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第三話 三

「よし、もう少しであいつらの側面を突けるわ」


 結月達は何事もなく、敵の死角に回り込む事が出来、現在何個か砂袋が積まれている場所で腰を低くして敵に見つからないように隠れている。

 天羅とナナシが暴れているおかげで相手は二人に釘付けになっているみたいで、結月達が居る事は忘れているみたいだった。

 銃声が未だに鳴り響いており。その激しさを物語っている。

 

「よっしゃ、ボス! 早く仲間の敵を取ろうぜ! さっきからあいつらに向けて引き金を引きたくてウズウズしてるんだ!」


「私もです、折角小豆さん達…… 傭兵さん達と私達軍人が分かり会えて、友達になれたのに…… あんな死に方って……!」


「気持ちは分かるわ、私もハラワタが煮えくり返る程怒っているもの…… だけど、こんな時こそ冷静に……ね?」


 結月はそう言って、復讐に燃える仲間達を優しく諌める。

 それから隣に居るアリスへ中腰の姿勢のまま、話しかけた。

 

「アリスちゃんは危ないからここで待っててね」


「え……? う、うん。わかった」


「大丈夫よ、すぐに戻るから! ……あ、そうだ」


 結月は自分の腰にあるホルスターからピストルを抜くと、それをアリスへ手渡す。

 アリスは突然、重く冷たい鉄の感触のある銃を手渡され、ぎょっとした。


「えっ!?」


「大丈夫大丈夫、安全装置を入れてあるから、使うときはその安全装置を外して敵に狙いを定めて使ってね」


「あ、あの。わたしまったくてっぽうとかつかったことないからわからないよ!」


「ふふふ、今から使えって言ってるのじゃないよ、ただ、アリスちゃんを守るお守りとして渡しただけ。使い方はこの戦いが終わってからゆっくりと話すわ」


 結月は笑顔で答えると、ズボンのポケットから小ぶりのナイフを取り出し、しげしげと呟いた。


「久しぶりだなぁ、ナイフを使うの…… 本来、私は銃よりナイフを使った格闘戦が得意なのよね。相手がデセスポワールだったから火器を使っていただけで」


「へへへ、ボスのナイフ捌きを久しぶりに拝められるぜ」


「私の戦いを戦闘中に眺めていたら頭撃ち抜かれるよ、じゃあ、行きましょう…… って、あれ?」


「どうしました?」


 結月は突然怪訝な表情になり、耳を澄ます。


「…… 聴こえないわ」


 彼女が聴こえないっと言われ、他の面々もその事にハタっと気づいた。

 そう、先程からずっと聴こえていた銃声…… それが、ピッタリと止まっているのだ。

 結月は嫌な予感がし、背筋に冷や汗が流れる。

 

「早く行きましょう」


 彼女はそう言うと、仲間の二人を連れてすぐに駆け出した。


「ま、まって」


 しかし、アリスの制止の声は三人に聞こえておらず、三人はそのまま敵の居る場所へ突撃する。

 アリスはそんな急いで駆けていった結月達に、何故か不安を感じ、このまま彼女達を行かせてはよからぬことが起きるような気がしたのだった。


「すごいわね、ほとんど全滅してる…… そして…… あ、あれは何?」


 結月達の見ている光景。それは、この世の地獄だと言っても過言では無いような凄惨な光景だった。

 辺りに散らばっている元は人であっただろう残骸、虚ろな目で結月達を見る頭部、地面を彩る赤、赤、赤。

 きっとナナシが暴れていたからこんな状況になり、そして、敵は壊滅寸前に追い込まれたのだろう。だから銃声が聞こえなかったのだ。

 だけど、何かがおかしい。

 敵はまだ一人、軍服を着ていた奴らとは雰囲気の違う男が残っている。

 しかも、デセスポワールになっているナナシと、素手で戦っていた。

 ナナシの怒涛の攻撃を、男は人間のなせるような尋常でない速さで回避し、しかも笑っている。


「何だあの男? 取り敢えずあのデセスポワールが苦戦しているようだから援護射撃するぜ」


「天羅が援護をしていないなんて、一体何があったの? ともかく、本当はナイフで戦いたかったけど、あの中に突っ込んだら絶対死ぬね。銃を拾って先にこの男を倒さないと!」


 結月はそう言うと、手近にある死体から拳銃を抜き取ると、それを男に向けて構えて発砲した。

 だが、男はニヤリと笑いながら銃弾を軽々と避ける。

 追撃に新田が突撃銃で撃ちまくるも、その場から跳躍して離れ、弾の雨を回避した。


「……君、そろそろ厄介者が現れた事だし、君とのお遊びはここまでにしておこう」


「逃すとでも?」


「あぁ、逃げ切ってみせるさ、戦っていたから確実に分かっていると思うが私は適合者……それも、私独自で改良した新型だからな」


「新型? もしかして適合者の割に俺と同等かそれ以上の動きをしている身体能力の跳ね上がりがそうか?」


「以外に鋭いな、そうだとも、何せ失敗作のお前を下地にして完成した完璧な肉体変異手術だ。変身しなくても通常の人間より倍以上の身体能力を有し、かつ、変身すればどのデセスポワールにも負ける事が無いであろう、圧倒的な力を持ったデセスポワールに変身出来るからな…… まあ、唯一残念だったのははこの手術を施して成功したのは自分とあいつだけだ。もっと他の人間にもこの能力を与えられるようもっともっと実験をしなけらばなるまい」


「なるほど、それは分かった。だが、何故お前の部下である天羅を殺した?」


 ナナシが疑問に思っていた事を口にした瞬間、会話を聞いていた結月は動きを止めて、呆然とする。


「あ、天羅が…… 死んだ?」


 彼の質問に、司令官と呼ばれていた男は「ふっ」と微かに笑うと、髪をかきあげて答えた。


「彼を殺すのは惜しいと思ったよ、だけど彼はきっと私の非人道的な実験を好ましく思わないだろうからね、邪魔になる前に彼を殺したのさ」


「なんてことを…… よ、よくもおおおおおお!!」


 男の答えに、藍川は激昂し、彼に向けて銃を何度も発砲する。

 彼は銃弾を掻い潜ると、不敵な笑みでパチンっと指を鳴らして何者かに命令した。


「殺れ、健吾」


 彼が言葉を発したその刹那。

 男の隣に右腕が刃になっている男が現れ、藍川に向かって特攻する。

 

「下がれ! 狙いはお前だ!」


 新田は素早く銃を健吾と呼ばれる右腕が変異した適合者に構えて、引き金を引いて弾を連射する。


 だが、健吾は銃弾を全て刃で撃ち落とすと左手のピストルで藍川の頭と右目を撃ち抜き、刃で近くの新田を袈裟斬りした。


「ごぷっ…… くそ…… ったれ…… みんな…… ごめ……」


 藍川が頭から血と脳漿を出しながら倒れると、続いて新田が、ボトボトっと裂かれた腹から内臓と腸を零し、口から血を吐き出して仲間の敵を取れなかった事を懺悔しながら倒れる。

 

「みんな…… みんなを良くも…… う、あああああ!!」


 天羅が死んだと聞かされ、更にとうとう残された二人も一瞬にして死に、結月は自暴自棄になって銃を健吾に向かって乱射する。

 健吾は結月の攻撃を新田と同じく弾くと、逆に彼女の間合いに詰め、反撃した。


「ぐっ!」


 健吾は刃を切り上げ、結月は持ち前の反射神経で何とか身体を逸らして回避する。だが、その時に少し動きが遅れて右腕が切り落とされてしまった。

 彼女の華奢な右腕は血と臓物だらけの地面に転がり、そこでまた新しい血の池を作り出す。

 結月は右腕のあった切り口からドバっと噴水のように血が流れ、痛みで膝を折る。

 彼女が動けなくなり、座り込むと、ゆっくりと健吾は彼女に近づいて首を刎ねようと刃を大きく持ち上げた。


「結月まで死ねばアリスが更に悲しんでしまう、それだけはさせない」

 

 健吾が無表情で刃を振り下ろしたその時、ナナシが左前足のブレードで彼の刃を受け止める。

 そして、ほとんど戦意を喪失してしまっている結月をナナシは優しく口に咥えて身体を持ち上げると、健吾の刃を弾いて隙を作り、素早くその場から退避した。


「おやおや、本当は私が逃げる立場だったんだがな。まあいい、健吾、奴らを追いかけてそのまま殺せ。逃がすなよ」

 

 司令官はそう健吾に命令をすると、背中を向けて振り返る事もなくどこかへと歩いて行った。

 健吾は彼の背中にこくりと頷くと、逃げていったナナシ達を追いかける為、走る。



「ゆづき、だいじょうぶ!? そ、それにみんなは……? ナナシ?」


 ナナシは逃げる途中にアリスを回収すると、まだ崩れていないコンビニエンスストアに立ち寄って、そこで休憩する事にした。

 アリスは当然、傷だらけで重傷になっている結月を見て驚き、そして今まで生きていたみんなが居ない事に恐る恐る彼に聞く。

 彼女自身大方予想出来ていたが、ナナシはその凶悪なエリマキトカゲの傘のようなものを広げている顔を横に振る。

 アリスは彼の答えに、ぺたんっと力なく座り込み、大粒の涙が顔を伝った。


「そんな…… そんな…… あまら、しなないってやくそくしたのに…… うそつき、うそつき……!」


「アリス…… ちゃん、ご…… ごめんなさい…… 私が不甲斐ない…… ばかりに…… みんなを死なせてしまった…… 私、何て馬鹿なんだろ…… 一瞬でも、気を抜いたら駄目なのに…… 冷静にならないといけないって自分でも言っていたのに…… 私、駄目だった……」


 結月は自分に対して怒り、悔し涙を流す。

 ナナシは二人が泣いているのを見て、きっと自分も感情があったら一緒に泣いてあげられただろうし、一緒に共感が出来ただろう思った。

 自分も天羅の時もそうだったが、助けようと思えば、結月の時のように出来た筈だ。だが、あまり自分とアリスには関係が無いと思い、本気を出して助けようとはしなかった。

 アリスは結月を気に入っていた。理性的に考えてそれだけの理由で助けた結果がこれだ。


「失敗したな、アリスが悲しむのなら俺は天羅も助けておけば良かった」


「ふふ、ナナシ、心が無いから淡々としたきつい言い方ね…… いいえ、違うよ…… ナナシは本当はアリスちゃんと二人で一緒に居たかっただけなんだよね…… それなのに無理をしてアリスちゃんのお願いで付いて来ているんだから…… アリスちゃんを関わらせて、親しくなって悲しませてしまった私達が一番悪いよ……」


 彼女はその次に「……だから」っと小さく呟くと、力なく笑う。


「この尻拭いは私が……するから…… 貴方達は逃げて……」


 そう彼女が言ったその瞬間。ガシャンっとガラスが割れ、中に追いかけてきた健吾が入って来た。

 アリスはガラスが割れた瞬間。ビクッと身体が反応し、健吾の居る方へ顔を向く。


 そうして彼女は彼の姿を見た。


 その瞬間。彼女の瞳は大きく見開き、唇を戦慄わななかせながらぽつりと呟く。



 

「……パパ?」




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