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郵便のほうがメールより安全

 馬車の旅は気味悪いぐらいに順調だった。

 嵐の前の静けさ? 違う、違う。日頃の行いがいいからね、きっと。


 女人の村まで、チャチャルの見積りではあと二日はかからないとか。無理すれば休憩抜きでも行けるかも? 少なくともこれ以上の食料調達は必要なさそう。

 小さな集落とかで食糧を手に入れる交渉はジヌラに任せている。《咎人》やガルガウィにはできないし、チャチャルとあたしも人目につきたくないからね。


 御者の仕事も、もうだいぶ慣れたわ。ひとりぽつんと馬車の外に座ってるってのは、精神的に案外くるのよね。

 ま、逆にいえば、他人に見られたくないこと、知られたくないことをするチャンスでもあるわけ。なもんでリュックに詰め込んだ魔道器を引っ張り出している。


 魔道器でなにを見ているかって? そりゃ壊れた魔道札ことスマホの中身に決まってるわ。どう見えるのか、なにが問題なのか、やっぱり気になるもの。


 ちなみに仮魔道札のほうは、まあ、予想通りだったわ。【登録名:チヒロ】に【登録区分:討伐者】、【備考】欄に【魔道札の故障により仮発行】って記載されている。二ページ目以降の【氏名】とか【出身】とかの欄は、全部空欄。東境の村でラゴ―に登録してもらったとき、そこまで詳しく教えなかったから当然っていえば当然よね。


 問題はスマホ。ラゴ―にも、中央の管理局でも「壊れてる」っていわれたから、どうせ読み取れないんだろうって思っていたら、あら意外。魔道器にはちゃんと表示されているのよ。ただし日本語で。

 たとえば【登録名:岸根川千尋】、【登録区分】は空欄。【氏名】も【出身】もスマホに登録したプロフィール情報が基になっているっぽい。

 管理局の連中は脳内自動翻訳は働かないのかしらね。日本語じゃ読めるわけないし、文字化け(・・・・)みたいな感覚よね、きっと。


 で、これってもしかしてプロフィールを漢字表記じゃなくすれば、たとえば【岸根川千尋】をカタカナの【チヒロ】に変えればOKじゃないの? 魔道札の修理は完了ってことにならない?

 あ、駄目だ。カタカナも日本語には変わりないから、この世界の人たちにはやっぱり読めないか。

 魔道器で登録し直すってのはどうなんだろう? こっちの文字が入力できるかわからないけど、チャチャルに頼めばいいんじゃない? チヒロで登録すると中央で暴れた件が引っかかるかもしれないけど、名前なんて適当につけちゃえば大丈夫なはず。

 でも、下手にデータを弄ったり登録機能を使ったりして、管理局から本格的に目をつけられたらまずいか? 正式な魔道札を偽造しないとヤバイって状況に陥るまでは、そのままにしといたほうが安全かも。


「おーい!」


 おっと、いけない。魔道器に夢中になって、前を全然見ていなかったわ。

 なんだか遠くのほうで、大きな叫び声が聞こえたような気がするんだけど……? ってか道のど真ん中で、手を広げてぴょんぴょん跳ねてる人がいるんですけど?

 なにしてんの? 轢かれるよー? 魔道馬、超速いから危ないよー?


「おーい! 止まれ! 止まってくれえ!!」


 魔道馬ってたぶん、車とより速いよね? 結構、広い道の信号三つ分くらいの距離だから……あっという間なんだけど? あの人、全然、退く素振りも見せないし、止まんないとまずいよね?

 あ、でも、下手に停まるのもまずかったりして? 停車した途端に強盗に早変わりとかないよね?


「チヒロさん、止まってあげて」

「了解〜。停車〜!」


 いつもは用心深いチャチャルが、意外にも止めるようにといってきた。どういう風の吹き回し?

 魔道馬の急停車は予想よりもずっと素早く、かつ静かで滑らかだった。手を振っていた人物から二十メートルくらい? もっとぶつかりそうなくらい目の前かと思ったけど、全然、離れている。

 これならいきなり馬車に乗り込まれる心配はなさそう。そっと魔道銃に手を添えて、妙な動きをしたら、いつでも撃てるようにこっそり身構える。って、あたし、なんだか用心棒みたい?


「よう、ダングル。早いじゃないか」

「お、ジヌラさん。ちょっと予定より早く前の仕事が終わってな」


 魔道馬のスピードが緩むと同時に馬車からジヌラが飛び降り、立ちはだかる男の前に走り寄った。

 ってか、知り合い? なんか約束があったの? ならいっといてよ、覚悟決めちゃったじゃない。


「ごめん、チヒロさん。ボクがジヌラさんに頼んで呼んでもらったんだ」

「ふーん。ってか知り合い? 誰? あれ?」

「うーんと、情報屋?」


 ってことはチャチャルの同業者? その割には、チャチャルの台詞の語尾の「?」が気になるんだけど。しかも知り合いっぽいのに、チャチャルは幌の中に隠れて姿を見せようとはしない。


 ダングルって男は質素だけどきちんとした身形。でもその割にチャラい印象がある。なんていうか、口から生まれてきたとか、口八丁とかって感じ?

 チャチャルの「?」のせいもあって、思わず睨みつけちゃったんだけど、めげずにいきなり営業トークを始めるんだから逞しいわ。


「そちらは《討伐者》の方で? わたくし、情報屋のダングルと申します。わたくし、主に《復讐者》の向けに、真名(・・)だけで《咎人》を捜し出す仕事を請け負っております。もちろん《討伐者》の方からの指名捜索もお引受けしておりますので、どうぞお見知りおきを」

「へえ……? 情報屋にも得意分野とかあるんだ……?」

「ええ、それはもちろん。わたくしのように人捜しが得意なのもいれば、魔物探しだったり、天候を読んだり、金や物の流れを熟知していたりと様々ですよ」


 チャチャルの場合はなんだろう? やっぱり人捜し? それも旧世界限定の? いや、もっとオールマイティっぽい感じもするけどね。

 当人に訊いてみたいところだけど、幌の中で息を潜めるチャチャルは、ダングルと顔を合わせたくなさそう。チャチャルの頼みで呼んだっていうのに、変なの。


「よろしければ、お名前を伺えませんでしょうか?」

「あっ……と、わたしはチヒロ」


 ダングルがつかつかと馬車に近寄ってくると、後ろでチャチャルが頭を引っ込めるのがわかった。

 馴々しい態度でダングルは、あたしの名前を訊いてくる。いや、おっさんだから、ナンパじゃないのはわかってるけどさ。なんか、こうぐいぐいくるタイプって、ちょっと苦手なのよね。


 ナンパじゃないはずなんだけど、ダングルの視線はあたしに釘づけだった。なになに? なによ、その食いつきそうな目? ってか、じっとあたしの手元を見ているの?


「ところでチヒロさん、その手にお持ちの魔道器は、もしや……」

「あ、これね――」


 おっと、この人、ちゃんとチヒロって発音したわ。チャチャルもそうだったけど、情報屋って耳がいいのかしらね?

 目敏さも、また職業柄なんでしょうね。膝の間に挟んで、その上からリュックを被せていたのに、しっかり気がつくんだから感心するわ。

 しかしなんて説明したらいいのかしらね? 咎人の聖域でのことを話すのは、あれこれ差障りがあるだろうし、NGだよね。ま、どうやって手に入れたってことさえ喋んなきゃいっか。


「これは魔道札の登録情報の――」

「チヒロさん!」

「ぐへ?」


 襟首をぐいと後ろに引っ張られて、思わず変な声が出ちゃったわ。

 まったく、鞭打ちになったらどうすんのよ! 文句をいおうと振り返ると、チャチャルがものすごく怖い顔で睨んでた。

 あれ? マジで怒ってる? 魔道器の説明もしちゃ駄目だった? 信用できる人物だから呼んだんじゃないの?

 チャチャルはあたしの背中を押し退け、御者席からダングルの目の前にぴょんと飛び降りていた。


「ダングルさん――」

「これは、これは、チャチャルじゃないか。近頃、お前の行方を尋ねる依頼が増えた思ったら、噂は嘘じゃなかったのか。ふむ、なかなか首輪も似合ってるぞ、坊や……じゃないか、お嬢ちゃん」

「……依頼は受けてるの?」

「まさか! 受けていたら、ペラペラ喋らず、この馬車の後をこっそり追跡する算段でもしているさ」


 その言葉に、チャチャルの肩から明らかに力が抜けた。ってか、情報屋のダングルから隠れてたのって、そういう理由だったのね。

 実際には《咎人》じゃなくても、そういう名目で手配されているのは事実。《討伐者》たちに追い回されるのは、やっぱり面倒よね。


 だとすると、それを押してまで姿を現したってことは、魔道器のことを教えるのは絶対駄目ってチャチャルは判断したってことか……。

 うーん、魔道器を探して手に入れろって依頼が、どっかから出てるってことなのかしらね? チャチャルが喜び勇んでテルンさんのところへ急いで戻ろうとしてるってことは、依頼主はテルンさん? 情報屋ってのは競合する相手から盗んだり奪ったりしてでも依頼を達成しようとするのかしら? シビアだわー。もしそうだとすると、うっかり教えちゃったのは、ちょっと申し訳なかったわ。


「今日の依頼主はボクだからね」

「お、おう。で、どんな調べ物だ?」

「これ――」


 チャチャルは封筒のような物をジヌラから受け取り、そしてダングルに手渡した。ん? つまり調べ物の依頼じゃないってことよね?


「これをテルンさんに届けて。勝手に開封したら消えるようになっているからね」

「信用ないなあ、俺はそんなことしないぞ。だいたい支払いはあっちだろう? 届けなかったら報酬をもらいっぱぐれちまうじゃないか」

「そうだよ。ま、念の為の用心だから」

「わかった、わかった。で、そちらのチヒロさんは、なにかご依頼はありませんかね? 初めてのご挨拶代わりに安くしておきますよ」

「ほら、ダングルさん! 急ぎの依頼なんだから、さっさと行って!」


 なおも食い下がろうとするダングルを、チャチャルは強引に追い払うようにして行かせた。

 あたしの手元に注がれるダングルの視線の、まあ名残惜しそうなこと。どうせなら、あたし自身に向けてほしかったわ、その視線。ま、お互いにおっさんなんだけど。それに、こういう胡散臭い営業スマイル男は好みじゃないけどね


 ジヌラが申し訳なさそうに、頭をぽりぽりと掻きながらチャチャルに謝る。


「悪いな、俺がさっさと用件を切り出さないもんで、余計なことをさせちまった」

「ごめん、ジヌラさん、チャチャル。悪いのはあたしだよね、なにも考えずにペラペラ喋りすぎたわ。しかしダングルさん、なんであんなに魔道器に興味を持ったんだか……?」

「仕事に使えるって思ったんだろうね、きっと」


 うーん、どうなんだろう? 結局、ダングルには魔道器の説明はしてないから、なんに使えるかは知らないはずなのよね。

 もし知ってたとしても、この魔道器、誰がどこにいるかをGPSとかで探知して表示してくれるような機能なんてついてないんだからさ。人捜しが専門の情報屋には、大して役に立つとは思えないんだけど。


「まあ、あいつは胡散臭いが、仕事はきっちりこなすことは間違いないさ」

「そうだね。とにかくテルンさんに連絡がつけられただけでも、ひと安心だよ」


 ほっとした表情を浮かべて、ジヌラとチャチャルが馬車に乗り込む。

 まあ、魔道器のことがダングルの口からテルンさんに先に伝わったとしても、別に構わないのかな。それにダングルに託した手紙には詳細が書いてあるのかもしれないしね。

 どっか釈然としない気分が残ったけど、既に出発してしまったダングルをいまさら止める術はない。

 ま、いっか――。あたしは魔道馬に出発の命令をした。

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