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復讐するは我にあり(2)

「あの美形っぷりは、典型的な《復讐者》だな」


 虫酸が走るぜ、とミルガが小声で吐き捨てた。

 へえ、そうなんだ。あの人、盗賊じゃなくて《復讐者》なの? っていうか、《復讐者》って美形が多いんだ?

 そう思って見るとユミル青年の整った顔貌が、残虐とか酷薄そうに見えてくるから不思議だ。


「さすがは情け深い奴隷商人のテルン殿だな。人質の価値はないと嘯きながら、それでも交渉に応じてくれるとはね」

「交渉の余地などありませんよ。私は、単に事実を告げているだけです」

「それはこちらの台詞だ!」とユミル青年は激昂した。「テルン殿、わたしはあなたに《咎人》を無傷で引き渡すように依頼したはずだが?」


 素直に頷いてるけど、大丈夫なのかな、テルンさん? 無傷で引き渡す約束したのってソネミのことだよね? 馬車に連れ込まれて、荷台から突き落されて、いろんな意味で無傷と主張するのはどうにも無理っぽい状況な気がする。


「そこにいるのが、その《咎人》だな?」


 あちゃー、やっぱり気づいてたか。ソネミの黄色い髪は闇の中でも目立つからね。ユミル青年は目ざとくソネミの姿を見つけていたようだ。

 それなのにテルンさんは、まだまだ余裕顔で、すっとぼけている。大丈夫? ごめんなさい、したほうがよくない?


「わざわざ深夜にこんな場所まで迎えに来ていただけるとは驚きましたよ」

「巫山戯ないでほしい。無傷でという依頼にも関らず、護衛の慰み物にするとは、いったいどういうつもりだ?」

「こちらも困っていたのですよ。手出し厳禁と指示したにも関らず、あっさりと無視するのですから」

「そんなどうしようもない護衛を選んだのはそちらの勝手。私はただその責任をきっちり取れと言っているんだ!」

「ふむ……? で、具体的にはどうすれば?」

「……約束を違えたんだ、報酬は支払えない。それから渡した手付金も返してもらおうか」


 ええ? それだけ? それだけのために、わざわざ真夜中にに盗賊の真似事をしたっての?

 あっ……違うか? 襲ってきたら、たまたま目的の《咎人》が傷つけられるところに遭遇したのか。

 ん? 何か変? 契約違反に文句を言うのは当然としても、依頼者が何で盗賊の真似して襲ってくる必要が……?

 ってか、やけにタイミングいいよね? まるで見計らったみたいに……?

 半分部外者みたいなあたしにすら、いくつもツッコミどころが見つかる状況だ。それなのにテルンさんも、他の誰もそれを指摘しない。

 こちらが返事をしないのに業を煮やしたのか、黒尽くめのひとりが前にしゃしゃり出てきた。


「我々は《強制執行人》だ! 我々の使命は《復讐者》が正当な権利を速やかに行使できるようにすることだ。それを妨げる者は《討伐者》であろうが《支援者》であろうが徹底的に排除する!」


 黒尽くめの男はテルンさんの前に立ちはだかると、抜き放った剣を掲げて大声でそう宣言した。



 テルンさんは剣を突きつけられても怯むことなく、優雅に微笑みながら大きく頷いた。


「なるほど、それが目的ですか。奴隷商人に払う金が惜しくなっただけにしては、ずいぶんと手の込んだことをすると思っていたんですよ」


 黒尽くめの盗賊もとい《強制執行人》と名乗った男は、掲げていた剣を下げ、唇を歪めてにやりと笑った。


「わかったら大人しく、奴隷どもと馬車、すべてをこっちに渡してもらおうか?」


 この男の独断なのだろうか、要求を耳にしたユミル青年は一瞬「えっ?」と呆気に取られたような顔をした。いや、ユミル青年以外は大して驚いていなさそうだ。

 しかしこの男、何やら立派な肩書の割には笑い方も下卑ているし、要求する内容もずいぶんと無茶苦茶だ。

 《強制執行人》ねぇ……字面から察するに、かなりの権力とか権限を持ってそう。でもだからといって、奴隷商人に奴隷と馬車を全部寄越せって命令するのは、あまりに横暴……だよね?

 じりじりと近づいてきたアジュが、テルンさんを背に庇うようにしてユミル青年たちに対峙する。

 馬車も寄越せと(のたま)った(強制執行人)が、アジュに対抗するように向き合った。下品ではあるけれどやけに堂々とした態度だ。盗人猛々しいっていうの?


「《強制執行人》ねえ。あんたそれがどんなもんか、ちゃんと知ってるのか?」


 アジュは《強制執行人》を名乗った男を無視して、ユミル青年へと問いかけた。答えるユミル青年の口調は、どこか辿々(たどたど)しい。


「それは……《復讐者》による《咎人》への制裁を妨げるものを排除し、円滑に制裁行為を行わせるための――」

「残念、ちょっと違うな。《咎人》への制裁が滞っている場合、その原因を取り除き、必要があれば自ら制裁を執り行う、ってのが正解だ。たとえば《咎人》がどこかに隠れ住んだり匿われたりして、制裁をいちども受けたことがないなんてときこそが《強制執行人》の出番だ」


 えーと……どこぞへ逃げ隠れしている《咎人》を探し出して制裁を受けさせるって解釈であってるのかな?


「制裁を行ったのが《復讐者》だろうが《討伐者》だろうが《強制執行人》は関知しないんだよ。ましてや《復讐者》の希望を叶えるために尽力するなんてのはありえない。そういうのは、どっちかっていやあ《代執行人》の仕事だ。こいつらは《討伐者》の一種だから金さえ貰えば何でもする。性質(たち)の悪いやつだと、他の《討伐者》の手から強盗紛いの手口で《咎人》を奪い取ることも厭わない。ちょうど今みたいにな」

「今みたいに……?」

「盗賊の真似して馬車を襲ってるじゃねえか。《復讐者》が《討伐者》に優先するなんて規則はねえし、そもそも奴隷商人に捕まってる時点で強制執行の対象にはならねえ」


 焚き火の炎が大きく揺れて、アジュの顔に浮かんだ笑みが悪辣そうに歪んだ。

 ゼナンが落ち着き払った様子で、ふたりの会話に口を挟んだ。


「《討伐者》は《復讐者》と標的がかち合えば《復讐者》に譲ることが多い。だがそれは《復讐者》の事情を斟酌した暗黙の了解に過ぎない。アジュが言ったように《咎人》に制裁を加えるという点に於て、《復讐者》と《討伐者》の間に区別はない。

 その意味では、今回は、ユミルさん、《復讐者》であるあなたこそが、奴隷商人の一行である我々《討伐者》の制裁行為を妨げたわけだ。《管理者》の立場からすれば、あなたのその妨害も十分に処罰の対象となりうる」


 赤い火影を映しながらも、ユミル青年の頬はいっそう白くなったように見えた。




「騙されるな! そいつらが《復讐者》からの依頼を果たせなかった事実は覆せないし、俺たちが《強制執行人》を騙ってるなんて証拠もどこにもない!」


 いかにも黒幕然とした男が、それでも負けじと声高に主張するのを、アジュが「悪足掻きだな」と切り捨てる。


「俺が出任せ言ってるとでも? 失礼だなあ、俺はこれでも元は《強制執行人》だぜ、ホンモノのな。《強制執行人》ってのは、全部で二十人もいないんだよ。全員、互いに顔も名前も知っている。俺のあとに新人が入ってないこともな。で、俺はお前らと会った憶えが、ねえんだよな、これが」


 偽盗賊改め自称《強制執行人》の男は「嘘だ!」と叫び続けたが、その声はユミル青年にはもう届いていないように見えた。この世界の事情に疎いあたしには、アジュの言い分が正しいかどうかなんてわかんないんだけどね。でも偽《強制執行人》たちの分が悪いのはわかった。



 ユミル青年と偽盗賊団一味との間には、明らかに気持ちの上で距離ができているようだった。


「ところでユミルさん、あなたはどうして私たちが、ここにいるとご存知だったのですか?」


 テルンさんのさり気ない話題転換に、ユミル青年はうかうかと乗って素直に喋り出した。もちろん強かな奴隷商人が、そんなに甘く優しいわけもないんだろうな……きっと。


「東境の村にいた情報屋を雇って……」

「情報屋ってどんなやつだった? ちょこまかとしたお調子者の小僧か?」


 アジュがそう訊ねると、ユミル青年は、一瞬だけ仲間たちの様子を窺ったものの、すぐに首を縦にした。


「たしかチャチャルとかいう名前の……」


 アジュが「チッ」と舌打ちをする。

 たしか今朝テルンさんの馬車から降りてきた男の子の名前だ。もしかして二重スパイ? 蝙蝠野郎なのかしら、なんてことを考えていると


「呼んだ?」


 焚き火を囲む木立の陰からひょっこりと人影が現れた。小柄なというより、年格好は明らかに子どもか少年だ。偽盗賊団と同じ黒尽くめだけれど、さっきまでの乱戦にその姿はなかったはず。

 少年は軽やかな踊るような足取りで、剣を持った男たちが睨み合う間をひょいひょいと通り抜ける。顰め面のアジュの前でアカンベーをし、困り顔のドジェに向かって小さく手を振り、そして笑顔のテルンさんと悲愴な表情のユミル青年の間に割って入る。


「チャチャル、おめえがやつらに俺たちの居場所を教えたのか?」

「そうだよ。テルンさんの隊商の今晩の野営地を探れっていう依頼だったからね」


 あっさりと認めるチャチャルに対してミルガが小声で「おいおい……」と呟く。黒尽くめの盗賊団から「口が軽すぎるぞ!」と非難の声が上がる。


「こっちは道中の安全確保を頼んでいたはずだぞ!」

「そうだね」


 いきり立つアジュだったが、チャチャルに軽く流されてしまう。


「だったら何で?! せめて偽の情報を流せよ……管理局へ届けたのを教えりゃいいじゃないか」

「防犯対策に届け出とは違う場所で野営するのは常識でしょ。届け出内容は誰でも簡単に調べられちゃうから、それじゃ騙せないよ。かといって偽情報を渡したんじゃ、今度は情報屋としてのボクの信用がなくなっちゃう」


 それじゃ困るんだよね、と可愛らしく口を尖らせるチャチャル。不機嫌そうなアジュや怪訝そうなドジェとは違い、テルンさんは優しく頷き返している……って可愛いから許しちゃうってわけじゃなさそう。互いに了解しあってるって感じ?


「でもって、実際に潜り込まないとってなったんだけど、ほら、ボクってこんな見た目でしょ?」


 そう言ってチャチャルは自分の身体を悲しそうな目つきでぐるりと見回す。少女と言っても通用しそうな華奢な体躯は護衛には向かない。そもそもこっちは情報屋って知ってるんだから雇われるのは無理な話だ。


「で、代わりにこいつらを送り込んできたわけかっ!」


 アジュが腹立たしげに吐き捨てる。その視線の先は苔頭と痩せぎすの臨時護衛、ただいま人質として絶賛活躍中の二人組……ってことは、つまり内通者ってこと?


「そう、その通り! 街道を走りながら偵察ってことで何度か馬車から離れたときに、ボクが接触して変更した野営地の情報を受け取ったわけ」

「まさか……」


 味方が送り込んだ連中だと知らなかったのか、絶句するユミル青年に、テルンさんが諭すように話しかける。


「だから彼らに人質の価値はないと言ったでしょう?」


 うわっ……テルンさん、最初っから全部お見通しだったわけ? 何も知らなかったのはあたしだけ……ってわけでもなさそうか。落ち着き払ってるゼナンはともかく、ミルガもドジェもようやく理解しましたという顔つきだ。


「道理で、こんなド田舎で《討伐者》が臨時護衛に応じてくるなんて変だと思ったんだよ」

「それ以前に金持ちの《賓》を乗せた魔動車が通り過ぎた後に盗賊が出没してるって時点でおかしいだろ」


ってな具合にミルガとドジェはさもすべてを察していましたってふりをしてるけど……あれ? 二人とも臨時護衛は《管理者》だって言い切ってなかったっけ? ま、いいわ。敵を欺くにはまず味方から。同じ臨時雇いで余所者のあたしの目を誤魔化そうとしただけってことにしておいてあげる。




「ね、上手いこといったでしょ、テルンさん?」


 チャチャル少年が自慢気に言う。

 両方に通じて、情報操作して、いいように掻き回して、敵も味方もみんな自らの手のひらで踊らせる。情報屋としてその姿勢は、ちょっとどうなのって気もするんだけど……。


「こいつらが暴走して勝手に引き渡し予定の《咎人》を襲ったのか?」


 アジュが形ばかりの人質であるもっさり苔頭の臨時護衛に剣を突きつける。


「そうじゃないよ。目的の《咎人》を傷つけてテルンさんに難癖つけてやろうって計画したんだよ。綺麗な顔のお兄さんは知らなかったみたいだけどね」


 チャチャルはユミル青年を憐れむような目つきで見ていた。相手の不手際を責めたつもりが、計画したのも実行犯も自分の仲間だったという、ユミル青年にとっては思わぬブーメラン状態。たしかにちょっと可哀想な気がしないでもなかった。


「馬車と奴隷を全員引き渡せという要求は撤回します……」


 ユミル青年が頭を下げた。まあ、それはユミル青年自身の要望じゃなかったから当然よね。

 偽盗賊たちが納得するかどうかは微妙だけど、でも人質も向こうの一味だったわけだし、彼らには取り引き材料は何も残っていない。表情を見る限りは、隙あらば襲いかかろうって気持ちは十分に残ってるみたいだけど。


「あなたは管理者だそうだが……?」


 ユミル青年がゼナンのほうへと向き直った。


「ええ、そうです」

「今回のこと、わたしにはどんな処罰が下されるのだろうか?」

「そうですね……。盗賊に身を持ち崩している連中と行動を共にしていたわけですから。悪巧みには関与していなかったようですが、それでもその企みの根幹部分はあなたの依頼に基づいている。そうなると《復讐者》としての立場は取り消される可能性が高い」

「そうですか……」


 ユミル青年は口元を真一文字に引き結んで俯いた。


「あなたは今回の裏事情をご存じなかったようだ。そのあなたにすべての責めを負わすのは酷というものだろう」


 テルンさんの言葉にユミル青年は、はっと顔を上げた。


「あなたが求めていた《咎人》は、お約束通りお渡ししましょう。あなたのお仲間も、全員まとめて管理局に突き出したいところですが、生憎、私たちの馬車にはこれ以上乗せる余裕はない。ですから、二度と私たちに手を出さないことを条件に見逃すことにしましょう。ただし護衛として雇った二人は、契約不履行ということで組合(ギルド)に突き出します。いいですね?」


 ユミル青年は、元仲間たちを躊躇いがちに窺い見た。そりゃ、いくら裏切られたようなものとはいえ、自分だけが温情ある扱いを受けるのは後ろめたいよね。

 さて、手ぶらで帰れば黙って見逃すって条件を、偽盗賊連中が飲むのかどうか。突き出される護衛はともかく、他は悪い条件じゃないと思うんだけど……?

 そんなことを考えて、あたしは少しばかりぼんやりしていたんだと思う。


「ふざけんな!!」


 凄まじい怒号。次の瞬間――足を踏み鳴らす音、そして剣が打ち合う音。偽装盗賊団の連中が、剣を構え、一斉に襲いかかってきていた。

 状況が飲み込めず、あたしは激しく打ち合う男連中に弾き飛ばされ、足下がふらついた。誰かに背中をぐいと引っ張られ、仰向けに倒れる。仰け反った顔の上を剣先がビュンと音を立てて通り過ぎた。


「お兄さん、大丈夫?」


 あたしの襟首を掴んでにっこり笑うチャチャルに向かってガクガクと頷き、仰向けのまま両手両足を使って後退る。剣先の届かぬ場所へと必死で逃れる。

 ドジェが、ミルガが、テルンさんまでもが剣を振るって戦っている。みんな嘘みたいに強い……あっという間に敵を斬り伏せていく。

 戦いの輪から外れたところで、ユミル青年が剣を握り締め、一点を見据えている。その視線の先で、火影に照らされた黄色い髪が呆然と立ち竦んでいるのに、あたしは気がついた。


「ソネミ! 逃げて!」


 そう思わず叫んでいた。はっとしてこちらを見たソネミが、次の瞬間、くるりと向きを変えて木立の陰に逃げこもうとする。

 でも遅かった――。

 止めようとするテルンさんの手を振り切り、ユミル青年がソネミのほうへと駆け寄る。そのまま躊躇いもせず、剣を振り上げ一気に斬りおろした。

 黄色い髪が、はらりと舞い散った。

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