三
八月。梅雨も明け、太陽が顔をのぞかせる時が多くなる季節である――はずなのだが、生憎と今日はざあざあと雨が降っている。現在時刻は十時二十六分。そんな中、場所はX県L市J駅。そこに男三人女一人の計四人がいた。
「なんで、雨なのよ。せっかくの肝試しなのに」
白城はそう言いながら、ふてくされたように口を尖らせる。
「まあ、いいじゃないか。雨の中での肝試しもまたオツで。それに、室内で行うんだから天気は関係ないと思うんだけど」
そう言いながら松下が白城を宥める。
「気分の問題よ。き・ぶ・ん」
「そんなことより、例の二人はどうしたんだよ?」
そうぼやくのは渡辺である。他の三人に比べ、やけに荷物が多い。
「宇佐島君は……そんなとこに行くのは正気の沙汰じゃないって言われて断られたよ」
松下が少々落胆したように語る。
「彼なら来てくれると思ったんだけどな」
「私も断られたわ。いくら大金を積まれたって、そんな危ないところ行きたくないって。
あーあ。女は私一人かぁ」
結局のところ、参加するのは満井、渡辺、白城、松下の四人となった。宇佐島と伊達に断られた後も四人はそれぞれ友人たちに誘いをかけたが、「例の館」に行くと伝えると「気味が悪い」や「怖い」という理由で断られた。満井に話を持ちかけた例の知人も人脈を頼りに参加者を募ったが、誰も手を挙げなかった。
「まあ、いいじゃないか。いつものお決まりメンバーなんだから。ほら、切符買ってきたぞ。」
そう言ったのは満井。今回の肝試しを計画した男である。
「おう。どれどれ、何っ! Q駅かよ。市内じゃねぇか!」
「嘘……。こんな近くだったなんて……」
あまりにも意外で、そして驚きで三人は固まってしまった。
「おい」
満井が大声で言った。その声で三人はハッと我に戻った。
「大丈夫か? そんなんじゃ肝試しなんてできないぜ?」
「ああ、そうだな」
「ごめん……つい」
三人は「例の館」が自分たちの住んでいる市内にあるということが衝撃的だった。普段何気なく大学に通い、遊び、アルバイトをしているその中で、もしかしたら、生きているかもしれない「例の館」の使用人とすれ違った可能性だってあるのだ。そう考えると三人は身震いが止まらなかった。
「一応確認しておくぞ。例の約束、ちゃんと守っているだろうな?」
――例の約束とは、「例の館」で肝試しをするにおいてあらかじめ決めておいた約束のことである。この約束は二つあり、一つは「外部と連絡が取れる携帯電話やスマートフォンなどを持ち込まないこと」である。このような約束をした理由は、肝試しというのは恐怖を味わうものなので外部と連絡が容易に取れてしまうと面白みが半減してしまうからである。しかし、「例の館」は先の理由から危険を伴うので、非常用の連絡手段が必要である。幸い「例の館」はライフラインが整っているため、固定電話が備え付けられている。よって、非常事態が起こった場合にはその電話を使い連絡をすることになった。
二つめは、「衣服や食料などはそれぞれが三日分用意する」ことである。これは、言わずもがなであるが、それぞれの趣味嗜好が異なるためである。また、非常事態が起こる可能性も視野に入れて防犯グッズなども準備することになった。
「ああ。ちゃんと守ってるぜ」
「当然でしょ。ルールは守らないとね」
「大丈夫だよ。なんなら調べてみるかい?」
「そうだな。プライバシーの問題もあるから、外部連絡が可能な機器を持っていないかだけ確認させてもらうか」
そう言って満井は三人の荷物を調べた。念入りに見た結果、三人とも外部と連絡が取れそうな機器は持っていなかった。
「当然、お前も確認させてもらうぞ。おい、尚吾手伝え。俺だけじゃ見逃すかもしれん」
「わかった」
渡辺と松下が満井の持ち物を調べたところ、満井も外部と連絡が取れそうな機器は持っていなかった。
「これでいいな?」
満井が最後の確認をとるように三人に言った。三人とも頷き、あとは電車が来るのを待つだけである。
「で? 電車はいつ来るのよ?」
白城が退屈そうに満井に聞く。満井はおもむろに腕時計を確認した。
「あと十分くらいだな。じゃあ、ホームに行くか」
◇◇◇
電車の中は割と空いていた。四人は向かい合わせの席に座りQ駅を目指す。窓を見ると湾が見える。天気の良い日ならば、水が光の反射を受けきらきらと輝くのだが、今日は雨のためそれを見ることはできない。
「で、十万は何時もらえるんだよ」
渡辺がもの欲しそうな目つきをしながら、満井に尋ねる。
「肝試しが終わった後に皆で例の不動産会社に行くんだ。そして、肝試しの結果を報告した後に直接渡すとさ」
「何ぃ? 手渡しかよ。いつの時代だぁ? 振り込みでいいだろうが」
「落ちつけよ。元々安全かどうかを証明するアルバイトだろ? そのためには、ちゃんと相対で説明する必要がある」
「そのために、これを持ってきたんだからな」
そう言って、満井はリュックからビデオカメラを取り出した。
「なんだよ、それ。撮影するのか?」
「ああ、言葉だけじゃ安全だと証明できないからな。これで録画すれば安全だということを確実に証明することができるだろ」
「準備がいいのね」
白城が感心したようにビデオカメラを眺める。
「まあな。いくら肝試しをするといっても、遊び目的じゃないからな。おっ」
突然満井が会話を遮り、立ち上がった。
「おい。そろそろ着くぞ。準備しろ」
満井ら一行は予定通りQ駅で降りた。時間は出発しておよそ三十分といったところだ。
「ここから何分くらいかかるんだい」
傘をさして雨露を凌ぎながら松下が尋ねた。
「そうだな。およそ一時間半くらいだろう」
「ええぇ。そんなにかかるの? 服が濡れちゃうじゃない」
「お前はスカートだから大丈夫だろ。俺なんか新品の靴だぜ。参っちまうよ」
「それはこんな雨の日に新品の靴を履いてくるあんたが悪いんでしょ」
そう言って、白城が渡辺をけなす。「着くのはだいたい十二時になるね」
「さて、行くか」
そう満井が言うと、一行は「例の館」、天秤館を目指し出発した。
◇◇◇
「ねぇ、まだなの?」
「白城さん。その質問は何回目かな。僕の記憶が正しければ五回目なんだけどな」
「うるさいわね! なんで砂利道なのよ! 豪華な屋敷につながる道なんだから、舗装くらいしてあるでしょ普通。足が痛くて仕方がないわ!」
「お前、この程度でくたばってたら来年の就活死ぬぞ」
白城がぶつぶつと文句を言う度に渡辺と松下が諌める。そんな中満井だけが無言で坂を上っている。
「聡、どうしたんだ? さっきから黙っているが、なんかあるのか?」
「いや、何でもない。例の知人からもらった地図を確認しているだけだ」
渡辺が先頭にいる満井に声をかけた。彼はQ駅を出発してから今まで一度も言葉を発していなかった。
「ああそうか。雨が降っているから見にくいもんな。傘指してやるよ」
「頼む」
後ろでは白城がぶつぶつと文句を言っている。渡辺はそれを松下に任せ、先頭にいる満井のもとに行く。そして、満井から傘を受け取り満井に翳す。
「どうやら一本道のようだな」
渡辺の口調がいつになく硬い。
「ああ。だが油断はできない。『例の館』の使用人が飛び出してくるかもしれないからな」
「だったら、俺が前を向いているから、お前は地図を見ていろよ。そしてもし何かあったら指示をくれ」
「ああ。わかった」
満井は今回の肝試しをするにあたって、他の三人よりもより警戒心を持って臨んでいた。なんせ、『例の館』に行くのである。ちゃちなお化け屋敷とは比べ物にならない。実際に人が死んだ場所に行くのだ。しかも、犯人の可能性がある使用人がまだ生きていて、館にすんでいるという噂もある。さらに自分が話を持ちかけたこともある。『何かあった場合はすべて自分が責任を取らなければならない』そう満井は考えていた。
「ねぇ~。まだなの~。疲れたわよ~」
後ろから白城の文句が飛ぶ。松下は相手にするのに疲れた様子で無視をしている。先頭にいる渡辺と満井も同様に無視をする。そんなときに渡辺がある建物を見つけた。
「おい! 建物があるぞ。これが『例の館』じゃねぇか?」
「着いたの? 着いたのね! もうくたくたよ~」
坂を上りきったところに「例の館」、天秤館はあった。洋風の館で二階建てである。その周りには多少の庭があるが、ほとんどが森である。見渡してみても他に建物は無い。まさに、天秤館だけがそこにあった。まるで、そこだけ異世界のようにその館はあったのだ。