【K】 第一話
王の崩御、その王の葬列の時に起きた襲撃。第一王位継承者であったベネディクト・イェル・ルネファーラ王子が命を落とした。要約して語ればそれだけのことだ。
だが、王の突然過ぎる崩御と、時置かずして、例え裏にゲイルハルト王を殺害した事実があったにしても、第一王位継承者が公衆の面前で暗殺されたのだ。襲撃者の大半はその日の内に処刑されたとはいえ、王族の死を目の当たりにした民の不安や恐怖は半端なものではない。
城下の騒ぎとは別に、ベネディクト王子が死んだことで第二王位継承者であったエルンストが、王位に一番近いものとなった事実。当然、彼の周りも慌しく状況の変化が訪れる。
件の騒ぎから僅か2日後。キーンは街外れの屋敷に居た。正確には引越しの指揮を取るべく派遣されたわけだが、その顔はいつに増して不機嫌である。事実上第一王位継承者となったエルンストが離宮に居るわけにも行かず居住を城に移すのは当然と言えば当然のこと。だが、キーンは貴族が闊歩する閉鎖空間の最たるものと感じる場所に常勤と考えるだけでうんざりするわけで、加えて……ちらりと視線を走らせる先に茶髪の騎士が居る。
シェリーと共に城での采配に回るかと思いきや、何故か荷物を運び出す側に居た。最初の方こそ退いていた様子もあったが今となっては全く動じていないように見える。釈然としないふうにため息をついた視界に彼が駆けてきた。
「キーン様、あれで最後だと思うんですけど。」
「あぁ、今見回る。」
短く言い捨て、屋敷内に足を向ける後ろに何故かもれなく付いて来る気配に眉間の皺を深めた。あの襲撃の日に顔を合わせたシェリーに懐いている印象の騎士。シェリーの部下というだけでも気に入らない上に、この青年の背の高さが問題だった。キーンよりも少しだが高い。
「付いて来いと言った覚えはないが。」
「そうですけどー、何でそんなに邪険にするんっすかー?」
返事はため息だった。何を言っても付き纏いそうだと観念したか、あるいは城に戻ればシェリーの元に戻るだろうと諦めたか。言葉を発するのも面倒と言いたげな表情が張り付いていた。見回りを終えて空き家と化した建物を見上げた。あまり立ち寄ることはなかったがそれなりに馴染みもあった。大型の荷馬車7台分の荷物。調度品は少なく見えたが運び出してみると結構あるものだ。
馬車へと足を向けて……肩越しに付いてくる気配に目をやる。口を開きかけ舌打ちした。どうやら名前を忘れたようだ。それを正しく感じ取った青年は人懐っこく敬礼した。
「マリノ・マルティニっす! 馬車に同行します。」
「……まじかよ……。」
天を仰ぐようにキーンが額に手をやり、思わずといったようにぼやいた。
最後尾の貴重品を中心に集めた荷台の床に頓着なく座り込む。威嚇するような気配を感じてかマリノは少し距離を置いて向かい合う形で腰をおろした。ガタンッと衝撃があって馬車が動き出す。
キーンはうたた寝を決め込むように目を閉じていた。が、こめかみがひくついている。苛立ちが最高潮に達したように拳が荷台を叩いた。
「人の顔を凝視してんじゃねぇ……!! 何かあるなら言いやがれ!」
「本当に怒りやすいんっすねー。噂では聞いてたけどシェリ様に聞いてもあまり教えてくれないんっすよ。キーン様のこと。」
「……聞いてどうする。」
「へ? う~ん……ただ聞きたい、じゃダメっすか?」
凶悪な視線を平然と受け流し首を傾げる様子に、キーンは珍しく深いため息をついて荷に背を預けた。それを了承と受けたマリノの緑の目が輝いた。どうやら好奇心はかなり旺盛らしい。半ば身を乗り出すようにして矢継ぎ早に質問を口にする。
「キーン様、出身はどこっすか? 普段シェリ様とは別行動が多いって聞くけど、何処に居るのかも気になります!」
「出身はスラム。後は企業秘密。」
「スラムって、あのスラムすよね……どーやって懐刀にー!?」
「うるせぇな…………拾われた。以上。」
「そこを詳しく……「面倒くせぇ。」
つれない返事に全くめげず、マリノは話し続けた。恐らくはなんだかんだ言っても言葉を返されることがわかったから。あと少しで城に着く頃になって、キーンは漸く目線を上げた。こめかみの辺りに手をやってぼそりと質問をぶつけた。そしてどこか不本意そうに目を逸らす。
「……お前さ、なんでアイツの傍にいるわけ。」
不意の問いに目を瞬かせ、マリノは唸った。暫く言葉を捜すようにしていたがゆっくりと口を開いた。
「んー……確かにシェリ様は取っ付きづらいし、優しいとは言えないし、面倒見が良いってわけでもないし……笑ったところも見たことないです。だから、じゃないっすかね。うん。笑った顔を見てみたいんっすよ。」
キーンは暫くマリノを得体知れないものを見るように見やると、やがてふいっと目を逸らした。呆れたような吐き捨てるような短い呟きが漏れた。
「……ヘンなヤツ。」