第六話「羅刹」(抜粋)
羅刹と戦う夜行。
鬼の怪力に押されながらも、霊剣のおかげで接戦に持ち込めていた。
しかし羅刹が奥の手七支刀を出してきて、あっさりと押し負ける。
空気障壁。
空気を圧縮して衝撃を緩和させる、霊剣独自の防御法。それが、羅刹の剣からぼくを守る。けれど、羅刹は大気を揺るがすほどの膂力を持つ。
「……っ!」
結果。
障壁は押し負ける。刃は斬撃にはならずとも強力な打撃には至り、ぼくの腹部に炸裂した。
「――――、」
声さえ出ない刹那の衝撃。そんなものにぼくの筋力が勝てるはずもない。
刀が。
手から。
離れ――……
「ッァ……!」
視界が飛んだ。上下左右という感覚が消失。自分がどうなっているか意識が喪失。ブラックアウト。フラッシュ。視界明滅。眩む。衝撃。音。弾という音。ぶつかった。壁。違う。地面。天井?いや地面。地面だ。突っ伏している。倒れている。どうした。どうなった。何があった。じわりと染み出す熱。痛覚。よじれる。腹がよじれ、
「ッハ……ぁ……!」
意識が飛びかける。霊剣を手放したことにより、障壁が途中でなくなったのだ。それでもぼくの体重が軽かったことは幸いした。踏ん張りもしなかったから、ボールのように吹っ飛んだのだ。恐らく社の壁か何かに激突して止まったらしい。危うい視界で状況を認識しようとするが、少なくとも霊剣は側に落ちていなかった。まずい。トドメを刺される。
マンガじゃないのだから。
これは現実だ。
相手は勝ち誇ったりしない。悠然と歩み寄ったりしない。
全速力で。
羅刹が突進してくる。
まずい。まずい。まずい。本当に死ぬ。恐怖かダメージによるものか、身体がガタガタと痙攣する。身体が動かせない。痙攣するだけだ。腕も。手も。指も。瞬きを何度もする。『火事場の馬鹿力』なんて、こんな状況では起こらないのだと知る。
勝てない。
今際の際、考えていたのはそんなことだった。
鬼神の膂力。
徒手空拳の状態で互角だったのに、それに武器が加われば太刀打ちできるはずもない。まさに鬼に金棒……いや、金棒なんてチャチなものじゃない。
神剣・七支刀である。
なんだよ、こんなぎりぎりで奥の手出してきやがってさ。
「……ぁ」
声は、笑いにならなかった。
それでも笑う。
「ハ、ぁ……ぁ」
チクショウ。
超カッコイイよ。
田舎町の神社にある宝刀なんかで、勝てるわけがない。
ここで死ぬ。
全てがゆっくりと動いていた。
羅刹の足音がエコー。
気配で距離がわかる。
極限状態で研ぎ澄まされた知覚は、武道家みたいだ。
視界から色が失せる。
ここで死ぬ。
ただの人間が鬼に勝てるわけがないのだから。
当たり前だ。
死ぬ。
死。
「――――」
……でも、あいつなら。
あの犬なら、勝てたのだろうか。
魑魅魍魎を喰い荒らし、穢れた霊山をも浄化してのけた、あの獣なら。
ぼくなんかに取り憑いた、へんてこな幽霊。
守護霊、見習い。
守護。
取り憑く。
唐突に重みが来た。それは敵からの攻撃ではない。
手のひらに収まる、重み。
手にシックリと来る、安心感さえある重みだ。
柄。
霊剣の柄だ。
「……ぅして……?」
疑問を膨らませるヒマもない。
宙空が揺らめく。
白い靄のようなものが。
見える。
暖かい。というか、少し熱い。
直接的な熱が、顔を炙る。
熱い。これは靄じゃない。なんだろう。
まるで蜃気楼。
揺らめき。
熱。
そこから連想されるのは、たった一つだ。
火。
それも小さな灯火とは違う。
炎。
そうだ、この熱は、炎のそれだ。
あまりに近くで燃えているから、よくわからなかったが。
わかれば、もう、それにしか思えない。
炎。
白い、炎。
霊剣の刀身が発火している。
轟々と音を立てて。
湧き水のように、燃え盛る。
刀身を超えて。
ぼくの身体が、燃え上がる。
「!」
驚きはぼくと羅刹の両方。
羅刹は炎に炙られ、突進を中断する。バックステップで距離を取っているが、動きが鈍い。炎に足を掠めたらしい。
そうわかるのは、羅刹の右足は見るも無残なほどに爛れていたからだ。
ぼくはといえば、身体が再び動き出していた。
身体が炎に包まれ、燃えれば燃えるほど、痛みが消えていく。
見れば、痛みどころか傷も癒えている。
羅刹を焼き、ぼくを癒す、白い炎。
「犬……?」
応じるように、火勢が増した。




