仲間になったら馬車に乗るのがデフォルト
馬車は北へ向かって中央西側を快調に走っていた。
馬車なんてどこで手に入れたかって? そりゃもちろんガルガウィ先生謹製。魔改造っていったら、ちょっと違うか? ま、とにかくジヌラが買い出しに使ってた荷車だとか、柱だの扉だの焼け跡の残骸を使って幌までつけた超々力作よ。
馬はもちろん、あたしが乗ってきた魔道馬。馬力的には人間の五人や十人乗せても全然オッケーらしいんだけど、スペース的には三人か四人が限界だからね。総勢九人ともなると、馬車にしないと無理だったってわけ。
咎人の聖域が焼け落ちて二日目。あたしとチャチャルが到着してから、丸一日が経っている。
昨日は長殿やジヌラの重たい告白もあったし、《咎人》たちも斬り合いだの火事だので疲れ果ててたみたい。さすがに昨日のうちに出発するのはちょっと無理だったわ。
ってことで、昨日は準備に時間を費やして、夜は焼け跡で過ごしたわ。ま、少々焦げ臭いとはいえ、平気で焼け跡で食事や睡眠ができたのは、焼死体がみんな綺麗さっぱり塵みたいに消え去ったお陰なんでしょうね、きっと。
馬車はジヌラとあたしが交代で御者をしている。理由は見た目から明らかに《討伐者》、要するにおっさんだから。ガルガウィもおっさんだけど犬だからね。
魔道馬に予め経路は設定してあるから誰でも御者はできる、ってか、そもそも御者なんて不要なんだけどね。でも、まあ、怪しまれないためにはおっさんすなわち《討伐者》が引率してるんだって示す必要があるわけ。
《咎人》はソネミにルルリリ、長殿の復讐対象だったケガレ、実はジヌラの弟のカバネ、そしてもうひとりタダレっていう地味で大人しい青髪少女の計五人。チャチャルも見た目は《咎人》だから、表向きは六人か。
これでちっぽけな奴隷商一行に見える……かなあ? 奴隷の数が微妙に多いし、ガルガウィは表に出せないし、結構、綱渡り的かもしれない。けど、こうするしか大勢の《咎人》を連れて移動する手段がないのよね。
最終的な目的地は、チャチャルの希望でテルンさんの本拠地ってことになっている。場所は北? 北東? 詳細はもっと近づいてから教えるって。
あたしのことが信用できないの、って拗ねてみたけど、《討伐者》とか《復讐者》の襲撃にあって拷問でもされたら困るからだとさ。怖っ!
「テルンさんとメールで連絡はとれないの?」
「通信文は魔道札頼りだからね。管理局に筒抜けになっちゃうから駄目」
ま、いわれてみればその通りだったわ。
チャチャルは自分ひとりなら逃げるのは簡単なんだけどと笑ったけど、《咎人》たちを引き連れて逃げ回るのは無理な話だもんね。
その《咎人》たちも、テルンさんのところまでは連れていかない。テルンさんは奴隷商人だから、全員連れてってもいいんじゃないかって思ったんだけど、旧世界出身者以外は売買対象として扱われるって。ま、そうよね……全員、養ってくれなんて要求できる筋合いじゃないもんね。
ってなわけで、途中、女人の村に寄ることになっている。チャチャルが咎人の聖域よりも優先しようとしていた場所だ。
そこに《咎人》たちとジヌラを預かってもらう予定。つまりテルンさんに合流するのはあたしとチャチャルとガルガウィの三人になる。
正直、咎人の聖域のこともあるから、その女人の村ってのが本当に《咎人》たちのためになる場所なのか疑問なんだけどね。文字通り女人の村、つまりは《咎人》だけしかいない村だって噂らしいけど。
あ、だとするとあたしやジヌラが一緒じゃ駄目かも? ま、とりあえず実際に行ってみてから考えるしかないか。
◇◆◇◆◇
有り合わせの材料で作った馬車の中は狭い。咎人の聖域で魔道を補給したから魔道馬は数日は無休で走れるはずだけど、人間のほうはそんな長い時間窮屈な場所に閉じ込められてたら肉体的にも精神的にも保たない。
ま、狭いのは里の魔道砲を二基積んでるからってのもある。馬車からは撃てないし、現状は宝の持ち腐れ状態なんだけどね。
西の街道は日が暮れて中央の門が閉じてから横断した。できるだけ人目を憚るように、コソッと静かにね。
そこから少し走ったところで休憩とした。場所はチャチャルとあたしが中央から逃げ出したあとに休憩した例の廃屋だ。
食事を終えてひと息。なんとなくみんな落ち着かない。特に《咎人》の女の子たちがね。
カバネが《咎人》となった理由が知れちゃったせいで、自分も罪状を知りたいような知りたくないような、そんな気分みたい。
ルルリリまでもがそわそわと、あたしの周囲を飛んで回っていたほど。でもさすがに満腹したら眠気が勝ったみたいね。
「あのチーロさん……お願いがあるんですが」
ほーら、お出でなすった。我慢できなくなった娘がひとり。食事の間中、魔道器の入ったあたしのリュックをガン見してたソネミだわ。
「あの……その……わたしの……を見ていただけないでしょうか?」
「いいけど……無理しないでいいんだよ? 詮索する趣味はないから」
「いえ、チーロさんにもちゃんと知っていてほしいんです……」
おっと、なんだか意味深ね。ソネミ、あんたあたしに惚れてる?
なんて揶揄うつもりはないんだけどさ。でもまた重たい話かもって思うと、軽口でも叩かないとやってらんない気分。
そもそものソネミの悩みは、他の《咎人》たちと話が合わないってところから始まっていた。なんだか違和感や疎外感みたいなものを感じているらしい。
やーよ? 女同士の陰湿な苛めの調停役とか。そりゃ心は乙女だけどさ、ドロドロは苦手なのよ。
「話が合わないというと少し違うのかもしれません。仲が悪いわけでもありません。ただ、どこか……肌合いが違うというのでしょうか? 物の見方とか感じ方とかが違うって気がすることが多いんです」
「でもそれと首輪の登録内容って関係ある?」
人それぞれ感じ方が違うなんて当たり前だし、罪状だの前科だの別に関係ないんじゃないの? 険悪なのは困るけど、無理して仲良しこよしする必要もないしね。
「罪を犯したから《咎人》だ――それは理解しています。なにをしたのかまで憶えてはいませんが。でも《咎人》ってみんな元は男性……なんですよね?」
「うん、たぶん、そう……?」
あれ、そうなのかな? いっているうちに自信がなくなってきた。
カバネもケガレも性犯罪者に分類されるから、《咎人》=性犯罪者=男性って結びつけてたけど、そうとは限らないのか。他にも犯罪の種類はあるし、女性の犯罪者だっていないわけがない。
まあ女性の性犯罪者の可能性は低そうだけど。腕力体力の差に加えて、力尽くで自分の欲求を満たそうとするほどの衝動があるかどうかって点でね。
「自分が男だったとは信じられない?」
「そうですね……。他の娘たちは案外と素直に受け入れてますけど。わたしはどうしても自分が男だったって気がしないんです」
だからって自分の犯罪歴をわざわざ調べなくってもいいじゃん? そう感じるのは、やっぱりあたしにとっては所詮は他人事だからなのかな。当人がちゃんと知りたい、向き合いたいってんなら、それを止めるいわれはないのかも。
「お願いします」
ま、ソネミはしっかりした娘だし、大丈夫かな。
魔道器を引っ張り出して、神妙な面持ちのソネミに近づける。ケガレとタダレが、ちらちらと遠巻きにこちらを見ている。
「やっぱりそうだったんだ……」
意外にも、っていっていいんだろうか? ソネミの性別は女性と明確に書かれていた。
自分だけで見られるようにと魔道器ごと渡したんだけど、ソネミはあたしにも一緒に中身を確認してほしいそうだ。
ってことでざっと目を通したんだけど……これって性犯罪っていっていいんだろうか? 広い意味ではそうだろうけど、言葉の第一印象から想像する罪とは、少しずれている。
並んでいる罪状は「管理売春」「児童買春幇助」「詐欺」「人身売買」等々。ひ弱な女性にも十分可能だけど、想像以上に悪質? 法律も社会常識も日本とは違うだろうし、強姦とどっちが重い罪かもわかんないけどさ。
ちなみに【刑執行状況】は残り二回、刑期満了も間近に迫っているみたい。
ソネミの表情は――性別に関しては「やっぱり」だけど、犯罪の内容には「がっかり」ってとこかな? ちょっと涙目。でも薄ら笑っているようにも見える。
罪状の項目名だけじゃよくわからないんで、詳細情報も読んでみる。ま、要約すると友人を騙して売春組織に売り飛ばした、みたいな話。動機は金銭目当てってよりは、苛めに対する復讐っぽい。
「軽蔑……しますよね?」
「いや……うん……ええと……」
重かろうが軽かろうが、犯罪は犯罪。友だちを裏切るような真似は、犯罪じゃなくても許せないってのも正論。でもさあ……文字を読んでそれだけで軽蔑するかっていうとねえ……。
ソネミがそんなことするはずがない、冤罪だなんていうつもりじゃないのよ? でも短いつき合いでも、あたしの知るソネミはちゃんと地に足を着けて生きているし、それで十分じゃないのって気がしちゃうのよね。
悪事には報いをって考え方はさ、被害者のやり場のない怒りの発露だったり、悪いことをしようとする人への戒めなんじゃないの?
百歩譲って「目には目を」的な罰の考え方は認めるとしてもよ? 当事者でもない連中に対して、一方的に他人を断罪し制裁する権利を与えるって意味じゃないと思うのよね。
友だちを騙したら、乱暴されても殺されても当然ってさ、やり過ぎ、行き過ぎじゃないの?
「正直いって……犯した罪に比べて罰が重過ぎるよね」
「それに、わたしはそもそも女だったんですけどね」
ソネミがぽつりと呟く。
ま、ストーカーだったり強姦魔だったり、女の恐怖や痛みが理解できない男は、いちど女になってみればいいと思ったことはあるけどね。
でも元が女なら、女の恐怖や痛みは実地でよく知ってるはずよね? 人によって感じ方が違うのだから、性別に関係なく加害者は被害者の気持ちを思い知れって? だったらなんで《咎人》を女に固定する必要があるの? 男という強者が女という弱者を襲うって構図が単純でわかりやすいから?
そういえばテルンさんの隊商を襲ったユミル青年がソネミの《復讐者》だったっけ。彼――彼女?――が被害者、つまりソネミの友だちってことだよね?
あのときのユミル青年は、思い込みが激しく独り善がりな性格に見えた。あれは元々の性格なの? いや、別に被害者にも落度があるなんて責めるつもりじゃないんだけどね。《復讐者》という立場が、歪みを増長させたんじゃないの……なんて、ね?
ま、いずれにしろ不正な手段を使っての襲撃に失敗したユミル青年が《復讐者》として認められることは二度とないだろうという話。
それってソネミにとって良かったのかな、悪かったのかな? あと二回で刑期満了だってのに……あたしたちと一緒にいるってことは、《討伐者》による制裁を受ける可能性も限りなく低くなるってことだよね……。
咎人の聖域の長殿のように刑期を永遠に延してやろうなんてつもりはないし、ジヌラのように面倒見きれない家族をこちらの世界に留める代わりに支えようなんて志があるわけでもない。
それなのに、それこそ徒に《咎人》たちの刑期を引き延ばすようなことをするのって……正しいのかどうかっていうか、《咎人》たちにとって望ましいことなんだろうか?
なんだか考えれば考えるほど、《咎人》と《復讐者》の制度って変。どんどん自分の価値観とか正義感とか、そういったものが揺らいで崩れてしまいそうな気がした。




