額にkiss
「来月、結婚することになったの」
とてもとても綺麗な笑顔。
それは私が昔から愛してやまない笑顔だった。
学生時代肩までだった黒髪は、いつの間にか柔らかい栗色になり胸元まで伸ばされていた。
幼く無邪気だった彼女は数年でこんなにも美しく育ったのだ。
ねぇ、幸せ?なんて聞くのは野暮。
幸せに決まっている。
そうじゃないと彼女はこんな風に笑えないのだから。
それは、誰よりも近くで誰よりも長く彼女と一緒だった私だからわかること。
学生時代に出会った先輩に彼女は恋をした。
今までずっと恋人は本だった本の虫であった彼女。
眼鏡の奥の綺麗な瞳をキラキラと輝かせて、先輩を愛した彼女。
まさかあのまま結婚まで行ってしまうなんて。
彼女にこんな笑顔を指せるのが彼だなんて。
文学少女と音楽少年の二人を私は見てきた。
本が大好きな彼女はピアノを弾き続ける彼に恋をした。
彼の出す音に心を奪われた、と熱弁している時の彼女は大好きな著者の本を読んでいる時の目をしていた。
確かに、彼のピアノは素晴らしくそのまま音大に入り留学も進められていたレベル。
彼の卒業式に告白をした彼女は、見事良い答えを貰い付き合った。
それから一年後に私達が卒業。
彼女は文系の大学に進み物語を書いていた。
それから直ぐに彼が留学。
一年は帰って来れないので別れるかとも思ったのだが、そんなことはなく彼女はずっと彼を想い待っていた。
良かったね、こんな一途な子に想われて。
嫌味を混ぜて私が帰国した彼に言うと、彼は笑顔を見せて「当たり前だろう」と自信満々に答えた。
そしてそれからさらに数年後、二人は見事にゴールインした訳だ。
「おめでとう」
私がそう言えば彼女は更に笑みを深める。
「俺等を祝福する前に、自分の相手でも見つけたらどうだ?」
同棲中の彼は私が来ているのにも関わらず、席を外すことはせずに一緒になってお茶を啜る。
彼女以外にこの憎まれ口は相変わらずか。
その中でも私に対してはズケズケ言ってくる。
それはきっと私が彼女と親友だから以前の問題で。
私が彼女に抱いている想いに気づいているから。
あぁ、憎らしい。
それでも彼女が選んだ人なんだ。
「本当に、おめでとう」
席を立ち上がり、彼女に顔を寄せて額に口づけを落とす。
驚いたように目を開く彼女だが、すぐに笑顔が戻る。
後ろで文句を言う彼に向かって私は、これが最後だと舌を出した。
さようなら、大好きだった子。
どうか幸せに。