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個々の事由に関してはお答えできません

 魔道馬はやっぱり速い。道が狭くなった分、木の枝とかを避けるために少し速度を下げたとはいえ、あっという間に咎人の聖域の入り口へと到着した。

 それ以上に日が昇るのは速く、魔道馬が足を止めたときには、空の色から闇はすっかり消えていた。代わりに水色の空に棚引くのは濃い墨色の煙。


「ただの火事……?」

「外から襲われた形跡はなさそうだけど……」


 魔道馬に乗ったまま、ぐるりと里の周囲の様子を窺う。

 正面の門も、裏の扉も、すべてが閉ざされたまま。ゴラゾラを迎撃し、あたしを追撃した魔道砲も、塀の上で沈黙している。


 建物の焼け方は半焼? 修理は無理っぽいから全焼かな?

 あたしが滞在していた二階部分は、ほぼ崩れて失くなっている。一階部分は、どうにか部屋の位置関係はわかるかなって程度。


 火の温もりのせいで、気温が少し高く感じられる。煙が上がっているのは塀の一部っぽいけど、燻っているって程度でこれ以上燃える様子はない。ま、消火しようにも風呂場も台所も燃えちゃったっぽいし、水の魔道具が焼け残ってるか不明。


 地面っていうか床だった場所には、いくつもの焼け焦げたマグロ状の物体が転がっていた。ってか、有り体にいって……これ焼死体、よね?


「仲間内で争って斬り合ったみたいだね」


 チャチャルは平然と焼死体を検分。グロには慣れたつもりだったけど、この世界で生まれ育った人には敵わないわ。


「生きてる人は……いない?」

「肉体が残ってるのは、一応まだ息があるけど、もう助からないよ。止めを刺してあげたほうが親切かも」


 チャチャルは黒焦げのマグロの首のあたりを短剣でぐさりと突く。丸くてゴロンとした物体は崩れ、塵のようなものがカサカサと音を立てて消え散った。

 気持ち悪いけど、あたしも真似して魔道銃で焦げた服の塊に触れてみる。大半の塊は、服が人の形に保たれているだけで中身は空っぽだった。


「死ぬと、ああなるもんなの……?」

「《討伐者》とか《復讐者》はね。テルンさんの馬車を襲った連中を見なかった?」

「あ、あのときは余裕がなくって……。じゃあ《咎人》も、そうなの?」

「似たようなもんかな。もうちょっと見た目は綺麗だけどね。青く光ってすごく綺麗なこともあるよ」


 ああ、それはオコリが消えたときに見たわ。たしかに青白い光が、ちょっと幻想的だった。でも、それだったら《討伐者》や《復讐者》だって、もう少し見た目をよくすればいいのに。萎んでカサカサになって消えるって、これじゃまるでホラー映画みたい。


 《咎人》は祠で復活するわけだし、《討伐者》たちも元の世界に戻るだけで、本当に死んだってわけじゃないんだろう。この世界の理とやらの仕組みを百パーセント理解したわけじゃないけど、たぶんこの世界の死が本当の死じゃないってのは間違っていないんだと思う。


 あれ? だとすると旧世界の人間は? 旧世界の人ってのはこの世界で生まれて育って死んでいく人たちのこと。だとしたら……彼らの死は真実の死ってことになる?

 なるほど、そっか。旧世界生まれの《咎人》を助けるってのは、単に虐待されてる状況から救いだそうってだけじゃないんだわ。外の世界から送り込まれた《咎人》とは違って、殺されたらそれで本当の死を迎えてしまうからなんだわ。


「ここ、《咎人》って何人くらいいたの?」

「うーん……二十人くらいかな?」


 そういえば焼死体は、軽装の《討伐者》かローブ姿の《賓》っぽい。頭陀袋ワンピなら燃えて区別がつかないかもだけど、里の《咎人》たちは、みんなお洒落で可愛い服を着ていた。それになによりルルリリの子どもサイズも見当たらない。


 どこかに逃げられた? それとも安全な場所に身を隠せた?

 そんな期待をしたくなるけど、それは望み薄。安全な場所なんてなかったってことは、この焼け跡を見ればよくわかる。


「外から襲われた形跡もないし、外へ逃げ出した様子もないね……」


 チャチャルが意地悪でいってるわけじゃないのは、わかってる……。でも、ちょっとぐさっときた。

 ルルリリもソネミも《咎人》。ここで死んでもどこかの咎人の祠や、獣人の卵として、いずれは復活する――そう思ってひたすら堪えるしかなかった。


               ◇◆◇◆◇


 一階の少し奥まった場所は、多少は燃え残ってる感じだった。位置的には食堂の裏側あたりになるのかな?

 チャチャルが立ち止まったのは、長殿の部屋の前。ここは他より扉も壁も厚くて頑丈そうだし、形もしっかり残っている。

 ならば助かった? いや、無理か。たぶん蒸し焼きになってるわ。


「ここは誰の部屋?」

「里の長殿の部屋」

「誰か逃げ込んでたりしないかな?」


 《咎人》を守ろうとしていた長殿のことだから、その可能性はあるのかな?

 微かな希望を抱いて、扉を開ける。テレビとかで見た、開けた瞬間に酸素が供給されて火が一気に噴き出すってのを一瞬想像したけど、そんなことはなかった。


「……誰?」


 扉を開けると、中から弱々しい声が聞こえた。かすれた、今にも消えてしまいそうな小さな声だ。

 チャチャルと、一瞬だけ顔を見合わせる。黙って頷いたのは、危険はないってことだ。


「わたしです、チヒロです」

「ぁぁ……チ、ロ殿、か」


 そういや長殿はあたしをチーロって呼んだっけ。なんだかずいぶんと昔のことな気がする。

 長殿は長椅子に凭れるようにして床に座り込んでいた。息は絶え絶え、身動きもままならない様子だ。でもひどい火傷を負っているようには見えない。

 頬に少し煤がついていて、黒いローブはよりいっそう汚れてどす黒くなっている。これは……血の色?


「どうしたんですか?! 大丈夫ですか?!」

「なぜ戻って……きた……?」といって、一瞬、長殿の目が見開かれる。「やはりチーロさん……は《咎人》……に懐かれ……るのだ、な」


 長殿の視線は、チャチャルに向けられていた。

 あー、そうだよね。首輪、隠してないし、わざわざ女装(・・)させてんだもん。普通に《咎人》に見えるよね。

 チャチャルもあえて肯定も否定もしない。ただ可愛らしいお人形さんのように小首を傾げただけ。


 長殿はあたしが新しい《咎人》を保護して戻ってきたと思ったらしい。まったくの見当違いだし、あたしがここを逃げ出した説明にもなってないんだけど、まあ、余計な説明をしないで済むのはありがたい。誤解は誤解のままで放置。

 傷の具合はと思って手を伸ばそうとすると、チャチャルが小さく首を横に振った。ああ、無理か。助からないのね。

 当人もそれに気がついているのか、助けを求める素振りも見せない。


「私は……間違って、いたの……で、しょうか……?」

「そんなことは……ないですよ」


 いろいろと強引だったし、《討伐者》の扱いとかちょっとどうかと思ったけどね。それでも《咎人》を痛めつけるのはおかしいって声を上げ、守る場所を作った功績は大きいと思うんだ。

 なにかあったんだとして考えられるのは、《復讐者》や過激な《討伐者》に発見されて襲われた? ただ外部からの侵入の形跡はないらしいのよね。

 だとすると内部の争い? 保護されていた《咎人》が暴れるとか考えにくいし、飼い殺しだった《討伐者》の不満が爆発したとか? もしかしてあたしが逃げ出したのが引き金だったりして? まさかね……?

 責任感じてちょっとドキドキ。でも長殿は「チーロさんのせいじゃない」と囁いた。


「皆、私の考えに賛同してくれていると思っていたが、違っていたらしい」

「幹部である《賓》たちの間にも、《咎人》を手厚く遇することに対する疑問はずっとあった」

「彼らは自身の手で制裁を加えるのが、残虐な行いをするのが怖かっただけなのだろう」


 長殿は途切れ途切れに呟くように、そう語った。無理に話さないでっていいたかったけど、なんだか止めちゃいけないような気がした。


「でも幹部は《賓》でしょ? 無理して私刑(リンチ)に加わる必要はないんじゃ?」

「《賓》といっても様々でね。最初の頃は《咎人》を制裁する制度そのものに反対する連中が集まってたのだが。次第に|咎人の聖域(里)に反対する目的で《賓》の身分を手に入れた者が紛れ込むようになった」

「反対勢力がいつの間にか増えていた、と……?」

「犯罪者である《咎人》に保護も温情も必要ない――そう真っ向から反対する者たちだけなら、まだ対処はできたし、実際にしてきた。だが……」

「賛成派も一枚岩じゃなかった……と?」

「そう。《咎人》制度のような残虐な刑罰は即刻廃止すべきだ。保護などという生温いことをしている暇があるなら廃止運動をもっと積極的に行うべきだ。そう考える者がいる一方で、善し悪しはともかく制度が改まるまでは法を遵守すべきだという考えもあった」


 反対派の言い分も理解できるし、悪法でも法は法ってのもわかる。でもそういった違いや対立を長殿はずっと収めてきたんじゃないの? それがなんでこんなことに……それがわからない。


「私のやっていることは刑を不当に長引かせているだけだ、と」


 図星だったのだ――と、長殿は呟いた。

 《復讐者》や《討伐者》による制裁が刑の執行ならば、制裁を受けなければ刑は終わらない。つまり里の《咎人》たちは永遠に《咎人》のまま、刑務所に入りっぱなしになるってことだ。

 長殿の意に反して、|咎人の聖域(里)の方針は結果的に《咎人》を苦しめていた、それが問題視されたってこと?


「そうではない。それこそが私の意図したことだった――」


 え? ええ?? その、つまり長引かせるのが目的だった……?


「私は本当は《復讐者》だ。私の大切なあの娘は……身体の傷は癒えても心の傷は癒えず、未だにあの男に怯え恐怖に震えている。それなのにあの男は刑期さえ満了すればすぐに戻ってくる、早ければ一年か二年で。そんなことが許せますか?! 私はアレを絶対に元の世界には帰らせない……!!」


 それだけ一気にいうと、長殿の身体はがっくりと気が抜けたように沈み込んだ。

 大切なあの娘(・・・・・・)ってのが娘なのか孫なのか、それとも恋人とかなのか、長殿は明かそうとはしなかった。そしてどんな被害にあったのかも。あたしもそれを詮索する気はない。


「私はもう助からない……。だから……チーロさん、お願いがある……」

「そんなことは……」


 気休め、じゃない。長殿のこの身体はもう保たないけれど、ここでの死は本当の死ではないはず。元の世界に戻ってから戻ってくれば済む話……じゃないの?


「私は《復讐者》であることを隠して《賓》の立場を得た。二度と、ここへ戻ることは許されないだろう」


 長殿の手があたしの腕を掴む。瀕死とは思えない強い力で袖を握り締める。


「他の《賓》や《討伐者》たちは、争って死んだか、あるいは火に呑まれてしまったことだろう。《咎人》たちも、ジヌラが必死に庇ってはいたが、おそらくは……。ただひとりだけ……私は私の仇敵(かたき)たる《咎人》をそこの戸棚に匿った。あれをを他の《咎人》の手に渡らぬようにしてほしい……」

「なんで? どうして……?」

「私の最期の願いだ……私は、その《咎人》をあの娘の住む世界に絶対に戻らせたくない」

「で、でも……」

「チーロさんが純粋に《咎人》を傷つけることを厭うているのは知っている。それで構わない。私の考えを理解してくれとも、賛同してくれともいわない。ただチーロさんの信念に従って、あの《咎人》を殺さずに助けてくれれば……それで私の願いは叶う……」


 長殿の言葉が聞こえたのか、クローゼットの中から、ごとりと人の動く気配がした。が、中から出てくるのは躊躇っているようだ。

 チャチャルが小さく頷き、クローゼットの扉を開く。中にはピンク色の髪の可愛らしい《咎人》が、蒼白な顔をして立っていた。


「礼といってはなんだが、チーロさんに魔道器を差し上げよう……。魔道札の中を読み取る……管理局で使っているのと同等の器械だ」


 ピンクの髪の《咎人》が震えながら出てくる。その手には固定電話くらいのサイズの魔道器が抱えられている。たぶん、これのことなんだろう。

 怖々と長殿の顔色を窺うようにしながら《咎人》が魔道器を差し出してくる。それを受け取り、長殿を振り返る。

 長殿の顔は、朽ちた枯葉のようにくしゃくしゃになっていた。あたしに魔道器をくれる理由も、その使い方も、訊くことはもうできなかった。

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