水無月祭実行委員のお仕事
本作品はそうじ たかひろさん・霧友 隆さんの共催企画『もしかして:かわいい』の参加作品です。
○企画名
もしかして:かわいい
○企画概要
見た目ではなく、仕草・言動・存在などがかわいい高校生の女の子を書く。
ファンタジーやSFはNG。現代学園物にする。
○文字数
2000文字以上3000文字以内。
水無月祭とは山神高校の文化祭の通称だ。旧暦6月の呼び名である水無月の名前を頂いている。学生にとって体育祭や夏休みよりも盛り上がる水無月祭は重要な伝統行事であり、それは命に次ぐとも言われている。普段は到底できることのない馬鹿騒ぎができるからだ。
そしてそれを統括し監視するのが水無月祭実行委員であり、うちの1人が森下直人だった。
監視するといっても広い校内をぶらつくだけでは時間の無駄だ。そこで過去の事件発生頻度をまとめて高いところを重点的に見回っていた。
そのTOP3に入るはグラウンド隅に置かれた用具置き場。期間中外でもイベントは行われているが体育祭とは異なり道具の出し入れがない。よってここは学生の立場では聖地であり、水無月祭実行委員の立場では最重要拠点であった。
あらかじめ少し開けておいた窓から森下が脚立を使い携帯で確認する。無音カメラは便利だよね。悪用厳禁。
写っていたのは灰色の床と器材のみ。どうやらまだ早かったようだ。先輩方から聞くと毎年最低2組は成立するこの聖地。期間中は何度も足を運ばなくてはならなそうだった。
「あー、いたいた」
森下が別の拠点へ移動しようと校舎へ向かうと前方から駆け寄って来る見慣れた女子がいた。吉野美弥。簡単に説明すれば幼馴染だが、生憎現在は漫画の世界のようなベタベタな関係ではない。
「どうしたんだ?」
こうしてまともに会話する機会も減ってしまった。吉野は何度か深呼吸し息を整えた。
「あのね、話があるの」
「話って?」
すると吉野は周囲を確認し、質問には答えずに用具置き場の扉を開けた。そして強引に森下を中へ押し入れると自分も身体を滑り込ませ、扉につっかえ棒をした。
あまりに唐突で何が起きたのか把握できない。考えようとして監禁や暴行の言葉が出てきたが、すぐに間違いである事にこの場所の存在理由と目の前の吉野の姿を見て理解できた。
上部の磨りガラスから入る緩い明かり。熱気からか赤みを帯びているが動揺する目の動きと固く口を閉ざした何らかの決意。実行委員の森下はこの先に待ち受けているであろうあの言葉がいつ来るのかを覚悟して待った。
「なんだか、暑いねー」
暑いを繰り返して無理に笑顔を作り、手で顔と胸元を仰ぎながら必死に気持ちを静めようとしている吉野。
「ああ、ほとんど閉め切っているからな」
そう言った後、何ともムードがない返事だと森下は少し後悔をした。
「そうだね。用具置き場だもんね。窓も1つしかなくて換気もほとんどしてないし、だから砂埃の臭いが強烈で――」
「話があるんだよね」
直球勝負ができないらしく、無意味に話が遠回りになっているのを見ていて耐えきれなかった。
「あ、うん。その……直ちゃんは好きな人っているの?」
そして、その時が来た。
相当な覚悟だったに違いない。直視できず上目づかいになるも見えているのは足元くらい。きれいに気を付けをして手は強く握っており、内股も強くなった。質問のように聞いていたが、これは吉野の告白だ。
2人が一緒に登下校をしていたのは小学校まで。中学ではクラスも部活動も別になった。移動教室の時にすれ違うくらいでまともな会話もない。高校は同じ学校になったが別のクラスは相変わらず。そこまでして疎遠になりかけていた仲であるのに吉野が好意を寄せている事に森下は胸が苦しくなった。
かなりの覚悟であったはずだ。接点がないだけにこのような機会を使ってではないと勇気も出なかっただろう。自分は最高に幸せ者かもしれない、そう森下は思った。
「うん。好きな人はいるよ」
「え……?」
「美弥が好きだ」
「――っ!?」
その一言に吉野は救われた。森下がゆっくりと距離を縮めて少しだけ背の低い目の前の吉野の頭をポンと手を置き抱き寄せた。
見るからに感動のシーンだった。
しかしそれを音を立てて崩す者がいた。
ゴン ゴン
金属の扉をノックする音が全てを現実の世界に引き戻し、森下の手を強制的に離れさせ距離を置くように仕向けた。この状況をどう言い訳すればいいのかあたふたする森下だったが、吉野は落ち着いてつっかえ棒を外すのだった。
開けられた扉の先にいた人物。それは逆光で影をつけた仁王立ちの女子生徒・皆川響子だった。
「お、お前どうしてここにいるんだー!」
森下が強烈に叫ぶのも無理はなかった。山神高校で知らない者はいない皆川は東大合格間違いなしの頭脳を持ちながら誤った方向にその力を発揮して『マッド響子』の称号を得ていたからだ。そのマッドの持ち主にこの場を見られたという事はこれからの学園生活が暗黒化するという事を意味する。
「森下直人。お前は何か勘違いをしているかもしれないが、私は最初からこうなる事を知っていていたぞ」
「え、なにそれ。まさか――」
マッドの事だから予知能力を使えるのではないか、そう言おうとして遮られた。
「予知ではない。吉野美弥から相談を受けてだな、それで私がこの計画を持ちだしたんだ」
「相談……えっ、計画?」
とっさに吉野を見たが、その吉野は下を向いて目をあわせようとはしなかった。
「順を追って話そう。あれは2ヶ月前だ。授業のグループ学習がきっかけでさりげなく聞かれたわけだが、話を聞いているとお前の事が好きなんだという事が判断できた。別に彼女は名前を挙げて話していたわけではなく、私の勝手な判断だ。そして私がそれを指摘すると、彼女は全てをさらけ出してどうしたらいいのかという正式な相談を持ち込んだわけだ。そこで今回のいたって単純なシステムを使う事を提案した。実行委員のお前ならすぐに気づくだろうが、あえて猿でもわかる告白ムードを作ることで成功率を高める作戦だった。最後の結果だけは流石の私でもわからなかったが、よかったな」
「ありがとう、皆川さん。それとごめんね、直ちゃん」
森下は立っているので精一杯だった。結果だけ見れば両想いになれたからよかったものの、成立していなければ負の遺産をマッドと共有していたのだ。
「そんな目で見ないでくれ。私の助言がなければこの結果は得られなかったんだぞ。感謝してほしいくらいだな。あっいや、感謝はいらないな。こちらからのお願いを聞いてもらう事でチャラにしよう」
自分のためにならない事はやらない皆川。恐れていた事がとうとう起きた。
「何だよ。内容によってはいくら皆川でも呑めないぞ」
「簡単な事だ。今すぐ速やかにここから出ていってもらうだけだからな」
その言葉で吉野は悟った。しかし森下は楯突くことしかできない。
「はぁ? 何だそれ。意味わからないな」
「んー、彼女は理解できたようだが。どうやら君にはもっとやさしい日本語で言わなければならないようだな」
「ふざけるなよ。それだけで何がわかるって――」
「いいか、1度しか言わないぞ。君はこの場を離れてその後にこの建物を見ることなくここへ部外者が近づかないように実行委員のお仕事をしてくれればいい」
「!!」
「それが無事にできたら今回の事は口外しない」
絶句だった。
まさかこのマッドにそんな相手がいたとは。流石にこの様子からただの実験体ではあるまい。
「そんな目で見ないでくれ。私だって一応女性だからな。……悪いか?」
赤面を隠すように背を向けるマッドの姿を森下は初めて見たのだった。
以上、『どことなく:かわいい』の作品でした。
あ、違うか。『もしかして:かわいい』でした。
で、色々言い訳をしたいのですが、ドラスティックにお願いしたいので、終わらせておきます。
最後まで読んでいただきありがとうございました。