美魔女と獣人
「えっと、だ、だから困ります……」
「な、いいだろう? 悪いようにはしないからさ」
「で、でも……そ、そんな……」
薄緑色の髪をした大人しげな少女の頬には、不審と戸惑いが表れている。背後には少女と同じ年頃と思しき数人の女の子たちが、物陰に隠れるようにして様子を窺っている。
対するは「ぐへへへへ」と卑しげな笑みを浮かべて迫る男が二人。その物腰はイヤラシイおっさんそのもの。誰を隠そう、ジヌラとチヒロ――つまり、あたしだ。
別に幼気な少女を甚振ろうとか、拐かそうとか、そういうつもりじゃないのよ。ただ脅かさないように気を遣って、腰を低く、笑みを浮かべて説得しようとしているうちに――なぜだか、こういう構図になっていたってわけ。
でも納得いかない……。たしかに自分で自分のことを「おっさん」と呼んでるけどさ、それは一種の謙遜よ。心は乙女だもの、女の子に嫌われることはないと信じてたんだけど……どうしてこうなった? やっぱり真正のおっさんであるジヌラと行動を共にするうちに感染ったのかしら? きっと、そうね。そういうことにしておこうっと。
ここは女人の村の入り口。とはいっても、村と呼ぶのも烏滸がましいくらいに寂れている。
予想していたよりもずっと規模は小さく、匿われている《咎人》の数も少ないみたい。匿われているってのも違うのか。こっそり隠れ棲んでいるって感じなのかな。
最初に会った女の子に話しかけて逃げられ、二番目の娘とようやく話ができたところ。でもリーダーとか長ってわけじゃないみたいで、「入っていい」とも決められないし「追い返せ」って仲間に号令をかけることもできないみたい。
おっさんと出会すなんて思ってもみなかったんでしょうね。なんせ外からは絶対に見つからないように、結界が張られていたし、こんな寂れた場所、普通は見落とすわ。ってか、あたしらだってチャチャルが結界のことを知っていたから、探せたんだしね。そもそも人間の目じゃ見つからなくって、魔道馬の隠し機能を使ってようやく見つけられたのよ。
あ、ちなみに魔道馬の隠し機能ってのは魔道器に魔道馬設定アプリを移行して見つけた機能ね。機械類に強いガルガウィがなんかこちょこちょっと弄ったらメニューに追加されてたのよ。
最初は警戒されないためにチャチャルとソネミが前面に立ったのよ。村に入らせてほしい、女の子――《咎人》たちに会わせてほしいってね。そこまでは、まあ、どうにか上手くいったんだけどさ、結局はおっさんである、あたしとジヌラの存在がネックになったわけ。そりゃそうよね、おっさん=男=《討伐者》または《復讐者》だもの。立ち止まって話を聞いてもらえただけでもありがちってもんなのよね。
本当はガルガウィの訪問許可も取るべきなんだろうけど、男だし、でかいし、獣人だしと三拍子揃ってるから、とりあえずは馬車の中に隠れてもらっているわ。
「ウサ、どうしたんですか?」
戸惑う緑髪の女の子の後ろから、穏やかな声がかけられた。
女性の声、それも決して若くはない声。この世界にきて初めて聞く、少女ではない声だ。
ってか緑髪のお姉ちゃん、名前、ウサっていうの? 《咎人》にしちゃ珍しいって思ったんだけど……ああ、脳内自動翻訳で勝手に頭の中に浮かんだ文字は兎じゃなくて憂さだわ。憂鬱なのね。
姿を現した女性は、声音の通り、あまり若くはなかった。アラフォーの茂樹のママよりも歳上な感じ?
紫の髪色はお婆ちゃんの白髪染めみたいだけど、根本まで同じ色の明らかに地毛。美人だし肌もつやつや、すべすべなんだけど、美魔女の痛々しさとは無縁の大人の女って感じ。
声だけじゃなくて、外見年齢がここまで高い女性って、この世界にきて初めて会ったわ。《咎人》たちって、みんな若いもんね。十代後半から二十代前半くらいが普通で、あたしと同年代すら見かけない。獣人なんか、もっと若くてルルリリみたいな幼児もいるほど。
制裁とかいいわけしても、襲うならやっぱり若い女がいいってこと? ま、《復讐者》はともかく、《討伐者》のはそうなのかも。
「エリファ様、この方たちが……村の娘たちに会わせろと」
「見たところ《討伐者》の方のようですが、どのようなご用件でしょうか?」
女子アナ風の柔らかい声に、棘というか険というか、なんか怖いものが混じったような気がする。
ま、そうだよね。結界を破った侵入者だもんね、あたしら。しかも男が二人ってことは、《討伐者》か《復讐者》でほぼ確定だもんね。警戒するのは当然かも。っていうか警戒で済んでるのは、あたしたちが襲うぞって態度で示していないからなんだと思う。
ってかさ、名前、エリファっていうんだ? 獣人以外の《咎人》で、嫌なものシリーズの名前じゃない人って初めて会ったわ。
「どうやってここを……?」
目が細められ、声のトーンが下がった。眉もちょっと顰めてる? 怖い女教師に睨まれた気分だわ。あ、あたしには女教師に冷たくされて喜ぶ性癖はないからね?
しかし質問にはなんと答えたもんかしら? 魔道器のことは……ダングルへの対応とか考えると、余計なことは喋らないほうがいいのよね、きっと?
「えっと……チャチャ……じゃない、この娘たちが見つけてくれたんです」
「たしかに結界は《咎人》に対しては開いています。ですが《咎人》でない者が近くにいるときには開かないはずなのですが」
「もうチヒロさんたら……」
あれ? なんかチャチャルが呆れてる? もしかして、ここはぶっちゃけるとこだった?
空気読めてない? はっ!? もしやマジ、おっさん化が進行してる?
と、あわあわしていると、後ろからゆっくりとした足音が聞こえてきた。この重量級っぽい音はガルガウィ?
「オラが……オラが魔道馬の魔道検知機能を使いましただ」
「あ、ああっ……!?」
あ〜あ、驚かせちゃったよ……。エリファさん、目を見開きすぎてせっかくの麗しいお顔が台無し……。
しかしガルガウィには、人前に出ちゃ駄目っていっておいたのにぃ……。
ずんずんと歩いてくるガルガウィを馬車へ押し戻そうと目配せをすると、ジヌラも小さく頷いて返した。けど――。
「お久しぶりですだ、お師匠様」
「ガルガウィ……? ガルガウィなの?」
「へえ、そうですだ。昔、可愛がっていただいた、ガルガウィですだ」
「まあ、あのちっちゃな仔犬ちゃんが……」
エリファさんの顔にぱっと笑みが溢れたと思ったら、次の瞬間にはボロボロと涙が零れ落ちていた。ガルガウィの顔にも子どもが大好きなママに甘えるような表情が浮かんでる。
これって感動の再会ってやつ? ってか、お師匠様と仔犬ちゃん? どういう関係よ?
「こちらはオラの魔道技術のお師匠様であるエリファ様ですだ。エリファ様、こちらのチーロ様とジヌラ様は、オラの恩人ですだ。いえ、オラだけではごぜえません。ここにいる《咎人》たち、そしてチャルディギッラ様にとっても恩あるお方ですだ」
「チャルディギッラ!? まさか……」
「エリファ……? エリファ伯母様?」
えーと? 展開が速すぎてついていけないんですけど?
目を真ん丸くして棒立ちになるチャチャル。チャチャルの本名ってか長い名前はチャルディギッラ。そして涙ぐんでいるエリファ。
エリファはガルガウィの師匠。ってことは旧世界の人なのね? で、チャチャルは生まれたときからガルガウィと友だち。
でもって整理すると、エリファとチャチャルは旧知どころか親戚だったってことでOK?
「あんたらも、積もる話があるんだろう? 好き勝手に中を歩き回らせろとはいわねえからさ、とりあえず俺たちを、どこか落ち着ける場所に案内してもらえないかな?」
ジヌラがざっくばらんな口調で話しかけると、あたしたちおっさん二人に向けるエリファの視線もようやく和らいだ。
「……いいでしょう。少し狭いですが私の小屋ならば、みなさん入れるでしょうか」
「それと魔道馬と馬車も、どこか外から見えないところに停めさせてくれ」
最初に相手してくれた緑髪の《咎人》にエリファさんがなにか小声で囁く。ウサは小さく頷いて背後の道を戻っていった。
「お察しとは思いますが、私はいわゆる《咎人》とは異なる存在です。《討伐者》の方と争えないなどとは、努々お思いになりませぬように――」
うわっ、おばさま、怖っ!
でもたしかに、《討伐者》と《咎人》との間には一方的な力関係があって、反撃を食らうことは絶対にないって思い込みがあるからね。まだ完全に信用されたわけでもないだろうから、こういう牽制をされるのはしかたないか。
それにエリファさんみたいに受刑者としてこの世界に送り込まれた《咎人》じゃないなら、自分の身を守るために戦うのは当然だって意識もあるだろうしね。ま、一度死んだらお終いだから反撃するのを躊躇うってケースもあるかもだけど。
ま、それでもとりあえずは受け容れてくれたんだもの、やっとひと安心。馬車に残ってた《咎人》たちもみんな降りて、ぞろぞろとエリファさんの後について歩き始めた。
◇◆◇◆◇
「う、動くな!! 撃つぞ!!」
衝撃の出会いも感動の再会も一段落、ようやくのんびり展開ね――なんて期待したのは大甘でした。
ぞろぞろ歩き出して十歩も行かないうちの、突然の脅迫。と同時に、足元の地面にプスプスと小さな衝撃が走る。
驚いて振り返ると、そこには今にも泣き出しそうな悲壮感あふれる顔で立ち尽くす男がいた。手に持っているのは魔道銃? あたしのよりひと回り小さい小型拳銃って感じのサイズ。プスプスというのは魔道銃の発射音っていうか、地面に当たった音だったみたい。
ってか……誰? 男ってことは《討伐者》とか《復讐者》だよね? あれ? 結界はどうなったの? どうやってここに入ってきたの?
「ちっ、尾行られたか?」
「馬車の止まった位置が結界の外側だったのでしょう……」
「す、すいません、ごめんなさい」
いきなり大勢でずかずかと踏み込むのもどうかと思って遠慮がちにしていたのが裏目に出たみたい。
結界は中に入れなくする障壁じゃなくって、そこにあると見つけられなくなる認識阻害の機能だそうだ。だから外側にはみ出していた馬車と、そこから結界の中に出入りするあたしらの姿のせいで、発見されてしまったってことらしい。
「ウサという名の《咎人》がここにいるはずだ! そいつを出せ! そうすれば他の連中には手は出さない」
「お断りいたします」
指名するってことは、この男は《復讐者》なのね。
しかしエリファさん、あっさりきっぱり拒否ったわね。向こうは魔道銃をこっちに向けてるってのに大丈夫かしら?
あたしったら、この危機的状況にまた魔道銃を抜いていないわ。そりゃ《咎人》を説得するのに武器をちらつかせるわけにはいかなかったんだけどさ。本当に間が悪いとしかいいようがないわ。
「従わないと、撃つぞ!」
言葉は勇ましいけど、声はほとんど悲鳴だわ。必死すぎてなんだか痛ましい。
それでも地面に向いていた魔道銃の銃口が持ち上がり、最後尾を歩いていたタダレに向けられていた。
「嘘じゃない、本当に撃つぞ!」
硬直しているタダレ。その横に立ち竦むカバネの肩に、ルルリリがしがみついている。
魔道銃の発射音。頭を押えてしゃがみ込むタダレ。
ヒューンという風切り音。
ゆっくりと倒れていく《復讐者》。その背中になぜか生えた一本の矢。
「「「「ぐぉーーーーーーー!」」」
結界の中に凄まじいばかりの叫び声が満ちた――魔物の襲撃だった。




