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馬もおだてりゃ塀を駆ける

「魔道馬? チヒロさん魔道馬なんて持ってるの?」

「うん、ちょっとね。で、その塀を越えられる場所ってどのあたり?」


 あたしが魔道馬の設定アプリを弄り始めると、チャチャルは驚いたようにあたしの手元を覗き込んだ。

 目は好奇心でキラキラ。でも場所の説明は難しいらしく「うーん」と唸っている。ってか、あたしが方向音痴なのが悪いのよね、きっと。

 ま、どうにか西門近くらしいってことだけは理解したんで、魔道馬アプリを開いて進路を設定……あ、設定アプリの現在位置へ呼びつける機能ってのがあるじゃん? これ使えば万事OK?


「じゃ、チャチャル、案内して!」


 猛然とダッシュのチャチャルに、あたしも続く。けど、息が辛い。やっぱりもう少し休めばよかった。

 ま、そんな悠長なことをいってられないんだけどね。あっちこっちで「どこへ行った!?」「そっちに行ったぞ!」的なやり取りが飛び交っている。


「次、右!」

「そこ登って!」


 屋根をよじ登り、バルコニーを駆け抜け、屋根から屋根に飛び移り、また地面に飛び降りる。簡単にいうけどさ、チャチャルみたいに身軽じゃないのよ、あたし?

 右に左にクネクネ、回り道でやり過ごし、わざと物音を立てて追っ手の目を誤魔化す。


 道がだんだんと狭くなってくる。あ、あれは門番の詰所? ってことは西門?

 南門に比べて西門は人の数が少なめ。倉庫とか機械室みたいなのとか、あんまり使われてないっぽい。

 空き家に忍び込み、積み上げられた机を伝って天井裏へ。そこから屋根に出ると目の前が城壁だった。

 可愛いチャチャルがおっさんのあたしに手を差し伸べてくれる。逆……よね、普通? ま、いっか。

 見張りは門へとつながる街道を見るのに忙しそう。あたしらが起こした街中の騒ぎにも気を取られてるっぽい。


「なんだあれは? 魔道馬?!」

「チャチャル! あれに乗って!!」


 崩れた石垣の階段を足音を立てずに登り切り、よっしゃ、と思ったその途端、見張りたちが塀の下を覗き込んで騒ぎ出した。

 魔道馬が塀沿いに激走してくるのに向かって走り出す。

 塀の上は人が余裕ですれ違えるくらいの幅がある。けど、高い。目が眩む。足が竦む……。


「なんだ、あいつら! 盗賊か?」


 ヤバい! 気がついが見張りが剣を抜いて追ってくる。

 怖がってる場合じゃないわ! 下に目を向けちゃ駄目! 足だけを見るのよ!!


 チャチャルの身体が宙に浮く。すごい! ばっちりのタイミングで魔道馬の上に着地。

 えっ? 次はあたしの番? 嘘! あんな軽業みたいなこと無理!!


「止まれぇぇ!!」


 速度を落とし、足を止める。止まれって命令されたからじゃないわよ? 走りながら飛び降りるなんて器用な真似できないからよ。

 ぅうわっ……。塀の下には壕。幅は二、三メートル? これを飛び越えんの?

 竦んでる間に下の魔道馬があたしとすれ違い、門のほうへと駆け抜けていった。


「おとなしく観念しろ!」

「動くなよ!」


 声と同時にヒュンと音がして、頬を矢がかすめた。振り返れば、追っ手が数人。先頭は矢を番えて構えている。

 ああ、どうして魔道銃抜いてなかったんだろう。いや、抜いたままじゃ天井上れなかったんだけどさ……。いまさらながら後悔。


 剣を構えたやつが先頭の射手の脇をすり抜けてきた。あたしは両手を顔のあたりに上げて降参のポーズ。

 この際、チャチャルだけ逃げてくれれば良し。チャチャルを男の子だと勘違いして助けようとしたことにすれば言い逃れできるよね? ね?


「なにごとだ!?」


 そのとき目の隅に変なものが映った。左側、塀の外側側動く影。そして地響き。ってか揺れてる?

 見張りたちが、きょろきょろする。そっちじゃないわ。あんたたちの右斜め後方ってか右下。

 ほぼ垂直な外壁の側面を魔道馬がすごい勢いで走ってくる。ってか重力無視!?


「チヒロさん!!」


 チャチャルの叫び声。魔道馬の巨体は斜めの体勢であたしに向かって駆けてくる。目標は大きいし、これだけ近ければ――。


 覚悟を決めて垂直な塀を駆け下りる。ジャンプは無理でも滑り落ちるくらいなら、どうにか……。

 足先が魔道馬の腹に当たった。チャチャルの手があたしの腕を引っ掴む。魔道馬の横腹に倒れこむ。

 魔道馬が一転して下方向へ。ひぇえ、怖っ! 必死で魔道馬にまたがり襟首にしがみつく。


「射て! 射て!」


 ヒュンヒュンと迫り来る弓矢の音……ん? 薄目を開くと矢は魔道馬を避けるように左右に分かれて落ちていく。


「チヒロさん、北へ! 街道を横切って北へ向かって!」

「北だって!」


 魔道馬はあっという間に塀を下り、大きく右回りに街道へと進路を変えた。

 矢が届かなくなった代わりに、ドカンという派手な音とともに地面が抉れ、土塊が跳ね上がる。

 砂煙が舞い上がり、石とか岩とか跳ね飛ぶけど、魔道馬はものともせずに走っていく。ってか、障害物はみんな弾かれたように消えちゃうんですけど?

 魔道馬のシールドの性能、すごっ? ゴラゾラもこれを知ってたら里の魔道砲ぐらいでやられなかっただろうに。ま、あいつら退治されてくれて良かったんだけどさ。


 街道に到達する頃には砲撃も届かなくなった。人通りの多い街道に向けて撃つわけにいかないってこと?

 馬車や人が行き交う隙間を縫うようにして道を渡った。


「で、この先はどう行けばいいの?」


 魔道馬はチャチャルの命令にも従ってたけど、それはあたしの命令と矛盾しなかったからみたい。二人して命令すると、あたしのが優先される。でもチャチャルの言葉をいちいちコピって伝えるのはバカバカしいから「チャチャルに従って進め」のひとことで解決。賢い?



               ◇◆◇◆◇


「ぷはあ、くたびれた。逃げ切れたかな?」

「どうかな? 追っ手に魔道馬はなかったみたいだけど」


 街道の北側は南側と比べて木の生え方は疎らで、なんだか荒涼としている。地面も砂利とか砂とか乾燥してる。ただ砂丘っぽい起伏があるんで遠目からの死角は多いみたい。少なくとも追っ手の姿もしつこい砲撃もここまでは届いていない。

 そんな砂丘の窪みにうまい具合に隠れた廃屋で、ひと休みすることにした。


 ソネミが用意してくれた薫製肉を齧りながら、あの山道の分岐点で別れて以降のことを話した。チャチャルが手配された経緯が気になるんだけど、チャチャルはあたしの話をどうしても先に聞きたいらしかった。つまりは咎人の聖域のことと、あとは中央でのスマホもとい魔道札の修理の件ね。もちろんルルリリのことも、ソネミとの再会のこともちゃんと話したわよ。


「ねえ、奴隷の首輪って居場所が追跡できるんだっけ?」

「嵌められただけだから大丈夫だと思うけど……でも登録無しでも首輪自体の在り処は追跡できちゃうかな?」

「なら外しちゃおっか?」


 あたしは金庫破りだのハッカーだのじゃないし、剣で一刀両断するような腕もない。でもね、あたしには秘密兵器があるのよ、フッフッフッ! 腰の魔道銃を抜いて首輪に当てて一発――。


「うわちゃっ! びっくりしたっ!!」


 ちっ、外したわ……。

 それにしてもチャチャルの運動神経は抜群だわ。百発百中の魔道銃から逃れるだなんて。

 ま、それでもよっぽど驚いたのか、五メートルくらい飛んで跳ねて床に尻餅ついてるけどね。


「ひっどいなあ……。チヒロさん、そんな豪快な性格だったっけ?」

「魔道馬で塀を垂直走りするような人にいわれたくないわ」


 あたしたちは顔を見合わせ、同時に「ぷっ!」と吹き出した。


「もう……危うく首が吹き飛ぶところだったよ。首輪が魔道を中和してくれたから助かったけどさ」

「え? 命中してたの? ってかどんだけ、頑丈なのよ、その首輪?」


 魔道銃は誰が撃っても当たるようにできている。あたしみたいな素人にも扱えるんだから間違いない。それでも壊れなかったのは、避けたからじゃなくて、首輪のお陰だとチャチャルはいうのだ。

 《咎人》は何度でも復活して制裁を受け続ける――その仕組みの維持には、壊れない、外せない首輪が必須ってのは理解できなくはない。


「奴隷の首輪って無理に外すと死んじゃうらしいよ」

「えっ? でも《咎人》って死んでも蘇るんじゃ……?」

「《咎人》ならね。でもボクは《咎人》じゃないよ」


 死ぬってのは、まあ、デマみたい。なにしろ魔道銃で破壊できないんだからね。普通は、首輪が壊れる前に、当人が死んじゃってる。


「でも、まさかあんな連中に捕まるとは……予定外だったなあ」

「それって、まるで手配されたのは予定通りみたいに聞こえるんだけど?」

「そうだよ。手配されたのは計画の一部だったんだ」


 え? ええ?? 計画って? 《咎人》として手配されて何をしようっての?


「テルンさんの依頼でね。各地にある隠れ里の様子を探るのが、今度の仕事」

「隠れ里って咎人の聖域のこと?」

「うん、他にも女人の村とか、似たような場所がいくつかあるんだ」


 計画では手配されているという事実ができたら、偽の首輪を着けて近づくつもりだったのだそうだ。ところが「少年に偽装した《咎人》」の噂を広める役回りに利用した《討伐者》に裏切られたらしい。

 口を尖らせちょっとむくれたチャチャルは実に可愛らしい。裏切った《討伐者》たちも、本気で女の子だと信じたのかも……。


 でもテルンさんからの依頼ってどういうことなのか、それが疑問。テルンさんの職業は奴隷商人。咎人の聖域みたいに《咎人》を庇う組織は邪魔なはず。ってことは、テルンさんはそういった組織を潰したいってこと?

 なんだかテルンさんの人柄にそぐわない……けど、やり手の奴隷商人としては正しいのか。


「旧世界に生まれた人たちもまた、この世界の理に組み込まれてる。男は《討伐者》や《支援者》に、そして女や獣人は《咎人》に、ね」

「それって……」


 罪を犯して《咎人》に貶められ、制裁されるのなら自業自得かもしれない。でもさ、普通に暮らしていた人が、ある日突然「世界の理が変更になりました」っていわれて、差別され虐待されるようになったってこと? ひどくない?


 それにさ獣人の話も気になるのよ。旧世界にも獣人がいたってことは、雌雄ってか男女の別もあったのよね? ってことはガルガウィも旧世界の獣人だったりするの?


「ねえ、首輪が外せなくてもどっかの隠れ里に潜り込むつもり?」

「うん。隠れ里に入るのに首輪は邪魔にならないからね。とりあえずは女人の村に向かうつもり。ただ問題はどうやって辿り着くかってこと」


 計画では協力してくれる《討伐者》が里まで一緒に行く予定だったんだって。でも裏切られちゃったし、首輪を着けて独り歩きしてたら他の《討伐者》に捕まっちゃう。野宿スキルがいくら高くても食糧も金もゼロじゃ辛いし、町や村に出入りはできないし、と実は八方塞がりみたい。


「一緒に行くの、あたしじゃ駄目かしら?」

「……いいの?」


 そりゃね、用心棒的な意味では頼りないかもしれないけど、これでも一応は《討伐者》だもの。魔道馬だってあるし、役に立たないわけじゃないはず。

 それにあたしにメリットがないわけじゃない。帰る方法を見つけることにつながるかはわかんないけどさ、あたしにもこの世界にやり残したことがある。だから――チャチャルにはひとつだけわがままを聞いてもらおう。


「ただし最初の目的地は咎人の聖域ってことで、ね、お願い」

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