一宿一飯の恩義って面倒臭い
オーガやエルフの死体が全部塵となって消え去り、あたしたちは結界の中へと今度こそは招き入れられた。
気を失っている《復讐者》は、体力のあるガルガウィが担いだ。
「ごめんなさい、無理矢理押し入ったみたいになっちゃって……」
「魔道を通し直せば、結界はすぐに復活しますから」
案内されたのは、結界の奥にあるエリファさんの小屋だった。
咎人の聖域と違って、ずいぶんと小さく見窄らしい。それでも村の他の家に比べれば、ひと回りかそれ以上大きい。あたしたち全員が入れるくらいの余裕はある。もっともさすがに狭苦しく、エリファさんは緑髪のウサちゃんしか村の娘は同席させなかった。
「いいんですか? こちらの娘たちは別の場所で待たせても構いませんよ?」
「どうかお気遣いなく。この村の娘たちは人見知りが激しいので、このほうが良いのです」
そうなのかな? みんなエリファさんのことが心配で堪らないって顔つきだったけど。なにしろこっちは、おっさんが三人、《復讐者》もいれれば四人だからね。
「矢は抜きましただ。ですがオラは回復魔法は使えませんだ。お師匠様……」
「え? 回復魔法……って?」
エリファさんのベッドに寝かせた《復讐者》の背中から、ガルガウィが慣れた手つきで矢を引き抜いていた。
ってか回復魔法なんてあるんだ? ま、魔道なんて出てきた時点で推測すべきだったわ。
「昔は魔導師や魔法使いと呼ばれる人々が、大勢いたのですよ」
「それは……旧世界でのことですか?」
「ええ……。ですが魔道技術の発展により旧式の魔法は廃れて、今では魔道は魔道器を動かすためだけに使われるようになりました。しかも管理局の手によって、世界に満ちていた魔道のほぼすべてが集められてしまっています。この村では、薄くなってしまった魔道をどうにか掻き集め、やっとのことで結界を維持しているのです」
ってことは、このはた迷惑な《復讐者》に回復魔法をかけるには結界をオフにしないと駄目ってこと? それは……ちょっと無理なお願いよね?
「もちろん、治療を拒むというわけではありません。ウサ――」
「はい、エリファ様」
脇に控えるウサちゃんが、治療道具一式を準備して待っていた。ガルガウィが身体を抱き起し、エリファさんが傷口を洗い浄め、薬を塗り、包帯を巻いていく。薬が染みたのか《復讐者》は「ぐ、ぐぅ……」とか妙な呻き声を漏らしたけど、意識を取り戻す様子はない。
あたしとジヌラは、それを横目に《復讐者》の荷物を勝手に漁った。
「名前はレウカ。区分は《復讐者》、元は女。で、相手はウサで間違いなしね」
「罪状は……ウサの首輪で確認すりゃいいのか」
「まあ、そこまで穿り返さなくてもいいでしょ」
ジヌラの言葉にウサちゃんが居心地悪そうに身動ぎしている。
あたしが止めたらジヌラはちょっと不満そう。加害者家族であることを告白したジヌラからすれば、過去なんて隠すより明かしたほうが楽だろうぐらいの認識なのかも。
「この人は気がつくまで放っとくとして、あた、わ、わたしたちがここに来た理由なんだけど……」
「それは――」
「チャチャル、俺から説明する。エリファさん、あなたがこの村の代表って理解であってるんだよな?」
ジヌラはチャチャルから強引に話を横取りしたけど、たぶん、二人の用件は微妙に違っている。ジヌラは女人の村のリーダーに頼みがあって、チャチャルはエリファさん個人に用があるのよね。ま、最終的には同じ話になるともいえるんだけど。
「代表というわけではありませんが、見ての通り年も取っておりますから、この娘たちの母親代わりとでも思っていただければ」
《咎人》って基本的に若い娘ばっかなのよね。エリファさんみたいにアラフォーっぽいのは珍しい。ってかこれまで会ったことがない。
ま、被害者の気持ちを思い知れってんだから《咎人》が若い女性になるのはある意味当然なんだろうけど。チャチャルの伯母様でガルガウィのお師匠様だという旧世界の住人であるエリファさんなら例外ってこともありうるのか。
「俺たちは、といってもチャチャルとそこのチヒロは違うが、他は皆、咎人の聖域から逃げてきたんだ」
ちょっとジヌラさん、それじゃまるで脱走してきたみたいじゃない。そこは焼け出されたって説明しないと。
ジヌラもまずかったと思ったのか、すぐに訂正を入れる。エリファさんも咎人の聖域のことは多少知ってたみたい。
「やはりそうなりましたか……」
「あ、ご存知なんですか……?」
「……里からこちらに移ってきた娘もいますから」
ふーん? 里からの脱走に成功したのって、あたしだけだと思ってたけど、違ったのね。ってか崩壊したことに対して「やはり」っていうのは、エリファさん、なにか察するところがあったのかしらね?
「――そんなわけで、生き残った《咎人》たちを、こちらで預かってほしいんだが、その……」
「こちらの四人かしら? あら、翼の生えた可愛らしいお嬢ちゃんもいるのね、では五人ですね?」
「里では獣人はあまり歓迎されていなかったんですが、大丈夫ですか?」
「獣人だからといって追い出すということはありません。ただ、食事の支度など基本的な生活能力がないと、ここでの暮らしは辛いかと」
「ルルリリは基本的なことは自分でできます。駄目ならあた……わたしが面倒みます」
「チヒロさん、大丈夫です。ルルリリの世話ならわたしが責任を持ちます」
ソネミが丁寧に頭を下げると、エリファさんはにっこりと優しい笑みを浮かべ、指先でそっとルルリリの頭を撫でた。ルルリリは、一瞬、びくっと驚いたけど、すぐに気持ちよさそうに目を細めた。
「どうやら大丈夫そうですね」
「それとできれば、ガルガウィと俺も、その、ここに住まわせてもらえないだろうか……でしょうか?」
「それは……。咎人の聖域ではどうか存じませんが、ここの娘たちは《討伐者》に慣れておりませんから……」
やんわりと断るエリファさん。ま、当然よね。ジヌラの事情もひととなりも、知らないんだもの、安直に「いいよ」なんていえないよね。それにガルガウィだって、いくら優しいゴールデンレトリバー顔でも女の子たちにとっては怖いと思う。
ま、それでも簡単に引き下がるようなジヌラじゃない。細かいことは抜きにしてカバネのことを「俺の弟なんだ」と単刀直入に明かす。カバネはカバネで「お願いします」と、まるで土下座みたいに床にひれ伏している。
「お師匠様、オラからもお願いしますだ」
ガルガウィまでもが床に頭を擦りつける。っていうか、一瞬、腹を見せて服従のポーズをしようとしたわよね?
「結界の中じゃなくていい。俺とガルガウィと二人、結界の外に小さな小屋を建てさせてくれ」
「……。《咎人》の方を預かるのは構いません。が、お二人の居住に関しては、少し考えさせてください。それとチヒロさんと仰いましたか、あなたはよろしいんですね? こちらの《復讐者》の方も、怪我が治れば出て行っていただけますね?」
「ええ、あた……わたしは、取り敢えず、今日泊まれる場所があれば十分。あ、でもレウカを連れてくなら、もう数日、傷が治るまでお願いできないかと……」
「……いいでしょう。とりあえず、三日。その間は男性陣はこの小屋をお使いください。娘さんたちは、空いている小屋に分かれてお泊りいただきます」
「「あ、ありがとうございます!」」
◇◆◇◆◇
怪我人はすぐには動かせないし、男性陣はひと処にまとまっててほしいということで、このままエリファさんの小屋に居座らせてもらえることになった。エリファさんは隣の小屋に移るそうだ。
女性陣は、ひとりずつばらして村の娘の小屋に泊めてもらえることになった。小屋の数が足りないらしいんだけど、あとで男手としてお礼代わりに小屋を増やす手伝いをすべきかしらね? 不器用だけど……。
ちなみにルルリリはおまけ扱いなんで、ソネミと一緒にウサの小屋だそうだ。幼児だし、ガルガウィにも懐いてるし、あたしと一緒にここでいいじゃんって思ったんだけどね。怪我人とはいえ《復讐者》がいるんだから止めたほうがいいとジヌラに説教されたわ。
エリファさんは荷物を置きにいちど席を外したけれど、すぐに小屋へと戻ってきた。あたしたちが信用されていないってのもあるけど、そもそもまだ話が済んでなかったからね。
「エリファ伯母様、ボクは今、テルンさんに協力しています――」
「テルン……? まさか……テルドリアス?」
テルドリアスって偉そうな名前……あ、ギルラン商会のブグルジがいってたんだっけ? 様をつけずに呼び捨てにするってことは、エリファさんもそれなりの身分とか立場ってことかしらね?
「協力とは……彼はなにをしているのですか?」
「表向きは……奴隷商人です。ボクは情報屋で――」
「奴隷商人……!」
エリファさん、怒った? っていうより驚きに言葉を失ったって感じ? せっかくチャチャルが表向きって但書きをつけたのに、全然、気がついていないみたい。そりゃそうか。テルンさんとどういう関係か知らないけど、女人の村なんて《咎人》を守ろうとしているわけだもん。知り合いが真逆の仕事をしてるってかなりのショックだよね。
「聞いてよ、伯母様! テルンさんは《咎人》にされてしまったボクらの仲間を助けるために……奴隷商人なら大勢の《咎人》と出会えるからって――」
「で、でも……」
「旧世界の娘を見つけたら奴隷として売らずに保護してるんだ」
「そうですか……。あの人がそんな……いえ、なんでもありません」
あっらー、「あの人」って、二人はただならぬ関係? それも「なんでもありません」って隠し事をしたくなるような?
人の心を掴むのが上手なチャチャルも、男女の話に首を突っ込むには若過ぎかしらね? 珍しく言葉を飲み込んだまま固まってるわ。
ここは年の功、面の皮の厚いおばさんじゃなかったおっさんの出番かしら?
「ここにはエリファさん以外にも旧世界の女の子がいるんでしょうか?」
「私の助手をしていた娘がひとりだけ。他にもいないとはいい切れませんが……」
「では調べさせていただけませんか? そして、一緒にテルンさんのところへ行きませんか?」
「この村は《咎人》にとっての安全には最善を尽くしています。危険を冒して他所へ移動する愚を冒す必要はありません」
「でも《復讐者》や魔物に襲われたじゃありませんか……」
ま、あたしらにも責任がないわけじゃないんだけどね。でも説得するなら、ここで弱気になっちゃ駄目。
「また襲われない保証はないし、女性だけで集まっているより安全だと思いますよ?」
「ですが、それでは旧世界の仲間以外は見捨てることになります。この村にいるのは救いを求めて集まってきた《咎人》たちです。その出自を以て助けるか否かを決めたりするつもりはありません。それに《咎人》は自らの過去を知らず、知っても語らないものです。本人が隠せば誰が旧世界出身なのか、わからないでしょう」
「それなら魔道器があります。これを使えば出身とか本名とかもわかるし……もしかしたら首輪だって外せるかも」
ああ、勢いに任せて全部喋っちゃった。けど、よかった。チャチャルもジヌラも、特に怒ったり困ったりはしてなさそう。首輪を云々ってのはあたしの勝手な推測だけど、可能性はゼロじゃないもんね?
「魔道器……ですか?」
「ええ、管理局で使ってるのと同じだとか。咎人の聖域の長からもらったんです……けど?」
「それは……それならば……?」
あら、エリファさん、急に眼の色が変わった? 真剣というか、ちょっと怖いような目つき。そんでもって、あたしのほうへと手を伸ばしてくる。これは魔道器を渡して見せたほうがいいのかしら……?
迷って迷って、やっぱりリュックに手を伸ばした途端――。
間の悪いことに《復讐者》が、「うっ、ぐぐっ」とかいいながら目を覚ましたのだった。




