地震、雷、火事、おっさん
あれからチャチャルといろいろと話し合った結果、咎人の聖域に向かうってことで合意した。
で、魔道馬で疾走中なんだけど――いろんな意味で後悔している。
まず第一に怖い。昨日、意外と平気に感じたのは、周囲がちゃんと見えてたからだったのね……。
今、魔道馬が走ってるのは真っ暗闇。咎人の聖域へはもういちど街道を横切らなきゃいけないってことで、昼日中の人目がある時間帯は避けたわけ。魔道馬は暗闇でも道がわかるみたいだけど、道には外灯なんてないしヘッドライトもないからね。目からビームとかあったら面白そうだけど目立ちすぎ。
それから、とにかく寒い! シールドが吹きっさらしの風は避けてくれるけど、そもそも夜になって冷え込んでるのよ。スウェットを羽織ったくらいじゃ、全然、駄目だわ。ああ、温かい缶コーヒーが飲みたい。コーンポタージュでもいいなあ……。
まあ、生足をむき出しにしたチャチャルよりは、マシなんだろうけどね。
ちなみにあたしの背中にしがみつくチャチャルは超絶美少女に変装中。首輪があるから《咎人》に見えるだろうけど、念のために、有り物を使ってあれこれ工夫した超力作。
ショートヘアーは左サイドを三パートに分けて捩ったナンチャッテ編み込み風。ルルリリ用に買ったリボンの端切れの飾りつき。さらにソネミが着てた頭陀袋ワンピを真似て、廃屋の中に落ちてた網をストールっぽく巻いている。素材がいいから|アースカラー(汚れ色)もありよね?
あたしが協力するっていい出したとき、チャチャルは女人の村へ向かうつもりだったみたい。
まあ、当然よね。あたしは咎人の聖域から逃げ出してきたわけだし、戻っても歓迎されない可能性が高いもの。それに女人の村は中央から見て北西方向にあるらしく、街道をもういちど横切る必要がないってのもあったみたい。
魔道馬や魔道札の充電ってか魔道の充填が足りてるかってのも心配してたらしい。あたしもチャチャルもさすがに中央には戻れないからね。管理局への届け出さえ無視すれば小さい町や村なら入れるけど、結局、魔道の充填は組合や管理局頼りが多いみたいだし。
北部方面には協力的というか旧世界のための同士が関わってる村とかもあるらしくって、そこなら届け出なんて必要ないし、魔道の補給もいくらでもさせてくれるんだって。
でもそれだけの理由で諦めるつもりはなかったから、咎人の聖域へ戻るだけの残量は十分にあるって頑張って説得したわ。それに咎人の聖域でも補充は可能だもの。ま、歓迎されてないから断られる可能性もゼロじゃないけど。
でもね、チャチャルが聖域行きを受け入れた理由は、それだけじゃなかったのよね。ってか、最大の理由は別のところにあったわけ。
ルルリリのことはもちろん、ソネミのことも一応は面識ありだから心配はしてくれてたみたい。それでも里の存在理由を考えれば、二人が傷つけられる可能性は低いからってチャチャルは考えてたみたい。
「死んだら《咎人》は咎人の祠、つまり里の外で復活するわけだよね?」
「せっかく保護した《咎人》の行方がまたわからなくなっちゃう。ってか保護するのが目的なのに痛めつけるわけないか」
「そうだよ。それに冷たく聞こえるかもしれないけど、ルルリリもソネミも旧世界の人間じゃない。チヒロさんの気持ちはわかるけど、ボクにとっての優先順位は……」
そういわれちゃうとねえ……。あたしも頼まれもしないのに、くっついて行こうとしている立場だから強くはいえないかなあ、ってそのときは思ったわ。
「里の長は《咎人》と《復讐者》の関係を犯罪の加害者と被害者だって断言してるんだよね? だとすると旧世界の《咎人》を受け入れてるとは考えにくい。それに旧世界の女性の半数近くは獣人だけど、あそこの隠れ里には獣人はルルリリ以外いないんでしょ?」
あたしが説明した以上に、チャチャルは結構咎人の聖域の情報に精通してるっぽかった。里を訪れた《討伐者》は外には出て行ってないはずなんだけどねえ……。
そういや「里ではあまり獣人は歓迎されていない」ってあたしに教えてくれたのはジヌラだったっけ。ジヌラ以外にも交渉役の《討伐者》か《賓》がいるかもしれないし、チャチャルならそういった連中と知り合いになって、言葉巧みにあれこれ話を聞き出せるのかも。
そんな感じで、チャチャルは咎人の聖域に旧世界出身者が匿われている可能性は低いって、かなり確信を持ってるっぽかったわけ。
ところがね、ガルガウィの話をした途端だったわ。そのチャチャルの態度がころっと変わったのよね。
「あ、でも里に《咎人》じゃない獣人がいたのよね。ま、雄ってか男なんだけど」
「え、男の獣人? どんな人? 名前は?」
「この魔道馬を設定してくれた人でね、名前はガルガウィ。ゴールデンレトリバー……って、ええと、薄茶色で垂れ耳の優しい顔した犬系」
「ガルガウィ……? まさか……ガル兄?」
驚いたチャチャルは、珍しく言葉を失ってたわ。
しかもガル兄って呼び方……それってどう考えても知り合いっぽいよね? それもかなり親しい関係の……。どんな関係か気になったけど、チャチャルは訊いても教えてくれなかった。
ま、とにかくそれが決め手になったのかな。情報が少ない女人の村のほうを優先したがっていたチャチャルだったけど、「ガル兄のためなら」って、すっかり考え直したみたいだったわ。
◇◆◇◆◇
中央へは朝出発して夕方前に南門に到着した。で、戻りは日没後に西門のさらに北を出発して、そろそろ夜明けかなって感じに薄らと空が白んできている。
直線距離だと戻りのほうが、たぶんちょっと遠い。けど、若干だけど道が平坦っぽくて、魔道馬の走りが少しばかりスムーズな気がする。ま、二人乗ってる分、重量は増えてるんだけど、魔道馬にとってはその程度は誤差の範囲みたい。
てことで、そろそろ到着ってか、咎人の聖域が遠目に見えてくるころじゃないかなって思う。近づきすぎて見張りとかに発見される前に、ちょっと休憩して最終打ち合わせをすべき頃合い、よね?
「チャチャル、首輪は本当にそのままでいいのね?」
「死ぬのが怖いわけじゃないけど、かといって死ぬわけにはいかないからね」
チャチャルみたいな可愛い子どもの口から「死ぬのが怖いわけじゃない」なんて言葉が出てくると、聞いてるこっちのほうがちょっと怖くなる。素直に「死にたくないから」といってくれたほうが、よっぽど安心というか共感するんだけどな。
もちろん首輪を無理矢理外してみようって話を蒸し返そうってわけじゃない。魔道銃でも壊せなかったんだし、力尽くでは不可能だとほぼ確定しているからね。
ただあたしとの関係が首輪に登録されていなければ、里の長殿か誰かに先に所有登録されてしまうかもしれないって点は心配。そのリスクがあるけど「本当にいいの?」っていう最終確認だ。
とはいっても、そもそも首輪にチャチャル自身の登録がされていないんだから、所有登録自体できない可能性が高いんだけどね。でも、逆に、登録に失敗する首輪って、それはそれで里の人間に怪しまれそうな気もする。
「管理局から手配はされてるんだから、怪しまれるってことはないと思うよ」
「ま、そうかな。でも管理局に突き出されたくはないし、里の誰かに所有登録ができちゃったとしたら、それも困るんじゃない?」
「ははは、困るよねえ。そうなったら、また頑張って脱走しなくっちゃ」
チャチャルも緊張してるのかな。冗談めかした口調だけど、いつもより微妙に硬い感じがする。そうであって欲しいって、あたしの願望かな?
ま、あれこれ悩んでいてもしょうがないよね。そろそろ本格的に空が明るくなってきている。覚悟を決めて出発しないと。
「ここからは魔道馬は降りて歩いたほうがいいと思う」
「うん」
このあたりからは道なき道、獣道って感じに道が狭まってくる。無理矢理木々を押し退けて進むってのも、魔道馬の馬力でなら余裕なんだけどさ。バサバサ、ガサガサと派手に音を立てて行くと、近づいているのがバレバレになるからね。
隠れて忍び込むわけじゃないけど、魔道馬で近づいていったら、あたしが戻ってきたって騒ぎ立てて教えてやるようなもんじゃない。いきなり迎撃されるのもいやだから、大人しく静かに訪問しようってこと。
もちろん魔道馬をこの場に置いていくわけじゃない。中央に行ったときと同じように、近くまで来させて待機させておくつもり。魔道馬を返せって要求された場合に――本当に返すかどうかは別として――すぐに見せられるようにしておきたいしね。それになんていったって、いざ逃げ出すときには絶対に必要になる。
「じゃ、行こうか」
魔道馬に必要な命令を与えて、勝手に行かせる。つかず離れず、木々の枝葉を折らない程度にゆっくりとした足取りで歩き始めるのを確認。
さあ、あたしたちも歩き出そう――とした途端に、チャチャルがピタリと立ち止まった。
「チヒロさん、あれ見て……」
「何……を?」
チャチャルが指差すのは、真正面。そのちょっと上。これからまさに歩いて行こうとする先だった。
前方は木立の中の道。上に見える空は、左半分が金色がかった水色で、右半分にはまだ紺色の薄闇が残っている。その明るさと暗さのちょうど境目のあたりから、黒いもくもくとした煙が上がっているのが見えた。
前にジヌラに連れられて来たときは昼間で、緑の木立の合間から里の建物の屋根がちらちらと覗いていた。その屋根がここからは見えない。角度が違うから見えないの? そんなことはないと思うんだけど? それなりに大きな建物だし、正確に測ったわけじゃないけど、距離的にも十分に近いはず。
え? どういうこと? なんで屋根が見えてこないの? 火事……じゃないよね? だって火の手は見えないもん。
「行ってみよう、チヒロさん!」
「え、あ……うん」
「そうじゃなくて、魔道馬!」
慌てて自分の足で走り出そうとすると、チャチャルに止められた。って、馬鹿よね、あたし。よくわからないけどなにか異変が起きている。よし、急いで駆けつけようってんだから、ここは魔道馬でしょ。
魔道馬は、幸いにもまだ見えるところを呑気にトコトコと走っている。すぐに呼び戻し、二人してまた跪かせた魔道馬の背中によじ登る。
「チャチャル、これを持って」
あたしは東境の村で買った短剣をチャチャルに手渡した。
《討伐者》に捕えられてチャチャルは手荷物を取り上げられてしまっている。物理的な危険のない場所へ《咎人》に偽装して潜入するのならともかく、今、里ではなにか危険なことが起きてそうな匂いがぷんぷんしている。そんな場所に丸腰のままで行かせるわけにはいかない。
もちろん、あたしは魔道銃を抜いて、いつでも撃てるように右手に構える。
「咎人の聖域へ! 全速力で!!」
魔道馬は勢い良く駆け出した。




