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咎人は死なず、ただ消え行くのみ

 あたしが野営の誘いというか強制に頷くと、おっさんはへいこらしながら荷物を取りに走っていった。いわゆるパシリってやつ? ジヌラのおっさんは世慣れた感じだけど、腕っ節に物言わすタイプのゴゥラとゾゥラには逆らえないみたい。

 ゴゥラとゾゥラは名前からもわかる通りに兄弟らしい。でも同じく()がつくジヌラのおっさんは対等な仲間じゃなくて子分ってとこかな?

 すぐに戻ってきたおっさんは、やたらと大きな馬を牽いていた。ってか、これって……?


「魔道馬……ですか?」

「すげえだろ? ま、中古なんだけどな」

「初期投資は惜しまなかったからな」


 ゴラゾラはあたしが驚くと、嬉しそうな顔で自慢を始めた。ちょっと馬鹿っぽい二人の口から「初期投資」なんて言葉が出てきたもんだから、それもまたびっくり。

 ただ始める前の準備は大切ってのはわかるんだけど……魔道馬って速度と持久力が長所の長距離移動向きじゃなかった? 餌は不要だけど初期費用が高く、維持費もかかるはず。ゴラゾラ兄弟は、金持ちにも商人にも見えないんだけどな……?


「ほら、さっさと降りろ!」

「ぐずぐずしてんなよ!」


 馬の背に向かって二人は声を揃えて怒鳴りつけた。お調子者の兄ちゃんたちと改めかけた認識は、あっという間に覆って元に戻った。

 魔道馬の背中に括りつけられていた頭陀袋のようなものが、もぞもぞと動いて滑り落ちてくる。荷物と見紛うような見窄らしい格好の人間――《咎人》だった。



 《咎人》の名はオコリというのだと、ジヌラが教えてくれた。

 オコリって古語だっけ? もしやとスマホで調べたけどわからなかった。せっかく修理したけど、ネットがないから辞書代わりは無理っぽい。うろ覚えの記憶では、たしか病気の名前だ。古典、得意じゃなかったけど。

 名前が病気の人物が作った料理ってて気分的にどうよって思うんだけど、ゴラゾラ兄弟は気にしないみたい。この世界の人がそういう価値観なのか、それともあたしが気にしすぎ?

 オコリの服装は、テルンさんの隊商の奴隷たちとほとんど変わりなかった。違うのは足鎖も手枷もつけていないところ。でも体中傷だらけで足も引きずってるし、逃げる気力も体力もなさそう。


「魔道馬に乗せただけ、前よりはマシな待遇なんですよ」


 叩かれても蹴られても歩けないのを見かねて、ジヌラが馬の背に乗せるように頼み込んだんだそうだ。乗せるってよりは積んでるって感じの辛そうな体勢だけど、それでもまし(・・)なんだって。いくら金を積んだか知らないけど、大切に扱わないとすぐに怪我したり病気に罹りそう。

 オコリは無気力そうに、鍋のスープをかき混ぜている。ちなみに兎や鳥を捌いたのはジヌラで、あたしは野菜や塊肉を食べやすい大きさに切っただけだ。ルルリリは生肉の切れ端をつまみ食いしたあとは、オコリの足にまとわりついて鍋の中身をじっと観察していた。



 兄弟とおっさんは肉を食べる。あたしとオコリとルルリリは魚だ。ゾゥラ曰く「《咎人》と同じものなんか食えるか」ってことで、あたしは《咎人》並みの扱いって示したつもりらしい。けど、全然(こた)えない。だって焚き火で焼いた魚なんて最高じゃん?

 オコリはいつもは肉なしでスープの残り汁だけらしく、不安そうに丸ごとの魚と兄弟を見比べていた。躊躇なくむしゃぶりついて、他人の分まで手を伸ばすルルリリとは大違いだわ。


「お前、《復讐者》なのか?」

「そうに決まってるだろ。獣人連れだぞ?」


 ゴラゾラは無知で悪趣味な獣人連れの変態だからと、あたしのことを頭から馬鹿にしきっていた。ムカつくけど……否定しきれないか。


「弓矢を構える真ん前に、いきなり飛び出しやがるんだもんな」

「てめえ、死にてえのかってんだよな」


 侍じゃあるまいし、殺気なんて感じ取れないんだけどねえ。ってか、狩りをする側も周囲の安全を確かめるくらいの配慮があってもいいんじゃないの? でももう少し用心深くすべきっていわれりゃ、その通りなのよね。


「はあ、すいませんでしたねえ……。一応、これでも《討伐者》ですよ」


 魔道札が壊れて仮魔道札しか持ってないとか、そういう事情は説明しないほうがよさそう。チンピラとかヤンキーっぽいやつらにわざわざ弱味になりそうなことを教える必要ないでしょ?


「幼女趣味の獣人趣味だろ? 真正の変態かよ!?」

「おまけに不細工趣味?! 最悪じゃねえか」


 ルルリリの雀模様に狸顔がツボに入ったらしく、二人はやたらと笑い転げた。そりゃあたしも面白い顔とか思ってたけどさ、赤の他人に嘲笑されると、やっぱムカつくわ。当のルルリリは、ゴラゾラ兄弟のことなんかまるで眼中にないみたい。オコリの膝の上によじ登って食べ残しの頭と骨をせしめようと奮闘中。

 その様子を見ていたら性的な目的で連れてるわけじゃないって反論する気は失せてしまった。可哀想だから助けたっていっても理解されないだろうし、余り物を引き取っただけって言い訳するのもなんか違うしね。




「ゾゥラさんとゴゥラさんて狩人ですよね? ってことは《支援者》ですか?」


 たしか宿屋だの店屋だの、《討伐者》や《復讐者》の生活を支える役割を担うのが《支援者》だったはずだ。このチンピラ兄弟は《支援者》ってガラじゃないけど、でも食料だの魔物だのを狩るのは支援(・・)活動といえなくも……ないかなあ? どうかなあ?


「んな、わけねえだろっ!」

「《討伐者》に決まってんだよっ!」


 質問に気を遣った結果、やっぱり馬鹿にされてしまった。まあ、そうだろうなあとは薄々思ってたけどさ。

 で、あえて訊くまでもなく、オコリは彼らの獲物だったらしい。咎人の祠の近くをふらついているところを見つけて捕まえたのだそうだ。《咎人》に対する残虐行為も、結果的に死なせてしまうことも認められている世界だ。矢を射かけるくらい、なんの躊躇いも感じないんだろう。

 もしかしたら殺人ゲームを愉しんでるのかと思うといやな気分になったけど、彼らの言い分ではそれだけじゃないらしい。


「そういう趣味のやつもいるけどな」

「いきなり殺すんじゃ面白くねえだろ?」


 せっかく誰の所有物でもない《咎人》を手に入れたのだから、思い切り遊ばないと損だということだ。オコリが荷物のように魔道馬に乗せられていたのも、半分は矢傷で足が利かないのと、あとの半分はその後の虐待が原因らしい。

 今まで会った《討伐者》たちは、《咎人》を弄ぶのは義務感からであって決して喜んでいるわけではなかった。少なくともあたしにはそう見えていた。でもこいつらは、義務よりも自分たちの趣味嗜好でやってる。

 ぶっとばしてやる――なんて強い感情は湧かなかった。魔道銃があるから、頭の悪そうなゴゥラとゾゥラには勝てるかもしれないけど……。ルルリリを守りながらやり合うのは荷が重すぎる、そう思うことにした。

 やっぱりあたしの正義感は口先だけなのかもしれない……。



 ジヌラのおっさんも《討伐者》らしかった。たいていの男は《討伐者》だからその点は不思議じゃないんだけど、なんでゴラゾラと連んでいるのかって、そこんとこが疑問。


「こいつ、オークに追われてやがったんだよ」

「俺らが、弓矢で助けてやったんだよ」

「ええ、まあ……助かりました」


 おっさんとしては、あんまりそこには触れられたくないらしい。兄弟に情けない話を次々と暴露されても、曖昧な笑みを浮かべて聞くだけだった。


「オークのお零れに与ろうなんて、情けねえ」

「オコリを盗むつもりだったら、許さねえ」


 兄弟は笑い話のつもりらしかったけど、ジヌラの顔は少しだけ引き攣っていた。まさか……図星?

 オークが《咎人》を捕まえて慰み物にするってのは、獣人の卵を集めてたときに薄々察していた。やってることは《討伐者》と大差ない気がするんだけど……こいつらの感覚では獣の本能で力任せに襲うオークと違って、《咎人》に恐怖や苦しみを十分に与えている自分たちのほうが格上ってことみたい。


「あいつら記憶も知性も封印されちまってるからな」

「お前も実は記憶封印してんじゃねえ?」


 後半のゾゥラの言葉は、あたしが常識を知らないことに対する侮辱の意図らしかった。馬鹿に馬鹿にされるのはちょっとムカつく。別に頭が悪いわけじゃないもん。あたしは本当はこの世界の人間じゃないから……なんてこの馬鹿兄弟に教える必要もないか。我慢、我慢だわ。


               ◇◆◇◆◇


 食事が終わって一息入れると、兄弟は徐にオコリの腕を掴んでその場に引きずり倒した。


「お前もやりたいか?」

「いやなら邪魔だからあっち行けよ」


 人のことを散々に罵倒し軽蔑したくせに、一応、誘ってくるのは礼儀のつもりなんだろうか? まあ、あたしが断るのはわかりきってたみたいで、すぐに追い払われたけど。

 オコリは倒れた拍子にちょっとだけ痛そうに顔を顰めたけど、それだけだった。あたしが助けることなんて期待していないんだろう。諦めの境地ともいえない、薄い無表情で、そして無抵抗だった。

 無言のジヌラのおっさんに促され、あたしはそっと立ち上がった。満腹して眠りこけてしまったルルリリは、背中におんぶだ。

 始めのうちは兄弟は怒鳴りつけたり興奮して甲高い声で笑ったりしていたけれど、すぐに荒い息遣いと肉体のぶつかり合う湿っぽい音だけになっていた。当然だけど、オコリが喘ぎ声を上げるなんてことはなかった。

 木立の奥へと進み、焚き火は見えるけどやってる(・・・・)気配は感じられないくらいなところまで離れた。

 苔生した倒木を見つけて、その上にそっと腰掛ける。ぐったり眠りこけるルルリリは、膝の上に抱っこしなおしだ。

 ジヌラが来た道を振り返るようにしていった。


「羨む気持ちはありませんが、男の性といいますか、やっぱり落ち着かない気分になりますな」

「ああ、まあ……そうですねえ」


 彼氏いない暦=年齢のあたしにとってあの光景は刺激が強いし、たしかに落ち着かない気分にはなる。でもそれって男として興奮してるってのとは、なんか違う気がする。気がするってか……あんまり反応してない?

 無理矢理乱暴してるって状況は、女であるあたしとしては、拒否反応のほうが強いってことかな?

 でもあれが合意の上で楽しんでるんだとしても、やっぱりあたし自身(・・・・・)がその気になる――性的に興奮するってのは考えにくい。なんていうか……襲ってる男の側じゃなくって組み敷かれてる女の側に感情移入しちゃう。


「オコリが……《咎人》が可哀想だと思いますか?」

「……そりゃあね。何も悪いことしてないのに」

「もし悪いことをしていたのなら、しかたないと?」

「それは……」


 答えに詰まった。「悪いことしてないのに可哀想」と「悪いことしてるならしかたない」はイコールじゃないはず。でも無意識のうちに、そう考えていたかもしれない。けど、悪いことした罰だとしても、こんな風に襲われ、傷つけられ、辱められ、殺されても文句いえないって状況……正しいんだろうか?

 被害者の気持ちになってみろってよくいうけどさ、やり返したいって思うのと実際にやり返すのって違うんじゃないの? 法による裁きじゃ物足りないって個人が勝手に罰を与えちゃったら駄目じゃん? 法に守ってもらう代わりに裁きを法に委ねるのが法治国家じゃないの?

 ああ、でもこの世界が法治国家とは限らないのか。でも《討伐者》だ《咎人》だって、ややこしいシステムがあるみたいだし、法がないわけないよね? ってか、目には目を歯には歯を的な復讐を法で認めてるのかな?

 だったら取り敢えず《復讐者》はいいとするよ。《復讐者》と《咎人》は被害者と加害者の関係だとする。そこは「やられたらやり返す」でいいとする。

 じゃあ《討伐者》って何? 《復讐者》から手伝ってって頼まれたんならまだしも、適当に《咎人》を見繕って襲ってるよね? 無関係な他人が、勝手に復讐って、それってありなの?

 あれ? そういえばハムラビなんちゃらって「目を潰されたら潰すだけ」「歯を折られたら折るだけ」、やられたこと以上の復讐は駄目よって意味じゃなかったっけ?

 そう考えると《復讐者》だって、微妙じゃない? 強姦したり傷つけるってことは、《咎人》は性犯罪の加害者ってこと? 女性が男性を襲ったってこと? そういうケースがないとはいわないけど、全ての加害者が女性で被害者が男性っておかしくない?

 しかも殺しちゃってもオッケーって、全員が強姦殺人犯ってこと?

 女はすべて《咎人》で、男が《討伐者》か《復讐者》。どう考えても不自然。なんか宗教的なもんが絡んでるにしても、なんか変!


「やっぱりおかしいって思いますよね?」


 ジヌラみたいに、この世界への疑問とか反感を面と向かって口にする人は初めてだった。

 テルンさんにしても他の《討伐者》にしても、《咎人》への暴力について苦々しい顔をする人はいたけれど、それでもこの世の理(・・・・・)、義務だと受け入れているように見えた。

 いったいジヌラは何を考えて、あたしにそんな話をふってきたんだろう?


「……ええ、まあ。疑問っていうか、違和感? 心苦しさみたいなもんですけどね」


 ちょっと日和ったコメントだけど、あたしの本音ではあった。




「ちっくしょう、昇天してんじゃねえよ!」

「っざけんなよ、早すぎんだよ!」


 せっかく静かな場所まで移動してきたというのに、ここまで通るような馬鹿兄弟の阿呆声が響く。

 昇天って性的な意味……じゃなさそう。怒ってるし、無理矢理なんだし。


「行ってみましょうか?」


 身動きした拍子に、ルルリリが目を開けた。ごめんね。でも丁度いいわ、自分の足で走ってね。

 いちはやく走りだしたジヌラは、もう兄弟の様子を覗きこんでいた。


「どうしました?!」


 焚き火の明かりがぎりぎり届いていないのに、何故だか兄弟の影がくっきりと浮き上がっていた。

 二人の間の地面には、蛍光塗料みたいな淡い青い光が横たわっていた。頭に腕に足と人の形が浮き上がっている――オコリだ。


「昇天って……殺しちゃったの!?」

「違ぇよ。こいつ満了だったんだよ!!」

「ったく、まだ十日も経ってねえってのに!」


 ゾゥラが悔しそうにオコリの身体――屍体を蹴飛ばす。ってか満了(・・)って何?

 カチャリと音がして、オコリの首からごつい奴隷の首輪が外れて地面へと落ちた。

 ゾゥラが今度はその落ちた首輪を忌々しげに蹴飛ばした。オコリの身体から発していた薄青い光がふっと消えた。と同時に――オコリの屍体が塵とか煙のように掻き消えた。

 ソネミが死んだときは、埋葬なんてしなかった。それは屍体が消えるってわかってたからなの? でも少なくともソネミの身体は、こんな風に青白く光ったりはしていなかった。


「ど、どうなってんの?」

「オコリは務め上げたってことです」


 ジヌラの説明もまた意味不明だった。でもゴゥラとゾゥラには、それで十分通じているみたいだった。

 昇天とか務め上げるって言葉だと、《咎人》でいる期間が定められていて、それを過ぎれば解放されるって意味に聞こえた。あたしの勝手な解釈だけど。ただ結局、死んで解放されるんじゃ当人にとってはなんの意味も無いんじゃないのって気はする。

 ゴラゾラ兄弟は、ひと頻りそのへんの地面やら木の幹やらに当たり散らして、ようやく少しは気が晴れたらしかった。


「ジヌラ、お前、咎人の祠の場所、知ってるんだよな?」

「ジヌラ、明日、咎人の祠へ案内しろ」


 兄弟はオコリのことは最早忘れて、次の《咎人》を手に入れるつもりらしい。

 ジヌラはめちゃくちゃ不愉快そうな顰めっ面をしていた。

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