【K】 第二話
統治者の崩御という訃報。王の死を悼む人を呼び寄せるような教会の鐘の音。城下の街は店先に黒い布を垂らしたり、酒場の女すら黒いリボンを結んだり一斉に喪に服さんと装いを替えて始めている。
ゲイルハルト・ヴェス・ルネファーラ王は善王としても名が高かった。それだけに突然過ぎる知らせは衝撃を伴い、黒衣に身を包む者達ざわめきは収まらない。
その黒に染まりつつある騒がしい街を一人の青年が歩いている。不機嫌に、風を切るように歩くペースは人ごみにぶつかっても乱れない。と、不意にくしゃみをしてその足が止まった。舌打ちをして睨み据える先には王宮がある。
「俺には俺のやり方があるっつってんだろーが。」
まるで誰かに悪口を言われたかのように、不機嫌な顔を更に凶悪にして吐き捨てる。
彼はキーン・ハスリトス。第二王位継承者であるエルンスト・ツェレ・ルネファーラ王子の護り刀の1人である。王子付きの役目を持つ彼が、王子の傍を離れ城下を歩く理由、それは情報だった。付け加えるならば、彼にとって護るべき相手への危険度はまだ低い。窮屈な閉鎖空間で無駄な時間を過ごすのは我慢ならないという信念の元、彼は動いていた。
王の死を哀しむ声、隣国を許すなという過激な声、王位継承の噂……飛び交う声を1つ1つ吟味しながら歩き、ある酒場で足を止めた。少し奥まった建物と建物の間の影に紛れるように黒ずんだ木で造られた、あまり客寄せに熱心でなさそうなことが見受けられる読めないほどに掠れた文字の看板が斜めにかかっていた。
微かに唇を吊り上げ、キーンは店内に足を踏み入れた。客がいない薄暗い照明の先に体の大きな陽気な顔をした男が作業している。男はキーンを見るとしたり顔で笑った。
「やっぱり来たか!相変わらずの不機嫌顔だなぁ!」
「うるせぇ、アンタこそ相変わらず商売する気がなぇな。俺が金を落としてやらなきゃ潰れてんじゃねぇか?」
キーンは不機嫌な、どこか皮肉気な口調で応じると当然のようにカウンター席に座り、目配せをした。軽く頷いた店主がエールを注ぎながら世間話のように口を開いた。
「裏で噂があるみたいだなぁ……隣国スパイによる暗殺って言うのは嘘で、本当はベネディクト様の仕業だって話が。穏やかじゃないねぇ。」
ベネディクト様、フルネームをベネディクト・イェル・ルネファーラ。第一王位継承者で軍事主義者で知られる王子である。キーンは面倒くさそうにため息をついた。
「表には出てないぞ、それ。」
肩を竦めた店主が文句を言いたそうなキーンを軽く手で制すると奥に姿を消した。程なくして戻った店主の顔には翳りがあった。目を眇めたキーンに彼は追加の情報を口にした。
「反乱分子が動き出しているそうです。エルンスト様よりのレジスタンスが。」
小さく頷き、出されていたエールを飲み干すと、キーンは金貨を数枚カウンターに滑らせ席を立った。肩越しに手を振って店を出る。閉まった扉を背に、長い黒髪を背に追いやりながら心底面倒くさそうに眉間に皺を寄せる。
「……面倒くせぇ。」
苦々しく呟くと素早く身を翻した。彼の勘が告げていた。面倒事が起きると。
何かが起きる時は、大抵あっという間のことだ。だからこそそれはいつだって腹立たしい。