竜宮城とかけて炬燵と解く
長殿との話し合いが終わって部屋の外に出てみると、食堂にはがやがやと人が集まり始めていた。
もう夕方になっちゃってるのね……。柱や壁に時計がかけてあるわけじゃないけど、窓の外の空が金色っぽい茜色に染まっている。
「おう、あんたが《咎人》を二人も連れてきたって新顔か!」
グヮッハッハッと豪傑笑いする男に手をガシっと掴まれ、ぶんぶんと振り回された。握手のつもりらしいんだけど、握力強すぎ……。
態度は暑苦しいけど見た目は中肉中背の普通のおっさんっぽい。人は悪くなさそうだけど、ちょっと面倒臭そうな雰囲気なんで、適当にお愛想笑いで受け流す。ま、そこで諦めるようなら面倒そうって感じないんだろうけど。
「今日の宴は、あんたの歓迎会だ! 愉しんでくれ!」
「そ、それはどうも……」
今日の宴って、まるで毎日宴みたいじゃん。夕餉の間違いだよね? 脳内自動翻訳は微妙なニュアンスが苦手っぽいからね……。
台所では可愛らしいエプロン姿の《咎人》が何人も忙しそうにくるくると立ち働いている。野菜や使用済みの調理器具を洗ったり、お皿を並べたり。
火を使って調理をしてるのは《討伐者》か《賓》か、どっちか知らないけど男ばっかり。包丁は普通に《咎人》も使ってるから、《咎人》が危険視されてるわけではなくて、得意不得意で分担してるのかしらね?
亜麻色っぽい髪の《咎人》がうろうろ、おろおろしてると思ったら、ソネミだった。ジャガイモを洗ってるところに手を伸ばしては笑顔で断られ、皿を運ぼうとしては取り上げられている。そのうちに《咎人》のひとりに捕まって、こっちのほうへと連れて来られた。
「あんたは今日はお客様なの。当番は明日っからでいいからね」
そういいおいて《咎人》は自分の仕事へと戻っていく。ソネミはそちらとあたしの顔とを見比べて、もじもじとしている。あたしが頷いてやるとやっと様子を窺うのは止めたけど、表情はまだちょっと固い。
「さ、こんなところに突っ立ってないで。今日はソネミさんもお客様なんだから。ね、チーロさん」
いつの間にか背後に現れたジヌラに促され、ようやくソネミも覚悟を決めたようだった。
ジヌラに案内された先は、お誕生日席だった。合宿所の食堂みたいな場所に上座もなにもないんだけどね。ちょっとだけ椅子が新しかったり、花が飾ってあったり、一応は気を使われてるってわかる。
隣や近くに座るのは《討伐者》だったり《咎人》だったりといろいろだ。まだ空いている席もあるのに長殿を始め幹部らしき姿が見当たらないのは、ジヌラの言葉で一応は納得。
「幹部のお歴々がいると堅苦しくってね。俺らに気を遣ってあんまり宴会には出ないんだ。まあ盛り上がってきたら、ちょいとくらいは顔出しするだろうから気にすんな」
まあ、飲み会の間中、あの長殿のなんでもお見通しってな視線に晒されるのはちょっと勘弁よね。
宴会も特に開始の合図はなく、食べ物が並び始めるとなし崩し的に酒が注がれ、いつの間にか始まっていた。
ビールがほしいところだけど、この世界にはないのかな? あたしに注がれたのは琥珀色のウイスキーっぽいやつ。たっぷりの水で割ってもらったんで、ほとんど味はしない。ソネミのは果実酒系っぽい。イケる口なのか、くいくいと飲み進めて、もう頬がほんのり紅く染まってる。
「あれ……そういえばルルリリは?」
長殿にジヌラと他人のペースに巻き込まれていたせいで、肝心の自分の仲間を見失っていたわ。ってか食べ物には貪欲なルルリリがご飯を忘れるとは珍しいこともある。
「あ、まだお庭では? 犬の獣人さんにすっかり懐いていましたから」
「ガルガウィの食事はさっき当番が持って行ったから、一緒に食ってるんじゃないのか?」
だったら声をかけてくれればいいのに。ってか宴会にもガルガウィは仲間外れなわけ? 感じ悪いなと思って睨んだけどジヌラはどこ吹く風って感じ。
おいおい、どこに行くんだと止めようとするジヌラを振り切り、日が落ちてすっかり夜の色になったテラスへと出た。
「ルルリリ、ルルリリ! ご飯だよ」
「あ、チーロさん、すみませんでしただ」
ガルガウィが大きな身体を折り曲げるようにペコペコしながらテラスの明かりの中に姿を現した。その腕に抱えられたルルリリは、骨つき肉の残骸っぽいものを大事そうに握り締めている。
骨しゃぶりに夢中なルルリリを受け取り、あたしはガルガウィにも声をかけてみることにした。
「今日はなんだかあたしたちの歓迎会らしいんだけどさ、一緒に、どう?」
「オラは獣人ですだ……」
「ルルリリだって獣人だよ? 長殿は獣人だって差別しないっていってたからさ」
嘘はいってないよね? 長殿はガルガウィは犬の獣人だから飼い主的な存在が必要とはいったけど、人間扱いするなとはいってないよね?
それでも尻込みするガルガウィをルルリリと二人して強引に食堂へと引っ張りこんだ。
途端に部屋の空気が固まった。
《討伐者》も《咎人》も等しく息を呑み、困ったように互いの顔色を窺っている。あたしはその固まりの中心を見つけようと、全員の顔をぐるりと見渡した。……けど、中心がない?
わけがわからず、本気で困ってきょろきょろしているのはソネミ。その隣で「ああ、やっちまった」って顔して頭を抱えているのがジヌラ。他は自分が矢面には立ちたくないって感じの顔つき。
これって……いじめっ子はこの中にいない? 少なくともここにいる人は誰も積極的にガルガウィを仲間外れにするつもりはないんじゃない?
「うちのチビっ子がガルガウィにすっかり懐いちゃって」
わざとらしく大声でいうと、安心したように急に場の空気が緩んだ。あたしの読みは間違ってなかったってことね。
勝手な想像だけど《咎人》じゃない獣人の存在をどう扱っていいのかみんな困っていて、それで「獣人は歓迎されていない」って変な暗黙の了解みたいなのができちゃっただけなのよ、きっと。それか幹部の《賓》の誰かが獣人嫌いで、それに遠慮してるって線も考えられなくはないけど、そんな個人的な好き嫌いは無視でいいわ。
「ほらさっさと入れよ。窓開けっ放しだと虫が入ってくるぞ」
空気の変化を読んだジヌラが大きな声で宣言して、ようやくガルガウィも宴へと加わってくれた。もちろんひと足先に中に入ってテーブルの上を物色していたルルリリは、山程の食べ物を抱えてガルガウィの膝の上に飛び乗っていた。
◇◆◇◆◇
朝、胸が重苦しくて目が覚めると、食堂の床に寝ていた。久しぶりにやっちまったぜ、って感じ?
ただその割には胃のムカつきってやつは薄いような気がする。そもそも飲み明かしはしたけれど、酒量自体は二日酔いになるほどじゃなかったはずだ。
妙だなと思って目を開けると、胸の上で子狸が目を半開きにして眠りこけていた。相変わらず顔は可愛くないルルリリさん。夜中寒かったのか、小さな翼を大きく広げてそれに包まるように寝ているところにいじましい努力の結果が見えるわね。
「おはようごぜえますだ――」
耳元でいきなりのイケボイスに驚き飛び起きると、目の前に長い睫毛のイケメン顔があるじゃないの。やだ、あたしったらガルガウィを枕にして寝ていたみたい。ってか、もうやだ! ゴールデンレトリバーを一瞬でもマジでイケメンって思ったなんて!!
ガルガウィは寝ぼけるルルリリの頭を優しくひと撫ですると、音も立てずにひっそりとテラスから外へ出て行った。
朝食は簡単なサラダとかスープとかが山盛り作られているのを自分で勝手によそって食べる形式だった。もちろん食べ終わったあとは、自分でお皿を洗う。もう朝食を済ませていたソネミがわざわざ部屋から出てきて世話をしてくれようとするんで、自分のことは自分でやるからっていい聞かせるのに苦労したわ。あ、でもお茶だけは入れてもらっちゃった。
そのあとは荷物の整理。ってか汚れ物の洗濯ね。
ここの里では自分のことは自分でするが原則。炊事は当番制だし共用部分の掃除もそうみたいだけど。ソネミは早速に当番に組み込まれたらしく、廊下のモップがけを頑張っていた。ルルリリはお子様扱いらしく、ソネミのお手伝いを割り当てられて、雑巾を片手にパタパタと高いところを飛びながら拭いていた。
あたしはっていうと……自分の分の洗濯が済むとやることがないんだわ、これが。なぜだか当番が割り当てられてない。他の《討伐者》にも聞いてみたけど、《討伐者》は当番がほとんど回ってこないらしいのよね。
「《討伐者》には例外はいるが炊事や掃除の腕は期待されてないってことだな。俺たちは魔物や、あんたらを追ってきたようなヤバイやつらを撃退するための傭兵みたいなもんさ。それに《咎人》たちは外に出られないから、なおさら中の仕事はあいつら中心でってことなんだろ」
そういわれれば、なるほどなと思う。とはいえ、あたしとしては腕力よりも家事のほうがまだ自信があるんだけどね。
「魔物討伐なんてめったにないから、へっちゃらさ。それにここだけの話、里が所持してる武器だけで、国と戦えるんじゃないかって噂だぜ」
里の武器ってのは、たぶん、ゴラゾラ兄弟をふっ飛ばした大砲とかのことなんだと思う。あれだけで国と戦えるかどうかは疑わしいけど、たしかに盗賊とか魔物とかを相手にするには強力すぎるわよね? なんでなんだろう?
「いいじゃないか、楽なんだし。昼間は食っちゃ寝、夜は飲めや歌えやの大騒ぎ。こんなにいい暮らし、普通はできないぜ?」
長殿の話では、《討伐者》はここの思想に共感した人が集まってるってことだったけど、どうも実状は違うみたいね。どっちかっていうと怠惰な《討伐者》が集まってる? みんな居候を決め込んで、だらだらと過ごしてるっぽい。
そういえば昨夜の宴会のときに《討伐者》たちがしてくれた、ここの里に関する噂話ってやつを思い出したわ。なんだかこの世界の昔話になぞらえた話があるらしいのよ。竜宮城伝説みたいなやつ? ちょっと違うか?
ま、思いっきり端折ってまとめると――中央の南西には魔物が棲んでいるという噂がある、と。で、その魔物退治に出かけた《討伐者》は、道筋を見失って不思議な里に迷い込んでしまう。里の主人に気に入られた《討伐者》は歓待され、いつの間にか帰ることを忘れてしまう。それ以降、その《討伐者》の姿を見たものは誰もいない、誰もその行方を知らないって話。
帰って来なかったのに迷い込んだとか歓待されたとかなんで知ってんだよってツッコミどころが多いし、浦島太郎伝説みたいな玉手箱のオチもないんだけどさ。
要は里の居心地が良すぎるんで、みんな居着いちゃうってこと。外にいてこの話を聞いたときには馬鹿なやつと思っていたけど、いざ自分が里に来てみると結局同じ状況になってることに気づくんだって。
そんな《討伐者》ばっかりになっちゃって、いざってときに使えないんじゃないかなって、他人事ながら心配になっちゃうわ。他人事じゃないか、あたしも勘定に入ってるのか……。
ま、とにかくさ、そんな風に《討伐者》を飼い殺しにして意味あるのかしら? あ……あるのか? 《咎人》を傷つけるのが本来の《討伐者》の役目だとしたら、ひとりでも多くを監視下に置いたほうがいいとか考えてたりして? 下手に扱き使って出て行かれるより、無駄飯食らわすほうがマシとか、あの長殿なら考えそうよね? どっからそんな金を持ってくるのか知らないけどさ。
「それでも血の気の多いやつは、いつの間にか出てっちまうんだけどな」
「そうなのか? 意外と《咎人》に手を出そうとして始末されたとかじゃないのか?」
不思議に思ったので、近くにいた《討伐者》に雑談を振ってみると、そんな答えが返ってきた。里から帰ってきたやつはいないって話なのに矛盾してない? って思ったけど、まあ、おとぎ話を混ぜて脚色した単なる噂話よね。
しかし「始末されたんじゃないか?」とかいいつつ呑気に駄弁ってるなんて、この世界の人間にしてはずいぶんと平和ボケした言い草よね。危機感のなさはあたしといい勝負だわ。
「そんなことより、今日の晩はどうするんだ?」
「昨夜は歓迎会だったよな? そうだな、お前の誕生日ってことにでもするか?」
恐ろしいことに、ここの人たちは適当に理由を見繕っては――なければ捏造してでも――毎日宴会を開いているらしかった。
あたしは中央に行かなくちゃならないんだし、引き摺られて目的を見失わないようにしなくっちゃ――そう心に誓った。




