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第一話 二

 天羅が逃げた後、四足の化物は彼が走っていった方向へ顔を向け続けていただけで、追いかける事はしなかった。

 そして、化物はそのまま身を翻すと、肩が裂けた少年の下へゆっくりと近づく。

 化物は死骸まで行くと身体をどんな能力なのか、縮めていき、少年の裂けた部分に自分の身体を押し込んだ。

 まるで、着ぐるみを着るかのようにどんどん少年の中へ入っていき、やがて身体全部が入った。

 少年の死体だったものの指がピクリと反応し、やがて両手をついて立ち始める。

 今まで血だらけだった身体は衣服を汚しているだけで、肩から大きく裂けていた傷口が何故か塞がっていた。


「……」


 少年は無心でじっと自分の手の平を見つめる。

 それから、辺りを無表情で見回し、歩き始めた。

 少年が歩いた方角は、先程天羅が逃走した方角だ。

 だが……


「きゃっ」


 突然、人の声がして少年は、声のした方向へ顔を向ける。

 すると、瓦礫の中に隠れている小さな女の子の姿があった。

 金髪の髪を腰まで流している六~八歳ぐらいの女の子は、髪や衣服が汚れており、小さな身体を更に縮めて震えている。

 少年は、一体この子は誰だろう? というような感じに首を傾げ、彼女に近づく。


「お、おにいちゃん。いったいだれ?」


 少年は少女の言った言葉を聞き、再び首を傾げて、ゆっくりと口を開いた。


「おに……い……ちゃん?」


「……うん」


「だれ?」


「……うん」


「わか……らない」


 少年はそう答えると、自分が喋った事に驚いた表情を見せて、再び不思議そうに首を傾げる。


 何故自分は言葉を使えたのだろう?


 自分は誰なのだろう?


 何で自分はこんなところに居るのだろう?


 少年は改めて意識して考えると、色々分からない事だらけで、唸って頭を抱える。


「……大丈夫?」


 少女は一切淀みの無い澄んだ声で、先程まで怖がっていた少年に心配そうに尋ねた。


「大……丈夫?」


「うん」


「……うん」


 少年は少女の言いたい事が何となく察し、首を縦に振る。


「よ、よかったー。こわいおにいちゃんっておもった…… おにいちゃん、おなまえは?」


 名前……?

 再び、分からない言葉を言われて、少年は首を傾げる。

 

「わからない」


「おなまえがわからないの?」


「うん」


「もしかして、パパがいっていた、きおくそーしつっていうの?」


「わからない」


 少女は少年が本当に何も知らないと分かると、眉根を寄せて、困った表情になった。

 それから少しして、突然元気よく少女は自己紹介をした。


「わたしのおなまえはゆめみありす……です」


「ゆめみ……ありす?」


「うん、わたしのおなまえ。ねぇ、おにいちゃん」


 少年はぼそぼそっと何度も「ゆめみありす」っと呟くと、ありすという少女に自分の事を呼ばれて、じっと彼女を見つめた。


「あのぅ、おにいちゃんにはおなまえがないのよね? じゃあ、わたしがおなまえつけてあげるー! ね、ね、いいでしょ?」


 少年は少女が何故自分に名前を付けるのだろう? っという風に不思議そうなものを見る目で少女を見る。

 でも、何故か分からないが、名前を付けられる事に不快感は感じず、むしろ心地良い感じがした。

 その気持ちがなんなのかは全く分からないが……

 少年は取り敢えずそのことは置いておいて、こくりと頷いた。


「えっと、じゃあおにいちゃんのなまえはナナシおにいちゃんね! おなまえがないからナナシ!」


 こうして、名前が今まで無かった化物の少年にナナシという名前が付く事になった。


「えへへ、よろしくね!」


 ☆


 まだ年端のいかない少女、ゆめみありすによって名付けられた少年ナナシは、少女を連れて(というより、勝手に付いてきた)荒廃した都市を歩いていた。

 ビルに掲げられている錆び付いている大きな看板はすっかり汚れきっており、文字も読めない程傷んでいる。

 ナナシの近くにあるコンビニらしき建物は中が全くもぬけの殻で、散らかりまくっていた。

 地面や他の建物に、植物が生えており、昔は人間が闊歩していた道路を今では鹿や小動物達が元気良く走り回っている。

 人類が文明の発展を望んで環境を破壊していったが、今ではすっかり人類はありすとナナシが最近出会った男以外見かけておらず、環境を破壊する者が居なくなったのが貢献したのか、徐々に人類の文明である昔は煌びやかであったであろう建物等から自然が生まれていた。

 

「わー、みてみてナナシ! しかさんだよー!」


「うん」


「かわいいね!」


「かわいい?」


「うん、とってもかわいいよー!」


 出会った頃はすごく怯えていたありすはすっかりナナシに気を許したのか、一八〇度ぐらい性格が変わり、元気で無邪気な姿を何度もナナシに見せていた。

 ナナシはありすの言葉にその度に問い返したり、頷いて返答をしていた。

 

 今現在、ナナシは自分が見逃した男の方角へ向けて足を進めている。

 目的なんてものは無い。

 ただ、ありすを連れて彷徨っているだけだ。


「ねぇ、ナナシおにいちゃん」


「ん?」


「パパ……どこいっちゃったんだろう。ずっとさがしてたけどどこにもいないの」


「パパ?」

 

「うん、パパ…… どこ?」


 ありすは先程までの元気が良かった姿から再び変わり、今度は泣き出しそうにしている。

 ナナシはころころと表情の変わるありすをじっと見る。

 彼女は涙を流すのを堪え、心配させないよう、ナナシに作り笑いを浮かべた。


「きっとパパもわたしをさがしているよね、きっとそう!」


「うん」


「ナナシもいるからさびしくないし、ゆっくりパパをさがそう!」


 何故か、ありすのパパを探す事になってしまったがナナシは別に何とも思っていなかった。

 ただ、目的がブラブラ歩く事からありすのパパを探す事になっているだけだ。

 ナナシが『探す』」という単語をしっているかどうか分からないが、彼はありすの言葉にこくりと頷いた。


 それから数分間、ありすと二人で歩き続けていると、突然ナナシが動きを止める。

 

「どうしたの?」


 ありすはいきなり歩くのをやめた彼に不思議に思い、尋ねた。

 しかし、ナナシは何も答えない。

 一体どうしたんだろう? っという風にありすは首を傾げたその時。


 大きな破裂音がどこかから響き、ナナシの胸に風穴を開けた。

 

「え……?」


 ありすは自分の顔に弾と一緒に飛び出したナナシの血が少量付着し、驚愕の瞳で彼を見る。

 ナナシは無表情で胸に空いた穴をぼーっと見た。

 そして再び火薬独特の破裂音が何度も響く。

 音が鳴ると同時に、幾つもの穴がナナシの身体に作られていき、その度に彼の身体から血が噴き出した。

 最後の一発が鳴り終わると、もう驚いた鳥の羽ばたき音以外何も音が鳴らなくなり、ナナシはドサッと倒れる。


「……あ」


 ありすはナナシが倒れたと分かった瞬間、顔を真っ青にし、それからしゃがんで揺らし出す。


「ね、ねぇ」


 しかし、いくら揺らしても彼はピクリとも反応しない。

 ありすは真っ青な顔をしながら、ナナシの身体を揺らすのをやめた。

 それから、辺りをキョロキョロ見渡し、自分の身体を隠す為に壊れた車の下へ潜り込んだ。


 少しして。


 複数の足音が聞こえてきて、話し声みたいなものが徐々に近づいてきた。

 

「お、いたぜいたぜ!」


 やってきた人間のグループの内の一人が、目当てであるナナシの方へ駆け寄って歓喜の声をあげる。


「おぉ、こいつはどっかの科学者だったのか! ひひひ、結構良い物を持っていたりしてな」


 男は無用心にナナシの服やら身体を探り始める。ありすはそれを震えながら見ていた。

 何故なら、ありすは知っているのだ。


 ナナシが化物になった時の姿を……


 ありすは天羅と兵隊が昆虫の化物と戦っていたのを、瓦礫の下からこっそり見ていて、ナナシが現れてあら化物になる姿も目に焼き付けていた。

 それゆえに、ありすはすぐさま離れたのだ。

 もしかしたら、あのままあそこに居ればナナシは自分を襲うかもしれないから。


(ナナシ…… もしかしてまた、こわいのになっちゃうの?)


 ありすは青い顔で心配して倒れているナナシを見つめると、彼女が心の中で思った通りの事が起こった。


「ぎゃああああああああ!!!」


 少年だったナナシの身体から、四足の化物が自分の身体をまさぐっていた男の顔に思いっきり飛び出し、男の顔を化物になったナナシは噛み砕いた。

 男の顔が潰れ、血と脳漿、骨片が辺りにぶちまけられる。

 そして、化物になったは頭部の無い男を踏みしめるや、次に死んだ男の仲間達に向かって、駆け出した。

 

「こ、こいつ! どこから湧いてきやがった!?」


「撃て! 撃て!」


 男達は仲間を殺したナナシに素早く銃を構える。しかし、男達が銃を構える速度よりもナナシの接近する方が遥かに早く、彼は鋭利な尻尾を振るって一人の胸に一突き入れる。


「ぎゃふ!?」


 ナナシは男の身体を貫いている尻尾を真横へ払い、男の身体を分断。彼の上半身は転がり落ち、下半身はびくんびくん痙攣しながら血を噴水のように噴出させて腸や肝臓等のどす黒い臓物を地面にぶちまけて倒れた。


「ひい……!」


 仲間の凄惨な死を目の前にし、生き残った男は怯む。

 ナナシは怯んでいる敵の隙を見逃さない。

 彼は男にゼロ距離まで瞬時に走って近づくや、飛んで男の首筋に噛み付く。


「ぐえ!」


 首を捉えたナナシはゆっくり上顎と下顎に力を入れて、男の首を噛みちぎろうとする。


 しかし……


「まって!」


 突然、ありすが車の下からはいずり出て、今にも男を殺そうとしているナナシに近づいた。


「だ、だめだよ…… ころしちゃだめ」


 ありすは今にもこの悪夢で倒れそうな顔をしているが、必死に化物になっているナナシへ殺してはダメだと何度も懇願する。


 だが……


「あっ……」


 ナナシは彼女の頼みに答えず、男の首を噛みちぎる。

 すると、苦悶と絶望の表情を浮かべている生首がありすの足下に転がってきた。


「ひっ……!」


 ありすは恐怖のあまり悲鳴にならない声を上げて、ぺたんっと尻餅を付いて倒れる。

 男を殺したナナシはそんな震えている彼女へゆっくりと近づいた。

 ありすは恐怖の対象が自分へ近づいてきて、首を振りながらずりずりっと後ろへ下がった。


「や、やだぁ……」


 ナナシは彼女が後ろへ下がっても、それでも近づく。


「こ、こないでぇ……」


 ありすは半泣きになり、首をめいいっぱい振る。

 あまりの怖さに目眩が起き、彼女の視界は風景がぐにゃりっと歪んだ。


(わたし、しんじゃうのかな……)


 彼女は泣きながら半ば諦めて、とうとう近くへやってきたナナシを見ないように目を瞑った。


「グルル……」


 ナナシは目を瞑って震えているありすを唸りながら見下ろす。

 そして、鋭い牙が何個も並んでいる口を開き、よだれを垂らしながら精一杯発声した。


「グァルィズスルル……」


「え?」


 ありすは化物になっているナナシが、自分の名前を呼んだ気がして、驚いたように顔を上げて彼を見た。


「……ナナシ?」


 彼女は試しにナナシの名前を呼ぶと、彼は人間の時と同じようにこくりっと頷いた。

 ありすはおずおずとナナシへ質問する。


「わたしを……たべないの?」


 ありすは化物になっている彼はきっと自分も食べるのだろうと思い怖がっていた。しかし、彼はありすだけ襲う気配が無い。

 彼女は疑問に思って口にしてみるも、ナナシは人間の時と同じく、首を傾けただけだった。

 だけど、ありすはナナシがいつものナナシだと分かり、ホッとした。


「よかっ……たぁ」


 ありすは自分が食べられないと分かり、緊張の糸が解けたのだろう。

 彼女の視界は暗転し、そのまま倒れるようにして気絶した。

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