第六話余談「定義」
おまえらの言う『神』ってなんだよ。
「なあ、犬。おまえや神主さんはけっこう気軽に『神』って言葉を使うけどさ。神様って何だ?本物?」
全く違う、と犬は失笑顔。
「俺たちの言う『神様』というのは、つまり上位存在のことだ。心理的宗教的なもののことではない。霊長類を起点としたとき、その魂を純粋化すると霊体になる。それの上位種が精霊。ヒトの肉体の上位種が神。他に形容する言葉がパッと出てこないから便宜的にそう呼んでる。道祖神や土地神、産土神。それにあの羅刹だって、自分自身をそういう意味での『神様』だと思ったことはないだろうよ」
「じゃあ人間が言う神様ってなんだよ」
「そいつの良心のことだろう。道徳観とか倫理観……世界観といってもいい」
世界観?
「生きる中で培った常識。世界の見方。それは第三者的な自己になる」
そしてそれはときに。
想像上の誰か。
想定上の人。
形而上のおまえ。
そんなものとして、頭に浮かぶ。
「そいつの生涯を一瞬も目を離さずに観測し続けるのは、そいつ自身だ。これをヒトは神様と呼ぶ。そしてそいつが悪行を為したあと、何かそいつにとって不利益になる事象が起きると『天罰』と解釈するわけだ。この天罰というのはそいつの勝手な解釈で成り立つから、正直なんでもいい」
つまずいた石。
ぶつかった棒。
近所は被害に遭っていないのに、自宅にだけ入ったコソ泥。
究極、単なる『勘違い』であっても。
「これを転じてこの国では『八百万の神』としたわけだ。天罰は万物を介するから、神様もまた万物に宿るという考え方だな」
島国で物が少なかったから、限りある物資を尊んだ、という理由もあるだろう。
別に一筋縄ではない。
「逆に自分を観測し続ける自己のみを切り取って、それを神様と定義した結果が西洋的な考え方だ。あくまでも自分を見守る自己を神様として、ゆえに神様を唯一無二とする」
『自身の神様』を共有はできないが、『自身が神様』という考えは共有できる。
「そしてそれが宗教になっていく。考え方を共有化して、それぞれの常識を一本化し、価値観を強固にする。価値観が固まれば経済にも結びつく。だから宗教を統一すればその国は繁栄する。ま、肥えるのは上流階級の豚だけだが。逆に異教徒は価値観が通用しないから排除しようとする。上流階級にとって邪魔だしな」
なんか虚しい話になってきた。
「おまえの言うことを全面的に肯定するなら、つまり宗教は利己主義者のものになるよな」
「最終的に利用されてるというだけだ。今は神様の話だろう」
話をもどそう。
「この国はすっかり無宗教になったが、それで繁栄した部分もあるし、逆に脆くなった部分もある。宗教がないということはしがらみがないということだから、あらゆる行動が肯定される可能性を持つ。都合がいいことにこの国は単一民族国家だから、宗教に頼らずともあるていど価値観の共有化ができてる。経済を回す分には支障がない」
そして脆くなる。
「ヒトの生涯に何度か起きる『絶望』。それの対処が下手になる」
絶望。
大切な者が死ぬ。
取り返しのつかない失敗を犯す。
全力で試行錯誤を繰り返しても成功しない。
「宗教は神様の存在や定義を強固にする。ヒトがつながるからだ。集合知というやつだな。多角的に神様の存在をつくり上げる。ゆえに死角が少ない。あらゆる事態に対してあらゆる教えがある。逆に無宗教は脆い。神様を自分一人で形成するしかないからだ」
価値観は外からの情報を処理しながら形成するが、価値観イコール神様じゃない。
自分の価値観が、神様を生む。
「ヒトが一人で作った、しかも頭の中だけの産物など薄っぺらいものだ。想像を超える事象に出くわしたとき、容易く破れる」
それは。
実感を持って、わかる。
「そしてそれが崩壊し切ってしまうか、再生して強固になるかはそいつの周囲次第だな。これは友好関係に恵まれなければどうしようもない」
周囲と相談して、回復に努める。
「恵まれてなければ?」
「精神だって自然治癒するから、崩壊しっ放しということはないだろう。しかし強固に生まれ変わることができなければ、今度はより小さな障害で壊れる。結果として、情緒が安定しなくなる」
……うわぁ。
「……対処法は?」
「手っ取り早いものはない。周囲に頼れないやつは経験を積んで見聞を広め、自分で自分を成長させるだけだ」
成長って。そんな、曖昧な言葉でまとめられてもなぁ。
「『論理の力ではどうにもならないことがあると悟れ』ということ。『諦めろ』と大して意味は変わらんがな」
諦めろ、ね。
「要するに、宗教には宗教の、無宗教には無宗教の短所があるわけだ。どちらを選ぶかはそいつ次第。俺やおまえの関知するところではない」
犬は適当に話を打ち切って、あくびを一つしたかと思うと顔を伏せた。十秒と経たずに寝息が聞こえてくる。




