火事場の馬鹿力
ピンクの髪の《咎人》はケガレと名乗った。やっぱり《咎人》の名前は、ネガティブな意味の日本語なのね。本当はどんな発音なのか興味あるけど、脳内自動翻訳の上書きパワーが強すぎて聞き取れないわ。
たしかルルリリを風呂に入れてくれた娘だ。ふっくら可愛い頬っぺに見憶えがあるけど、それも今はすっかり血の気を失っている。
「長様のおいいつけです……。どうか、わたしの罪をその魔道器でお調べください」
決死の顔つきに、思わずまたチャチャルと顔を見合わせてしまった。
「魔道器の使い方を知りたいのは、やまやまなんだけどね……」
「まずは他に助かった人がいないか確かめるほうが先だよ」
「そうよね。それに知らないままのほうがいいこともありそうだし……」
ケガレは長殿の復讐の対象。その罪を調べるってことは、長殿の「大切なあの娘」がどんな被害に遭ったのかもわかっちゃうってことだ。被害者との関係も、巻き込まれた犯罪についても長殿は口にできなかったのに、それを暴くことになるのは気が進まないのよね。たとえ当人が口では調べろっていってもさ、心の底では望んでないっぽいんだもの。
ま、それでも魔道器が管理局のやつと同等だってんなら、チャチャルの首輪を外せるかもしれないし、あとで使い方ぐらいはきっちり調べるつもり。
◇◆◇◆◇
ケガレを連れて母屋の中を見て回ったけれど、見つかるのは《賓》と《討伐者》ばかり。それも死体か半死半生を通り過ぎて瀕死状態ばかり。結局、生きて助かる人間はひとりも見つからなかった。
「ねえ、ケガレは他の《咎人》たちが、どうなったか知らない?」
「わたしは争いが始まってすぐに長様に助けられましたので……。でもソコヒが斬られたのは見ました」
ってことは死亡した《咎人》もいるのか。死体が見つからないのは《咎人》だから? 《討伐者》も《賓》も復活可らしいけど、首輪で管理されてる《咎人》の死体はするに消えるらしい。刑罰なんだから、すぐにでも復活させて制裁の続きを、ってつもりかしらね?
「ジヌラ様はカバネを庇ってらっしゃいました。ガルガウィがみんなを呼び集める声が聞こえたような気も……」
どっちの方角で聞こえたか、とか、なんていってたか、とか、ケガレに訊いていく。少し落ち着いたのか、ポツポツと争いの様子も思い出せているようだ。
そういえばガルガウィは獣人だけど《咎人》ではない。首輪はしていないし、チャチャルの知り合いらしいの旧世界の住人だから魔道札は持ってないのかも。
なにがいいたいかっていうと「死んでも復活する」ってのは、旧世界の人には当てはまらないはずってこと。もしガルガウィが死んでいたら、その死体はどこかに遺っていなければおかしい。あんな大きな身体だもの、丸焼けになっても見つからないはずがない。
「つまりはガル兄は、生きているってこと?」
「そうじゃない? 逃げたのか隠れたのか、それはわかんないけどさ」
テラスから庭へと出る。ガルガウィの小屋は庭の隅にあったはずだ。母屋の壁だの屋根だのが焼けて崩れて重なった下に、それっぽい壁が見える。
「ガルガウィ、生きてるぅ?」
「チヒロさん、こっち!」
小屋の扉を力尽くで引き開けたけど、中は空っぽ。小屋の裏手に回ったチャチャルが、なにかを見つけたらしい。急いであたしも裏手へ。そこには襤褸切れのようになった《討伐者》が倒れていた。
「……ジヌラ? ジヌラ、しっかり!!」
「う……うぅ、ああ、あんたか……なんでいまさら戻ってきた?」
「怪我は……火傷は思ったほどひどくなさそうだね。斬られたところは? ちょっと見せて」
チャチャルが抱え起こして、傷の様子を診る。服は黒くなってるけど、煤汚れであって焼け焦げじゃなさそう。傷も素人目には死にそうなほどひどくは見えない。瀕死っていうよりは、疲れ果てて気絶してたっぽい? 火事では呼吸器が焼けるっていうけど、屋外だったからか、そっちも大丈夫なのかな?
気の利くケガレが、いつの間にかキッチンから水を持ってきてくれていた。
「血は派手に出てるけど、しっかり血止めさえすれば大丈夫でしょ」
「俺のことはいい……。それより下に逃げ込んだやつらを助け出すのを手伝ってくれ……」
水を飲んで人心地ついたのか、ジヌラはすぐに立ち上がった。そのまま崩れた瓦礫を除け始めるので、あたしも慌てて手を貸す。まあ、力仕事はおっさんの役目でしょう。手伝おうとするチャチャルとケガレを止めて、おっさん二人で奮闘した。
「おい、無事か!?」
「うぅ、ぶ、ぶはぁー!」
瓦礫を半分ほど除けたところで、いきなり地面がガタガタと音を立てた。と思ったら、地面の一部が上にぱっかりと開き、中から茶色い犬が顔を出した。
「ガルガウィ、無事だったか!?」
「へ、へえ。生きてますだ。ジヌラ様もよくご無事で……」
煤混じりの黒い涙があふれ、ガルガウィの薄茶色の犬顔の頬をぽろぽろと伝い落ちた。それをぐいと拭い去ったガルガウィが腕をぐんと伸ばすと、入り口を塞いでいた板ごと残っていた瓦礫が勢い良く吹っ飛んだ。
大柄だから? それとも獣人パワー? とにかく飛んだ怪力だわ。
で、そのガルガウィの大きな身体が穴蔵の外へ出ると、その後ろからぞろぞろと《咎人》たちが姿を現したのだった。
◇◆◇◆◇
「穴を掘ったわけじゃぁ、ないですだ。元々、あったのをオラが知ってたで……」
「《復讐者》に襲われた場合に備えてな、風呂場の横から外への抜け道が掘ってあったんだよ。ま、途中から崩れて使いもんにならなかったわけだが」
ガルガウィの小屋の脇は本来は出口ではなく、地下道への入り口のひとつだったらしい。抜け道は里の外にまで繋がっていたんだけれど、メンテ不足で塞がってたみたい。ま、あれよね、日頃から防災意識を高く持つのって重要よね。
地下に隠れていた《咎人》は四人。ケガレをいれて合計五人が助かった計算だ。もちろんガルガウィは《咎人》には数えていない。
長殿と他の《賓》たちが言い争いを始め、すぐにそれは武器を持っての戦いになったのだそうだ。で、里の方針に疑問を持っていた《討伐者》が同調したり、自棄になって暴れる《賓》がいたり。あっという間に手に負えない状態になったのだとか。
ジヌラは最初は口論を仲裁しようとしてたらしい。でも暴力の矛先が《咎人》にも向い始めたところで、《咎人》たちを救うことに方針を切り替えたのだそうだ。
「お陰でルルリリもソネミも助かったわ。ありがとう、ジヌラ」
「俺には俺の事情ってのがあっただけさ。礼をいわれる筋合いなんてねえよ……」
照れるジヌラの横には、栗色の髪の清楚な雰囲気の《咎人》が寄り添っている。これってそういうこと……じゃないよねえ?
地下から出てきたソネミは、あたしの顔を見るなりほっとしたのかボロボロと涙を零して号泣していた。それも落ち着いたのか、今はキッチンの床下貯蔵庫で火の手を逃れた食材で、他の《咎人》たちと一緒に朝食の支度中だ。
ルルリリは穴蔵の中ではずっとガルガウィの背中にしがみついて離れなかったらしい。ガルガウィの怪我の治療のために引き剥がしたら、今度はあたしの肩に齧りついてびいびい泣き通し。泣き疲れて涎と涙塗れのまんま寝ちゃったんだけど……あ、ご飯の皿がきたら目を覚ましたわ。現金なやつ……。
「ありがとうごぜえますだ……ジヌラ様がいなければ、オラは死んでたかもしれませんだ」
「ボクからもお礼をいわせて。ガルガウィを守ってくれて、ありがとう」
「だから、いいってよ……」
ジヌラはよっぽど偽善者ぶりたいらしい。大いに戦力になりそうなガルガウィを避難させたのも、復活・再生の恩恵を受けられないと知ってたからっぽいんだけど「獣人のこいつにゃ、地下を死守しろって命令さえすれば、絶対に逆らわないからな」なんて、いかにもそれっぽい嘘を吐く。
「ガルガウィって、やっぱりチャチャルの知り合いだったんだ?」
「うん。兄弟みたいなもん? 子どもの頃は、いっつも遊んでもらってた」
「そうですだ。チャチャルが赤子ん頃には、オラが襁褓を替えてやってましただ」
大きな犬と小さな子どもって最強に可愛い組み合わせのはずなんだけど。獣人がおムツを替えてる姿を想像すると、微妙に笑いのツボがずれるような……? ま、微笑ましいことに変わりはないか。
「ここにいる娘たち以外の《咎人》の中にも、ボクらの仲間はいなかったんだね?」
「間違いありませんだ。話をすればすぐわかりますし、オラの姿を見て気がつかんはずありませんだ。それに魔道器で長様もお調べになっておりましただ」
旧世界の人間が《咎人》に紛れ込んでいたとして、長殿がそれを正直に明かしたかどうか微妙だとは思うけど。でも獣人の男であるガルガウィに会えば、旧世界の人なら絶対に気がつくはずってのは、まあ、納得がいく。
「なあ、あんたら旧世界の人間なんだろ?」
突然、割り込んできたジヌラの言葉にチャチャルとガルガウィがビクッとする。ま、全然、隠そうともしてなかったんだから、いまさら警戒しても遅いわ。自業自得。それにジヌラは咎人の聖域の中でも事情通っぽかったから、ガルガウィの素性について長殿からなにか聞いてるかもしれない。
「もしそうなら、こいつらのこと……しばらく預かってもらえないだろうか?」
「預かるって……。ボクたちの悲願を知らないわけじゃないでしょ?」
「あんたらから見れば俺たちは侵略者みたいなもんなんだろう? 《咎人》だの《復讐者》だのって勝手に持ち込んで、世の中の仕組みを全部ひっくり返しちまった」
「持ち込んだだけじゃない!! ボクらのことまで勝手にその仕組みに巻き込んで……母様はそれで!!」
「チャチャルの母君も、オラの姉さも、旧世界の女子衆はみんな捕えられ、首輪を嵌められただ。奴隷にされ、どこかへ売られ、それっきり……」
それっきり行方がわからない……なんて生易しい話じゃないんだろうな。単なる奴隷ではなく、普通の《咎人》と同じ扱いをされていたんだとしたら、生きている可能性は限りなく低い……よね。
ああ、そうか。なんかわかっちゃった気がする。首輪を嵌められ奴隷に身を落とした旧世界の女性たちを捜し出すために、きっとテルンさんは奴隷商人をやってるんだ。
「チャチャル、あたしからもお願いするわ。ルルリリもソネミも、あたしにとっては大事な仲間、友だちなの。このまま黙って《復讐者》だの《討伐者》だの、それから《管理者》だのの手に渡したくなんかない……」
「でも……」
いったんは激昂したチャチャルの勢いが、不意に弱々しくなる。そうだよね、チャチャルは優しい子。ルルリリのことだって、あれだけ可愛がってくれたんだもの。そう簡単に見捨てるなんてできないはず。
狡いやりかたなのはわかってる。でもね、あたしにしても「こいつは犯罪者だから」っていわれても、「はい、そうですか」って安直に苛めに参加するなんてできないのよ。
「虫がいい頼みなのはわかってる……」
ジヌラもまた、事情は知らないけど、あたしと似たような思いを抱えているんだろう。傍らに寄り添うカバネを見つめるジヌラの視線には、慈しみと憎しみとが入り交じっている。
ジヌラがぽつりと呟く。
「弟を守ってやれるのは……俺だけなんだ」
どうもジヌラの抱える事情は、あたしが想像するよりも遥かに複雑なようだった。




