【K】 第四話
人通りが疎らな裏路地を選んでキーンは移動していた。表通りなどごった返して動けないことはわかりきっていたからだ。不機嫌な顔に微かに困惑の色。馴染みの酒場から仕入れた情報が腑に落ちない。隣国スパイによる暗殺というのは、現実味が薄い情報であるから、噂くらいならあがるだろう。だが、問題はその時期だ。
王が斃れ、葬儀が執り行われる今日までの僅かな時間に、例え極一部にでも王族内部での暗殺が囁かれるなど、あってはならないはず。まして行動に繋がるほどの情報であるなんて事は……。思考は中断した。嘶く馬の声が、悲鳴が響き渡る。少し遅れて剣戟の音。
ちょうど裏路地の建物を挟んだ向こう側で騒ぎが起きている。キーンは問答無用で隣の建物の裏口を蹴破ると階段を駆け上がった。幸いなことに空き家だったようだ。咎める声はない。通りに面した窓を開け放ち見下ろして舌打ちした。
長蛇の列を作る馬車の列は葬送帰りの王族達。その最前列に位置する馬車を取り囲むように動く武器を持った集団。車内から引き出されようとしている姿が微かに見えた。ベネディクト王子。
情報を信じるならば襲っているのはエルンスト王子を支持するレジスタンスということになる。やはり情報の動きが早過ぎる。
「わけ、わかんねぇぞ……。あ……?」
突然の騒ぎに逃げ惑う民衆と、興奮している馬達と、襲撃を受ける馬車、戦う護衛の兵士……上から見下ろしていて何かが引っ掛かった様にキーンは眉を潜めた。馬が暴れているのは全てに共通している。馬は元来臆病な生き物だ。どんなに躾されていてもパニックを起こすものだから不思議はない。
違和感の正体を掴む前に別の動きに気付く。最後尾に向かって移動する2人の影。喪に服す黒衣の人群れに紛れる目論見だろうが上から見ればその動きがただの一般人でないことは明らかだった。逃げ惑う人の中では冷静過ぎるのだ。キーンがいるのは馬車の列の中間辺り、高さは2階。飛び降りるにも攻撃するにも支障がない高さだ。直感に従いキーンは真下を通り過ぎようとする人間の上を目指し、窓枠を掴んで飛び越えた。怪しい男をクッションにして地面に降り立つと、仲間らしいもう1人が迫っていた。
「ったく!おとなしく喪に服す、そんな礼儀もないのか、よ!」
喉元に迫るナイフを身を後ろに逸らして避け、その流れのまま足を振り上げれば爪先が相手の鳩尾に深く突き刺さった。声も出せずに崩れた男をクッション代わりとなってのびた男とまとめて拘束すると面倒くさそうに前髪を握りつぶしてため息をついた。と、微かに吊り上る唇。最後尾の方向に目を移し、駆ける。
「……相変わらずの優等生顔だな。」
馬車の窓から覗いた眼鏡越しのブルーアイズを認め、御者の横を通り過ぎる間際に暴れる馬の手綱を掴んだ。馬は勢いよく引かれた手綱に身を強張らせ不満げに唸り前足で土を掻いた。
肩越しに馬が鎮まったの事を確認し、不機嫌に見下ろす相手に、負けず劣らずに不機嫌顔で見返すキーン。馬車の窓が更に半分ほど開いた。碧の目が覗いて、小さく頷く。それはキーンへの労い。不遜にもそれにため息交じりに肩を竦めると口を開いた。
「ベネディクト王子の馬車が襲われている。ハッキリ言って旗色悪いって感じだ。こっちに向かう刺客らしい2人は拘束してきた。……今この場所で言えることはそれだけだ。エルンスト王子。」
人の目が、耳が何処にあるかわからない往来の真ん中で報告できる内容は限られる。そして、彼にとっても最優先事項はエルンスト王子の身の安全。油断なく周囲を警戒しながら赤茶の瞳は真っ直ぐに王子を見ていた。間違っても助力に行けなんて命令は出さないだろうな?と言いたげな、相手を試すような目で。