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不易の帆布  作者: 月孤双
二章 狭間からの手紙
4/5

 夏休み。学生に与えられた特権の一つである。社会人になれば一カ月超の休みなどない。故に大学生はその特権を惜しみなく行使する。旅行、アルバイト、部活、趣味など、それぞれがそれぞれに打ち込むことができるのもまた大学生なのである。そんな中X県のある大学の図書館にはアルバイトをしている伊達彩(だてあや)の姿があった。

「すみませーん。本を借りたいんですけど」

「……」

「すみませーん」

「あっ。はい! 借りるんですね? 学生証をお願いします」

 そう言って伊達は学生証を受け取りスキャンした。そして本を専用の機械に置き、裏表紙に付いているシールを読み込む。

「はい。返却は二週間以内にお願いします」

 伊達は大学の図書館でアルバイトをしている。基本的には図書館司書の人が業務を行うのだが、平日の十七時から二十二時までと土曜日の開館時間である十時から十七時は学生のアルバイトが業務を行う。今日は土曜日なので学生である伊達がアルバイトとして業務を行っているのだ。

「はあ……」

伊達はため息をついた。そして手元にある紙に視線を落とす。先程、本を借りに来た学生への対応が遅れたのは、この紙を見ていたからだ。

「どうしよう……。やっぱり相談するべきだよね」

「ああ。よかった。伊達さん」

 突然自分の名前を呼ばれた伊達はハッとなって顔を上げる。そこには宇佐島綾一(うさじまりょういち)の顔があった。

「今日は土曜日だからね。もしかしたらアルバイトをしているかもしれないと思って来てみたんだ。アルバイト中にメールを送っても返事してもらえないと思ってね」

「どうしたんですか。宇佐島君?」

「いや。君に話があってね。今抜けられるかな?」

 伊達は表情を曇らせた。

「はい……。わかりました。外で待っていてください」

「わかった」

 そう言うと宇佐島は階段を下りて行った。そして伊達は同じくアルバイトをしている大学生に頼み込んで抜けさせてもらった。伊達が図書館の外に出ると、宇佐島が待っていた。

「早速だけどどこか座れる場所に移動しよう。雨が降っているから立ち話なんてできないからね」

「はい。じゃあ、学生会館の二階に行きましょう」

 宇佐島と伊達は学生会館へと足を進める。学生会館とは名前の通り、学生が主に使用する会館のことで一階が食堂、二階が生協店舗と談話室がある。

宇佐島と伊達は二階へ行き、談話室に入った。中央に大きな丸いテーブルが置かれ、その周りを囲むようにソファが四つ置かれている。さらに長いテーブルが十三脚置かれている。また、右奥には自動販売機、左奥には四十二型の液晶テレビが置かれている。そのため多くの学生が利用している。 

「はあ。それにしてもひどい雨だ。まるで梅雨みたいだな。今は八月、もう梅雨は明けたはずなんだがな。まあなんだ。飲み物でも飲もう。何がいい? おごるよ」

「じゃあ、お言葉に甘えて。紅茶をお願いします」

 宇佐島が財布を持って自動販売機に行き、小銭を入れてボタンを押した。取り出し口から二本取り出した。一本は紅茶、もう一本はコーヒーである。

「さて、話のことなんだけど」

「わかってます。手紙のことですよね?」

 宇佐島は伊達の返答に満足したように頷いた。

「やはり君の所にも届いていたか」

「はい。届いていました。これのことですよね」

 伊達は手に持っていたバッグから一枚の手紙を取り出す。その手紙にはこう書いてあった。


「近々『例の館』で良くないことが起こる。防ぎたければ『例の館』まで来い」


「そう。その手紙だよ。僕のところにも届いていた」

 そう言って宇佐島はバッグから手紙を取り出した。確かに伊達のところに届いた手紙と同じものだった。

「宇佐島君のところにも……」

 宇佐島は頷いた。

「それで、伊達さん。これをどう思う?」

「私は……。この手紙に書かれていることは本当に起こると思います」

 俯きながら伊達は言った。

「なぜ、そう思うんだい? 誰かのいたずらかもしれないよ」

「だって……」

 伊達が言葉を詰まらせる。

「だって、手紙が来たのは私と宇佐島君ですよ? 私と宇佐島君の共通点は……。私たちにこんな手紙を送るってことは……」

 そこまで言って、伊達は黙り込んだ。紅茶の缶を握る手が震えている。

「そうだね。僕も君のいうことが正しいと思う」

 宇佐島は伊達に気持ちを落ち着かせるために紅茶を飲むことを勧めた。それに従い伊達は紅茶を飲む。効果があったかはわからないが、伊達の強張った表情が少し和らいだ。宇佐島はそれを認めた後、話を切り出す。

「僕もこの手紙は冗談ではないと思う。理由は君と同じだ。僕たち二人にこの手紙が送られてきた意味を考えればいい。さらに言えば、この手紙は情報が少なすぎる。誰が、いつ、そしてどんなことが起きるのかが書かれていない。それなのに『止めたければ来い』なんて挑発めいたことを書いている。それはすなわち、読んでいる僕たちがそれらの情報を書かずとも文の意味を理解できて、その『良くないこと』とやらを防ぎにくるということが前提にあるからだ。つまり、この文にある『良くないこと』の主体になるのは間違いなく『例の館』で肝試しをするという学生たちだ。ここで問題が浮かび上がる。誰がこの手紙を僕たちに送りつけたかということだ」

 そこまで言うと宇佐島は手紙を見返す。

「この手紙はどこにでもある普通の紙に書かれ、普通の封筒に入れられている。また、送り主の署名は無く、郵便番号や住所も書かれていない。このことから、おそらく送り主自らが僕たち二人の住んでいるアパートに入れたんだろう。つまり、送り主は僕たちの住んでいるアパートを知っている人物になる。そうなったら容疑者はかなり絞られる。なんせ僕の住んでいるアパートを知っている人物はそういないからね。君はどうだい?」

 伊達は気分が落ち着いたのか、宇佐島の話を真剣に聞いていた。

「私の住んでいるアパートを知っている人はそれなりにいます。そこから絞るのは難しいです。それに……送り主が私たちの友人だとは限りません。念入りに時間を掛けて調べれば誰でも私たちの住所くらいわかると思います」

「確かにそうだ。その点から送り主を特定するのは難しいだろうな」

 宇佐島は伊達の意見を認め、あっさりと引き下がった。

「それで宇佐島君。これからどうしますか? 『例の館』での肝試しには私の友だちが参加します。確か宇佐島君も友人が参加すると言っていましたよね?」

「ああ。参加する。僕の大事な友人がね。この『良くないこと』がどの程度のものかはわからないが、事前に知らされている以上行動しないわけにはいかない。そこでだ」

 宇佐島が話の途中で言葉を切った。目つきが鋭くなる。

「僕は『例の館』に乗り込んで、この『良くないこと』とやらを防ごうと思う。君も付いてくるかい?」

 宇佐島の言葉に伊達は目をきょとんとさせた。

「ちょっと待ってください 確かに私も何かしらの行動はするつもりですが『例の館』に乗り込むなんて……。この手紙を警察に持っていって警察の人に任せましょうよ」

「警察は動かない。こんな曖昧な手紙では信用されない」

 宇佐島は断言した。

「おそらくこの手紙を受け取ったのは僕たちだけだろう。じゃあ僕たちでやるしかない」

「……わかりました。私も行きます。私も友だちを守りたいですから」

「よし、決まりだ。すぐに出よう。時間が惜しい」

 こうして宇佐島と伊達は互いの友人を助けるために「例の館」に行くことを決めた。外では雨が風を伴い学生会館を襲う。まるで二人の歩みを阻むかのように雨と風が叩きつける。しかし、それは逆に二人に芽生えた「友人を救う」という気持ちを鼓舞していた。

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