ピンカバとお兄さん2
黒い炎とお姫様 ピンカバ
商人というのは、独特な生態をしている。
闘争の支配する世界を駆け、誰かと誰かを繋ぐことを生業とする彼らは、故に闘争に手綱を掛けられる。
「っていうよりは、そういう運命だったってだけなんだろうけどね」
まぁ私よりは断然凄いけどね。
ハッハッハと陽気に笑うその姿は、『選べて』しまう僕には眩しいものだ。
「いいんじゃないのかい?億を超える、それこそ本当に無限の『可能性』だろ?その方が羨ましいよ」
そう言った彼女は、何とは無しにその方右手に目を向ける。
そこに刻まれた『運命』を登ってきた陽の光に翳して、彼女は誰にともなく呟いた。
「少し・・・私にも増えてきているのかな?」
その顔はどこかしんみりと。けれどやっぱり僕には眩しすぎた。
ピンカバが運んできた荷物の山を遠目に見ながら、僕らはそんなどうでもいい話をしていた。
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「さーさー!寄ってらっしゃい見てらっしゃい!いいクルモの豆が揃ってるよー。煮付けに良し、焼いても良し、肉を挟んでこんがり揚げても美味しいよー!!クルモの豆はいらんかねー」
「お!そこの御ネーサン!素敵だねー。そんなあなたにはコレ、鉱山直送の飾り布!ほら見て、こんなに大きな宝石が七つもついて、このお値段!安いよー」
昼時にも関わらず、珍しく賑わう村の広場。
普段なら畑返りの女衆が昼飯を抱えて忙しく走り去るそこは、大小無数のカバブ(荷台とくっついたタイプのテント)と多種多様な商品が広げられていた。
賑わう人ごみの中、僕はリリオさんや他の子供衆の面々と一つのカバブの前に群れていた。
「しかし驚いたな・・・この村にはこんなに人が居たんだな」
精巧な彫金細工を囲む僕らはから一歩離れたところ。リリオさんは大盛況の広場を呆然と眺めて、おもむろに呟いた。
普段は森の浅いところに点在する畑に付きっきりの女衆や、仕事場か森に篭りっぱなしの男衆がほぼ総出で集まる広場。
「この村の総人口、前に数えたときはギリギリ五十に届かないくらいだったと思うよ」
リリオさんと同じく彫金細工に興味なさ気なハカセがつまらなそうに呟きかえす。
年に一回か二回。【ピンカバ】の来訪は娯楽の少ない村にとってはまさに一大イベント。
もともと小さな村ということもあり、カバブと村人でパンパンになったら広場。一人を好むハカセには窮屈過ぎるのだろう。
「またまた〜。ハカセだって楽しいくせに」
蝶の模様をあしらった真新しい銀のペンダントを首から下げたミカちゃんがニヤニヤしながら会話に割り込んでくる。
「え〜何々?ハカセ楽しくないのー?」
「ならあっちの行こうぜ!すげ〜うまそうだしさ」
ミカちゃんにつられて他の子供衆も興味をハカセに移す。
「い、いや。ボクはボクなりにこの非日常を楽しんでいる。・・・だから構うなと言っているんだ!離せ」
あっと言う間に攫われていく友人を見送りながら、僕は齧りかけの串肉を頬張る。
「この溢れる肉汁。中は汁気をたっぷりと残し、外は香辛料でカリッと焼き上げる。・・・相変わらず良い仕事してるなぁ。おっちゃん」
みんなが彫金細工で盛りがっている隣。そこは僕にとっては正しく楽園。パラダイス。
「だろー。今年は平原にいい雨が続いてな、たっぷり肥えた肉が安く入ってな」
ジュウー!!っと香ばしい煙を立てる串を器用に回しながらスキンヘッドのおっさんが声をあげて笑う。
輝く頭頂と耳まで繋がるボサボサのヒゲ。商売に支障をきたしそうなほどの厳めしい顔。
こんなゴツイおっさんだが、顔に似合わず料理の腕は良いらしい。
「まぁ、食べたことあるのは串焼きだけだけどな・・・・おっちゃんおかわり!」
「おぅ!オメーもよくそんなに食うなぁ・・・それに意外と難しいんだぞ、焼き加減とか」
表面をしっかりと焼き固めることで中に肉汁を閉じ込め、特製の焦がしタレが食欲をそそる。
かれこれ十年以上、毎年【ピンカバ】を楽しみに待っている理由の一つだ。
「・・・それにしても今年は珍しいな。お前が開店してから来るなんて、いつもなら村に着いた途端に『早く焼け〜早く焼け~』ってうっセーのにな」
客が至福の時間を楽しんでいるところに、気の利かない店主だ。とか思いながらもそれとなく訳を説明してやる。
「ほぉ、特訓が忙しくで忘れてたと・・・青春だねぇ」
「いや、そんなわけでは無いのだが・・・それよかおっさん。【時知らぬ木陰の女】って知ってる?」
【時知らぬ木陰の女】。
リリオさんがこの村にやってきた時に名乗った呼び名である。
「時知らぬ・・・あぁ、緑姫のことか?よく知ってるなそんな名前。こんなところまで広まってるのか」
「こんなところで悪かったですね。・・・それよか教えてよ、こちとらお得意様だよぉ」
村の大人達はリリオさんにはほとんど干渉しないし、何にも教えてはくれない。
ハカセとて村の外のことにはそれほど詳しいとは言えない。
命の恩人であり師匠とも呼べるリリオさん、知りたいのだ。彼女のことが。
「・・・・なんでい坊主。一年見ねぇうちにしっかり色気づきやがったか?」
ガッハッハとオヤジ笑いでにやける店主を睨みながら。
「いいから教えてよ。僕お得意様だろ?なぁなぁ、この村でのおっちゃんの売り上げの大半僕じやん」
それはいばることかぁ?とぼやきながらも、店主のおっちゃんは話してくれた。
【時知らぬ木陰の女】。緑の衣に身を包んだ、樹々を操る彼女のことを。
それは彼女が、僕らが知っていたよりも遥かに有名である理由。
やがて訪れるであろう【獲物】に繋がる幾つかの噂話。