獣人あつめ、卵あつめ
雑木林を抜けた先は岩場だった。山頂に着いたと思ったら、まだ山の中腹あたりだ。
頂上は左手の聳え立った崖を登った先。でもこっち側から登るのは無理。雑木林の入り口、馬車を降りた近くに登り口があるらしい。右手側と前方は視界が開けていて結構な広さがあるから、山頂に着いたように勘違いしたんだろう。
あたしたちはこの岩のごつごつした道を、前方の崖に向かって歩いていた。
先頭はあたしに魔道銃を使うように勧めてくれたお兄さん。名前はハリュパスだそうだ。
チャチャルは、雑木林の中でもちょくちょく列から離れて姿を消したり戻ったりを繰り返していた。偵察とか斥候ってやつらしい。
そして最後尾はブグルジ。いちばん偉い立場だけど腕もいちばんだそうだ。
ちなみに御者のおっさんは雑木林の入り口の手前に置いてけ堀状態。乗ってきた馬車の見張り、お留守番だ。
で、あたしはハリュパスの次でブグルジの前。つまり真ん中を何となく釈然としない思いを抱えながら歩いていた。
真ん中になったのは、行く先を知らない、荒事でも役にも立たないから。当然だし、気を遣われたのもわかってる。でも、こう胸の中がモヤモヤっとする。
その代わりに背中には大きなカゴを背負わされている。元の世界では農家のおばちゃんが担いでいたような特大サイズのカゴだ。これが実に重たいんだわ。
ゴブリンと見紛いそうなブグルジは小柄だし、部下のハリュパスも細身。チャチャルはまだ子どもだし、実際のところ、ガタイはあたしがいちばんだ。腕っ節はともかく単なる筋力測定だったら、たぶんあたしがいちばん上だろう。
この際力仕事でもいいなんて思っていたんだし、重くても安全な荷物運びなんだから喜ぶべきなんだろうけど……この落ち着かない気持ちは何なんだろう?
期待に応えられていないのが情けない? 情けをかけられているのが恥ずかしい?
あたしって意外と真面目な小心者なのね、そういうのが気になってしまうんだわ。
背中のカゴにはさっき雑木林で採取したばかりの獣人の卵がひとつ入っている。
カゴの七割くらいを占る巨大卵だ。人間サイズの獣人の卵だからそれなりに大きいと予想はしていたけれど、それを遥かに上回っている――五十センチはあるし、重さも十キロはあるんじゃない? 人間の新生児の体重は三キロ程度。これじゃ生まれてくるのは超肥満児の獣人の赤ちゃんだったりして?
こんなに重いんじゃ、チャチャルには持ち運ぶのは無理。卵の採集が情報屋の仕事かどうかなんて議論する以前の問題だったわ。
女のままのあたしにもきっと無理だったわ……あ、でも母親だったら子どもを抱っこして、ベビーバッグを担いで、さらに買い物したりもする。母は強し、女も強し、頑張れあたし!
卵があったのは林の中の、黒っぽい幹でしゅっと背の高い杉みたい木の梢だった。細かく分かれた枝が妙な具合に絡みあって巣みたいになっている中に灰白の巨大な卵がすっぽりと収まっていた。
「翼があっても、あそこで卵を産むのは無理だよね……」
小鳥ならともかく、あのサイズの卵を生むような巨大な鳥が、絡んだ枝の中を動けるとは思えなかった。
取りに行けと命じられても、あたしには無理ゲー。そのへんはブグルジもわかっていて、「やれ!」「無理!」なんて応酬もなく、当然という顔でハリュパスがさっさと登っていった。
ココナツの実を取る人みたいに脚で木の幹を挟んでするすると上まで登り、絡み合った枝を足場に卵に近づき、滑車代わりに枝にロープをかけてカゴを引き上げ、卵を入れてカゴを下の人間が降ろしている間に自分も幹を伝って降りる。まあ素早かったこと、ほとんど猿だったわ。
その後、あたしはカゴを背負わされた。当たり前のような顔をされて、そりゃあ釈然としなかったわよ? 重過ぎて持ちたくなかったしね。でもさ、じゃあ、お前が取りに行けと言われたって無理なものは無理。悔しいけど、荷物持ちくらいしかやることはないのよ……。
雑木林を出てずっと岩場を歩いた先は、急な崖っ淵になっていた。
「だったら今度はチイロ殿に行ってきてもらおうかのぉ」
到着するなりのブグルジの言葉に、あたしは一瞬、絶句した。
あたし荷物持ちが不満だなんて口に出してないよね? できないものはできないし、挑戦する気概もないんだけど……なんて心の中で抗議しても無駄だった。
崖は東境の村のバス停近くの斜面とは違って、本格的な断崖絶壁だった。谷底は深すぎて見えない。覗き込むとマジで目が眩む高さだ。
それでも無理して覗いた真下に、ちょっとした岩の出っ張りがあった。
「横穴が開いとって、その中に卵があるんじゃ」
谷底に視線を向けないようにしながら覗くと、何となくだけど岩肌に黒い陰影っぽい部分があるのがわかった。
なるほど、と頷いたのを承知の合図と思われてしまったのか、あっという間にブグルジとハリュパスの手であたしの腰にロープが結びつけられる。情報屋の仕事しかしないはずのチャチャルまで一緒になって、あたしが逃げないように押さえつけてくれたわ、ありがとう。
「えっと……たぶん、見た目より体重あると思うんだけど」
女であったときからガッチリ体型――あえてむっちりとは言わない――だったし、腹に隠し持った脂肪は男になっても相変わらずだ。この場にいる四人の中であたしがいちばん重いのは間違いない。
なのに小柄なブグルジと細身のハリュパスと子どものチャチャルに、身の安全を託せと? それ本気で言ってる?
「平気だよ、ブグルジさんは怪力だから」
いやあブグルジはゴブリン系だよね? ドワーフ系じゃないよね? なんて思っても雇主に向かってそんな失礼な口は利けない。渋々ながら不安な命綱に身を委ねた。
崖を降りるのは思ったほど大変じゃなかった。ロープに頼りきったわけじゃないわよ? ちゃんと自分で足がかりを探しながら、少しずつ降りたわよ。ブグルジの怪力のお陰か揺れなかったし、岩場も適度に凸凹があるんで結構安定感があるのよ、これが。谷底に目を向けたら顔色真っ青だろうけど、目的の出っ張りまでは五メートルもない感じだったからあっという間だったし。
辿り着いた出っ張りは二メートル四方くらい? うっかり谷底側に顔を向けさえしなければ、膝や腹に震えがくることもない程度には広い。
横穴の高さはあたしの腰より少し下。幅はあたしが余裕で通れそう。奥行きも幅と同じくらいの深さだ。何でわかるかって? それは奥まで見通せるから。つまり――。
「……ないんですけど?」
「どういうことだ?!」
上からはすぐに返事があった。地面に寝そべったのか、頭が三つ、崖の縁から見下ろしている。
「だから卵がないって……」
長い物を突っ込んでみせたいところだけど、邪魔だったから短剣も魔道銃も外して置いてきてしまった。代わりに足下の石ころを拾って、横穴へと投げ込む。ついでに片腕を突っ込んで掻き回す動作もする。
穴の中は空っぽだと納得してもらえたのか、上から「しかたない、戻ってきなされ」というブグルジの声が聞こえた。
ブグルジの怪力ぶりは、戻りにも大いに発揮された。支えに頼らず、自力で登ろうなんて努力している暇もないくらい。すごい勢いでぐいぐいと引っ張り上げられた。
手が崖の縁に届きそうになると、さすがに速度は緩まる。
「さっさと上がってきなされ」
ブグルジのあたしに対する扱いは、だんだんとぞんざいになってきた気がする。別にかまわないんだけどね。
爪先で岩肌の足場を探る。右手はロープから離さず、左手を崖の上に出し指先に力を入れて地面を掴む。男の力ならできるかなと、懸垂の要領で身体を引き上げる。
「はぁ、着いたぁ!」
気が抜けると同時に、一気に疲れが押し寄せてくる。あたしはその場に倒れ込んで俯せに伸びた。
チャチャルが尻もちをついた姿勢で、軽く息を弾ませながら笑っている。もしかして一緒に引っ張り上げてくれてた? 情報屋だから力仕事はしないって宣言してたのに、ツンデレさん?
「巣穴は荒らされてたのか?」
「ええと……?」
あれ、どうだっただろう……? 汚れてた? 土に塗れてた? 穴が壊されてた? わからない――自分の観察眼の無さにうんざりする。
ハリュパスは崖のほうに向い、垂れ下がった残りのロープを巻き取っている。
難しい顔をしたブグルジの背後にはカゴが二つ。手前があたしが背負ってきた卵入りのやつ。その隣はのは崖下の卵を入れる予定だったんだけど、結局、またロープとかの道具を入れてハリュパスが運ぶんだろう。
ハリュパスが丸めたロープをカゴに放り込むドスっと重たげな音。そんなに重いのか。
で、その隣の三つめのカゴは……え? あれ? 三つめって何? カゴを背負ってたのはあたしとハリュパスの二人だけ。チャチャルもブグルジも手ぶらだったはず……?
「へっ??」
三つめのカゴが、もぞもぞと蠢いていた。見る間にむくむくと大きく伸び上がる。
「ブギャー!」
「オークだ!!」
瀕死の豚みたいな叫びが耳を劈いた。
へえ、これがオーク? カゴと見間違えたのは、木の皮だか蔦だか蔓だかを編み上げたような防具のせい? 泥だらけの豚って顔。いや、まさかリアルで「プギャー」を耳にするとはね……。
その豚の化け物みたいなのが、ブグルジの背後から戦斧を振り下ろそうとしていた。
「「ブグルジ!」さん!」
チャチャルと声が重なる。
ブグルジは振り返りざま、転がるようにして斧の一撃を避けていた。そのまま剣を抜いたところへ、もう一撃。鈍い金属音がして、ブグルジの剣は弾き飛ばされた。
隙をみて斬りかかったハリュパスは、オークの勢いにあっさりと跳ね返されている。オークには届かない位置にまで転がってしまった。
「プギャ、プゲ!」
オークの目がチャチャルとあたしを交互に見定める。
いや! 襲われちゃう! あっち行って――駄目だ、それじゃ。チャチャルのほうに行かせちゃいけない……はず!
剣は……外してたんだ。どうしよう?
「チヒロさん!」
チャチャルが蹴り飛ばした魔道銃がこちらに滑ってくるのを左手で受け止めた。
戦斧を振り上げて高く跳躍したオークに、細い筒先を向ける。
当たれ! 吹き飛ばせ! ぶちのめせ!
相手を倒す言葉をデタラメにいくつも思い浮かべた。
ズサっという重たい音で、あたしは目を開けた。
怖くて目を瞑っちゃったみたいだけど、思念だけで誰でも命中させられるって話は本当だったらしい。黄土色に薄汚れたピンクの豚頭のおっさんが、目の前に転がっていた。
それも頭以外の右半身が全部吹き飛んでるっていうか、完全消失してる……肉片も血液すらも流れてない。
これって……威力ありすぎ、やりすぎちゃったってこと? 初めてで加減がわからなかったんだし、しかたないよね?
「よくやったのぉ」
ブグルジは褒めてくれた。ハリュパスが黙ってあたしの手をこじ開け魔道銃を取り上げた。
チャチャルは「すごかったねえ!」とにこにこしている。全然、怖がってなかったみたいだ。
あたしも少し傍観者的な気分になっているみたい。「やった」という高揚感も「やっちまった」という後悔も、どっちも薄かった。
何でだろう……? 相手が人間じゃないから? ゲームとか映画のCGっぽいから?
この世界のありかたに慣れたからとは思えない、思いたくなかった。
ブグルジとハリュパスは、さっさと片付けの続きをしていた。
でもオークの死骸に手をつけようとはしない。穢れているからとか? それとも高地で気温が少し低いから腐らないって?
「放っとけば、そのうちになくなるから大丈夫だよ」
そりゃ獣や虫に食われたり、いずれは微生物に分解されたりするだろうけどさ……それでいいの?
「何だ、気になるのか?」
怪訝そうな顔であたしの顔を一瞥すると、ハリュパスはオークの足を持って引きずり、えいっとばかりに崖下へ放り出した。
「あ、どうも……」
あたしのためにやってくれたらしいので、とりあえず礼を言っておいた。敵だし人間じゃないけど、埋葬しないでよかったの? これもまた、日本人の常識に縛られたあたしには、ちょっとばかり納得し難いものだった。
「思ったよりオークの進攻が速いようじゃのぉ」
「襲ってきたやつが卵も盗ったんでしょうかね?」
「どうかな? 襲ってきたやつは、はぐれオークみたいだけど」
あたしにはよく理解できない会話がしばらく続いたけど、最後にブグルジがこう締め括った。
「今日一日様子を見てから、オークの殲滅をするかどうか決めようかのぉ」




