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不易の帆布  作者: 月孤双
一章 虚空への誘い
2/5



 この大学の図書館は大学の規模を考えるとそれなりに大きい。その三階、主に学術書を置いている階に、本棚に囲まれていていかにも勉強熱心な学生が座るような一人用の席が並んでいる場所がある。そこにある男が座っていた。その男は毎日のように図書館に来てはその席に座って学術書を読んでいる。今日もまた男はその席に座り、学術書を読んでいた。

「宇佐島君!」

 声をかけられたので男は、宇佐島は顔を上げた。

「誰だい? 本で顔が見えないんだが」

「あ。ごめんなさい。よいしょっと……うわっ!」

 女が両手に抱えていた大量の本を、宇佐島の座っている隣の机に置こうとした時、手が滑って持っていた本をすべて落としてしまった。

「あっ、ごめんなさい。すぐに片付けます!」

「僕も手伝うよ。相変わらずだね。伊達さん」

 そう言うと、伊達と宇佐島は床に散らばった本を片付けた。

「それで? 僕に何の用だい?」

「そうでした。宇佐島君は『例の館』について何か知っていますか?」

「もしかして、肝試しの話かい?」

「知っていたんですか?」

「ああ。さっき友人から聞いたよ。行かないって返事をしたけどね。君は?」

「私も友だちに頼まれたんですけど断りました」

「うん。それが賢明だ。何を好き好んであんな館に行くのか……僕には理解できないね」

 宇佐島はそう言うと首を傾げだ。

「あの『例の館』の噂は県民ならば皆知っているだろう。僕は霊だの怪奇だのは信じないが、浮浪者だったり野生の獣がいる可能性はある。いくら大金を積まれたってそんなとこに行くのは正気の沙汰じゃない」

 そこまで言うと宇佐島は「ふうぅ」と息を吐いた。

「『例の館』の噂。天秤館の心中事件を知っているならばね」


 ――天秤館の心中事件――

  三年前にある一家が心中したとされる事件である。単なる心中事件ならば、お茶の間を一時にぎわせる程度だが、この事件は単なる心中事件ではない。

 それは心中事件ではない可能性があるからだ。その一家の構成員は三人。館の主人とその妻、そして館の使用人である。普通の心中事件ならば、遺体は三体なければならない。しかし、この事件で遺体が確認されたのは二人なのだ。確認されている遺体は男性と女性、主人とその妻の遺体である。もう一人、使用人の遺体が見つかっていないのだ。一見すると使用人が仕えている夫婦二人を殺害して逃走したと考えられる。しかし、それだと問題が残る。

 それは、主人が自殺しているからだ。妻はベットの上で絞殺されていたため明らかに殺されているとわかる。それに対し主人は首つりにより死亡しているのだ。確かに首つりでも自殺の偽装による殺人の可能性はある。しかし警察の捜査により主人は自殺と断定された。

 では、使用人はどこへ消えたのか。もし、使用人が主人の妻を殺害して逃走したのだとすれば、主人が自殺する理由がわからない。いくら、愛していた妻が殺されたとしても、それで自殺するとは思えない。では、主人が犯人だとして妻を殺したのを知り、自分を殺そうとしているのを察して逃げたのであろうか。であるならば、逃走した後で警察に通報すればいい。しかし、そのような通報はなかった。

 そのような理由から、おそらく使用人は既に殺されていて遺体はどこかに隠されているのだろうという結論に至ったのである。これが、天秤館の心中事件である。

 それが、「例の館」の噂として知られるようになったのは別の理由からである。それは使用人が生きている可能性があるからだ。警察は既に殺されているだろうという見解だが肝心の死体が見つかっていないため、使用人犯人説は人々の中からは消えないままでいる。しかも最近では行方不明になっている使用人が住みついているという風にまで噂の内容が膨らんでいるのだ。さらに、警察が安全のためとして館の場所を隠したため、北のV市の山の山頂付近で見たとか東のC市の火山の近くで見たとかなど、噂が錯綜しているのである。

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