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可愛さあまって憎さ百倍

 長殿がくれた魔道器は、大きさは固定電話くらい。見た目は……事務用電話機ってか厚手でダサいタブレットって感じ?

 チャチャルと一緒になって、裏返したり逆さにしたり、どうにか起動した。ま、実は見兼ねたジヌラがさり気なくやり方を教えてくれたんだけどね。


「で、使用者の登録って……どうすりゃいいの?」

「チヒロさんの魔道札を使えばいいんじゃない?」


 元は長殿が使用者のはずだけど、亡くなると自動的に解除になるっぽい。で、起動してみたら「新しい使用者の登録をしてください」って表示が出た。

 まずは仮魔道札を試したけど、案の定、()じゃ駄目って叱られた。で、念の為とスマホを試し中。


「やっぱり魔道札(スマホ)は壊れてて駄目みたいねえ……。ジヌラ、登録する?」

「いや、俺は、その……長殿はチーロ殿にって渡したんだし、俺じゃ駄目だろ」


 でもねえ、この場にいるのは《咎人》ばかり。チャチャルは指名手配中だし、ガルガウィはそもそも魔道札を持っていない。できそうなのはジヌラだけなのよね。


「チヒロさんの魔道札、なんか変な表示が出てるよ?」


 放り出したスマホを見てチャチャルが首を傾げる。

 確認してみると日本語で「パスワードを入力してください」って、なにこれ?

 新しいのを設定しろって意味かと思って適当入力するとエラー。やっぱり元々、設定してあるはずってこと?

 うーん、設定は茂樹にお任せだったからなあ……って考えているうちに思い出した。茂樹のパパ、すなわち兄の誕生日。年は歳の差から計算で導き出す。月と日は脳味噌を捻って絞り出す。


「これで、どうだっ!」


 登録が完了しました、って表示が出て、どうにか魔道器が使えるようになった。

 で、まずはあたしの魔道札を調べるか、それともチャチャルの首輪の確認が先か。悩んでいるとジヌラが横から口を出した。


「俺と……カバネのをまずは見てくれ」

「ジヌラの個人的な事情を詮索しようって気はないけど?」

「正しい登録内容ってのを見てみたいだろう?」


 親切が半分。素性を隠し通すより、事情を明かしたほうが気が楽ってのが半分とみた。

 実際、変則的な登録内容ばっかり並べる前に、通常の魔道札の登録ってのをいちどは見てみたかったから、ジヌラの申し出はありがたいのよね。ほら、比べてみないとなにがおかしいかとか、判断できないじゃない?

 ってことでジヌラの魔道札を魔道器にかざすと、中身が簡易ディスプレイ部分に表示された。


「最初の部分は魔道札で見るのと同じだね」


 これまで他人の登録情報を確認したことなかったからね……。ほぼ初見なんだけど、内容はSNSとかの公開プロフィールに近いかな。

 項目は【登録名:ジヌラ】【登録区分:《討伐者》】【討伐者等級:二級】など。そういえば討伐者等級なんてのがあったわよね。


「続きの部分に、もっと詳しいことが載っている……らしい」


 ジヌラが真剣な顔で、あたしの手元を覗き込んでくる。

 二ページ目先頭の【氏名:ジヌラ・ゴフィアス】ってのがジヌラの本名? さらには【登録年月日】って項目の年号が五桁表記! 五桁!!

 ああ、これでここが日本どころか地球上のどこかですらないのは確定だわ。覚悟はしてたけどさ、なんかもう「終了〜!」って気分。


 ジヌラはなんだか「な、わかるだろ」的な目をしている。もしかしてジヌラって有名人なの? でもあたしは日本人。ジヌラの住む世界のことなんて知らない。


「ふうん……。悪いけど、名前とか出身地とか見せられても、よくわかんないわ」

「そうか……。じゃあ今度はこいつの首輪を見てくれ」


 カバネの白ワンピは、よく見りゃ裾だけ黒のメイド服仕様なのね。黒の首輪がトータルコーディネートっぽくて、なんだか痛々しいわ。


 最初のページの内容は【登録名:カバネ】【登録区分:《咎人》】、そして【所有者:ジヌラ】とあった。他にも【復讐者】って項目があって人物名が記載されている。それもひとりだけじゃない。

 で、二ページ目の【氏名】欄には【リファ・ゴフィアス】。ジヌラと同じ苗字。そして【性別:男】。男って……やっぱりそうなんだ?

 三ページ目に【罪状】とあって強姦致傷だの強制猥褻だの、見たくもない文字が並ぶ。ジヌラの世界の法律用語なんて知らないけど……まあ、気分が悪くなるくらい、ろくでもないやつなのは間違いない。

 で、【前科】の項目も一画面じゃ収まらないくらいに長い。そのいっぽうで【刑執行状況】って項目は、なぜだか真っ新(まっさら)のまんま……。


「弟なんだよ……。たったひとりの……」

「なにがあっても、自分だけは味方でいてやりたいってこと……?」


 なんだか美談っぽいよね……そう口走って、次の瞬間、後悔した。さすがに無神経だよね……。


「《咎人》は、自分の罪状の記憶は封印されてる。ある日、突然、幸せを奪われた被害者の気持ちを思い知らせるために……って、本当かどうかは知らないがな」


 そう思ってみると、カバネの表情は当惑と諦めのようにも見えてくる。

 男が女に変わってるのも――どうやってってのは措いといて――被害者の気持ちを理解するために必要な措置なんだろうか? 記憶を封印してるなら、あたしと違って本来は|異性(男)だったって認識もないの? つまり現在のカバネの状態は、罪もない女性(・・・・・・)が悪意を持った男たちにいいようにされているって構図だよね?


 水原さんにセクハラしたオヤジも同じ目に遭わせてやるべきかもなんて思ってたけど、ここまでしないと被害者の立場は加害者にはやっぱり理解できないものかな……? 特に性犯罪の場合には。

 でもさ、結局、再犯してるんだし、反省にも更正にもなってないよね……? 刑を終えたら、ここでの記憶は消されちゃうのかな? それとも、そもそも効果がないってこと? だったらやる意味ないじゃん?


 それに被害者である《復讐者》はともかく、《討伐者》のやってることなんて、突き詰めれば単なる憂さ晴らしだよね。効果もろくにないのに、面白半分の連中に甚振られるだけなんて、身内としては我慢しかねるのかもしれない。

 でもジヌラの答えはあたしの推測とは少しばかり違っていた。


「そんな綺麗事ばかりじゃないさ……。見ただろ? リファ――カバネは何度も同じ過ちを繰り返してる。駄目なんだよ、こいつは。悪いことって理解してないわけじゃない。でも自分の意志じゃ止められない、病気なんだよ」

「病気なら治療すれば……」

「どうやって!? 医者と面談して、薬をもらってってか? そんな簡単に済む話じゃないんだよ!」

「…………」

「……医者にかかる金も暇もないんだよ。こいつは出所したって働けるわけじゃない。こいつがやったことは、みんな知ってるからな。だから……俺たち家族が一生面倒みなくちゃならないんだ。それもこいつのことを始終見張りながらだ。しかも、こいつの家族だってわかれば俺たち自身が仕事を失う……」


 こいつに帰って来られちゃ困るんだ――ジヌラは、そういうと萎んでしゅんと小さくなった。まるで魂を吐き出しちゃったみたい。


 被害者の家族と加害者の家族、立場は正反対なはずなのに、長殿とジヌラが同じことを望むなんて、なんだか皮肉な話だった。

 共感はできない、できるなんていえない。あたしは被害者の側にも加害者の側にも立っていないから。でもジヌラが《咎人》を傷つけたくない理由は、感情じゃない部分でも少しだけ理解できた気がした。


               ◇◆◇◆◇


 気がつくと《咎人》たちは、みんな焼け跡の後片付けを始めていた。片付けといっても、服とか食糧とか、まだ使えそうな物を引っ張り出して仕分けする程度なんだけど。気が利くソネミが率先して始めたらしい。ルルリリもなんだか偉そうに他の《咎人》に向かって指示を出している。ま、実のところ、パタパタ飛び回ってるだけなんだけどね。


 いろいろと溜まっていた思いを吐き出せたのか、ジヌラは清々とした顔つきになっていた。すっきりとした表情で「ありがとな」と呟くと、カバネと一緒に《咎人》たちの片付けに加わりに行ってしまった。

 こっちは長殿と続いての重苦しい話にメンタルやられかけてんのに、いい気なもんよね……。あたしも少し身体を動かして気分転換しよう……って思ったら、チャチャルに阻止された。


「ボクの首輪も見てよ。チヒロさんの魔道札だって確認したほうがいいでしょ?」


 はい、すみません。忘れてたわけじゃありません。ちょっと現実逃避しかけてただけです。

 でもって今度はチャチャルの首輪をチェックしてみた。


 ふむふむ、【登録名】も【所有者】の欄も空欄。【登録区分】だけは【《咎人》】と記載されている。首輪は《咎人》用に決まってるから固定なのかな? 【復讐者】も当然空欄。【性別】欄も固定で【男】かと思ったんだけど、なぜだか空欄だった。

 さらに先を見ていくと【受刑者番号】だの【拘束具管理番号】だのといった項目があった。【受刑者番号】欄は空っぽ。ま、《咎人》の情報が登録されていないんだから、当然よね。【拘束具管理番号】は読めない文字の羅列なんだけど、さすがに記号とかIDの類までは脳内超翻訳は働かないっぽい。


「【拘束具管理番号】って、要するに首輪のIDってことよねえ?」

「管理局が使ってるのと同等の魔道器なんだから、見られるのは当然じゃないの?」

「うーん、そうねえ……。あ、なんか入力とかもできるっぽい……」


 ひとつひとつの項目、【登録名】とか【所有者】とかをタッチすると、どうも編集画面になるっぽい。試しに文字を入力、って日本語しか打てないんだけど、それでも編集可能みたい。

 でもって末尾のページまで移動してみるとさ、【登録】ボタンまであるんだわ、これが。しかも隣は【解除】ボタン。


「もしかして、これでその首輪、外せるんじゃない?」

「そうかも……でも待って。逆に偽の登録もできちゃうってことだよね?」

「……? ま、そうだと思うよ?」


 急に真面目な顔になって考え込むチャチャル。指先が首輪を摩っている。なにを考えてんだろ?


「ねえ、チヒロさん。これってすごい物が手に入ったってことだよね?」

「……ん? そうかな? ま、そうだよね?」

「だってさ、《咎人》の首輪を外したり、勝手に書き換えられちゃうってことだよ?」


 そっか、未登録のチャチャルの首輪が外せるのは当然としても、それだけじゃなくて普通に嵌められている首輪も外せる可能性があるってことか。

 ってことはさ、《咎人》の制裁をするこの制度の根幹を揺るがす大事態出来、ってこと?


「でも、そりゃないんじゃない? 魔道の仕組みってよくわかんないけどさ、管理局のデータと違ってるってすぐバレるんじゃない?」

「そうとは限らないよ。編集とか更新とかって機能があるわけでしょ? それは間違いを修正できるってことなんだから、管理局の記録自体を書き換えられるんじゃないのかな? だって管理局が使ってるのと同等の魔道器なんだよ?」

「はあ、そんなもんかなあ? ま、そうかな? そうかもね?」


 いやあ、なんかこの子、ほんと賢いわ。あたしなんて漠然と大丈夫かなあって不安には思っても、理屈でそれを説明できないもん。

 ま、とにかくチャチャルはこの魔道器に、大いなる可能性を見出したっぽかった。


「まだ依頼の途中だけど、ボクはいちどテルンさんのところに戻ってみようと思うんだ。一緒に来てくれるよね、チヒロさん?」

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