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不易の帆布  作者: 月孤双
二章 狭間からの手紙
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 とあるタクシーの中。ここに宇佐島と伊達の姿があった。目的地は市内のS岳である。S岳に行くのは伊達の提案だ。彼女が「市内にあるS岳の近くに『例の館』を見た人がいると聞いたことがある」と言ったからだ。その噂は宇佐島も聞いたことがあったが彼は懐疑的だった。彼は「市内にあるならばもっと評判になっているはずだ」と考えていたからだ。彼としてはS岳よりもV市の山やC市の火山付近の方がより評判になっているためそちらに行きたかった。しかし、S岳は市内にあるためV市やC市よりも短時間で行くことができる。時間のかかるV市やC市に行くよりも近いところから行ってみる方が建設的だと彼は考え、伊達の意見に従いS岳を目指すことにした。S岳にいくならばタクシーが最も便利だ。そういう理由で彼らはタクシーに乗っているのである。

「そういえば、伊達さん。肝試しに参加する友人に連絡をしてみたかい?」

 宇佐島が小声で話す。

「はい。実はこの手紙を読んだ時にすぐ電話を掛けました。でも出なくて、『電源が切れているか電波の届かないところにいる』ってなって……。その後何回か掛けてみたんですけど全部同じです。」

 同じく伊達も小声で話す。あまりにも二人が小声で話すものでタクシーの運転手が少々怪訝な表情でバックミラーから二人の様子を見ている。

「そうか……」

 宇佐島は少々落ち込んだように言った。

「僕も何回か掛けてみたんだけどね。君と同じだよ。どうしてだろうね?」

「何かの理由で電話に出れない状況にあるということですよね。それって……」

 伊達が悲しそうな声で言うと俯いた。

「彼らは無事さ。そう信じよう」

 宇佐島はそう言って伊達の肩に手を置いた。伊達は「はい」と言って頷き、顔を上げた。

「ところで伊達さん。その手紙にはいつ気がついたんだい?」

 宇佐島は運転手の視線に気づき、声を普通の大きさに戻した。

「九時です。アルバイトに行くときに郵便受けを開けて手紙が入っていることに気が付きました」

「九時か……。僕は十時に気がついたんだ」

 宇佐島は月曜日から木曜日までは図書館に籠り学術書を読んでいる。しかし金曜日と土曜日は来ない。その理由はアルバイトをしているからである。彼は金曜日と日曜日にアルバイトをしている。特に金曜日は十九時から日をまたぎ三時までアルバイトをしている。彼が手紙の発見に時間がかかったのはそういう理由があったからである。

「でも、アルバイトから帰宅したときには手紙はまだ来ていなかった。ええと三時半ごろだね。一応確認したからそれは間違いない」

「つまり、手紙の送り主は三時半から八時までの間に私と宇佐島君のアパートに手紙を入れたということですか?」

「そういうことだね。まあ君とアパートと僕のアパートは近いから全く問題はない。おそらく送り主は君と僕の家のことを事前に知っていただろうから、特にね」

 宇佐島の言う通り二人のアパートは近い。徒歩で行くとしたら三〇分もあれば行ける距離にある。

「ところで伊達さん。君は八時に手紙に気付いたと言ったね。そしてすぐに友達に電話を掛けたと。そして出なかった。そこまでわかっておきながら何故普通に図書館へアルバイトをしに行ったんだい? 僕ならアルバイト先に断りの電話を入れて誰かに助力を求めるけどな」

 伊達はすぐには答えなかった。

「混乱していたんです。手紙を見てすぐに『良くないこと』が春子たちに……。あ、春子は例の友だちなんですけど、その春子たちに起こるってわかりました。そしてすぐに春子に電話を掛けました。でも出ませんでした。そこで私は怖くなりました。春子の……春子の身に何かが起こるって考えたら……。でも、春子を救いたいって気持ちはあったんですけど……具体的な考えは浮かばなくて、とりあえず図書館へアルバイトに行って気を紛らわせてから考えようと思ったんです。例の手紙はあくまで予告だったので」

 伊達は体を震わせていた。声も泣きそうな声である。

「わかったよ。ごめん。こんなことを聞いて」

 それから二人は言葉を発しなかった。やがてタクシーが目的地であるS岳の中腹辺りに着いた。料金を支払い下車すると二人は当たりを見回した。林ばかりで人の姿は見当たらない。

「誰か人を探そう。僕たちで『例の館』を探すのは不可能だ。」

 宇佐島は腕時計を見た。十三時二十三分である。


◇◇◇


 辺りは林ばかりである。一応街道を歩いているが、まるで獣道に等しい。

「思ったよりも人がいないな。これじゃ『例の館』を見つけるのは難しそうだ」

現在、時刻は十四時五十二分。タクシーを降りて捜索を開始してから一時間半ほどが経過した。宇佐島と伊達は「例の館」どころか人一人見つけられないでいた。

「宇佐島君……。」

 伊達はそう言って、宇佐島のシャツを握る。彼女は捜索を始めてからずっと宇佐島の袖かシャツを握っている。

「伊達さん。怖いのはわかる。だが、友人を救うためだ。我慢してくれ」

 伊達は頷いた。

 こうして二人は捜索を進めた。右へ、左へ。時には狭く、時には広い道。木や岩ばかりの獣道や人が作った街道。それらを宇佐島と伊達は通ってきた。

「なんか見えないか?」

 そう宇佐島は尋ねた。確かに遠くに建物が見える。

「はい! 見えます!」

「よし。行こう」

 宇佐島と伊達は建物を目指して進んだ。しかし、どうやら「例の館」ではない。それにしては小さすぎる。

「民家だね。よし、話を聞きに行こう」

「はい」

 建物の正体は小さい民家だった。宇佐島と伊達は話を聞くために玄関に行きインターホンを鳴らした。数回鳴らした後、玄関が開いた。現れたのは初老の男性だった。

「なんか用かね?」

 老人は低い声で尋ねた。そして宇佐島と伊達をまるで商品を見定めるように見た。

「すみません。私たちは市内の大学に通う者です。少々お尋ねしたいのですが、この辺りに『例の館』はありますか?」

「ないぞ。この辺りに『例の館』はない。儂はこの場所に七十年ほど住んでおる。断言する。この近くに『例の館』はない」

「そうですか……。では、『例の館』がある場所に心当たりはありませんか?」

「ない。『例の館』の話は儂も知っておる。しかし、場所に心当たりなんぞない」

「そうですか……。ありがとうございました。失礼します」

 宇佐島と伊達は民家を後にした。老人から聞いて分かったことはS岳付近に『例の館』はないということだった。つまり、今回の宇佐島と伊達の捜索は徒労に終わったことになる。

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