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不易の帆布  作者: 月孤双
一章 虚空への誘い
1/5

 初めて作成した作品です。至らない部分があると思いますが御了承ください。

 この作品は全九章を予定しています。


 七月。まだ梅雨が明けないこの地方は毎日のように雨が降っていた。そんな時にX県のある大学の食堂で、男二人が右奥にある入口から一番遠いテーブルで夕食をとっていた。

「なあ、肝試しをしないか?」

 一人は満井聡(みついさとし)。食事を終えコーヒーを飲んだ後、一息ついたところでそのように話を切り出した。

「不動産会社に勤めている知人がいるんだけどさ。その人から頼まれたんだよ。」

「頼まれたって……肝試しをか?」

 もう一人は渡辺利治(わたなべとしはる)。彼はまだ食事中で牛丼を食べながら、そう答えた。

「ああ。その不動産会社、例の館を買い取ったんだ」

「例の館ってあの?」

「そうだ。それで……」

「何を話してるのよ」

 そう言って女が、白城春子(しらぎはるこ)が二人の会話に割り込んできた。手にはパスタとレモンティーがある。

「なんでこんなところで食べてるのよ。いつもは出口に一番近い左奥のテーブルで食べてるのに」

 この大学の食堂は多少変わっている。入口から向かって左側と奥が壁ではなく巨大な窓になっているのだ。和風の家にある縁側のような窓だ。そのため、開閉と同時に出入りができるのだが、なにせ左側と奥の一面すべてが窓になっているため、すべての窓を開閉してもらっては食事の邪魔になる。そこで左側の一番手前の窓と奥の一番左側だけが開閉を許されている。故に、出口となるそれらの窓に近いテーブルは人気の席となっており、逆に右奥にあるテーブルに座る人は、来客数が多くなる昼以外はほとんどいないのである。

「他人にはあまり聞かれたくない話をするんでね。夕食の時にはほとんど使われないこのテーブルが都合がよかったんだよ」

 少々周りを警戒しながら満井は言った。

「なによ。危ない話なの?」

「肝試しをするんだとよ」

 食事が終えた渡辺が楊枝で歯を掃除しながら言った。

「肝試し? 何それ、高校生みたいな青春でもしたいわけ? それに肝試しのどこが聞かれたくない話なのよ」

「まあ、二人とも俺の話を聞けよ。一から説明するからさ」


 例の知人から満井のところに電話がかかってきたのは昨日の夕方である。その内容は次のようなものであった。

「実はな。うちの会社ある山奥の土地を買い取ったんだ。レジャー施設を建設するためにな。だけどその土地の中に『例の館』が入ってたんだよ。それで社長が『そんなことが知れたら人が来ないじゃないか!』とか言ってな。だったら買う前に気付けよって思うだろうが、どうやら売主が隠していたらしくてな。既に契約書を交わして金も払った後だから、キャンセルもできない状態だったらしい。ああ、こんなことはどうでもいいな。つまりな、例の館をお化け屋敷として活用するそうだ。しかし、『例の館』の噂は強烈だろ? だから事前に肝試しをして例の館が安全だということを証明して欲しいんだ。確かに、肝試しっていったら、高校生くらいまでだろうが、ある程度大人の意見じゃないと世間は耳を貸さないだろ? だから、二十歳くらいの若者で肝試しを行ってほしいんだ。もちろん、これは アルバイトという形で行う。だから頼むよ。な?」


「と、いうわけだ」

 そこまで言って、満井は二杯めのコーヒーを飲んだ。

「なるほどな。確かにそれは聞かれたくない話だな。なんせ、『例の館』に行くんだからな」

 無精髭を撫でながら少々考え込むように渡辺が言う。

「ちょっと待ってよ。つまりは実験台ってことでしょ? なんで引き受けたのよ。二十歳くらいの若者なんてたくさんいるじゃない」

「報酬がよかったんだよ」

「いくらだ?」

 すぐさま、渡辺が反応した。渡辺は金に目がない。酒にたばこ、バイクにギター、それに女。毎月相当な額を使っている。当然、大学にはほとんど行かず、アルバイト三昧だ。

「三日で一人十万」

「なにっ? 本当か?」

「ああ。俺だって『例の館』には行きたくないが、これだけ貰えるとなるとな……考えるだろ?」

 渡辺と白城は少々考え込んでいた。やがて、渡辺が決心したように頷いた。

「俺はやるぜ。『例の館』に行くのは気が引けるが、たった三日で十万っていうんだったら……こんなうまい話はねぇからな」

「で、春子はどうする? お前、いつも厚化粧なんだから化粧品代、結構かかるだろ?」

「失礼ね! でも。三日で十万かぁ。確かに魅力的な話ではあるわね。でも、安全なんでしょうね」

「絶対安全とは言えないさ。それを証明するために行くんだからな。でも、元々豪華な屋敷らしいし、一応ライフラインは整っているらしいから、まあ大丈夫だろ。」

「そうね……。私も参加しようかしら」

「何時するんだ?」

 渡辺はすぐにでも十万が欲しいらしく、飢えたような眼で聞いた。

「八月の下旬くらいを予定しているそうだ」

「なんだよ。まだ一カ月くらいあるじゃねぇかよ」

「まあ、前期試験があるからな。こっちとしてもそのくらいがいい」

「けっ、たいして役に立たない学問を学んで何になるんだか」

 渡辺は吐き捨てるように言った。

「人数は? 決まりなんてあるの? まさか三人だけってことはないでしょ?」

「決まりはないらしいが、客室が六部屋らしいから多くても六人だな」

「じゃあ、尚吾(しょうご)を誘おうぜ。あいつこういうの好きそうだろ?」

「そうだな。おっ、噂をすればなんとやらだ。おい、尚吾!」

「なんだい? みんな揃って」

 満井たちの方を向いて松下(まつした)尚吾は答えた。右手には本を、左手にはカレーを持って颯爽と歩いてくる。

「こういう話があってな」

 満井ら三人は今までの話を松下に聞かせ、肝試しに参加するように頼んだ。

「面白そうじゃないか。僕も参加させてもらうよ」

 松下は迷いもせずに即決した。

「あっさりと言うのね。『例の館』に行くのよ? 少しは迷うとかないの?」

 白城が半ばあきれたように言う。

「やっぱ、三日で十万はたまらないよな」

 まるで守銭奴のように目をぎらつかせながら渡辺が言った。

「いやいや、僕はお金目当てじゃないよ。『例の館』に知的興奮を感じているだけさ」

「けっ。尚吾お坊ちゃんは裕福で羨ましい限りだぜ。」

「ふふん。君こそ多趣味なのは結構だが、あれこれ手を出し過ぎると結局は何もできないただの凡人になってしまうよ」

「なんだと!」

「まあまあ、二人とも落ちつけよ」

「これで四人ね。あとはどうする?」

 すると、渡辺と言い合っていた松下が言った。

「僕の友人を誘っていいかな。宇佐島(うさじま)君っていうんだけど」

「てめぇの友人ってことは堅物野郎かお坊ちゃんということだな」

 さっきのお返しとばかりに渡辺が皮肉る。

「堅物なのは認めるけど、お坊ちゃんではないよ。彼とはちょっとしたことで知りあってね。彼は君と違ってものすごく頭が切れて、かつ冷静な人物だから是非連れていきたいんだ」

「なんで頭が切れるから連れて行きたいんだよ?」

 相も変わらず、渡辺が突っ込む。

「だって常識を弁えた若者が欲しいんだろ。満井君や白城さんはともかく、君や僕は微妙だからね。れっきとした常識人が一人はいた方がいい」

「尚吾も十分常識人でしょ?」

 興奮する渡辺を宥めながら白城が聞いた。

「僕は常識人じゃないさ。言っただろ? 知的興奮を感じているって。普通の大学生ならば、合理的に考えて『例の館』になんか行かないという判断をするよ。それに比べて僕は早く行きたくてウズウズしているんだ」

 そう言って松下はカレーを食べる。

「じゃあ、私も友だちを誘うわ」

 白城が上品にパスタを巻きながら言った。

「女が私一人じゃ物足りないでしょ? 伊達彩(だてあや)ちゃん。私たちと同じ三年生よ。」

 満井は例の知人に伝えるために、肝試しに参加する可能性のある六人の名前を手帳に書いていた。

「一応六人参加ということで知り合いに人には伝えとくよ」

 松下が思い出したように満井に尋ねた。

「そういえば『例の館』、どこにあるんだい。噂が錯綜しすぎていて実際のところどこにあるかわからないんだが」

 白城も興味深々なようで食い入るように満井に聞いた。

「そうよ。北のV市の山頂付近にあるとか、東のC市の火山付近にあるとかっていう噂もあるじゃない。そうだわ、実は市内にあるとも聞くわ」

 二人に責められるように質問を受けた満井は、少々戸惑いながら答える。

「ああ。それはな……」


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