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一身上の都合により……

 翌朝も、その翌朝も、目が覚めると食堂の床に転がっていた。つまり前の晩も、その前の晩も飲み会だったってこと。

 あ゛ー、自分の意志の弱さがいやんなる……。飼い殺しにされてる《討伐者》たちと同じ轍は踏むまいと心に決めたはずなのに。恐るべし竜宮城ならぬ咎人の聖域。じゃなくて(たい)(ひらめ)抜きで酔い潰れるあたしがいけないのか……。

 起きれば起きたで、やっぱり毎日やることがない。お腹が空けば、食べるものはなにかしら用意されている。上げ膳、据え膳ってやつね。《討伐者》だから家事は免除っていわれても、それで心苦しさが消えるってわけでもない。

 なので自分の部屋の掃除は精一杯丁寧にする。洗濯物も溜めずにまめにする。

 自分より大きな桶で溺れそうになりながら洗濯するルルリリを手伝おうとしてメイド長っぽい《咎人》に叱られたりもする。

 ソネミの洗濯物を一緒に洗ってあげようとしたときには、本人に「結構です」って馬鹿丁寧に断られた。ま、セクハラだもんね……。


 ってか、いい加減、こんなこと続けてちゃ駄目よね……。そう反省してお暇乞いをしようと、長殿の部屋へ会いに行く。

 いやね、毎日のように出立の挨拶をしようとしてるんだけどさ、なかなか会えないのよ。歓迎会の翌日は「もう少しゆっくりしなさい」って引き止められたし、その次の日は「里の中を見学してはどうですか」って、あっちこっち見て回らされたしね。

 そのあとも忙しいって会ってもらえなかったり、会ってもいずれは《咎人》の地位の改善を里の外にも広めたい的な夢を延々聞かされちゃったりしてね……。

 この際、挨拶抜きで黙って出発しちゃおうかなとも思ったんだけど、結構、人の目があってね。ソネミと仲良しになったらしい《咎人》に二人が寂しがるからって止められたり、今まで顔を合わせたこともなかった《賓》に里のありかたについての意見を求められたり。《討伐者》連からは「俺の討伐者二級昇格三周年記念日だ」みたいな感じで連日宴会に誘われるしね。


「あなたは咎人の聖域に賛同して、一緒にやっていってくださる方だと思っていました」


 強引に部屋に押しかけ話を切り出すと、長殿は手に持っていた魔道器らしきものを下ろして、残念そうにいった。魔道器はなんだか見た目固定電話っぽい。部屋にこもってるのに忙しいなんて言い訳だろうと思ってたけど、もしかしたら本当に電話みたいな魔道器で打ち合わせでもしていたのを邪魔しちゃったのかしら。悪いことしたわ。

 ま、だからといってわざわざ出直すのもバカバカしい。ここはとにかく、こっちの都合をはっきり伝えとかないと。


「ご期待に添えなくて申し訳ありませんけど――」

「ソネミさんとルルリリさん、お二人の《咎人》たちには、残ることをご納得いただけたんですね?」

「あ……いえ、まだ……話してないです」

「ならば、ちゃんと話し合われてからということにいたしましょう」


 あっさりと却下されてしまった。



               ◇◆◇◆◇



 そのあと今度はソネミの部屋へと行った。

 本当は《討伐者》が《咎人》の部屋に入るのは禁止なんだけど。かといって男の部屋へと女を呼びつけるのもやっぱりNG。風紀上の問題ってよりも《討伐者》が《咎人》を襲うのはこの世界の理で、咎人の聖域はそれを否定してるわけだから許すわけにはいかないってこと。

 ソネミはあたしのことを警戒してるわけではなさそうだけど、他の人の目は気にしてるみたいだったから。長殿の了解のもと話をするからって隣の部屋の《咎人》に断って、ドアを開け放したまま話すことにした。ま、内密の話って察してくれたみたいで、大声で叫べば聞こえるけど、普通の話し声では内容がわからないくらいには離れた場所に行ってくれたみたい。

 ちなみにソネミと同室のルルリリは、当番後の自由時間はガルガウィのあとをくっついてまわっている。


「そういえばソネミとはちゃんと話したことなかったよね」

「ええ、そうですね。意外に長いつきあいなのに」


 驚いたことにソネミはテルンさんの隊商のことだけでなく、最初の出会い――魔動車の停留所近くで東境の村の場所を教えてくれたときのことも憶えていた。


「ごめんね、いろいろと……」


 奴隷商人の手から逃げ損ねたのもあたしのせいみたいなもんだからね。ユミル青年が襲ってきたときに守れなかったし、それどころか斬られたのに手当てもしなかった。


「いえ、チーロさんが悪いわけじゃないです」

「そのソネミはユミル青年に……」


 恨まれるようなことをしたの? それって犯罪なの? 斬られたあと、どうやって助かったの? いくつもの質問がいちどに浮かんで、上手く訊けなかった。


「何をしたのかは、正直、憶えていません。やってないって意味じゃなくて……記憶がないんです。《咎人》はそういう記憶は全部封じられてるから……」

「そ、そうなの……? 憶えのないことで復讐されて、それで納得できるわけ?」

「感情では割り切れないですけど……何度も殺されるうちに慣れたというか、それだけのことをきっとしたんだろうと諦めました」

「えっ? 何度もって……?」

「今までに三回ほど。あと何回、殺されれば終わるんでしょうね……」


 えっと、ちょっと待って。整理するわ。つまり、あのときやっぱりソネミは首を斬り落とされて死んだと。で、咎人の祠で復活した、そういうこと?

 それと何回殺されればって、回数制限あるの? あれ? 長殿の話と違わない?


「決められた期間が経てば、《咎人》であることから解放されるんじゃないの?」

「そうなんですか? わたしは決められた回数、制裁を受ける必要があるんだと思ってました。噂で聞いただけでなんで、正しいかどうかはわからないんですけど」

「それは……たぶん違うと思う」


 長殿から聞いたことを、刑期がどうのこうのって表現は使わずに説明する。長殿が正しいって保証もないんだけど……まあ、長殿がこの里でやろうとしてることを考えれば、意図的に嘘をついて騙してるってことはないはずだ。


「そうですか……」


 ソネミは半分納得したような、そうでもないような複雑な顔をした。そりゃそうよね。自業自得だからと暴力をふるわれたり殺されたりしても我慢し続けてきたのに、無意味だったっかもしれないんだもの。

 本当はもう少しゆっくりと考えさせて気持ちを整理させてあげたいんだけど……こちらにもあまり長いこと待てない事情がある。


「そろそろここを出て中央へ行くつもりなんだけど……ソネミはどうしたい? 長殿はここに是非残ってほしいらしいよ。一緒に中央に行くってならそれもいいけど、ただそのあとは……」

「魔道札を修理したらお(くに)に帰られるんですよね?」

「帰れるかどうかは、わかんないんだけどね。でもそのつもり」

「ここの居心地は決して悪くはありません。みんな良くしてくれますし、少しずつ仲良くなってる気もします。でもわたしはチーロさんの奴隷です。一緒に行けと命じられればついて参ります。足手纏いならば残ります」


 うん、そうか……。奴隷ってことは気にしないでっていっても無理なんだろうな。長殿もそれを見越してあたしに命令させようとしてるのかも?

 ま、ソネミの場合は、残るのがいやじゃないならそれでいいのか。問題はルルリリ。残れっていったら泣きそうだし、連れてくわけにもいかないし。とにもかくにも、まずはやっぱりあたしが覚悟を決めないと駄目そうだわ。



 部屋の外に出ると、深刻そうな顔のジヌラがドアの脇に立っていた。言い訳のできない文字通りの立ち聞きの体勢だ。


「やっぱり出て行くつもりなのか?」

「うん、まあね。やっぱり自分の家に帰りたいからね」


 自分の意思で田舎から都会に出てきたとか、悪いことして故郷にいられなくなったなんてのとは違うからね。言葉は通じても社会の仕組みとか全然違うし、そもそも向こうの世界では、よしこれから出直すぞってところだったんだから。帰りたくないわけないでしょ?


「ここの考え方に賛同してくれてるんじゃないのか?」

「そりゃ考え方は立派だと思うけど……」


 あたしにはあたしの人生があるのよ。立派だと思っても、あたしの人生をそれに捧げるつもりはない。

 いやそればっかりじゃないわね。なんでこんな場所に来たのかもわからず、仮魔道札なんて中途半端な立場しかない状態ってのは、落ち着かないのよ。帰れないって確定してるならともかく、あっさり諦めちゃうのはやっぱりイヤ。


「ここは人手不足なんだよ、わかるだろ? あんたなら……」

「人ならいっぱいいるでしょ?」

「あいつらはここの楽な暮らしがしたいだけさ。《討伐者》としての腕も二流だし、外への買い出しも任せられない」


 ジヌラはあくまでも、あたしのことを引き留めるつもりみたい。惚れられた? なんて勘違いしてみたいところだけど、そんなわけはない。単にあたしがここの方針に理解を示しただけで、全面的に自分の味方だって思い込んだだけ。休み時間にひとこと喋っただけで「こいつ俺に惚れてる」って勘違いする中二男子みたいなもの。


「連れの《咎人》たちはどうする? 本気で置いていくつもりなのか? 獣人のチビなんてあんなに懐いてるじゃないか?」


 今度は泣き落し? でも痛いところを突かれちゃったわ……。


「本人たちが一緒に行くってんなら連れてくから……」

「それは中央までだろう? その先は? あんたの家にまで連れて帰れるわけないだろう? 嘘をついて中央まで連れて行って、そこではいさよならって放り出すつもりか?!」


 最初は低い声で喋ってたのに、次第にエキサイトしていくジヌラ。その調子に驚いたのか、ソネミが部屋から顔を出した。


「どう……されたんですか?」


 あたしとジヌラの顔を交互に見比べるソネミ。苦笑い交じりに二人して「なんでもないよ」と誤魔化して階段を下りた。



               ◇◆◇◆◇


 昨夜は気分が少し落ち込んでいたので、誰かさんの討伐者昇格記念日のお祝いは適当に切り上げるた。お陰で今朝の目覚めは珍しく自分の部屋だ。あれ、ここに来て初だったりして?

 起き上がろうとすると胸が重い。ルルリリだ。俯せ寝であたしに抱きつき、幸させそうにスヤスヤ眠っている。

 ……ってか、これって夜這い? 《咎人》と同じ部屋で寝るのって禁止だったよね?


「夜這いはヤバイ……」


 やだ……無意識にオヤジギャグが……。

 冗談はともかく、誰かに気づかれて騒がれる前にルルリリを抱いて部屋を出た。思った以上に早い時間みたいで、空は十分に白んでいるけれど、階下の食堂にはまだ誰の姿もない。テラスの外に、茶色い長身の影だけが見えた。


「おはよう、ガルガウィ」

「おはようごぜえますだ、チーロさん」


 やっと起きたルルリリが、ふらふらと寝惚け眼のままガルガウィの胸元めがけて飛んでいく。優しくルルリリを受け止めたガルガウィの茶色の瞳に金色の朝日が映り込んでいる。


「ルルリリに優しくしてくれて、ありがとうね」

「お礼をいわれるようなことじゃありませんだ。獣人同士、言葉が通じるのが嬉しくて……」

「ルルリリの言葉、わかるんだ?」

「訛りはありますが、言葉は人と同じですだ。チーロさんは理解してくれるから大好きとルルリリはいってますだ」


 へ、へえ? 意外……っていうか、ルルリリの片言は訛りだったんだ? 慣れれば誰でもわかるようになると思うんだけど……。でも好かれてるってわかってちょっと嬉しい。


「チーロさんは、ここから出て行こうとされているだか?」

「う、うん……ちょっと中央に用があってね」


 ああ、駄目だ。まだ隠し事をしようとしているよ、あたしったら。ガルガウィにしがみついたまま、あたしのことを真剣に見つめるルルリリから思わず視線を逸らしてしまう。


「生まれ故郷に……帰る場所があるなら、誰でも帰りたいって思うものですだ」


 ガルガウィにはなにか思うところがあるみたい。故郷を捨てたとか追われたとか、帰れない理由があるのかもしれない。


「あたしは余所者なんだなって感じることが多くてね。(ここ)の居心地は悪くないんだけど……」


 里では余所者。そしてこの世界でも、あたしは異物だ。この世界の中にあたしの居場所はない。だからルルリリやソネミに心を動かされつつも、帰りたいって思うのか……。


「あたしがいなくなっても、ガルガウィがルルリリを守ってくれるかな?」


 口を開きかけたガルガウィは、腕の中のルルリリに視線を落とし言葉をいちど飲み込んだ。

 ルルリリはもぞもぞとガルガウィの腕から抜け出す。そのまま翼をほとんど動かさず、落下するようにあたしの胸に飛び込んできた。


「チーロー……」


 やめてよ、そんな哀しい声を出すのは……。涙が零れそうな瞳でじっと見ないでよ……。顔を胸に埋めないで、ほら、涙が染みになっちゃうよ……。


「オラにできる限りのことはしますだ。でも咎人の聖域(ここ)は、《咎人》にとっていい場所ではないですだ……」

「え? なんで……?」


 外の世界への行き来ができないのは不自然だけど、《咎人》が長殿のいう通り刑を務める立場なのであればそのくらいはしかたのないこと。それよりも不要で不当な辱めを受けないで済むだけ、ここにいるほうが幸せなんじゃないの?

 そりゃ南東の町の獣人娼館の女の子たちは、意外に大事にされてそれなりに幸せそうではあったけど……。でも需要がないって判断されたルルリリには獣人の町よりも咎人の聖域(ここ)のほうが、ずっとマシなはず。

 それでもルルリリを連れて出たほうがいいとガルガウィは勧める。

 ガタリ、とテラスのほうに人の気配がした。ガルガウィの穏やかな顔からすっと表情が消えた。


「おはようごぜえますだ、長様」

「おはよう、チーロさん、ガルガウィ」

「おはようございます……」


 ルルリリの手が、あたしのシャツをぎゅっと握り締めていた。

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