈夫かな? そう見極めをして、ガルガウィの後に続いて小屋の外へと出た。
「これが咎人の聖域の長殿から託された魔道器です」
あたしはリュックから引っ張りだした魔道器をエリファさんに手渡した。それを手に取り撫で回すエリファさんの手つきは慣れた様子で、初めて魔道器を見るって感じじゃない。
「ご自分のいた世界に帰還すること、それがチ・ヒロさんの望み……」
「ええ、まあ。どう考えてもあたしがいた世界とジヌラたちの世界は別物なんで。だから《討伐者》は死ねば元の世界に戻れるって聞いても、試してみようって気にはなれなくて。そういう意味では旧世界の出身者であるエリファさんやチャチャルと似たような立場かもしれませんね」
エリファさんは、チャチャルの真似をしてほぼ正しくあたしの名前を発音してくれた。頭の回転も早くて、肝心な部分はぼかして話していたはずなのに、あたしが本当の異世界から来たってことをさっさと見抜いてくれたわ。
「伯母様、この魔道器を使えばボクのこの首輪、安全に外せますか?」
「安全の意味にもよりますが、ええ、おそらくは……」
「ならばボクの首輪で試すから。上手くいったら伯母様も! そしてテルンさんのところに一緒に行きましょう」
「チャチャル、エリファさんが魔道技術者だからって他所の世界の他人様が作ったものまで詳しくないでしょ」
チャチャルは伯母様のことを信頼に満ちたキラキラした瞳で見詰めている。ガルガウィもまた、エリファさんを無条件に信頼しているっていうか、ほとんど崇拝しているみたい。
「お師匠様はこの世界でいちばんの魔道技術者ですだ。首輪や魔道札についても、誰よりもご存知ですだ」
「旧世界には魔道技術者が大勢いますが、チ・ヒロさんの仰る通り、咎人制度の仕組みについて知る者はいないでしょう。なぜなら咎人制度は《咎人》を送り込んでくる世界の技術者によって完成されたものなのですから。ですが私は――」
これをご覧ください、とエリファさんはあたしのほうへと身を寄せてきた。
ちょっとびっくりしたけど、いわれるままに首輪に魔道器を近づける。チャチャルもガルガウィも、黙ってそれを見ている。
最初のページに表示されるのは、誰にでも確認できる表面的な情報だけ。見るべきは二ページ目以降の詳細情報だ。
「ええと名前がエリファさんで間違いなしと、出身は、えと……? ドレ……ドレナコス郡。罪状は……建造物侵入? 器物損壊〜?!」
「え、罪、軽っ!?」
「ドレナコス……?」
「初耳ですだ……」
え? 驚くとこ、そこ? なんだかチャチャルやガルガウィとあたしとでは、驚くポイントが違ってるっぽい。なぜだか出身地でびっくりしてるんだけど、どういうこと?
「単に旧世界と今では呼び名が変わったとかじゃなくて?」
「私は旧世界の生まれではないのです。《咎人》たちや《復讐者》、《討伐者》といった方々と同じ世界からの来訪者です」
「えっ……でも、伯母様が伯父様と結婚されたのはボクが生まれる前……」」
「オラ、憶えていますだ。この薄気味悪い世界の理とやらが始まる、ずっと以前のことでしただ」
えっと……どういうこと? チャチャルは旧世界の人間で、エリファさんは外の世界からの来訪者。なのに二人は伯母と甥の関係?
そんなあたしの戸惑いを見透したようにエリファさんはいう。
「魔道技術者だった私は、異世界転移の研究のためにこの世界を訪れ、チャチャルの伯父と知り合い結婚したのです」
「研究って……咎人制度を作るための研究ってこと?」
「私にはそんなつもりは……いえ、私の滞在を許可した上の人間は、咎人制度の導入に向けた事前調査のつもりだったのでしょう。そして私が向こうとの行き来を可能にする魔道技術を完成してしまったがために……」
ああ、これって原爆を発明した科学者の苦悩みたいなもん? 知的好奇心で真理を追求したら、できたものは人殺しの道具だったみたいな?
ま、エリファさんが保身のために嘘を吐いてるって可能性もあるんだけど。
「咎人制度のことを知った私は反対しました。研究を破棄し、制度の実現を阻もうとしました。でも――」
エリファさんは、自嘲したような笑みを浮かべて、黒い首輪を摘んで見せた。
要するに、ま、実力行使をして捕まっちゃったってことね。実力行使すらしてなくて、反対意見を表明したから陥れられてたりしてね
それにしてもエリファさんの罪状は、社会的には重いのかもしれないけど、暴力的な制裁を受ける理由はないと思うのよね。それとも被害者が復讐を邪魔された苦しみを知れってつもり? そうなるとほとんど意味不明よね。
「チ・ヒロさん、あなたが元の世界に戻るための方法を探すのなら、できるかぎりの協力をいたしましょう。そしてチャチャル、あなたの首輪を安全に外す方法も。旧世界の娘を連れて行きたいのなら、それもいいでしょう。ですがこの村には他にも《咎人》の娘たちがいるのです。彼女たちを見捨てて、私だけがテルドリアスの下に馳せ参じるわけにはいきません――」
エリファさんは、どうしようもなく頑なだった。




