復讐するは我にあり(1)
街道を逸れて脇道へ入った。夕方もまだ早いけれど、今日はもう野営するそうだ。
五分ほど走ると、少し開けた場所に出た。といっても周囲は雑木林に囲まれている。その中で馬車を二台並べて、かつ二十人近い人間が降りて集まることができる程度の広さだ。
「隠れる場所も多いから狙われやすい。警戒は怠るな!」
実質的に行程を仕切っているドジェの指示に従い、臨時雇いの二人が周囲を警戒する中、野営の準備が着々と進められた。
あたしもアウトドアは苦手だけど、ぼさっとしていたらまずいと思って、積極的に動いたつもりだ。まあ、火の起こし方もろくに知らないし、お手伝いレベルでしかないけど。
せめて元女として食事の支度に活躍の場を見出すつもりでいたんだけど、ギドの宿で仕込んだ奴隷たちにやらせるから、手を出すなと言われてしまった。テルンさんも含め普段は当番制で炊事をしているとかで、男たちも全員、料理はそこそこの腕前らしい。ちょっとあてが外れたと言うべきか、それとも恥をかかずに済んだのかしら?
料理を任された奴隷は三人。ある程度は信用されて手枷は外されているけれど、刃物は持たせてもらえていないようだ。
どうやって調理するのかと思ったら、朝、出発するときに、下拵え済みの食材をテルンさんの馬車に積み込んでいたらしい。それを使って芋と肉の煮込みを作っていた。
「チーロは《討伐者》っぽくないな」
焚き火を囲んで煮込みを食べていると、いつの間にかミルガがあたしの右隣に座っていた。
何度も訂正したけれどチヒロは発音し難いらしく、気がつけばテルンさん以外からはチーロと呼ばれている。あだ名だと思えば、ま、いっか。
「逆に訊くけど、《討伐者》ってどういう人?」
あたしが曖昧な訊き方をしたものだからか、《討伐者》の説明ではなく彼らなりの人物像の分析が返ってきた。
「俺が思うに《討伐者》ってのは、一攫千金を狙うやつと、《咎人》を罰することに血道を上げるやつの、どっちかだな。金儲けが目的なら奴隷商人や狩人になる」
「テルンさんは金儲けが好きってこと?」
「あの人は……どうだろうな?」
ミルガは首を傾げて、あたしの左隣に寄ってきていたドジェに話を振った。
「何か大きな目的というか野望を持ってるんじゃないかって感じることもあるが……まあ、金が必要なのは間違いないんじゃないかな」
「《咎人》を相手にするやつも、二種類に分けられる。襲ったり痛めつけたりするのが趣味のやつと、正義感とか倫理観でやるやつだな」
「ミルガさんやドジェさんは、どっち……?」
「俺は……どっちかといやあ正義感かな」
「嘘つけ。だったら何でお前は毎晩選り好みをするんだ?」
「……そりゃあ、わざわざ見苦しいのを選んでイヤな思いをする必要はないだろう?」
「なるほど、それは同感だ」
ミルガとドジェは皿を持ったまま笑いあった。
「お、あ……わたしはどちらでもないと?」
咄嗟に一人称を「俺」に切り替えようとして、結局失敗した。「あたし」じゃ変だけど「わたし」なら許容範囲だろうか?
「ああ。《咎人》に対しても自然に接しているというか……」
「チーロは何の蟠りも無さそうだよな。《支援者》にも見えるが、だったら護衛なんてやるわけがない」
「《支援者》?」
「宿屋とか店屋とか定職について《討伐者》を支援するやつらだよ、って……あれ? 《支援者》って正式な名称じゃありませんでしたっけ、テルンさん?」
食事を終えたテルンさんが伸び上がって話に加わった。
「《支援者》であっているはずですよ。ただチヒロさんは魔道札の故障で《討伐者》として仮登録中ですから」
東境村の管理局で事情を全部耳にしていたはずのテルンさんは、適当にぼかしてあたしの状況をドジェたちに説明してくれた。
ふーん……やっぱりこの世界でも個人情報はしっかり管理して守らなくっちゃってことなのかな?
「なるほどねえ……。じゃあ、もしかしたら実は《復讐者》だったなんてこともあるのか?」
ドジェが探るような目つきであたしを見た。
「さあ……? 《復讐者》にしちゃ、能天気だって言われましたけどね」
「だよなあ」
ミルガとドジェが声を合わせて笑った。
早めに野営を始めたけれど、食事が終わる頃には、日は完全に沈んでいた。
そういえばこの世界の一日って二十四時間なのかしら? 時計はしてないしスマホの画面は壊れて読み取れないからはっきりしたことはわからないけど、体感的には大差なさそうな気がする。
明日は夜明け前に出発するそうで、さっさと寝るようにという指示が出た。
盗賊団出没の噂もあることだし、当然のことながら、交替で不寝番をする。最初は臨時の護衛の片割れのもっさり苔頭とドジェ。次がアジュとゼナン。あたしはその次の番でミルガと組になった。テルンさんも痩せぎす長身の臨時護衛と最後の組を務めるそうだ。
気温は低くないけど、夜になると寒くなってくるのだろうか。奴隷たちの分も含めて、ひとり一枚、毛布が配られた。親切っていうよりは、商品を大切にしてるってだけなんだろうな……。
全員は無理でも、何人かは馬車の中で寝かせればいいのにと思うんだけど、そうはしないらしい。その理由はテルンさんの言葉で明らかになった。
「《咎人》に手を出すのは自由ですが、逃走されると面倒なので遠くへ連れ出さずに馬車の中でお願いします。それとソネミという名の《咎人》――そこの端にいる亜麻色の髪の《咎人》は《復讐者》に無傷で引き渡す契約を結びましたので、ご遠慮願います」
あー、そーゆーことですか……。ちょっとテルンさんに幻滅。何でって訊かれても困るけど。
やっぱりソネミって、あたしのことを東境の村へ案内してくれた娘だわ。昼間、ドジェが言っていた通り、ギドの宿に預けられればこんな目に遭わなかったのに……いや、そうとも限らない? 宿でネタミに手を出さなかったあたしが例外なのか。
アジュとミルガがテルンさんの言葉に応じるように動き出した。当番でないほうの臨時雇いの護衛に声をかけている。
「気に入ったのがいるなら譲るから先に選べよ」
「いや、俺は相棒の見張り番が終わってからにするさ」
「はんっ、仲のおよろしいことで」
小馬鹿にしたように毒づいたアジュは、続いてあたしにも誘いをかけてきた。
「あんたはどうだ?」
「あ、わたしは……」
「チーロは仮登録だろ? 無駄なことしたくなけりゃ、つき合う必要はないぜ」
「ちっ、なんだ点数稼ぎの野郎か」
《咎人》に苦しみを与える――言い換えれば暴行したり虐待したりすることで、《討伐者》には何らかの点数が入る仕組みがあるらしい。仮登録で点数が無駄になるから手を出さないのだと受け取られてしまったようだ。
趣味で乱暴するのも下衆ならば、点数を稼ぐのが目的で暴力を振るうのも下衆だ。どっちがましな下衆か、比べる気も起きない。そう感じるのは、あたしの内面が女だからなんだろうか? 男だってまともな神経している人なら、こんな下衆なこと歓ぶはずがないよね、と言いたいけれど……どうなんだろうか?
もしあたしが元々、男だったら。あるいは元の世界の誰か男性が――兄や茂樹とか、あるいは元の会社の同僚とか上司がこの世界に来ていたら、こういうときに拒否するだろうか?
元の世界でだったら「女連れ込んだから、まわしていいぞ」って言われたからって、ほいほいと従うようなことはないはずだ。その程度の良識はある人たちだと信じてるし、信じたい。でもそれってもしかしたら、犯罪だからやらない、ってだけが理由だったりするんだろうか?
この世界では《咎人》すなわち女性を痛めつけるのは、ごく当たり前の行動と認識されているようだ。バレなければオッケーどころじゃなくて、法的にも問題なしだし、倫理的にも問題ないどころか賞賛される行いなのだ。そんな世界で「お前もやれば」と誘われて、いったいどれだけの男が拒絶するんだろうか?
すべての男が野獣だったり下衆だったりするわけじゃない、それは認める。でもすべての男が紳士であったり、己を律する強い心を持っているわけじゃないのも、また事実なんじゃないの? 欲求不満を解消できてなおかつ褒められるんなら、元の世界の倫理観はひとまず棚上げして、やってみようかなって考える男だっていると思うんだけど……。どうだろう……?
そんな悶々とした――っていうとちょっと違うけど――眠れない時間を過ごすうちに、見張りの交替の時間になったようだった。
「どうする?」
低く囁き合う声がする。寝ている人間に一応は気を遣っているらしい。
「俺はとりあえず仮眠してからだな」
言うなりごそごそと音を立てていたのはドジェだろう。あたしの足下のあたりに、ごろりと横になる気配が感じられた。
まだ動いている気配は二人。たぶんだけど臨時雇いの二人だろう。ドジェの気遣いが無駄になりそうなくらい、無神経に歩きまわっては奴隷の女の子の品定めをしている様子だ。
「こいつか?」
「みたいだな。あと適当にもうひとり連れてくか」
相談しあう声は次第に遠ざかり、馬車に乗り込むのが聞こえた。
ごそごそとドジェが身動ぎする。小さくなった焚き火から影がこちらに伸びてくる。
「あいつら、誰を連れてった?」
「誰って……」
あたしも起き上がって、さっき二人がうごめいていたあたりを見回した。
薄暗くて、人がいるかいないかはわかっても、それが誰かを判別するのは難しい。たしかあの端っこのあたりにはソネミがいたはず。トウモロコシの毛束みたいな黄色い髪の毛が……居ない。
「もしかしてソネミ?」
「ちっ、やっぱりそうか」
舌打ちとともにドジェが立ち上がり、見張りを交替したばかりのゼナンとアジュのほうに向かって「おい!」と低い声で呼びかける。
「しっ!」
見張りの二人から返ってきたのは鋭く注意を促す合図だった。耳を澄まして馬車の軋む音や喘ぎ声を聞けってこと? と思ったら違った。
「……囲まれてるみたいだ」
「何?!」
ドジェは奴隷たちの間を縫うようにして見張りの二人のそばへと這っていった。あたしも……やるべき? 匍匐前進、意外と難しいんですけど……。っていうか……行ってもあたしじゃ足手纏いにしかならないよね、きっと?
仮眠していたミルガも、テルンさんも気がついたようだ。見張りたちのいる雑木林の方向に目を凝らしている。奴隷たちも気がつき始めたようで、もぞもぞと向きを変えたり起き上がろうとしている。
「誰だ!!」
振り返ってあたしらが目覚めて身構えているのを確認したアジュが、立ち上がり大声で林の中に向かって怒鳴った。
「「「ワァーッ!!」」」
応じるように林の中から声が上がり、黒い影がいくつも馬車を止めた空き地へと雪崩れ込んできた。一、二、三……全部で六つの影?
ゼナンとアジュが剣を抜いて迎え撃つ。ドジェが続く。ミルガが焚き火を飛び越え、駆け寄る。テルンさんが奴隷の女の子に下がるように指示しながら、すらりと剣を抜き放つ……あ、カッコいいかも。
あたしは……脇に置いていた短剣を手に取った。抜きはしない。だって下手に振り回したら、味方を斬っちゃいそうだから……。「うわぁ」と我ながら情けないヘタレ声をあげながら、鞘ごと短剣を振り回し、焚き火を避けて前に進む。
「こっちだ!」
敵が叫んでいる。ラッキーなのか、あたしが避けたのと反対のほうへと三人ほどがまとまって走り抜けようとしている。
「馬車を守れ!」
ゼナンの声だ。ミルガがテルンさんの小さい馬車へと駆け寄る。大きいほうは奴隷を乗せる専用だから、貴重品はテルンさんの馬車のほうが多いはず。正しい判断だ。
ところが敵の目標は、テルンさんの馬車を素通りして大きい荷馬車だった。
「そっちに向かったぞ!」とドジェが荷馬車の中に向かって怒鳴る。
「お前も、応戦しろ!」とあたしはアジュに怒鳴られた。
ぼさっと見ていたら駄目だよね……あたしだって、一応は護衛って名目で雇われてるんだし。
奴隷たちが野営地の端っこに身を寄せたので空いた場所を通り抜け、荷馬車の乗り降り口へあたしは一直線に向かった――けど、一歩、遅かった。
「大人しくしてもらおうかな」
馬車の縛り口で黄色っぽい髪がはらりと動いた。ソネミだろうか。全身が露わになったと思った途端、ソネミは地面へと蹴り出されていた。
自分の肩口より高い荷台から落とされたのだ。ソネミは「ぐぅ」と妙な声を上げて、その場にうずくまってしまった。可哀想に、服も半分引き裂かれていて、痛々しい。
「大丈夫?!」
「動くな!」
思わず駆け寄ろうとすると、喉元に剣を突きつけられたもっさり苔頭の姿が現れた。後ろからその腕を抱え込んでいる黒っぽい服は盗賊のひとりだ。
何だよ、仮にも護衛でしょうが。簡単に捕まんなよ。まあズボンはずり上げた形跡があるし、盛ってて油断しまくってたんでしょうけど。
「退がれ!」
あたしはソネミの様子を伺いながら、一歩、後退りした。痩せぎすノッポが同じように突き落される。さすがにソネミのように転がりはしなかったが、すぐにその後ろから盗賊のひとりが降りてきて再び動きを封じ込めた。
続いて半裸の女の子が荷台から突き落とされ、落ちたところに脱がされた麻袋のような服が投げつけられた。
そのあとを追うようにして、苔頭の臨時護衛が盗賊に剣を突きつけられたまま降りてくる。
「悪いな……」
苔頭が詫びた。その顔には、ヘラヘラとした笑みが浮かび、全然、悪びれた様子もない。
「お役に立てず、申し訳ないねえ」
痩せぎすの護衛もまた、同じように詫びた。にやついた笑顔は……照れ笑い?
奴隷の二人は突き落とされて身動きできないのに、護衛の二人は大して痛い思いをしていないみたいだ? 運動神経の差なのか、それとも《咎人》とそれ以外に対する扱いの差なのか。それにしても敵に捕まってるのに、二人とも危機感が薄そう……。
「武器を捨ててもらおうか」
護衛を人質に取った盗賊が武装解除を求めた。鞘に収めたままの短剣を握り締めた手に、あたしは思わず目をやった。これも……だよね?
「いえ、捨てる必要はありません」
動くなとか、武器を捨てろとか、そういったやり取りを一切無視して、テルンさんはあたしの間近にまでゆっくりと歩み寄ってくる。
「その二人に人質の価値はありませんよ。彼らは私に金で雇われた護衛です。生命の値段分の報酬は支払っていますから、その生命を守るも捨てるも当人の能力次第。私の知ったことではありません。私と交渉するなら、商品である《咎人》のほうがまだ可能性が高かったのに、惜しいことをしましたね」
「「何を馬鹿な……」」
盗賊と人質の両方の声が重なった。奴隷よりも価値が低いと言われたせいで、護衛の二人も一緒になって怒っているらしい。可哀想に。でも自業自得よね、いろんな意味で。
焚き火の向こう側で争っていたドジェやアジュたちも、いつの間にか残りの盗賊たちを牽制しつつ集まってきていた。
ミルガとゼナンが、さり気なく馬車から落とされた《咎人》二人を盗賊たちの手が届かない場所まで引きずって連れて行った。ちょっと乱暴だけど、引っ張られれば動けるあたり、ソネミたちも多少は回復しているようだ。
「で、どういうつもりなんでしょうか? ユミルさん?」
テルンさんの視線は、黒尽くめの盗賊たちの中央で対峙するように立つ人影に向けられていた。
ユミルという名前らしいその人物は、テルンさんの言葉に応じるように進み出た。自らその覆面を剥ぎ取った顔は、白皙の美青年って感じの整った顔立ちだった。




