入学式 自己紹介 帰宅
蕪木京と共に校舎の三階にある一年五組の教室に入る。
どうやらこの学校は学年が上がるごとに教室のある階が下がって行くようだ。
自分の前の高校とは逆だなぁ、と思いつつ出席番号順に決められた自分の席に鞄を置き、とりあえず筆記用具を机の中に入れた。
始業のチャイムは直ぐに鳴った。
思いの外自分達はギリギリだった様だ。
自分のクラスを調べるのに時間が掛かったのが原因だろう。
通学時間はこのぐらいでいいなと今後のことを考えていると教室の扉が開き自分や周りの生徒が着ているものとは違う、キッチリとしたスーツを着た女性が入ってきた。
見た目は20代、ずいぶん若い人が担任なんだなと感想を頭の中で言う。
「え、えーと、み、皆さんおはようございますっ。
わ、私、千葉妙子って言います。み、皆さんの担任をこれから一年間任され、」
ガッチガチである。
あまりの緊張でドモリまくり、言葉の最後は最早小さすぎて聞こえない。
見た目も若いことだし新人なんだろう。
「と、とりあえず廊下で出席番号順に並んで下さいっ。
これから体育館で入学式を行いますので速やかにお願いします」
千葉教諭の声に生徒達が各々席を立ち始めざわつきながら廊下に出始める。
それに習い自分も廊下に出て、自分の前の席に座っていた男子の後ろに並ぶ。
出席番号順に並んだのを千葉教諭が確認し、前のクラスが移動したのを期に列が動き出した。
「~~であるからしまして、えー、本日より、えー、本校の生徒になる、えー、皆さんには、えー、本校の規則を遵守して、えー、ですね。えー、~~」
学校行事の定番中の定番、校長の長い話を淡々と右から左へと聞き流し時間が過ぎるのを待った。
三分の二以上が校長の話だった入学式が終わり、教室に戻って千葉教諭から今後の日程を聞いて本日はお開きとなった。
明日は入学生向けのオリエンテーション、明後日は学力テスト、その後は身体計測や教科書販売となり一週間は午前中で終われる予定らしい。
学生手帳に予定を書き込んでおく。
もし突然もとの平井都が戻って今の自分が消えてもある程度普通に過ごせるようにするためである。
元社会人としての癖も多少はある。
「えっと、とりあえず伝えないといけないことは以上です。
何か質問などありますか?なければ終わろうと思いますが……」
さっさと終わるに越したことはないと静かに待っていたのだが、誰かが手を挙げた。
「え、と白井君、何かな?」
挙手した男子の座席と手持ちの紙を交互に見る千葉教諭。
なんとなく、この白井君とやらが言うであろう言葉が分かった。
正直今日はもう校長の長話、もとい入学式を立って聞かされていたので疲れたから勘弁願いたいのだが、
「自己紹介、してもいっすか?」
千葉教諭も乗り気である。
帰宅時間が二、三十分は遅れそうだ。
「相生愛です。出身中学は――」
出席番号順に自己紹介をする羽目になった。
「青木空です。しゅ、趣味は読書、とパソコン、です。しゅ、出身中学は――」
「蒼咲月子です。出身中――」
「浅井祐樹ッス。九州生まれの北海道育ち、中学は――」
「浅沼五郎です。長男です。妹がそろそろ生まれるそうです。以上です。」
「浅葉修二です。趣味はアニメとゲーム。エロい話大歓迎です。――」
「粟貫寛三、です。小中と柔道やってました。中学はここの近くにある――」
ア行の多いクラスだと言うことは分かった。
十人目まで“あ”で始まる名前だったのには驚いた。
「蕪木京、趣味は走ること、勉強は嫌いだ。まぁよろしく」
シンプルな自己紹介だった。
その後も自己紹介は続いていたのだが面倒になったので聞き流した。
元来人の名前と顔を覚えるのは苦手だ。
話していくうちに勝手に覚える。
話さなければ必要のない人間だと判断して忘れるのだ。
働いていたときは本当に大変だった。
取引先の人の名前を忘れないように英単語を覚えるかのように書き取り、発声で覚えた。
当時の自分の努力した日々を思い出しているうちに自分の番になってしまった。
言うことなど何も考えていない。とりあえず立ち上がり、
「平井都です」
と言って席に着いた。
教室中の視線が集まったが気にしない。
語るだけの自分なんか持ち合わせていないのだから仕方ないし、そのことを馬鹿正直に言うわけにもいかない。結局何も言わないのが一番と思った。
知りたかったら個々で聞きに来るだろうしいいだろ。
さっさと帰りたかったからだが、昔の自分もこうしてたが結局何とかなったし、と心の中で言い訳をしつつ目を閉じる。
「え、それだけ、ですか」と千葉教諭が呟く様に言うが自分が目を閉じてもう終わりだと態度で示すと、「つ、次のひとー」と泣きそうな声で促した。
*
「あんな自己紹介初めて見たよ」
「そうでしょうか?」
全員の自己紹介が済み帰宅しようと教室を出たところで蕪木京に一緒に帰らないかと誘われ、駅までの道を二人で歩いていた。
「だって、ミヤが言ったの名前だけじゃん。趣味とか何か適当に言えばよかったのに」
ミヤ、と言うのは自分のことだ。
二人ともミヤコなので平井都がミヤ、蕪木京はミヤコとお互いを呼ぼうと決めたのだ(正確には決められた、が正しいが些事である)。
「言おうにも特に趣味と言う趣味もありませんし、出身中学なんて知ってどうするの?と逆に聞きたいくらいです。事実確認のために連絡でもするんでしょうか?」
昔の自分の趣味を言うわけにもいかないし、今の自分の趣味といえるものは部屋を調べた結果、全く分からなかったのだからどうあっても言えない。
こんなことで嘘をついても後々自分の首を絞める結果になりそうだし…
「いや中学を言う必要性は私もよくわかんないけどさ、なんかしら言っといたほうがよかったと思うよ」
ミヤがいじめられないかわたしゃ心配だよーと軽く言うミヤコ
電車に乗るミヤコと駅まで歩き、そこで別れる。
「じゃ、また明日」
「ええ、また明日」
改札口を通り、階段を下りていくミヤコの後姿を見送り自分も帰路につく。
どうせだ帰り道にあるスーパーで野菜やらを買おう。
空っぽだった冷蔵庫に何を入れようか考え歩き出す。
(いじめ、かぁ)
高校のいじめと会社でのいじめってどっちが辛いのかなぁ