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おうちがどんどん遠くなる

 南東の町の組合(ギルド)には、むさくるしい男たちが詰めかけていた。


「受付番号1035でお待ちのチーロ様――」


 呼び出されたあたしが「はい」と返事をして立ち上がると、男たちの視線が一斉に集まる。あたしの魅力に参ったのね、なんて心の中で自意識過剰ごっこをする余裕は、今のあたしにはない。そもそも野郎が野郎を見つめる熱い視線に込められる感情といったら「この野郎、ぶっ殺してやる」くらいだろう。

 居並ぶ男たちの大半は仕事を求めて集まった《討伐者》たちだ。窓口に呼ばれたということは、普通は依頼を得たということを意味するのだから、他の連中から嫉妬の視線が向けられるのもしかたのないことだ。

 でもあたしはここに求職に訪れたわけではない。謂れのない嫉妬に辟易しながら、座席の間の通路をちょこまかと抜けて窓口の前に立つ。


「チ・ヒ・ロ、千尋です……」


 お約束のように訂正するも、いかにもお役人といった風情の窓口の男性に通じた様子はない。


「こちらが奴隷商人のテルン様からお預かりしている書類になります――」


 差し出された封筒入りの書類を二通、受け取る。テルンさんがあたしのために書いてくれた紹介状、それに組合の承認印を押してもらって正式な書類にしたものだ。


「表書きがされているほうは、宛先のご本人様にお渡しください。無記名のほうについては、こちらを提示すると組合で管理する討伐の依頼を優先的に受けることができます。チーロ様の場合、初回の依頼完了に伴い等級が見習いから三級に昇格しておりますので、紹介状を使えば二級対象の依頼まで受けることができるようになります。ご希望の討伐依頼はございますか?」


 背後から《討伐者》たちの射殺さんばかりの視線を感じる。

 大丈夫だよ、おじさん、お兄さんたち……。あたしはヘタレだから、討伐依頼なんて受けないから。


「いえ、依頼を受ける予定はありません」


 あたしは力を込めて断言する。あんな怖い思いも嫌な思いも、もうしたくはない。それが正直な気持ちだ。スマホの修理が済み次第、こんな場所とはおさらばして、さっさと帰るつもりだ。


「ええ……それではチーロさん、魔道札の修理完了の連絡が来ていますので、帰りに管理局に寄ってください」

「わかりました。ありがとうございます――」


 顔を上げると、窓口の男性の視線はもう次の書類へと移っていた。あたしはもういちど軽く会釈だけして、その場を後にした。



 紹介状が完成し修理が完了した今日、あたしがこの町に到着してから四日が経った。つまりはあの晩――ユミル青年率いる偽盗賊団に襲撃された晩から四日半が経過したということだ。

 野営地からこの町まで予定では朝出発して一日弱のはずだったんだけど、夜通し馬車を全力で走らせて翌日の昼前には到着した。

 取り押さえられたユミル青年は剣を取り上げられ、テルンさんの馬車に乗せられた。臨時雇いの護衛として潜り込んでいた二人は手枷と足には鎖を嵌められ、奴隷たちと一緒に荷馬車の床に転がされて運ばれた。他の自称《強制執行人》の連中は、残らずアジュとドジェに斬られていた。

 ユミル青年に斬られたソネミは、助からなかった。あたしの目の錯覚でなければ頭と胴体が離れてたし、誰も手当すらしようとしなかったのは事実だ。

 遺体は埋葬もしなければ、運びもしなかった。この世界の宗教観とか習慣なのか、そのへんのことはわからない。それでいいのかと疑問には思ったけれど、あたしにはそれを問い詰めている余裕はなかった。


「誰でも初めてのときゃあ、そんなもんさ」


 ミルガか誰かがそんなことを言って慰めてくれていたような憶えが薄らとある。でもあたしは、ただ俯いて馬車の揺れに耐えているふりをするのがやっとだった。

 だって……目の前で人が殺されるなんて思ってもみなかったんだから。生命のやり取りをするその場に自分が居合わせるなんて信じられなかったから。

 それなのにあたしは大して怯えもせず、意外なほどに平静だった。周りが斬り合う中、手も足も出さなかったけど、それは自分の戦闘能力というか運動能力に自信が無かっただけ。冷静に戦力分析をして後ろに控えていただけだ。

 闇夜だからか血の色はあまり見えなかった。女だったんで慣れてたせいか、血って聞いてたほど(なまぐさ)くも鉄臭くもないじゃんなんて思ってた。アジュたちの腕がよかったのか、叫び声も悲鳴も少なかった。


 想像よりも静かだったから、怖くなかったの? 衝撃が大きすぎて、実感が湧かなかったの?

 それとも、どう見ても異世界としか思えない場所に突然放り込まれた上に、性別まで変わっちゃったという衝撃のほうが強すぎて、他のことすべてに鈍感になっているの? あんまり現実離れしてるんで、すべてが非現実的にしか感じられなくなってるの?


 あるいはこの世界の妙な仕組みに原因があるの? 極端な男尊女卑っていうか《咎人》は辱められ傷めつけられて当然という考え方には違和感があるけど、異世界の価値観に他所から来た人間が口出しすべきじゃないと、すべてに目を瞑り感情にも蓋をしてしまっているのかもしれない。


 元同僚の水原さんみたいな、男性から不当な扱いをされている女性の助けになりたかったのに……。いざそういう場面で、あたしは何も行動しなかった。それなのに平然としているあたしって、何なんだろう?

 本来のあたしは女であり、この世界では《咎人》として差別される側にいたはずだ。それが男になったことによって、差別も暴力も受けずに済んだ。ああ良かった助かったと安堵しているだけなんじゃないの? 下手に《咎人》を庇ったりしたら、本当は女すなわち《咎人》だって看破されるかもしれない。今度は自分が標的にされるかもしれない。それが怖いんじゃないの……?

 そんなことをあたしはずっと考え続けていた。


 町に着いてからも、管理局に到着を届け出てスマホの修理依頼を出したあとは、あたしはひたすら宿に引きこもってた。

 宿代はテルンさんから受け取った報酬で十分に支払えた。ろくな働きをしなかったから受け取る資格はないんじゃないかって思っていたのに、きちんと全額が組合経由で振り込まれたとあたしの仮魔道札に記録されていた。


 組合(ギルド)に連行されたユミル青年は、《復讐者》の身分を剥脱されたらしい。それがどの程度の重さなのか、あたしにはよくわからないけれど。臨時護衛の連中も追放処分だと聞いた。()からなのか、()からなのか、それもよくわからない。でも《討伐者》として組合から仕事を得ることはできなくなるそうだ。

 直接、処分が下されるのを耳にしたわけではなく、テルンさんからまとめて教えてもらった話だ。テルンさんは役立たずの護衛だったことを責めはしなかったけれど、ユミル青年たちの顛末を関係ないと知らん顔することは許してくれなかった。


「この世界の理から目を背けてはいけません――」


 説教は鬱陶しいけど、テルンさんの心遣いそのものはありがたかった。この世界で生きていくのであれば、その()とやらを無視するわけにはいかないのだろうから。

 もちろん、この世界で生きていこうなんて覚悟は、さらさらない。できることなら、今すぐにでも元の世界に帰りたい。元の世界で幸せだったかどうかは微妙だけど、取り敢えず、再就職先も見つかって幸せのために一歩踏みだそうとしていたんだから。それに少々、不運や不幸が重なっても、こっちの世界みたいに文字通りに命懸けで毎日を生きるよりも、ずっといい。幸せという言葉が違うなら、平和で安穏で楽チンだと言い換えてもいい。

 だから――スマホの修理が完了したら、すぐにでも帰ろう。どうやって帰るのか、それが問題ではあるのだけれど。

 この世界で魔動車に乗ったり、自由に移動するには魔道札という身分証が必要らしい。そしてどうもその魔道札は、スマホで代用できるらしいのだ。本当か、と疑わしく思う気持ちはあるのだけれど、管理局の人たちは何の疑いもなくスマホを魔道札として受け取るし、修理も引き受けたのだ。身分というか立場さえはっきりすれば、帰る方法は何かしらあるんじゃないの? 《賓》は外部からの訪問者だというし、そこに一縷の望みをかけている。何の保証もないけれど。





「お待たせしました、チーロさん。こちらが魔道札になります」


 管理局で渡されたスマホは、驚いたことにちゃんと画面の罅割れが修理されていた。本体交換かと思っていたんだけど、液晶画面の取り替えってできるんだ? ってかこの世界に替えの液晶パネルが存在していることが驚きだわ。

 電源はちゃんと入る。アンテナ数は壊滅状態だけど、電池の残量は目一杯。管理局の担当者がにっこりと笑う。


「魔道が足りなかったんで補充しましたから。なくなったら管理局でも組合でも充填できますからね」


 魔道だの魔動だのって、要するに電気のことなのかしら? だったら魔道だの充填だのじゃなくて電池とか充電とかにすればいいのに、あたしの脳内自動翻訳め。

 で、これであたしがどこの誰だか証明できて、帰り方を教えてもらえる……んだよね?


「残念ながら中身のほうは駄目でした」

「駄目……とは?」

「魔道器での読み取りは、申し訳ありませんが、こちらではできませんでした」


 担当のお兄さんはにこやかな顔を崩すことなく、そう告げた。

 そもそもやっぱりスマホはスマホであって魔道札じゃないってことじゃないの? そうぶっちゃけたくなるのを(こら)える。これが魔道札じゃないって結論されたら、身元不祥な怪しい人間に格下げされちゃう。それはまずい……ような気がする、きっと。


「どうすれば直せるんですか? 別の場所でなら読めるとか?」

「強制読み出しの権限が必要になりますので、そうですね、東は無理ですが南ならおそらく大丈夫かと。あるいは中央に行けば専門の技術者がおります」

「そうですか……」


 つまりは、あれよ。まだ当分、帰ることはできないってことね……。鬱モードをどうにか振り切って表に出てきたっていうのに……。

 テルンさんからの報酬はまだ残ってはいるけれど、宿代に既にいくらかは費やしてしまっている。スマホの修理代はかからないらしいので助かったけれど、でも中央にしろ南にしろ、行くためには旅費を稼がなければならないということになる。


「南に行っても無駄足になる可能性があるってことですよね?」

「そうですね。近さをとれば南になりますが、確実性が高いのは中央になるかと。万が一、修復が不可能なほど壊れていたとしても、中央であれば魔道札を再発行することもできます」


 それには本人確認だか証明だかが必要になるらしく、その手段にも一抹の不安を覚えるんだけど。それでも中央に行くほうが賢いというのはわかる。


「仕事っていうか依頼は組合経由でなくてもいいんですよね?」

「直接契約するということですね? 可能ですが、その場合には、討伐評価の点数が加算されないことがあります。詳しくは組合にお問い合わせください」


 管轄外の質問にも懇切丁寧に答えてくれるお兄さんに礼を言い、あたしは管理局の建物を出た。

 さて――。ヘタレなあたしにもできるお仕事。それを見つける方法は、思いつく限りはひとつだけ。

 あたしはテルンさんの紹介状を握り締め、歩き出した。

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