歪な二人
「俺の友を傷つけたのは、君なのか?」
青年――エデの問いかけに、否、と答えたのはモルドレッドだった。ギークムントの先遣隊の男は突然現れたこの青年を気味悪がって一言も発しそうに無かった。
なによりモルドレッドは、こちらに振り向いたエデが自国の王の『友』であるらしいということを、その深い青の目の色を見て、すでに確信していた。
「王に傷をつけたのは、東から向かってきている軍勢だ」
「君は?」
「モルドレッド。ハルヴァラを守護する騎士団に属する騎士が一人、モルドレッド・ブライド」
「モルドレッド……そうか、ありがとう」
モルドレッド。
エデが口にすると、その名は途端に親しみを帯びてモルドレッドの鼓膜を打った。初対面のはずなのに、まるでずっと昔から呼ばれていたような気さえするのだ。
エデは早々に先遣隊の男に踵を返し、ランドルフの前に膝をついた。ゆるやかに腕を広げると、ランドルフがそっと一歩踏み出し、ぐったりとエデの腕の中に身を預ける。騎士団がざわめくが、エデは白い布からのぞくむきだしの右腕でランドルフの身体を抱き、左腕はのばして、脇腹に突き刺さる槍に手で触れた。
途端に、槍が空気に溶けるように消える。砕いたわけでも、モルドレッドのように高熱で焼き払うでもなく、まるで水が高い位置から低い位置へ流れ落ちるのが道理のように、槍は春風に攫われて消えた。
「君、」
両手でランドルフを抱き締めるエデが、振り返りもせずにギークムントの先遣隊の男へ語り掛ける。
「もう帰るといい。モルドレッドの言葉によれば、俺の友を傷つけたのは君ではないのだから。そしてきっと、俺の友も、君を恨んではいないだろうから」
槍が消えたランドルフの胴にはぽっかりと穴が開いていて、そこから吹きだそうとした血は春風が運んできた真白の花弁で包まれていく。純白のそれは血に濡れながらも、献身的にランドルフの身体をすっぽりと包んでいく。
エデは腕の中のそんな光景をただ見つめながら、言葉を紡ぐ。
「先んじてここへ来たくらいの君ならば、連れてきた仲間を撤退させる命令もきかせられるだろう」
それとも、と、エデが呟く。
うなじに突き付けられた銃口にさえ眉の一つも動かさず、口調はどこまでも流れる水のように淀みない。銃を突きつけたギークムントの先遣隊の男は、化け物を見るような目で、白い布に包まれた細い背中を睨みつけていた。
その男の首に、モルドレッドの剣先が紙一枚ぶんあけて突き付けられた。
「銃を下ろせ」
それでもしばらくの間、男は銃口を下げずにいたが、やがて先遣隊の別の兵士が男の肩に手を置くと、苦虫をかみつぶした顔で銃を下ろし、馬に乗って東へ駆けて行った。
剣をおさめたモルドレッドが視線を向けると、エデは大きな獅子であるランドルフの身体を軽々と持ち上げて、城のほうへ歩き出していた。勝手知ったるといったような足取りでさっさと歩いていくので、誰もがそれをぽかんとして見送るほかはない。ただ不思議なことには、ランドルフを抱えて歩くエデが城の入り口の前に立ったとき、魔法石で作られた石の門番が無言のうちに扉を開けたことである。
城自体が白亜の鉱石で出来ているからか、中庭にあたる城の中央部は陽光を反射して眩しいほどに明るい場所だ。
今は、ハルヴァラの一帯を粗く覆うような木の腕の名残によって、陽光は木漏れ日のようになって降り注いでいる。その中庭一面に広がる柔らかな芝生の上に、エデが腰を下ろし、その膝に頭を預けるようにして白銀の毛の獅子が身を横たえている。
「驚いたね」
そう言ったのはカリオステラで、隣に立つモルドレッド同様、二人は中庭を臨む城の廊下の柱の陰から、二人の様子を見ていた。モルドレッドが目で聞き返すと、カリオステラは肩を浮かせて、実はね、と言う。
「モルドレッド、お前が部屋を出て行った後、くれぐれもギークムントと刃を交えることはないようにと厳命されていたんだ。正式な宣告も無し、仕掛けられたとはいえ、民になにを知らせることもなく戦うことは許されないと。無論、私は危険だから確約は難しいと言ったんだが、王は、いざというときには助けが来る、と言って聞かなくてね」
カリオステラの言葉尻に、別の音が重なった。見れば、中庭でランドルフに膝を貸すエデの口がかすかに動いていた。会話をしているのかとも思ったが、ランドルフの目は未だ閉じられたまま、口も閉じられたままだった。耳を澄ませば、すこし低く掠れた声でなにかを諳んじている。歌というには抑揚が無く、詩というには韻が無く、独り言にしては真摯が過ぎる。
――天上にまします我が父よ、四大偉神よ。
――このものは悲しみを憎むもの、幸福を願うもの。
――常世全ての平穏を願い、志すもの。
――彼を傷つける影を照らしたまえ、刃を砕きたまえ、血を漱ぎたまえ。
――また幾星霜の星が巡るがごとく、彼の血潮を巡らせたまえ。
ランドルフの胴、花弁で包まれた傷口に当てていたエデの手が離れると、はらりと散った花弁の下、血で汚れた毛はすっかり銀の輝きを取り戻し、傷跡の痕跡さえ残ってはいなかった。
転寝から覚めるようにランドルフがゆっくりと目を開いたのを見て、カリオステラとモルドレッドが二人の傍に歩み寄った。ランドルフがしっかりと四本足で立ち上がると、エデも腰を上げ、まるで気軽なように膝についた芝を払う。ランドルフもぶるりと身を震わせ、同じように芝を振るい落とした。
「お加減はどうです、王……父上」
カリオステラの問いかけにランドルフが深く頷くと、カリオステラは次にエデに向かって丁重に腰を折った。モルドレッドも一歩後ろで目を伏せ、俯くように頭を下げる。
「貴方にも感謝を、エデ。我が父の傷を癒したことは勿論、貴方のおかげでギークムントの兵をあれだけ穏便に帰すことができた」
エデは謙遜でもなんでもなく、真正直な顔で首を横に振った。
「俺は、なにもお礼をされるようなことはしていない。友を助けるのは、友として当然のことだ」
ランドルフがエデを見上げ、そしてカリオステラとモルドレッドに向き直った。
「二人共、こうして会うのは初めてのことだろう。彼はエデ。私の古くからの友だ。先の大戦でも、その後私が王となるまで、長い時間を共に過ごし、多くの場面で私を支えてくれた恩人でもある」
ランドルフの言葉にエデは眉を下げて、とことん弱ったように苦笑する。それほど大したものじゃない、と辛うじて声には出したものの、ランドルフがそんなことはないと間髪入れずに否定してしまう。
カリオステラが、かすかに目を細める。
「先の大戦でも、ということは……」
皆まで言わずとも、カリオステラの言わんとするところを察するのは容易だった。
先の大戦というのは、今から二十年ほど前に起きた大規模な戦争のことである。モルドレッドはおろか、カリオステラでさえ、今は亡き母の腹の中にいた時の話だ。ハルヴァラの王はランドルフの父であり、このときハルヴァラ騎士団団長であったランドルフは騎士団を率いて戦争に参じた。戦いは苛烈と混沌を極め、ときとして凄絶を超えるものもあった。そしてそのなかで、ランドルフは多くの勝利を治め、争いを治めたという武勇がある。
しかし一方で、その輝かしい武勇に暗い影を落とす事件が起こったのもこのときである。
ランドルフが今の獅子の様に姿を変わったのは、この大戦を境にして、このあとのことであった。そのため、多く理由を語らずにいるランドルフの代わりに、騎士団や民は、どこぞの国の呪術にかかっただとか、最後まで戦場に立ち続けて『神の涙』を浴びすぎたせいだとまことしやかに囁いた。それでも、王位をランドルフに譲ると言った先代の王と、それに異を唱えることをしなかった民の総意があって、獅子と姿を変えてなお、ランドルフはハルヴァラを治める王になった。
「エデは私と共に、大戦の終結にむけて惜しみなく尽力してくれた。そのときに深手を負い、今日まで、エルドラスの森で眠りについていた。私も、まさか本当に目を覚ますとは……」
「心外だな、友よ。俺はあのときも君の為に戦った。それは今も変わらない。君は俺に多く支えられたと言うが、俺だって、俺のほうがずっと、君に救われた。そんな君の危機に駆けつけず、なにが友か」
そこまで言うと、エデはかすかに表情を曇らせた。
「……また、戦いが起きるのだろうか」
ランドルフが口を閉ざし、かすかに瞼を伏せたため、モルドレッドが言葉を引き継ぐ。
「ギークムントの国は現国王ダレイモスに代替わりして以来、勢力拡大をもくろみ、実際問題、今日まで多くの小国を支配下に置いている。戦いは常に、何処にでも存在する。我々は、その火種から国を守ってきた。それが今日になって……、ダレイモスがついに焦れたか」
「しかし、何故今日まで合併を頑なに断り続けるハルヴァラへ強硬出兵したのかは謎が残るね」
カリオステラの言葉にモルドレッドも頷く。
ギークムントの勢力拡大の姿勢は今に始まったことではないが、それに対するハルヴァラの断固拒否の姿勢もまた今に始まったことではない。最近は交渉の便りもほとんどなく、ギークムントは他諸国の合併に力を注ぎ、支配地区の増大に勤しんでいたはずだ。それなのに、何故今日になって兵を送るなどという拙速な手に出たのか。
ハルヴァラを落とせるだけの力を蓄えたという示唆か。
それとも、真っ先にハルヴァラを落とさねばならない合理的理由があるのか。
「エデ」
唸るように友の名を呼んだのはランドルフだった。
顔色をかすかに雲らせていた名の主は、友の呼びかけに青い瞳をひらいて首を傾けた。頬に木漏れ日が差す。
「エデ、君の父君が、人の悪事に嘆き悲しんだときの気持ちが、今の私にはすこし、理解できる気がする」
「ランドルフ?」
「私は無知だ。守りに徹し、自国さえ守れるならばと、無用な血は流すまいとして、いつしか臆病になっていたのやもしれん」
ランドルフの独白のような呟きに、カリオステラとモルドレッドは無言のうちに驚愕していた。
あの父が。獣に姿を変えられてなお、志を曲げず、安寧を願い、民を分け隔てなく愛し続けた王が、その自信の在り様を疑い、あるいは懺悔でもしよう言葉を漏らしたのだ。しかも、その声はどこまでも静かで、いっそ自嘲的でさえあった。
エデにも当然それは伝わったらしく、しかし彼は驚くことはなく、ただ微笑んだ。
「臆病で結構。臆病であることと、勇敢でないことは必ずしも同時に現れる現象ではないよ、ランドルフ。君は勇敢なこの国の王だ。ゆえに人々は君を王だと信じ、敬愛もしよう。この国の平和は、危機をまっとうに恐れる君の臆病さがもたらし、そして、それを乗り越えてなお勇敢である君の生んだ宝だ」
そこですこしばかり言い澱んだのを、モルドレッドだけは見逃さなかった。
「俺は知っている。そう、君はいつだって、勇敢だったじゃないか」
夜も更けると、ハルヴァラの城下にある町からは賑わいが消え、代わりに、家々に灯された明かりがぽつぽつと浮かび上がり、まるで蛍の群れが漂っているようなあたたかな光が地上に満ちた。
城の中では、メイド長(彼女もエデのことを知っていた)が腕によりをかけて作った料理がテーブルの端から端までにずらりと並ぶ。ランドルフは姿を獅子に変えられて以降、水と祝杯の盃しか口にしないので、実質的にカリオステラとモルドレッド、そしてエデの三人分となるのだが、それにしたってテーブルに並んだ料理は度を超えて大量だった。食べきれないと早々に踏んだものは籠に包み、明日にでも教会に届けることにして、騎士団員や近衛兵にも配ったりして、そんなふうにどうにかこうにかさばいたあとも、食事をとる部屋の中央に鎮座する縦長のテーブルの半分以上がまだ湯気を上げる料理を乗せた皿で埋まっている。本来なら中央には蝋燭立てや、飾りの果物が乗っているのだが、今日はそれさえも退かされていた。
いくら成人年齢で、男で、体を動かす騎士という職についていたとしても、モルドレッドは早々にこの場での完食は諦め、保存のきかないような生ものを選んで平らげた。カリオステラはにこにこと笑みを絶やさずに右から順に料理を口の中へ消してしまう。エデはメイド長の機嫌を損ねない分はしっかり食べ終え、今はバルコニーでランドルフと夜風に当たっている。
あとの食事は兄に任せればいいだろうとモルドレッドが区切りをつけたところで、メイドの一人がさっとそばに寄り、王がお呼びです、とだけ告げてまた下がった。
部屋に面しているバルコニーに出ると、探していた姿はすぐに見つかった。部屋の中からガラス窓ごしに漏れる光を避けた端のほうに、ランドルフとエデが城下のほうを揃って見ている。そうして並び立っていると、なるほどこの二人は長い時を共に過ごしたのだと、否応なしに納得させられるような様だった。
ランドルフがモルドレッドに気付くと、此処へ、と口もとを動かした。声までは拾いきれなかったが、モルドレッドは迷うことなく歩く。エデがさりげなく席をはずそうとしたが、それもまたランドルフによって留められた。
「モルドレッド」
「はい」
「国の外へ出る気はないか」
あまりに唐突な問いかけに、モルドレッドは一瞬面食らった。が、すぐに顔を引き締めて、否、と答えた。
「王よ、ギークムントのことがあったばかりだというのに、今此処で私が国を離れることはできません。私はハルヴァラ騎士団の副団長でもある。兄上と共に、この国を守る義務がある」
そこまで言って、モルドレッドはエデの顔を見ると、ハッとしたように口を噤んだ。
ランドルフは城下に視線を送ったまま、続ける。
「無論、心配事もあるだろう。しかし今日痛感したのは、現在の世界が、私がかつてこの目で見、耳で聞き、肌で感じたものとはまるで違うということだ。変わっているのだ。国という礎を築き、私には守らねばならないものがある。しかしそれと同時に、世界を知る必要がある。特に、未来を生きるものは、それを知らねばならない」
「ならば、それこそ次期国王の兄上に行かせるべきでしょう。何故私が、」
「カリオステラも、お前を行かせるべきだと同意した」
モルドレッドが言葉を失う。今朝がた騒ぎがあったばかりだと言うのに、何故よりにもよってこのタイミングで外に出ろと言われるのかが腑に落ちなかった。遊学と言えば聞こえはいいだろう。けれどモルドレッドには、これまで政にランドルフと務めるカリオステラの補佐として、また一人の騎士としても、騎士団とともに国を守るという使命があった。裏を返せば、そればかりに努めてきたのだ。
それを、何故このタイミングで取り上げられなければならないのか。
友の助けが来たからか。
今や、モルドレッドはもう不要だとでもいいたいのか。
「友よ、」
黙り込んだモルドレッドの前で、ランドルフが傍らのエデに語り掛けた。
他ならぬ君に頼みがある、とランドルフが言えば、エデはまだなにを言われるでもないのに、すぐに頷いた。友の頼みならば断わらない、と言わんばかりの仕草に、ランドルフがひとつ息をついて、厳粛な声で告げる。
「我が息子、モルドレッドと共に、世界を見てきてはくれないか」
「父上!」
モルドレッドが静かに、しかし隠しきれない怒号をこめて声を発した。畏れながら、と辛うじて付け加えると、あとは頭で考えるよりも先に舌が回る。
「父上、貴方ほどの王なら分かっているはず。今こそハルヴァラは守りを固めるべきです。愛する民の為、そして民が信じる神への信仰は、何人たりにも侵されるようなことがあってはならない!」
モルドレッドは右手で鎧の上から心臓をおさえ、左腕を城下へと伸ばす。そこにはほのかな橙色の光が灯る家々があり、民の生活の息吹がたしかに根付いている。国を巡る水路は絶えず山水を流し、風は木々を揺らす。つむじ風に舞う葉を追いかけて遊ぶ子供たちは、今頃ぐっすりと眠りについているはずだ。
それこそ、モルドレッドの存在意義。
自らの生まれた意味は、国を守ることにのみあると。
「弱きを助け、強きをくじく。守らねばならぬ民を置いて、私になにを学べと言う!」
モルドレッドの叫びに、ランドルフはただその顔をじっと見つめていた。やがて、一度、ゆっくりと瞬きを一つ。
「……全てだ」
なに、とモルドレッドが呟く。
「全てだ、モルドレッド。生まれてからずっと、お前はこの国の為に生きてきた。剣技を磨き、志を抱き、民を愛して、仲間を信じ、敵を憎む。お前はそれだけの中で生きてきた。父として私の責でもある」
ランドルフはモルドレッドを真正面から見上げる。
「モルドレッド、お前の愛国心はこのハルヴァラ王がしかと受けとった。そして約束しよう。お前の留守の間、国は私とカリオステラが守る。お前は、未来の為に、自らを高めるがいい」
モルドレッドが黙った。そして傍らの友へ、ランドルフが振り向く。
エデはただ、もう一度、深く頷く。
「他ならぬ友よ、君の願いだ、全力で叶えよう」
ランドルフがそれに短く謝辞を述べ、前脚を折って深く頭を垂れる。それが済むと、未だ黙り込んだままのモルドレッドを一度見やり、しずかにバルコニーから出て行った。
モルドレッドはじっと自分のつまさきを睨みつけた。首元から足のつま先まで鎧で覆われている。初めてそでを通した時は堅苦しく、重く、ただ動くだけでさえ厄介なほどだった。それも今では、紙ほどの重さも感じない。幾度となく敵を退け、国の防衛に努めるうち、重さを忘れたのだ。それほどに、モルドレッドのこれまでの日々は使命に満ちていた。
それが今、揺らいでいる。
エデは何も言わず、ただモルドレッドの近くにたたずんでいた。それこそ、まるで彼がさっきまでランドルフにしていたように。モルドレッドはバルコニーの床に移るエデの影、白い布が揺れるさまを眺めながら、ぽろりと、何故、と零した。
「……友の考えを、私がすべて理解しているとは言えないが。ただ俺が思うに、モルドレッド、ランドルフは君を大事に思っている。君が、その身さえ、護国に捧げる剣にしてしまう前に、君が人として生きる意味を、知って欲しいのだと思う」
モルドレッドはエデの顔を見た。薄暗がりの中でも爛々と光る青い目はモルドレッドを真っすぐに見据えている。しかしその目は、昼間見た時のような凪いだものではなくて、かすかに波打っていた。彼もまた、不安がないわけではないだろうと、今更ながらモルドレッドは知る。それでもなお彼がランドルフの申し出に間髪入れずに了承したのは、ひとえに、ランドルフが彼の友であるからなのだろう。
モルドレッドはそこで、唐突に、目の前の彼にあれだけ怯えた顔を見せた、昼間のギークムントの先遣隊の男の気持ちを理解した。
人畜無害そうな微笑みを浮かべているこの青年が、ひどく歪な存在に見える。
友の為なら、とまるで聖母のように微笑んで頷くその様が、まるで当然のように似合うことに恐ろしさを感じた。
そして、モルドレッドもまた、護国の為にのみ生きてきたのだ、それはきっと、今思えば、不気味だったかもしれない。
騎士団団長であり、次期国王のカリオステラは多くの兵士と交流があり、民と触れ合う。モルドレッドは、民を愛すると伸ばしたその手で、剣以外のものは握らない。兵士に指示を出す前に、自らが前に出る。盾としても、矛としても。
モルドレッドはエデを正面から見返し、手を差し出した。
「……モルドレッド・ブライドだ」
「あぁ、知っているとも。俺の、新しい友だ」
握り返された手は男らしく、しっかりと節があり、しかし手甲に覆われたモルドレッドフ比べれば薄い。
エデは繋いだ手からすべて察したのか、それ以上は何も言わなかった。