表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/59

子どもと獣には意外と懐かれる

09/13 typo+表記修正

 ギルラン伯爵が去って、しばらくそのまま応接室でブルグ爺と話をした。あらためて挨拶をして、よろしくお願いしますと、きっちり頼み込む。

 その上で、あたしは気になっていたことを訊いてみた。


「テルドリアスってのは誰なんですか?」


 話の流れからして、テルンさんのことだというのはわかっている。でもそんな名前は当人からも、あの隊商にいた誰の口からも聞いたことはなかった。

 響きからすると、テルンよりもちょっと偉そうな感じがする。テルンさん自身、名うての奴隷商人なわけだしそれなりに有名人なんだろうけど、テルドリアスってのはもっと権威的で影響力のある人物っぽい。

 獣人の娼館と奴隷商人が知り合いでも不思議はないけれど、ギルラン伯の話ではテルンさんとブルグ爺さんのつながりのほうが先らしい。いったいこの見窄らしいお爺さんとテルンさんが、どういう関係なのか謎である。


「ブルグさん、テルンさんとは、どういうお知り合いで?」


 ブルグ爺のひととなりというか人物にも興味がある。外見的には人物(・・)と言うのも躊躇われるような見た目なんだけど。

 なにしろ肌の色がアオミドロなのだ。青緑の間違いじゃなくて、生臭く匂う池とか水槽についた藻のアオミドロをまぶしたみたいな不気味な色合いってこと。

 肌の色で差別は駄目ってのはしっかりと教育され刷り込まれてはいるんだけど、緑の肌じゃ同じ人間だろうかってナチュラルに疑問を持ってしまう。昔の人だって見たこともない肌色の人間に出会って、同じように感じただけ……だったのか? そうなのか?

 ブルグ爺は小柄で老けた緑の皺くちゃ顔だ。こういう見た目って……ゴブリン? ファンタジー系のゲームとかに出てくるモンスターっぽい。まあ、モンスターとか亜人の存在する世界なのかもしれないし、単に病気か何かで肌色が変化しているだけなのかもしれないけど。


「儂はブルグじゃぁねぇ、ブグルジで」

「え? あっ、あ……すいません」


 おっと、ブルグ爺さんだとばかり思っていたら、聞き間違いだったらしい。脳内翻訳機能でも対応する訳語のない固有名詞は、そのままに聞こえるみたいだし、耳慣れない響きだとうっかり間違えることもありそうだ。気をつけなくちゃ。

 それにしても人の名前を間違えるなんて大失態。ほんと、ごめんなさい。失礼しましたって何度も謝り倒しちゃったわ。


「テルドリアス様は、今じゃぁテルン様と名を変えられとる。旧世界では儂のご主人様じゃった」

「旧世界でのって……ああ、旧世界のことは禁句、でしたっけ」

「禁句ではねぇ。が、貴族の身分を剥奪されたやつらん中には面白くないやつもおるじゃろ。ギルラン伯爵様はぁ、あんまり気にされとらんようじゃが」

「テルンさんは……?」

「テルドリアス様はぁ……」


 沈黙。やっぱり禁句ってか禁忌(タブー)なんじゃん?


「テルドリアス様はぁ、この世界の理は歪んどると仰っとった……」


 ええ?! この世界の理で儲ける奴隷商人なのに? 世界の理から目を背けるなとか言ってたくせに……って、あ、そうか。逆なんだ。理不尽だと考えてるからこそ、目を背けるな、なのか。でもって、だからこそこの世界からはみ出してるあたしに助けの手を差し伸べてくれるのかも……ってそこまで考えるのは穿ち過ぎ?

 それでもブルグ爺あらためブグルジによると、とりあえずテルンさんはこの世界の理に逆らったり反旗を翻そうってしてるわけではないらしい。まあ、長いものには巻かれろ、よね……。


「チイロ殿はぁ、テルドリアス様の下じゃぁ、護衛を務められたんか?」

「護衛っていうより単なる見張りで……」


 チイロって……血の色みたいで危ないやつっぽいけど、あたしはチヒロだからね?

 それに腕も立たないし、ヘタレだから。一応は剣を携えていたものの抜くことすらできずに、ただ仲間の背中に隠れていただけ。実戦ではマジで役立たず。

 でもあたしの真っ正直な告白は、謙遜と思われてしまったらしい。


「ふぅむ、盗賊の討伐も経験済みならぁ、問題はなかろぉ」

「いや、あの……わたしとしては、もう少し別の種類の貢献をしたいなあって……」

「別のとはぁ、何じゃ?」


 ブグルジの片方の眉がぴくりと器用な動きをした。やった、興味を持ってくれたかも? でも何も具体的に考えてなかった。何ができる、あたし?


「えっと、その……コスプレ衣装の提案とか?」


 あたしは特にコスプレ趣味はないし、衣装の流行り廃りもよくは知らない。ケモナーと呼ばれる人種でもない。そういう意味では男心をそそる衣装のデザインってのは難しいだろう。

 でもアラサーになるまで女をやってきたのは伊達じゃないつもり。現代日本のコスプレをまったく見たことがないわけじゃないし、少なくとも二次元用にデフォルメされた形でしか女物の服飾を知らない男の転生者が試行錯誤するよりは、よっぽど実現性のある提案ができると思うのよね。


こすぷれ(・・・・)……?」


 自動翻訳機能が働かなかったらしく、ブグルジには首を傾げられてしまった。ブルグ爺さんと聞き間違えた件といい、自動翻訳は必ずしも万能とは限らないみたい。


「コスプレってのは、扮装っていうか獣人みたいに見せるための衣装のことです。どうでしょうか……?」


 つるんとした禿頭を右手で撫でながら、ブグルジはしばらく何やら考え込んだ。


「チイロ殿は、何か勘違いしてるんじゃぁなかろうかのぉ?」




               ◇◆◇◆◇


 商会の建物はどこかがらんとした空虚感のある、昔の博物館とか図書館とかのような、古めかしい造りだった。

 部屋は建物の中央部分に集まっていて、ぐるりと廊下がそれを取り囲んでいる。玄関側は事務室とか商会のお仕事(ビジネス)に関係する部屋が、あたしが通された右側の通路にはランクの異なる応接室や会議室が並んでいる。

 ブグルジに連れて来られた玄関の反対側、いちばん奥の側は、他と比べてずいぶんと生活感が漂っている。開けっ放しの手前の扉の中は鍋が並んで炊事場っぽい。その隣の水場では、二十代の前半くらいに見える女――《咎人》が、桶の中にシーツっぽい布地を山盛りにしてごしごしと手洗いしていた。


「あの娘にはコスプレさせないんですか?」


 目元のぱっちりしたスタイルの良さそうな女の子だ。絶世の美女ではないけれど、ハマるコスプレをすればそれなりにイケそうに見える。


「あれはただの《咎人》じゃ」


 でもギルラン商会のコスプレ娼婦の選択基準は、あたしの予想以上に厳しいものらしかった。


 廊下のほぼ中央には、ひときわ重たそうな扉があった。大きくて頑丈そうな牢獄みたいな南京錠がぶら下がっている。ブグルジは首にかけていた鍵を取り出して、そのごつい南京錠を開けた。


「《咎人》たちゃ、一旦、ここに集められてから娼館ごとの売り(・・)に合わせて振り分けられるんじゃ」


 促されるままに中に入ってみると、教室くらいの広さがあった。ただし教室とは違って机や椅子は置かれていない。床には筵が敷かれていて、部屋の隅のほうには毛布のようなものが畳んで積み上げられている。

 その毛布に寄りかかるようにして、何やら柔らかそうな毛玉のようなものが縺れ合っていた。


「きゃぁ! 何コレ?! ぬいぐるみ?」


 あたしは我を忘れて――男になったことも忘れて叫びながら毛玉に駆け寄っていた。

 ドタドタしたあたしの足音に反応して、毛玉のひとつがぴょこりと顔を上げる。耳がぴょこんと立ったクリーム色のミニブタっぽいような……違う、このくるんと首を傾げた感じはブルテリアだ。

 人間の三、四歳児ぐらいの大きさがある。茂樹の小さい頃には子守もしてたから、喪女でも幼児の年齢の見当はつく。

 頭をワシャワシャしてやると、ブルテリアはあたしの膝に手をかけ立ち上がった。それも完璧な二足立ち。尻尾がバネを弾いたみたいに揺れている。線で描いた漫画のような糸目が笑っている。

 青と白のボーダー柄のTシャツを着せらた下は何も穿いていなくて、大切なところが丸出しの……たぶん、女の子。犬だからいいんだろうけど。

 動物に服を着せるのは可哀想と思って襟に手をやる。ミスマッチな黒の太い首輪が、ちょっと邪魔くさい。

 ……って、あれ? 犬の肩ってこんなに横に張ってた? それに犬の腕って体側(たいそく)についてたっけ? いやいや、犬の腕って……前足でしょ。何、ボケてんの、あたし?

 ひとりツッコミをしていると、ブルテリアが下敷にして寝ていた茶色と黒のボロ布が、ぐりゅんと動いた……と思ったら、反対側にぐりゅんとまた回る。起き上がった姿はサビ猫ちゃん。鼻の下の黒がちょび髭っぽいけど、やっぱり女の子だ。

 サビ猫は積み上がった毛布の上で四本の脚を窄めるように縦に伸びをする。顔が裏返りそうな大欠伸をする。ピンクの上顎の真ん中の黒いポッチ模様が可愛い……くないよ。変だよ、おかしいよ、この猫。大きすぎる、ブルテリアよりもデカくない?

 サビ猫は「しゃっ!」と威嚇して、あたしに縋りついていたブルちゃんを追い払った。大きさ故か、貫禄勝ちだ。

 で、四つん這いになってあたしの顔をじっと見る。野性の目だ。お尻と尻尾を二、三度うねうねしたと思ったら、いきなり飛びついてきた。

 さすがに飛び乗るのは無理だったけど、伸び上がり圧しかかるようにしてくる。重い。薄茶と黒の混じった腹毛の胴体がびろーんと伸びて抱きついてくる。いや伸び上がってあたしの肩にぷにぷにの肉球が届くのって猛獣サイズじゃない?

 お腹を出して伸びたニャンコを見るたびに抱きついてむにょむにょ和毛(にこげ)に顔を埋めたいって衝動に駆られたもんだけど、それが現実になって嬉し……くないよ、怖いよ! 食べられちゃいそうだよ、助けて、お母ちゃん……!


「獣人に好かれるようじゃのぉ」


 ブグルジの声は笑いを含んでいた。ってか、助けてよ。猫は好きだし懐かれてるみたいでいいんだけどさ、意外に重いのよ……。

 サビ猫はグリグリとあたしの腹に頭を押しつけてくる。いい加減苦しいんで、押し退けようと肩を掴むと、毛並みと同じ色に紛れて見えなかったブラトップをずり上げてしまった。サビ猫は「んぎゃっ!」と低く唸って身を(よじ)った。


「あ、ごめん……」


 ずり上がったブラトップの下から、小さな膨らみが覗いている。まだ先っぽがツンと尖り始めた程度だけど、意外とエロい。体格は十歳児くらいのロリエロ(・・・・)って感じ?

 いやいや、いやいや……胸のサイズの目測してる場合じゃないわ。どう見ても人間の胸、おっぱいよね、これ? ふにゃふにゃむにょむにょと柔らかそうな猫の腹毛の中に、何で人間のおっぱいが生えてるの?


「え? 人間……? 動物……?」

「その娘らは廃業した〈幼獣園〉から買い取った獣人娼婦じゃ。見た目は幼いのが獣度が高すぎて、転売できず残ってしまってのぉ。しかしお前さんは獣趣味なのかのぉ、それとも幼女好きか?」


 いやいや、向こうが勝手に懐いてきたんだって……。そりゃ可愛い犬猫と思ってちょっとは喜んだけど、人をまるで獣姦趣味みたいに言わないでよ。ましてや幼女趣味(ロリコン)だなんて。あたしの中身は女ですからね。母性本能は擽られても性的には興奮しないんだからね!



 いよいよもって、この世界はファンタジーっぽい異世界だということは確定的になってしまったわ……。

 いや、もう半分以上諦めてはいたんだけどね。それでも手間暇かけた壮大なドッキリに巻き込まれた可能性ってのを心の底で期待してたのよ。

 信じたくないって気持ちは残ってたけど、でもこの犬猫のちびっ子たちが獣人なのは否定できなかった。映像だったら騙されるかもしれないけど、目の前で見て実際に触れてるんだもん、否定できないよ。


「この娘たちは《咎人》……なんですか?」

「獣人は《咎人》じゃ。数は少ないがの」


 娼館、その中でもギルラン商会の娼館に買われる獣人は、さらに稀少だそうだ。人間っぽい外見のほうが需要が高く、買い手が多いらしい。ただし美しい翼だけは別格で高値がつけられる。十歳以下の幼い容姿の獣人は取引数は少ないけれどメチャクチャ高値で買う客が一定数いるらしい。

 生粋のケモナーなんだろうな、そういう人って。《咎人》をどんな酷い目に遭わせるのもありっていうこの世界なら、児童福祉法的な考え方もきっと存在しないだろうし、ロリなら獣人より人間の娼婦を選ぶと思うのよね。


「いや、幼き姿の《咎人》は獣人しかおらんのじゃ」


 あたしの推測はあっさり否定された。それってつまり、この世界に子どもって意味での女の子は存在しないってこと? まさかね……?

 そういえば咎人の祠ってのがあって、そこに《咎人》は召喚されるとかなんとかいう話だったっけ……?


「ほう、祠のことは知っとるか。じゃが獣人は特別で祠に出現するわけではないのじゃ」

「祠以外の場所……?」


 うーん、召喚だの出現だの、話を聞けば聞くほど、他にもいろいろと訊きたいことが出てきてしまう。でもどこから訊こうと迷っている間に、ブグルジはさっさと話を進めていた。


「そろそろ獣人が孵る時期にじゃ。チイロ殿には獣人を集める手伝いをしてもらおうかのぉ」


 えっ? と聞き返す間もなく、ブグルジの中ではそれが決定事項になってしまったようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ